2006/5/31 | 投稿者: クロちゃん

おひまち


5月5日は子供の日。私が少年時代に育った山間の集落では、公会堂に子供達が集まり「おひまち」があった。小学生が歌を唄い、寸劇をした。見物客は近所のお年寄りと小学校に入る前の子供に小学校を卒業したOBだった。全部合わせても10数人だった。

母親達は昼食用のいなり寿司を作っていた。各家に持ち帰る分も含めてたくさん作った。のり巻の寿司も作った。大鍋で味噌汁も作った。
今思うと、とても素朴な味だが、みんなで食べる昼食はとても美味しかった。

高学年のお姉さんが「あーおい目をしたおにんぎょは〜 」と合唱した。とても上手に聞こえた。意味など分からなかったが、とても綺麗な、ちょっと悲しいような唄に思えた。
今もこの歌が心に残っている。
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ある年、子供たちだけで夕食にカレーを作ることになった。各自分担して、食材を持ち寄った。
「うんと辛いカレーにすべぇや。」
リーダー格の上級生が言った。
当時、集まった公会堂には囲炉裏があった。囲炉裏に火を起こし、鍋を吊るしたのだったが、ここでもリーダー格の上級生は馴れた手つきで手際が良かった。
「なかなか固まらねぇな。もっとカレー入れべぇ。」
カレー材料に比べて水が多いのだ。
やがて、自分達で作ったカレーが出来上がった。
「ウェ、辛い。けど、うめぇなー。」
正直、火が出るほど辛かった。私は一口食べた途端、汗が噴き出した。辛いがみんなで食べるカレーライスは旨かった。
「○○ちゃん、何でそんなに汗掻いてるんでー。」
汗を流しながらカレーを食べる私を見てみんなが笑った。
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私は辛い刺激物を食べるとすぐ汗が出る体質らしい。私の記憶に残る、汗を掻きながら食べた最初の体験だった。

「おひまち」は懐かしい思い出である。
今もスーパーで、いなり寿司とのり巻を買って口に運ぶと当時のことが偲ばれるが、その時の味とはだいぶ違うような気がする。あの頃のいなり寿司とのり巻を食べてみたいものだ。
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2006/5/30 | 投稿者: クロちゃん

 現在の柳小屋が建てられたのは平成9年だ。現在築9年というところか。立派なログハウス調な建物である。奥秩父の深釣の拠点として釣り人に愛用されていることが多いようだ。
ここまで釣りを目的として訪れる方は結構いるようだ。ただ、釣ることだけを目的に訪れた方には落胆の思いをされる場合も多いだろう。いかに奥秩父の源流とは言え、いつも満足な釣果を約束してくれている訳ではない。入渓者の数、水量などその日の状態で変わってくる。

先日、股の沢林道を辿り、今年初めて柳小屋へ見参した。小屋の中は依然、綺麗になっている。喜ばしいことだ。
柳小屋の直前の道が崩落して通行が難儀されていたが、前に比べて幾分広くなっていた。登山道整備の尽力に感謝する。
今年はそれよりも手前の地点が崩落して道が消えていた。先人の踏み跡を慎重に追って通過した。かなり大規模な山崩れがあったようだ。

山の自然は斜面である。道は人間が造ったものだ。自然は元(斜面)に戻ろうとしているのだろう。だから人間の切り刻んだ痕を修復しているのか。自然は偉大な力を持っている。

帰路、股の沢林道でこれから柳小屋へ向う4人の釣り人と会った。お決まりの挨拶で「どうでした?」と尋ねられる。「入れ食いでした。」と応えると笑顔を見せた。この方たちも過去何度か柳小屋へ来られているが、満足な釣果はなかったそうだ。では、何故苦労して柳小屋まで足を運ぶのか?
それは、奥秩父の自然に魅せられて、柳小屋に夢の時間を過ごしに行くのだと思う。奥秩父・柳小屋には不思議な魅力がある。
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2006/5/29 | 投稿者: クロちゃん

5月の末に「ウスヒラタケ」が発見できようとは……。
奥秩父・柳小屋へ向う途中で見つけた。小躍りして少しだけいただいた。今年は早いと思った。例年、この地には6月中旬から7月初旬にかけて発生するキノコが今の時期にあろうとは思いもよらなかった。

柳小屋の中でキノコ入りラーメンで美味しくいただいた。自然の贈り物に感謝!

山のキノコは独特の風味があって旨い。私はいつも油で炒めた後、色々な味付けで食しているが、ラーメンもなかなか良いものだ。小雨降りしきる中、気温も下がってきていたので熱いラーメンがありがたかった。
さあ、もう夏キノコの時期到来だ。これからの山釣りに楽しみが1つ増えた。

そうは言っても、食せるキノコは数種類しか知らない。年に1〜2個づつ覚えてきたものだ。今の時期に思わぬ山の幸にめぐり合い幸福感にひたった。
もちろん、根こそぎには採りません。自分で味わう分だけです。山の物は山で味わってこそ美味しいものです。
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