ロッキー・ザ・ファイナル  新作レビュー

見た日/4月某日 ★★★★

 いやー、まさに、男泣きの1本!

 生きる活力を与えてくれた、そんな映画だ。

 シルベスター・スタローンはもともと、単なる筋肉バカ俳優ではない。この「ロッキー」1作目やプロレスで兄弟愛を描いた「パラダイス・アレイ」など、主演と脚本を兼ねた初期の作品は、アクションや肉体だけでなく、肉体を駆使する男たちの悲哀を描き切った傑作だった。

 彼は脚本も書ける才人だったのだ。特に男の情熱に秘めた想いを表現したセリフ回しには定評があった。それが・・・どこからか、おかしくなったのだ。やはり、富と名声を手にすると、人は変わってしまう。大手製作プロダクションと契約し、悲哀を無くしたスタローンは、ただの筋肉バカのナショナリストになってしまった。

 その変貌ぶりは、無名の俳優をスターにし、アカデミー賞まで取らせた「ロッキー」シリーズにも現れた。チャンピオンになった2はまだ第1作目の香りを残してはいたが、3はフィラデルフィア訛りがなくなり、ロッキーもスマートになったものの、スタローンの王様ぶりが鼻についた。4に至っては国威高揚映画の固まりで、ロッキーは「強いアメリカ」の象徴になってしまい、もう一つのスタローンの代表作「ランボー」が1人で何千人というソ連兵を倒す荒唐無稽ぶりに進化するのとリンクしていく。

 原点回帰を目指した5はクライマックスが怒りにまかせたストリートファイトで物語も破綻。ついにロッキー=スタローンは自分を追い詰めた。ギャグ映画や刑事アクション、SF物に題材を求めても結果は出ない。もがいている時期でも「デイライト」「クリフハンガー」「ドリヴン」「コップランド」など、良作はあったが、正直今ひとつだった。

 アメリカ本国でも毎年ラジー賞候補になるばかりで、最近は公開即DVDとなる作品ばかり。以前、マイケル・J・フォックスが日本のテレビのトーク番組で「来日して、スタローンがハムのCMをやっているのを見たときは何の冗談かと思ったよ」と言っていたが、それはハム役者=大根役者というアメリカでの評価を示しているのだろう。

 スタローンの変遷は、そのままロッキーという映画の世界で生きてきたキャラクターの変遷の歴史でもある。エイドリアンという妻の幸せと、己の誇りのためだけに戦ってきたヒーローは、いつのまにか、いろいろなものを背負わざるを得なくなったのだ。

 それが、還暦を迎え、あのスタローン、否、「ロッキー」が蘇った。この「ロッキー・ザ・ファイナル」否、「ロッキー・バルボア(原題)」は、初期のスタローンが持っていた、戦う男の悲哀が見事に描かれている。そればかりではない。劇中「二度のチャンピオンに輝く」と言われ、成人した息子もいるので、もちろん2〜5の設定は受け継いでいるが、この映画は、1人の男の愛と挑戦を描いた、まぎれもない名作「ロッキー」の初めての正当な続編で、別の面から言えばスタローン自身による、続編ではない「ロッキー」のセリフリメイクとも言える。

 さまざまな紆余曲折を経ることで、余計な鎧を脱ぎ去ることができたのだろう。60歳にして、自分自身をスターにしてくれた「ロッキー」にもう一度成り切り、文字通り戦うことで、シンプルながら熱く、観客の心をしっかり掴む映画がここに誕生した。

 エイドリアンの死から5年。小さなレストランを営むロッキーだが、エイドリアンが忘れられない。息子は有名な父親に反発し、家を出ている。そんなロッキーの全盛期と現チャンピオンのシミュレーション試合がテレビで放映され、ロッキーの心に忘れたはずの闘志が蘇る・・・。

 「ロッキー」と同じく、フィラデルフィアの下町が舞台。スマートだった3や4とは違い、1作目と同様、ロッキーはボロボロのハットを被り、訛りが強い英語を喋る。最初に戦ったボクサーやロッキーに叱られた不良少女、宿敵だったアポロのトレーナーなど、1作目を彩った人物たちが重要な役目で出てくる。

 前半はロッキーがフィラデルフィアの町をうろつくだけなのだが、その心情の変化がじっくり描かれる。正直、地味だが、ずっとこのシリーズを見続けてきて最近のスタローン映画にイライラしてきた身、つまり、最初の「ロッキー」が大好きな故にその後の展開が嫌いだった身としては、もう涙なしでは見られない。敵役のチャンピオンも、弱い相手とだけマッチメイクをされ続け、常に悩んでいる、という設定も好ましい。

 後半のトレーニングシーン、試合のシーンはもうお約束のパターンなのだが、ここも1作目の名シーンが踏襲される。あのアドレナリン爆発のテーマ曲「GonnaFlyNow」も、そう簡単にはかからず、ここぞ、というところにしかかからない。

 そして、ネタバレになるので書かないが、エンドロールのときに展開される映像は約束違反。僕はここで一番泣けた。

 「人を指差して自分の弱さをそいつのせいにするな。それは卑怯者のすることだ」「心は年を取らないことを証明して」「年を取ると多くことを失う。残ったわずかなものまで奪わないでくれ」「人生は重いパンチ。いくら打たれても、大切なのは前に進むこと」これらの名セリフは説教臭いが、スタローンゆえの重さがある。

 僕は中学生のとき、映画館で「ロッキー」に励まされ、当時ひどかった「いじめ」と戦った。今、フリーで仕事をするようになっているが、30年経って、再びロッキーに戦うことを教わったような気がする。「自分と戦うこと」を。

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2007/4/22  17:13

 

鑑賞記:哀しみさえも闘う燃焼剤にしてしまう男・・・その名はロコ。
「∞」。上映中のすべての映画を優先して観てほしい作品である
この映画を観ているとき、ずっと自問自答していたQがある。『スタローンが、ロッキーなのか?』はたまた『ロッキーが、スタローンなのか?』 




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