2014/1/16 | 投稿者: クロちゃん

ふと目にした仁王様に書いてあったのは「日本一の石仁王」の文字でした。
えーっ、知らなかった。(“▽”*)
なんでも「日本一」って良い響きです。しかもそれが身近な秩父にあったのです。

クリックすると元のサイズで表示します


「よくごらんください。」と書いてあるのでジーッと眺めてしまいました。
さて、この仁王様はどこで生まれたのでしょう。
その疑問も山に向かって行くうちにやがて分かりました。
「念ずれば 花ひらく 念ずれば 花ひらく 念ずれば 花ひらく」

クリックすると元のサイズで表示します


しかし、冬の今の時期に花はどこにもありませんでした。(^ε^)
このレポは花がない「は・な・し」です。
場所は、西秩父の小鹿野町にある秩父札所31番・観音院の登り口です。

クリックすると元のサイズで表示します


その昔、私もまだ若かった頃、観音院登り口の手前にある水子地蔵で、風がないのに風車がカラカラと回るという噂を耳にしました。
好奇心旺盛な私は夜に行ってみることにしました。今思うと、何故夜だったのでしょう。好奇心旺盛でも怖がりなので複数で行きました。

ちょうど口裂け女が巷を騒がせていた頃です。
口裂け女は「わ・た・し・き・れ・い」のあの有名なお話です。まだ全国区になる昭和53年頃(1978年)に秩父では口裂け女の噂を耳にしていたのです。(たぶん…。記憶はあいまいですが、その年は記憶に残る年だった。)
口裂け女が映画化されたのはずっと後のことです。

話が横道にそれましたが、水子地蔵に行ってみました。
結果…。
シーンと静まり返った暗闇の中で…。
ひえ〜。(^^ ; ^^)誰も口を開かない。誰か喋って〜。
か、風車が〜。

暗くて見えなかった。(^^ゞ

さて、話を日本一の石仁王に戻しましょう。
この石仁王はどこで生まれたのでしょう。
それは、観音山に登って行くと、山頂直下に「仁王尊採石場跡」という場所がありました。

クリックすると元のサイズで表示します


石仁王は高さ4m、重量約2.4トンとのことです。なんでも明治元年に製作されたものらしいです。
その頃の人たちは山の上から切り出して、どうやって運んだのでしょう。
採石場から仁王門まで、急峻な山道しかありません。
歴史をひもとく時、それは必ず不思議な謎の壁にぶちあたる。

観音院には、弘法大師がツメで 彫ったといわれる「磨崖仏」もあります。
これも不思議な伝説です。
秩父に来たら、立ち寄ってみてください。

山歩日2014年1月12日

今日もアウトドアブログのアイコンをポチッと応援ありがとうございます。★(^○^)/
↓↓↓

にほんブログ村 アウトドアブログ 登山へ
にほんブログ村
11




AutoPage最新お知らせ