2007/3/21 | 投稿者: クロちゃん

今年は暖冬の影響で2月末頃から開花の情報が飛び込んだ。
すでに3月18日にと参加を募っていた俺は正直焦った。
約3週もの間がある。
そうして、3月初旬に聞いた満開情報に、ますます焦りに拍車をかけた。
まだ、2週間も先に満開状態は続いているだろうか。
例年は彼岸から4月上旬に見頃となる。
いかにしても今年は早過ぎる。
そういえば、1週間前にして四阿屋山の花も終わりに近かった。
苛立つ日々が続いた。

こうして、気持ちの晴れないまま当日の朝を迎えた。
「もう、葉っぱかも知れませんよ。」
集まった参加メンバーに、大きな期待を抱かせてはならないと開口一番釈明した。
正直、みんなの笑顔が心苦しかった。

天候はこれ以上ない晴天、寒風が吹く中をゾロゾロと目的地に向かった。参加メンバーは8人。福寿草観察会には手頃の人数であった。
途中で、後ろから来た2人組が追い越して行った。
目的は分かっている。分かっているが、真実がどうかを恐くて聞けない。
そんな心境で石ゴロゴロの急な沢沿いのコースを登った。

目的地に近づく頃、前方に緑色の斜面が見えた。
「ああ、やっぱりもう葉だけになってしまったか…。」
この時の俺の落胆ぶりといったら、鶴ケ城の切腹に匹敵する。

近づけば、倒木に生えた苔だった。
「ふぅ〜。」とため息が出た。
そして、その先を見上げれば“黄色のじゅうたん”に数人の人影が確認できた。
「よかった〜。まだ待っててくれたんだ!」
顔では表情を変えないようにして、心の中は安堵と喜びで一杯だった。

下山してくる初老の人が、聞こえよがしに言った。
「こんなに人が来るんじゃ、(荒れてしまって)もう2〜3年しかもたねぇな。」
(そういう貴方もその中の一人でしょ。)と思ったが、もちろん口には出さない。
しかし、一部頷(うなず)けなくもない。
花園は次から次へと登ってくる登山者で埋め尽くされて、俺たちは、弾(はじ)き出されるように昼食場所に選定した処に移動した。

もう、「秘密の花園」は秘密じゃない。
雑誌に紹介されて、口伝えで広まった観光地に変貌しようとしている。
せめて、心無い人が入り込んで滅亡しないことを心から祈ってその場を後にした。
俺も、今回を最後にもう足を運ぶまいと心に誓った。
心の奥にそっと仕舞い込もう。

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注)ここでは、場所・コースなどは一切公開しません。それは危険が伴うことを理由にしておきます。
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2007/3/20 | 投稿者: クロちゃん

ちょっと長い記事になってしまいました。(^_^)

銀色の新しく架け替えられた吊り橋を、腰を落としぎみに小走りに渡った。
先に川に降りた釣り人二人に軽く挨拶しながら渡った。
吊り橋の揺れるのが、微妙な恐怖感で変な快感を覚える。
こんなのも楽しみのひとつなんだろうね。

さて、ここから登りである。
どうも、人に見られていると思うと急ぎ足になってしまうのは、自分を誇示するとか照れや恥ずかしさの表われだろうか。
一気に急坂を登りつめた。
汗が滲み出るのが分かった。過剰な防寒対策のお陰かな。

道が平坦になる頃一休みする。ここまでは、良く整備されている道だった。
汗を拭い、毛糸の帽子と手袋をザックに仕舞った。

その先、やや不明瞭な道となったが、赤や黄の目印テープが導いていて、特に気を使うというものではない。
再び、明瞭な道になったころ、右前方に赤い豆焼橋が木の合間から見えた。

7時10分。
水量乏しい無名沢を渡ると、すぐ先に滝川本流への道の分岐点に出た。昔、ここから本流に降り立ったことがある。その時は、ここまで倒木で荒れた道だったが、今日はほとんど倒木はなかった。
さあ、ここから先は未知の世界へ突入だ。
杉の植林地を抜けると次の沢が流れていた。
これは「沢小屋沢」だと確信する。

8時00分。
曲沢通過。明るい沢の印象であった。
少し下流から対岸の杣道に回りこんだ。
しばらく進むと、前方に大崩落地が見えた。
あの場所はどうやって進むのかと思案しながら不明瞭な道を進む。
すると、またも沢が現れた。
「あれ?」
事前の調べた情報にはない沢の出現に首を傾げる。
右岸には一升瓶の残骸が無数に転がり、少し上に平坦な台地とかまど跡があった。
古(いにしえ)の杣人の生活が感じ取れた。
近くに猿と鹿の鳴き声が聞こえた。
時々、落ちてくる小石はあいつらの仕業なのだろうか。

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苔むしたカマド跡

先に進もう。
大崩落地点はロープが架かっていたが、何とも心もとない。
踏み後もないから足の置き場も分からない。
ジーッとルートを見つめて、「えーい!」と片手でロープを掴んで一気に走り抜けて無事通過した。ザレてはいるが、滑ることはない固まった地面だった。

そういえば。ここまで随分とザレ場があった。道は、山の自然に戻ろうとする力に徐々に失われて行っているようだ。ザレ場のほとんどを「ホップ、ステップ、ジャンプ」でかわしてきた。

この先は不明瞭な道が多くなった。
ケモノ道も多くなる。持参したピンクのビニールテープを立木に付けながら進んだ。
ちょっと嫌らしい岩場には、残置ロープが3本下がっていた。
ここは心配なので同時に2本を掴んで通過する。

その先で尾根を回り込んだ地点に冬の氷の世界に眠る沢を発見した。
ズルズルの斜面に先人の付けたテープがあり、半分滑るようにして沢に降り立った。
時計を確認すると9時20分。
左岸には石垣が組まれた台地に、テン場に良い場所があった。
右岸も幕営したらしき跡がある。
たぶん、ここは金山沢上流だろう。

この先に道の痕跡は見つからなかった。30分くらいウロウロしたが分からなかった。
深山幽谷の気配が強い。だんだんと心細くもなり、来た道を引き返すことにした。

帰路、俺は忘れていたことがあった。それは、俺には自他共に認める「道迷い」の癖を持っている特技があることだった。
正直者の俺は、いとも簡単にケモノ道に踏み込んでしまった。
来た時にはなかった笹薮に迷い込んだ。
こんな時、多くの経験から学習能力を発揮する。
こんなときは、往路で目印に付けたテープがある場所まで引き返そう。
引き返す途中にテープが見つかったが、どこで間違えたのかは謎のままにして帰路を急いだ。ロス時間10分くらいだった。

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石垣が詰まれた台地

腹も減ってきた頃、沢に到着。昼用のお湯を沸かしている間に沢の流れにちょっかい出したら、真っ黒にサビの残った岩魚が食いついた。
でも、こいつは秩父岩魚ではなかった。
写真を撮ってリリース。
「早くサビがとれるように…。」と心優しい俺は、一番流れの強い処に放してやった。
あの岩魚はどこまで流れていっただろう。俺は「無事でいてね。」と優しい眼差しで流れを見つめていた。

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ここに岩魚が潜んでいた
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2007/3/19 | 投稿者: クロちゃん

俺の渓流釣りスタイルではこの時期に目指す渓は少ない。
おまけにここ数日は寒い。釣りをするのには寒すぎる気候だ。
さりとて、家にいても何もすることがない。
そこで、思いついたのが「滝川右岸道」の杣道を歩いてみることだった。
その昔、沢小屋沢を横切る手前から滝川本流に架かる朽ちた吊り橋に辿ったことはあったが、その時は倒木で荒れていた印象を持っている。
今はどうか、そして、沢小屋沢から先はどうなっているだろうか。

事前に情報入手と調べたが、滝川右岸道の情報は乏しい。
5万分の地図は破線が曲沢で切れている。
俺の持っている古い渓流の本には載っていない。
ネットで調べたが、情報らしきものは見当たらなかった。
こうなると、行ってみたくなるのが俺の心情だ。

朝、6時00分。
高滝下流の吊り橋への下降路入口の駐車スペースに車を止める。
すでに釣り人の車があって、釣り仕度を終えていた。
そういえば、下流域でも釣り仕度の人がいた。
早くも滝川は銀座化の様相と感じられた。
「おはようっす。」と挨拶して、お決まりの釣り談義を少しする。

今日の俺の出で立ちは、登山靴に渓流スパッツ、ジャージのズボンを履き、毛糸の帽子に毛糸の手袋、ジャンバー姿と山歩きスタイルだ。
防寒対策に余念がない。
反面、着過ぎてザックの腰ベルトがきつい。むむ…。これは少し計算外だ。
ザックには、せこく竿を忍ばせていた。
6時20分。
滝川本流に架かる吊り橋に向けて歩き始めた。

つづく

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