芦ノ湖

2016/1/31 | 投稿者: 木下

 1月後半はピアノ曲集(全8〜10曲の予定)の作曲をこつこつ。今後も当分ピアノ曲作曲は続きますが、ちょっと一休みして、次に着手する大作の構想を練るために小旅行してきました。新作着手の前に小旅行するのはここ5〜6年の恒例行事で、これをやるとなぜか良い作品が書ける気がする。ピアノ作品着手前は箱根・宮ノ下にでかけました。今回も箱根ですがちょっと足をのばして芦ノ湖まで行ってきました。冬の平日なのに観光客が意外なほど大勢いて、その約9割が中国人団体客でした。芦ノ湖の遊覧船でもレストランでもロープウェイでも聞こえるのはほとんど中国語、歓迎の垂れ幕も中国語、自分が中国旅行をしているような錯覚に陥るほどでした。あまりの人数とパワーに少々怖じ気づきましたが、噴火もあって大変な箱根にとっては救世主といえるかもしれません。ともかく、快晴の空と芦ノ湖の青、箱根神社の鳥居の赤と白富士のコントラストは息を飲むほど美しく、これだけで出かけた甲斐がありました。

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 出発時ロマンスカーのホーム売店になぜか「自伝 若き日の狂詩曲」(山田耕筰 著)が置いてあったので即購入。日本のクラシック音楽作曲家のパイオニア・山田耕筰の自伝本なら、作品構想を練る旅での携行にぴったりと思ったのですが…。

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 その数奇な生い立ち、日本人には珍しいエネルギッシュにして奔放な青春には度肝を抜かれました。日本でも留学先でも、男女問わず彼に引き込まれる人多数。当時は髪の毛ふさふさで美声だったようで、相当魅力ある青年だったのでしょう。日本人作曲家の先駆としての苦悩とか努力が書かれているのかと思ったのですが、もちろんそれも書かれていますが、メインで描かれるドラマチックで華やかなベルリン留学生活(特に女性関係)には驚きました。この当時、留学で心身病んで帰国する人も少なくなかった時に、作曲、恋愛、その他やんちゃ(放蕩ともいう)し放題の留学生活を送るとは大したものです。それでいて得る知識は得、演奏会を聴きまくり、人脈を作り、留学を味わい尽くしています。この手記は留学を終えて帰国するまでですが、これだけ型破りな人物だと、日本に帰ってからも音楽界に嵐を巻き起こしたことでしょう。しかし、どうあれ山田耕筰が日本のクラシック作曲家の偉大なパイオニアであることに変わりはありません。



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