2006/4/20 | 投稿者: クロちゃん

初めてヤマメを釣った日

私が初めてヤマメを釣ったのは小学生の頃だった。山間部にある私の家の近くには小さな沢が流れていた。
子供の目には立派な流れであったが、今見ると細流である。もっとも、実際に昔に比べ現在は水量が半分以下に減っていると思う。

竿は裏山から切った竹を使い、仕掛けは近くのお店で買った釣りセットだった。仕掛けの結び方も知らず、竹竿の先に縛りつけるだけの粗末な道具だ。
餌は畑の片隅に排水が流れる小さな堀があり、その傍を掘ってミミズを捕まえた。そのミミズを缶詰の空缶に入れて持参した。

その時の釣り姿は、麦藁帽子にブリキのバケツを持ち、長靴を履いて沢に出かけたのだった。前の晩は興奮してなかなか寝付けなかったことを記憶している。誰に教わった訳ではないが、朝の暗いうちから起きていそいそと出かけて行った。そうして、竹竿に縛りつけた仕掛けのハリにミミズを付けて沢の中に放り込んだ。目印もオモリもない仕掛けはミミズの重さだけで水中に沈んだ。

今にして思うと、その頃からポイントらしきものが子供心にも予想できた。生まれ着いての習性か、野生のカンか、淵頭に餌のミミズを投入していた。
目印はないので、放り込んだ仕掛けを時々上げては振込み直していた。

何度か繰り返すうちに魚の躍動感が伝わった。グーンと竿を上げるとヤマメが掛かっていた。かなりの大物と感じた。(実際は20cm位だったんだろう。)
そのまま獲物を川岸に上げて押さえ込んだ。興奮していた。

ハリをはずし、水を汲んで置いたバケツに入れた。そして、ミミズを付け直しまた同じ淵に放り込んだ。しばらく置いて竿を上げるとまたヤマメが掛かっていた。
今度はハリを飲まれていた。ハリを外そうとして仕掛けの糸が切れた。
これで記念すべき初めてのヤマメ釣りは終わった。予備の仕掛けは持っていないので、糸が切れたらおしまいにするしかなかった。何しろ釣りセットは1つしか買っていない。少ない小遣いで買った仕掛けだ。切れた仕掛けを見つめながら「本物の釣り道具が欲しいなあ。」と思った。

家に帰ると、父親が「ヤマメは旨いぞ。」と言った。しかし、ヤマメを食うことを知らなかった。ヤマメが可哀相だと思った。バケツに入れたヤマメを近くの小さな沢に自分で堤を作っておいた場所に放した。
その後、何度かヤマメ釣りに行ったが、その度に1〜2尾は必ず釣れた。

「あそこの堰堤の下にはでかい魚がいるって言うけど誰も釣れねぇんだってさ。」
学校の中にそんな噂が広がった。そして私は学校帰りにそいつを見てしまった。堰堤下の淵尻に悠然と泳ぐヤマメだ。

次の日曜日、勇んで出かけた。もちろん堰堤下だ。家から30分くらいの距離だった。その日、学校帰りに見た悠然と泳ぐ姿は見えなかった。いつものようにミミズを付けて堰堤下に投入した。竿を上げても反応はない。そのうち尿意を催して竿を置いたまま小用にその場を離れた。戻って見ると竿先が堰堤の右奥に傾いていた。おかしいなと思い、竿を拾って上げた。重い躍動感が伝わってきた。嬉しかった。興奮の坩堝(るつぼ)と化した。そうして、やりとりしているうちに魚は寄ってきた。水面から空中に出た瞬間「ポシャンッッッ。」
仕掛けを見れば糸が切れていた。
悔しかった。悲しかった。虚しかった。
堰堤下の深みを見つめて私は涙を流していた。もう釣る仕掛けがない。
こうして涙が止まず泣きながら家路に着いた。

学校ではこの日のことを話さなかった。誰も釣れないという魚を私が釣り落としたなんて信じてくれる筈もないし、それより悔しさと何故か恥ずかしい気持ちに駆られて心の奥にしまった。
再度、堰堤下に挑戦することもしなかった。これはどういう心境なのか今も分からない。

ある日、友人から魚を釣るのには鑑札が必要なんだと聞いた。「そうなのか、そういうものが必要なのか。」鑑札が欲しかったが、どこで買うのか知らないし、第一買う金などない。
それ以来、私のヤマメ釣りは遠のいた。

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2006/4/19 | 投稿者: クロちゃん

自然に恵まれた秩父地方は今、桜が我慢強く咲き続ける中、桃の花が咲き、家々の庭に植えられた植木が色彩豊かに花を咲かせ、里山の淡い緑が萌え始めた。
そして、ヤマブキの花も咲いた。

ヤマブキの花を見ると思い出す。子供の頃、私が生まれ育ったのは秩父地方の山の中であった。もう少し詳しく表現すれば、四方八方見渡せば山が見えるだけで、山の中腹の日当たりの良い近くに沢の流れる場所だ。
朝、庭に出れば下界に霧がかかっていて、我家は青空の下。そんな環境の中で生まれ育ったのだった。まるで仙人の暮らす里のようだ。

ヤマブキの花は今の時期に咲く。そして、もう少しすると黄色のキイチゴが生る。ヤマブキとキイチゴは別であるが、子供の頃は同じ木だと思っていた。
ヤマブキもキイチゴも家の近くにたくさんあった。キイチゴを探して近くの山に入る。子供でも容易に見つけることができた。甘酸っぱい香りの黄色のキイチゴは美味しかった。子供の手の届く小さな木からたくさん実が付いていた。

同じ時期にクワの実があった。クワの実のことを「ドドメ」と呼んでいた。黒光りした実は甘く旨いが、口と舌が紫色に染まる。
「ドードメ食うやつぁ、ワンワンだ♪」
クワの実を食べることを卑下した歌だ。だから、クワの実を採って食べるときは人目につかないようにして食った。子供心に罪悪感があったのだ。

現在、実家に行った折、昔懐かしいキイチゴを探すのだが、まったく見つからない。遠い記憶で山麓に入るのだが何故か絶えている。キイチゴは少年のような純真な心を持っていないと見つからないのかな?

もう何年も黄色のキイチゴを目にしていない。今年は何とか見つけて口にしてみたい。
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2006/4/17 | 投稿者: クロちゃん

「良く山に行ってるらしいけんど、何しに行ってるんだい?」
「山に竿持って釣りにいってるんさ。」
「釣りは川に行くんだんべ?」
「いや、俺は山道を歩いて岩魚を釣るんよ。」
「岩魚?岩魚と言やあ、幻の魚だんべ。すげえ奥に行かねえといねえんだんべ?」
「幻かどうかは知んねえけど、秩父の奥に行きゃあ岩魚は居るんだよ。」
「へぇー。すげえことしてるんだなあ……。秩父の奥ってどこらへんだい?」
「大滝の奥だよ。3時間も歩きゃあ居るんだよ。」
「ほえー、3時間も歩くんか?それで釣れるんか?」
「そん時の状況でわかんねぇ。」

岩魚の世界を知らない奴との会話は疲れる。適当なところで区切りをつけないと馬鹿馬鹿しくなってくる。これ以上説明しても無駄だと思っても、相手は興味津々で聞いてくる。
こんな時、私は話題転換法に出る。または無視作戦だ。飲んでる時には寝たふり作戦も効果がある。

岩魚が釣れようが釣れまいが、行きたいときに行くのだ。奥秩父の原生林の中を流れる水に接したいから行くのだ。
滝川上流域。そこは荒れてきてはいるが原始の姿を今も残す山釣りのフィールドだ。私は人家がある場所では余程のことがない限り竿を出さない。生活の匂いのする場所で釣った魚は好まないのだ。

 先週土曜日、遠方よりやってきた友を案内して滝川上流域に山釣りに出掛けた。荒れた杣道を辿り、冷たい流れに浸かり岩魚を求めた。
結果は貧果に終わったが、楽しい1日を味わった。労の多いのも、また楽しみのひとつである。

自然の中で酒を酌み交わし、笑い語らい共に過ごした1日は何とも得がたい貴重な時間である。生きていることの証(あかし)が山釣りの中にある。

これは山釣りを経験した人間でないと分からないことだろう。
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