寝ずの番  新作レビュー

見た日/5月某日 ★★★

この映画を見て、学生時代のサークルの飲み会を思い出した。そのサークルは女人禁制で(と言うより女性が近づかなかっただけだが…)オトコばかりの飲み会になるとそれはもうスゴイ騒ぎになったものだ。

 大学1年のとき、その飲み会で初めて「春歌」を聞いた。チ○ポやマ○コと言った言葉が、日本調の調べに乗って、軽やかに歌われる。

 「これ、誰が考えたんですか?」先輩に聞くと、「知らねえよ。代々、伝わっているものなんだ」と言う。後で知ったことだが、元になっている歌ともその歌はちょっと違った。長い伝聞で、独特な進化をしたのだろう。

 僕は4年生になると、その春歌群の唯一の伝承者になっていて、後輩たちにはいくら教えても覚えてくれなかった。最近の学生たちは春歌なんて知らないだろう、多分。

 で、この映画である。楽しくて、面白い。「艶」と「粋」にこだわり、大人のエロ話満載で、「テレビでは絶対放映できない『映画』を作ろう」という作り手の意気込みも感じる。そう、テレビでは表現できない規制をぶっ飛ばす、これも映画の醍醐味の1つだ。

 ちょっとだけ出てくる高岡早紀が色っぽいが、前半は落語家たちの爆笑エピソード、後半は春歌の大合戦になる。後半のテンポがちょっぴり気になるが、キャスティングもよく、最後まで飽きさせない。

 「日本の大衆文化はエロにあり」とエロを愛する大人の1人として誇らしくも感じた。春歌は日本の大衆のエネルギーの1つだったはず。こういう猥雑さが実は社会には必要で、こういう裏文化がないと表の文化は絶対に育たないし、栄えない。

 そういう意味ではこの映画が今の時代に作られた意味は大きい。伊丹十三監督のテイストも感じるのは、マキノ雅彦監督が伊丹作品の常連だからこそだろう。
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佐々部映画の『自然体』  佐々部監督の世界

 佐々部監督作品の魅力の1つは、「役者さんが持つ魅力を引き出す」演出力にある、と前回書いたが、その最もな代表的なものは、「チルソクの夏」の陸上シーンだろう。

 監督自身、「本物の陸上競技を見せたい」と、主役4人の女子高生たちのキャスティングは、演技より陸上競技ができるかどうかにこだわった、という。それほどに見事な陸上シーンで、少女たちの肉体の躍動美には、とてつもない清々しさが画面からビンビン伝わってくる。

 この陸上シーンがリアルだからこそ、映画全体の高校生たちがうそ臭くないし、青春時代の誰もが持つ、キラキラした輝きがスクリーンを彩るのだろう。主演の水谷妃里は決してセリフ回しは上手くないが、普通の山口県の女子高生の会話になっていて、実に存在そのものが自然体でいい。

 「カーテンコール」に到っては、役者だけでなく、映画館自体が自然体だったが、役者のもならず、あんな昔ながらの映画館を探し出してロケすること自体、佐々部マジックというしかない。

俳優・香川照之さんはエッセイで天空(『映画の神様』)をも見方にする佐々部監督を「美味しい冷奴」に例えていたが、素材のよさを生かし、旨味を出す辺りは、極上のみりんのような監督さん、と言ってもいいだろう。

 

 
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佐々部映画の『笑顔』  佐々部監督の世界

敬愛する佐々部監督作品もどんどん論じていきたい。

 佐々部監督作品の魅力の1つに、俳優さんたちの「自然体」がある。佐々部監督の作品は、「役柄に役者を近づける」というより、「役者が持つ魅力に役柄を近づけている」という感じがする。

 例えば「半落ち」の梶。寺尾聡という役者が本来持つ聡明さと誠実さが佐々部演出によってにじみ出ているからこそ、梶が犯罪者ながらも、その犯罪の動機に神々しささえ覚えるのだ。

 また、他の映画では肩に力が入った演技ばかり目立っていた鶴田真由が「半落ち」で初めてナチュラルな等身大の女性を演じ、「カーテンコール」に到っては、実に自然な演技を見せていたのは、特筆すべきことだと思う。

 そして、佐々部監督作品のキーワードは、ご本人も時折指摘されているが、「笑顔」だ。映画の中で見せる登場人物たちの笑顔の、何と素敵なことか。

 人は辛いときも、我慢するために「笑顔」を見せる。楽しいときも、もちろん「笑顔」を見せる。つまりどんなときでも、「笑顔」は人生そのものを表わしているのだ。佐々部映画には、そんな「笑顔」がいっぱい描かれる。

 「チルソクの夏」で、安君と港で別れる郁子。「安くーん!」絶叫したあと、郁子は泣きながら、笑顔になる。それは、悲しいけれど、また会えるよね、という未来がいっぱいある、思春期の少女の「希望の笑顔」だ。

 また同じ「チルソクの夏」で、成長した郁子が見せる、安君と再会したときの笑顔。少女時代の笑顔を受けた、大人になって、様々な悲しみを越えて来たからこその、とびきりの「笑顔」だ。

 「カーテンコール」にも素敵な笑顔がたくさんある。数十年ぶりの舞台で、心からの「ありがとう」を魂から叫ぶ、修平の「笑顔」。演じる井上尭之さんの人生の年輪とも重なる。これも、「役者が持つ魅力」に、役柄がはまった瞬間だ。

 本当に佐々部監督は、キャスティングが上手い。今度の「出口のない海」では、どんな「笑顔」が見られるのだろうか。戦争映画だからこそ、ぜひ素敵な「笑顔」が出てくる、感動的な作品を期待したい。
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バトル・ロワイアルと深作欣二監督  映画つれづれ

深作欣二監督は、心から大好きな監督の1人だ。

 「仁義なき戦い」など、一連のバイオレンス傑作群から「宇宙からのメッセージ」などのトホホ大作群まで、嫌いな作品はない、と言っていい。

 そんな深作監督と生前、お会いする機会があった。「バトル・ロワイアル」のキャンペーンで山口県に来られたとき、地元の映画興業会社から高校生に試写を見せて監督と懇談会を開き、その模様を地元ケーブルテレビで放送したいので司会をやってくれ、という。

 もちろん、2つ返事でOKしたが、テレビ放映されたにもかかわらず、僕が司会なのでかなりマニアックな懇談会になってしまった。が、しかし、当時、この映画はR15指定になって、国会でも議論になっていたのに、高校生試写会をやった、我らが地元の毎日興業という会社はすごいと思ったし、協力した2つの高校の先生が快諾した、というのも拍手喝采だった。

 このとき、ある女子高校生が、映画の感想を求められ、「キタノ先生が可哀相」と言った。この映画のキタノ先生は随分ひどい先生なのだが、映画に込められた暴力の裏にある虚無感や無意味をこの女子高生は1度映画を見ただけで見抜いた訳で、この感性に深作監督は大感激。このあと、あちこちのキャンペーンでこの話をしていたそうだ。

 「ヘンな大人は暴力シーンがあるだけで誤解するけどね。子供たちにはちゃんと届いている」。このときの監督の言葉に感動した。

 キャンペーン後、空港までの車中で監督、ご子息の深作健太監督と交わした映画談義は一生忘れられない思い出だ。とくに「復活の日」のときの外国人俳優のエピソードは楽しかった。その内容はいずれこのブログで記したい…。

 深作健太監督のその後の大活躍を見ると懐かしいが、早く「スケバン刑事」が見たいなあ、と思うきょうこのごろだ。
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