2007/7/29

古い写真  

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 ここに古い写真があります。当店の店先にあった茶の間(現在、囲炉裏が置いてある場所・後ろに今もある床の間が見える)で撮られた写真です。昭和12年ごろの写真のようです。2列目の左から3番目の学生服の少年が父(今年81歳)です。一列目の左で赤ちゃんを抱いているのが、祖父です。抱かれている赤ちゃんは、今は野田市に住んでいるおじさんです。一列目の右から二人目の女の子を抱いているのが祖母です。抱かれているのは、三条市内にいる叔母です。その隣の真ん中で座っているのが曾祖母の「カメ」さんです。小松酒店の初代です。
 曾祖母の小松カメは(私は当然ながら会ったことがありません)、明治40年に加茂で酒屋を始め、その後三条に移ってきました。その後祖母を養子に貰い祖父が婿さんに来て、二代目となりました。それで父が生まれ‥。
 当時は、カモ酒屋(加茂から来た酒屋)とかヤマイ酒店(ヤマイは当時の屋号だったようです)とか呼ばれていたそうです。

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      ヤマイ酒店と書かれた台帳

 この写真はまだ太平洋戦争前で、まだのんびりしていた頃でしょうか。祖母の妹弟やお手伝いさんも一緒に写っています。正月だったのでしょうか、記念写真ということだったのかもしれません。皆幸せそうに写っています。

 小松酒店は、私で4代目です。息子は小4ですが、もう酒屋になると言ってくれています。頼もしい5代目です。

 小松酒店は、今年で100周年になります。
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2007/7/26

原酒造  お酒

 昨日、地震で大打撃を受けた柏崎市の原酒造(越の誉)の営業のHさんが来られました。

 状況としては、麹室や貯蔵タンクがある5棟の木造の建物が全壊したそうです。
 ただ瓶詰ラインや、屋外貯蔵タンクは問題がないそうで、残骸の撤去ができれば、出荷が可能とのことでした。出荷時期としては、現在のところ8月中(お盆明け頃・こちらのお盆は8月15日)になるとのことでした。
 貯蔵タンク、瓶詰めラインが無事だったということは不幸中の幸いと言うべきでしょうか。
 (それを当事者でない私が言うのははばかれる気もしますが)

 10月には仕込みも始められるようです。

 今、当店ができることは、再開の時期をお客様に伝え、必ず復旧ができるとお話をすること、再開後は、今まで以上に力を入れて「越の誉」を売っていくことと考えております。

 「越の誉」は、祖父の代から、当店の主力商品として売って来ました。「越の誉 酒母四段 銀」(旧・二級酒)は、現在も当店では晩酌酒として一番売れています。
 しっかり売っていきたいと思います。

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  当店の正面に飾ってある「越の誉」の看板・数十年前のままの看板です
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2007/7/17

地震!  

 7月16日午前10時13分、地震発生!
 当地三条は震度5強でした。

 私は、お中元の品物の包装や荷造りをしている最中でした。ちょうど発送伝票を書こうと店のパソコンの前に座ったら、グラグラっときました。
 最初は、小さい震えで、ダンプカーでも通っているのか?(店の前を大きなダンプが通ると揺れるのです)と思いましたが、段々それが強く大きくなりました。
 私は「来たー」と叫んでしまいました。が、成すすべもなく座って店に飾ってある一升瓶の酒類を、「落ちないように!」と祈りつつ眺めるだけでした。
 かなり大きな横揺れでしたが、幸い酒類は、倒れたり落ちたりせずに、被害は0でした。

 その後、停電。10分後に復旧しました。
 当地は幸い、大きな被害もなく良かったですが、柏崎市を中心に大きな被害をもたらしたようです。TVのよると、当店でも扱っている「越の誉」の蔵元・原酒造の古い建物が全壊したようです。3年前の地震のときは、何とか持ちこたえたと聞いていた古い棟のようです。
原酒造に限らず、中越地区の蔵元は、出荷前の瓶詰めされたお酒がかなり割れたと思います。

今後の影響が心配です。
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