2007/3/8 | 投稿者: クロちゃん

不思議な巡り合わせか、鬼門なのか、いつも目的が達せない不満足な山行となる山がある。
雨に祟られることのない「しおじ山の会」にとっても幾つかの山が思い浮かぶ。

【両神山】
最初に計画した時は、台風の影響で朝から本降りの雨だった。
このときは、止むなく山行を中止した。
翌年、雨の少ない時期にと計画したら、長期予報の天気情報と前日の好天を見事に裏切り、雨となった。
この日は、計画変更して岩根山から登谷山に向かった。
両神山から遠ざかる、岩根山の登山口に近づくに連れて雨は上がり、登山口では青空も見え始めた。
山から雨上がりの両神山がすっきりと眺望できた。
両神山は“鬼門の山”の代名詞が出来上がった。

【関八州見晴台】
上州の山々と富士山眺望を目指して登った。
一度目は曇り空で好天に向かっていたが、近くの山々が望めただけだった。
二度目、三度目は、登り始めるまで晴れていたのが、登山口から登るにつれて雲が出てきて、頂に着いたときは遠くの山は隠れていた。
「どうしても、俺に見せないつもりか!?」
いずれも冬の景色を期待しての山行だったが、この山は遂に微笑んではくれなかった。
「俺が何をしたというのだ!」

【三頭山】
初めて登った日は雨だった。本降りの雨でかえって諦めがついた。
二度目は、晴れているのに頂に立ったら、遠くは雲の中だった。
「富士山、見るぞーっ。」と、勇んで行ったのだが、かわされてしまった。

クリックすると元のサイズで表示します
岩根山から登谷山への途中で…。右に「鬼門の山・両神山」を望む

「……。!!!」
ここまで書いてきて、ふと不思議なことに気づいた。
この3つの山に共通するものが3つある。

その1.両神山は「奥秩父」、関八州見晴台は「奥武蔵」、そして三頭山は「奥多摩」といずれも「奥」という文字が付く場所に位置する。
  「奥」は「遠く」という意味を連想させる。
その2.いずれの山も「み」という読み方が含まれている。
  両神の「み」、見晴台の「み」、三頭山の「み」。
  「み」は「見」を想像して相通(あいつう)ずる。
その2.いずれの山も数字が含まれている。
  関八州の「8」、三頭山の「3」、そして、両神の両は「2」が当てはまる。
  「8・3・2」は「や・み・に」と読めないか。
  
整理してみよう。「遠く」に「見」は「闇に」と考えられる。
自分なりに解釈すると「遠くに見ることは闇に覆われてできない。」と思うがどうだろう。
  
鬼門の山の正体は、何かのメッセージを残しているのだろうか。

今月、三頭山の山行が計画されている。
このメッセージの正体を暴いてやりたい。
「テル姫」様、「幸福の女神」様、よろしゅう、お頼み申す。
0




AutoPage最新お知らせ