2007/11/11  15:15

観光とドライブ  

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何十年振りにかに、世界遺産登録を目指す備前市閑谷の国特別史跡、閑谷学校まで楷の木の紅黄葉を観に出かける、

受付門をくぐると、左に備前焼瓦の大屋根を載せた国宝の講堂があり、正面にこじんまりとした閑谷神社のたたずまい、直線距離にして約60mのその間に、19段の緩やかに上がる石段を挟んで目当ての一対の楷の木が真っ赤と真っ黄に燃え上がっている、

この楷の木は、江戸時代まで「楷の木」は日本には存在していませんでした、日本に初めて移入されたのは,大正4年{1915年}、当時の農商務省林業試験場の初代場長の白沢保美博士が中国を訪れ,孔子の墓所から「楷の木」の種を採取し,播種、育苗する

その後、日本国内の孔子や儒学に所縁のある学校「湯島聖堂」3本{雄}「足利学校」1本
「閑谷学校」2本{雌}「多久聖廟」1本{雄}等に寄贈されたのが最初だそうである、
「楷の木」は、和名で「孔子木」と命名されていたが、現在は「楷の木」又は「楷樹」と呼ばれているそうです、

閑谷学校は明治38年に建築されたのが現在の資料館の前身、私立中学閑谷黌、岡山県立閑谷中学校、戦後岡山県立和気高等学校閑谷校舎時代を経て、昭和39年に閉校した、拙の学友も数名通学している者もいた、閉校後は和気に所在する和気女子校と合併、現在は県立和気閑谷高等学校となって、男女共学校である、

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「楷の木」の挿し木を販売していたので記念に購入する,紅葉したのもあったが、1本だけ緑色の挿し木があり求める、係りの人の説明では、果して「赤色」か「黄色」のどちらの色の紅黄葉になるかは分からないそうである、また楽しみも有ると云う事か、



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