ゲゲゲの鬼太郎  新作レビュー

見た日/4月28日 ★★★

 仕事で5/12公開の映画「俺は、君のためにこそ死ににいく」の公開記念パネル展を山口県下松市のショッピングセンターで催すことに。初日の28日、オープニング準備を終えて、ちょっと時間が開いたので「映画見るか」とセンター内のシネコンに行く。

 「バベル」と「ゲゲゲの鬼太郎」ともに初日で、どっちを見るか迷った挙句、「ゲゲゲの鬼太郎」にする。「バベル」は業務試写のご招待を頂いていたのに、見逃してしまい、ずっと見たかったのだけど、何となく重そうな感じがして、「ゲゲゲ」にしてしまった。ブラピさん、凛子さん、ごめんなさい。でも、絶対見るからね。

 で、「ゲゲゲ」だが、意外と面白く、楽しかった。原作(どちらかと言うとアニメ版)のテイストを損なわず、子どもたちから若者、お父さんお母さん世代まで、幅広い層が楽しめるGWらしい、ファミリー映画に仕上がっていた。これだけ知名度がある原作を、こういう風にある意味「王道的」に料理するのは大変だったろうが、最近の「釣りバカ日誌」シリーズなど、ホームコメディで腕を磨いてきた本木克英監督の手腕はなかなかのものだと思う。

 ネットニュースなどによると、初日の入りもよく、配給の松竹は興行収入30億円を視野に入れたらしい。日本の漫画は今、優秀なコンテンツとして世界的な評価を受け、映画の題材として注目をされている。日本映画の興行収入が回復し、ハリウッドに負けない娯楽作の製作が望まれている現状ともあいまって、この「ゲゲゲの鬼太郎」の出来栄えとヒットは、今後の方向性を決めるうえでも重要だと思う。

 ちょっと前なら、漫画の映画化は例え企画が通っても、製作者側の思い込みが激しくて、ヒットはしたものの原作とは全く別の世界観になってしまった「キャシャーン」や、映画自体が破綻した「デビルマン」など、悲惨なものもあった。しかし、ごくごく最近は、映画興行の好調とともに、マーケティングを踏まえたうえで、観客が求めている嗜好を抑えた漫画の映画化(「タッチ」や「NANA」、「ハチミツとクローバー」など)が続き、それがエンタテイメント要素たっぷりの「ゲゲゲ」でも踏襲されたことは大きい。

 あと、そういう安心できるイメージを踏襲したエンタテイメント性に加え、漫画を原作に、監督ら作り手の作家性も強く強調した「どろろ」が昨年ヒットしたことも大きい。これらの流れが、今後製作される「ヤッターマン」や「ガッチャマン」の成功につながることを祈りたい。

 さて、この「ゲゲゲ」だが、これが松竹の社員監督によるもの、というのも意義があると思う。本木監督がエンタテイメント作を作れることが証明できたことで、松竹は今後の製作できる作品の幅が大きく広がった。

 最近、松竹は意欲的だ。ちょっと前まで「釣りバカ日誌」しか自社製作がなかったのに、最近は自社製作にも意欲的だし、スタジオ製作の作品の配給も意欲的だ。キネマ旬報で山田洋次監督が「どうして松竹はフラガールみたいなものを作らないかな」と怒っていたが、そんな「天皇」の激にこたえているのか、本当にがんばっている。「ゲゲゲ」もそんな意欲の現れだろう。これまで東宝専門だったフジテレビと組んでいる点にも注目だ。

 ウエンツの鬼太郎は透明感があって、意外にもはまり役。猫娘役の田中麗奈はとってもチャーミングで、ミニスカとダンスシーンは必見。「夕凪〜」の七波と同一人物とは思えない。ほかの妖怪たちも、大物俳優たちが嬉々として演じているのが気持ちいい。

 そうそう、忘れてはならないのがねずみ男の大泉洋。この人の軽妙さはいい。先日、テレビのスペシャルドラマ版の「東京タワー」でこの人のシリアスな演技に感心したばかりなのだが、なかなかの両幅の広さ。もしかしたら、日本のジム・キャリーになれるかも?と思ってしまった。
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ロッキー・ザ・ファイナル  新作レビュー

見た日/4月某日 ★★★★

 いやー、まさに、男泣きの1本!

 生きる活力を与えてくれた、そんな映画だ。

 シルベスター・スタローンはもともと、単なる筋肉バカ俳優ではない。この「ロッキー」1作目やプロレスで兄弟愛を描いた「パラダイス・アレイ」など、主演と脚本を兼ねた初期の作品は、アクションや肉体だけでなく、肉体を駆使する男たちの悲哀を描き切った傑作だった。

 彼は脚本も書ける才人だったのだ。特に男の情熱に秘めた想いを表現したセリフ回しには定評があった。それが・・・どこからか、おかしくなったのだ。やはり、富と名声を手にすると、人は変わってしまう。大手製作プロダクションと契約し、悲哀を無くしたスタローンは、ただの筋肉バカのナショナリストになってしまった。

 その変貌ぶりは、無名の俳優をスターにし、アカデミー賞まで取らせた「ロッキー」シリーズにも現れた。チャンピオンになった2はまだ第1作目の香りを残してはいたが、3はフィラデルフィア訛りがなくなり、ロッキーもスマートになったものの、スタローンの王様ぶりが鼻についた。4に至っては国威高揚映画の固まりで、ロッキーは「強いアメリカ」の象徴になってしまい、もう一つのスタローンの代表作「ランボー」が1人で何千人というソ連兵を倒す荒唐無稽ぶりに進化するのとリンクしていく。

 原点回帰を目指した5はクライマックスが怒りにまかせたストリートファイトで物語も破綻。ついにロッキー=スタローンは自分を追い詰めた。ギャグ映画や刑事アクション、SF物に題材を求めても結果は出ない。もがいている時期でも「デイライト」「クリフハンガー」「ドリヴン」「コップランド」など、良作はあったが、正直今ひとつだった。

 アメリカ本国でも毎年ラジー賞候補になるばかりで、最近は公開即DVDとなる作品ばかり。以前、マイケル・J・フォックスが日本のテレビのトーク番組で「来日して、スタローンがハムのCMをやっているのを見たときは何の冗談かと思ったよ」と言っていたが、それはハム役者=大根役者というアメリカでの評価を示しているのだろう。

 スタローンの変遷は、そのままロッキーという映画の世界で生きてきたキャラクターの変遷の歴史でもある。エイドリアンという妻の幸せと、己の誇りのためだけに戦ってきたヒーローは、いつのまにか、いろいろなものを背負わざるを得なくなったのだ。

 それが、還暦を迎え、あのスタローン、否、「ロッキー」が蘇った。この「ロッキー・ザ・ファイナル」否、「ロッキー・バルボア(原題)」は、初期のスタローンが持っていた、戦う男の悲哀が見事に描かれている。そればかりではない。劇中「二度のチャンピオンに輝く」と言われ、成人した息子もいるので、もちろん2〜5の設定は受け継いでいるが、この映画は、1人の男の愛と挑戦を描いた、まぎれもない名作「ロッキー」の初めての正当な続編で、別の面から言えばスタローン自身による、続編ではない「ロッキー」のセリフリメイクとも言える。

 さまざまな紆余曲折を経ることで、余計な鎧を脱ぎ去ることができたのだろう。60歳にして、自分自身をスターにしてくれた「ロッキー」にもう一度成り切り、文字通り戦うことで、シンプルながら熱く、観客の心をしっかり掴む映画がここに誕生した。

 エイドリアンの死から5年。小さなレストランを営むロッキーだが、エイドリアンが忘れられない。息子は有名な父親に反発し、家を出ている。そんなロッキーの全盛期と現チャンピオンのシミュレーション試合がテレビで放映され、ロッキーの心に忘れたはずの闘志が蘇る・・・。

 「ロッキー」と同じく、フィラデルフィアの下町が舞台。スマートだった3や4とは違い、1作目と同様、ロッキーはボロボロのハットを被り、訛りが強い英語を喋る。最初に戦ったボクサーやロッキーに叱られた不良少女、宿敵だったアポロのトレーナーなど、1作目を彩った人物たちが重要な役目で出てくる。

 前半はロッキーがフィラデルフィアの町をうろつくだけなのだが、その心情の変化がじっくり描かれる。正直、地味だが、ずっとこのシリーズを見続けてきて最近のスタローン映画にイライラしてきた身、つまり、最初の「ロッキー」が大好きな故にその後の展開が嫌いだった身としては、もう涙なしでは見られない。敵役のチャンピオンも、弱い相手とだけマッチメイクをされ続け、常に悩んでいる、という設定も好ましい。

 後半のトレーニングシーン、試合のシーンはもうお約束のパターンなのだが、ここも1作目の名シーンが踏襲される。あのアドレナリン爆発のテーマ曲「GonnaFlyNow」も、そう簡単にはかからず、ここぞ、というところにしかかからない。

 そして、ネタバレになるので書かないが、エンドロールのときに展開される映像は約束違反。僕はここで一番泣けた。

 「人を指差して自分の弱さをそいつのせいにするな。それは卑怯者のすることだ」「心は年を取らないことを証明して」「年を取ると多くことを失う。残ったわずかなものまで奪わないでくれ」「人生は重いパンチ。いくら打たれても、大切なのは前に進むこと」これらの名セリフは説教臭いが、スタローンゆえの重さがある。

 僕は中学生のとき、映画館で「ロッキー」に励まされ、当時ひどかった「いじめ」と戦った。今、フリーで仕事をするようになっているが、30年経って、再びロッキーに戦うことを教わったような気がする。「自分と戦うこと」を。

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『ヤッターマン』実写化!  映画つれづれ

 ニュースによると、日活からラインアップの発表があって、タツノコプロによる往年のアニメ「ヤッターマン」の実写映画化が決まり、すでに三池崇史監督によって具体的な準備が進み、2009年公開予定だという。日活はそのあとには「科学忍者隊ガッチャマン」の実写映画化も予定しているとか。

 日活は親会社とタツノコプロと、タツノコプロが持つコンテンツを管理、映像化するための組織を作った、ということもそのニュースには書かれてあった。

 タツノコプロと言えば、早くからアメリカンコミックのようなハイセンスな絵柄と、斬新でドラマチックな物語性のあるアニメを多数製作し、東映動画などが作るアニメとはまた違った魅力を放っていた。

 「マトリックス」シリーズのウオシャウスキー兄弟は「マッハGOGOGO」を原作とした「スピードレーサー」をすでにクランク・インしたというし、「新造人間キャシャーン」が映画化され、松竹配給でヒットしたことも記憶に新しい。

 その豊富なコンテンツを、新たな映像化をするため、きちんと管理していこう、ということなのだろう。その第一弾が「ヤッターマン」というのが、いい。あの、ナンセンスでワンパターンながら、すこぶる面白かったギャグアニメを、原点に忠実に映画化する、というからワクワクする。

 個人的には、タツノコアニメの中では原作付きの異色作「いなかっぺ大将」と、大爆笑の「ハクション大魔王」、ハードSF「宇宙の騎士テッカマン」が大好きで、これらの実写映像化もぜひ見てみたい。

 問題は、キャスティングである。三池監督は「ドロンジョ役はアンジェリーナ・ジョリーに依頼し、断られた」と記者会見で発言したらしいが・・・。うーむ、ドロンジョ役は誰がいいだろう?日本人俳優なら、藤原紀香、小池栄子あたりか。ボヤッキーは竹中直人、トンズラーは伊東四郎で!と思うがどうだろう。

 ドクロベエの声は、オリジナル通り、滝口順平で。これは「ゲゲゲの鬼太郎」の目玉おやじの田の中勇と一緒で、実写にしようと何にしようと、変えてはならない、と思う。

 間もなく発表があるだろうが、三池監督という当たりに、「本当に実写でやるの?実現するの?」とまだまだ一抹の不安を持ちながら、楽しみに待ちたい。
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夕凪の街 桜の国  新作レビュー

見た日/4月13日 ★★★★★

 広島で開かれた、完成披露試写会で鑑賞。7月公開なので、ちょっと間があるが、あまりに衝撃を受けたので、ネタバレなしで感想を書きます。

 これは・・・傑作だ。僕がずっと応援してきた佐々部監督の作品ということを差し引いても、間違いなく、今年のベストワンだ。と言うより、恐らく僕の一生涯にわたっても、心に残る秀作の一本となった、言い切っていいだろう。

 この映画は、ヒロシマや原爆を描いてきたこれまでの映画とは、一線を画した映画と言っていいと思う。いわゆる「原爆」を扱ってはいるが、原爆の被害を直接描いた作品ではない。その影響を、様々な想いで描いた傑作は他にもあったが、この作品は戦争と言うより「原爆」すなわち「核兵器」がもたらした、人間の「業」の部分にも言及している、これまでにない稀有な作品になった。

 映画は、被爆から13年経ち、自分が背負いながら亡くなった妹への贖罪と、生き残ってしまった呵責で現実の幸せを受け入れられない26歳の女性・皆実が、同僚の男性との恋に揺れ、やがて原爆症で倒れる様を描いた「夕凪の街」と、皆実の弟・旭日の娘で、現代に生きる活発な女性・七波が、意味不明な行動を繰り返し、突然広島に旅立つ父を追いかけるうち、自分のルーツを探し当てる「桜の国」の二重構造になっている。

 「夕凪の街」はストレートに悲しいお話なのだが、父と母のルーツに娘が迫る「桜の国」にとっても深い物語性があり、人の生き死にや家族の在り方を掘り下げていて、「夕凪の街」で描いた原爆の悲劇を更に際立たせ、原爆の被害がもたらした様々な影響を考えさせてくれる。

 もちろん原作のコミックが優れているのは当然なのだが、一読しただけでは複雑で理解しにくい物語を、佐々部監督は皆実と恋人・打越との関係をじっくり描き、皆実の最後を原作より劇的にすることで、より感情移入しやすく料理している。また髪留めや写真など、映画ならではの小道具を効果的に使うことで、原作と同じ構図を持ちながら、観客が物語の全体像を分かりやすく理解できるよう工夫しているため、すうっと「夕凪の街 桜の国」の世界に入れる。

 人が人の利益のため、人を殺す戦争。その戦争のため、人は人の遺伝子そのものをも破壊する兵器を作り出してしまった。その被害に人類史上最初に出会った人々の苦しみは、世代をも超える。しかし、それでも人は人を愛し、子孫を残す。まるで、「死ねばいい」と思われた殺意に背を向けるように。そして見えない絆によって繋がれ、誕生した「家族」は、悲しみや苦しみを超えて、お互いを慈しみ、「生きる」のだ。

 「被爆」という苦しみは、戦後、薄れて行ったとは言え、日本全体に広がり、溶け込んでいる。その苦しみは、我々日本人全員にとっての「苦しみ」として受け取らなければならないし、絶対に忘れてはならないものだ。それは、仏教で言う「宿業」のようなものだ。ひとつの「街」の悲劇は、私たち全体の「国」の苦しみなとなって広がる。

 そして、我々は、戦争をはじめとする、様々な苦しみを乗り越えてきた祖父母や父、母から生まれ、ここに存在するのだ。どんな悲しみや苦しみがあろうと、人が人を愛する限り、人はまた生まれくる――。そんなことを、この映画は想起させてくれた。
 
 皆実役の麻生久美子の透明感と存在感が共存する重み、田中麗奈の意思の強い瞳からあふれる涙、無口な中に存在感が自然に出る堺正章、普通の女の子の中に、芯の強さを感じる中越典子、演技の技巧に情感を感じさせる伊崎充則、存在そのものに物語が背負う歴史を感じさせる藤村志保ほか、キャストのバランスの良さはもはや、奇跡的でもある。

 哀愁を帯びたメロディーと、癒しの旋律が、三拍子で交互に醸し出す音楽もまた秀逸。ハープの音色は物語の場面場面を美しく、悲しく彩る。これをわずか20数日間で撮ったという佐々部組は、驚異という他ない。「芸術を追求する監督より、与えられた予算と日程で面白いものを撮る職人監督でもありたい」と常々監督は言われているが、今作は、職人でありながら、芸術性も大衆性も兼ね備えた、見事な傑作になっている。

 完成披露試写会で監督が挨拶された「スタッフ、キャスト全員がこの作品に関わったことに誇りが持てた」という言葉がうれしがったが、佐々部作品を応援し続けてきた我々にとっても、この作品は「誇り」そのものになるだろう。

7月公開だが、早く全国、いや世界の人に、この想いをわかってほしい、と思う。

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サンシャイン2057  新作レビュー

見た日/4月某日 ★★★

 タイトルは、学研とNHKエンタープライズが製作したトホホエンターテイメントの大傑作、「クライシス2050」を思い出させるが、全く違うもの。

 太陽が破滅しそうになった近未来。地球は滅亡の危機を迎え、巨大な核爆弾を太陽に打ち込み、太陽の収縮を止める作戦を実施するため、8人の宇宙飛行士を乗せた宇宙船、イカロス2が太陽に向かう。

 宇宙船で起こる、密室ならではのサスペンス。そこで乗組員が体験する神秘的な体験。そして、予期せぬ様々なトラブル。果たして、ミッションは成功するのか!?

 「エイリアン」に、「2001年宇宙の旅」のテイストを加えていて、過去の様々なこの手の映画を思わせて新鮮味はないのだが、乗組員たちが人間味臭いのがなかなかよい。

 ラストは予想の範囲ではあるが、サスペンスとホラー風味の展開と、SFXの見事さは見ごたえがある。ただ、真田広之とミッシェル・ヨーの扱いに少々不満。演技もアクションもできる2人なのに、もうちょっと見せ場を作ってあげてもいいのでは。

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東京タワー オカンとボクと、時々、オトン  新作レビュー

見た日/4月某日 ★★★★

 テレビドラマは全く見ておらず、原作も未読なままで鑑賞。原作者のリリー・フランキーさんの文章やイラスト、テレビのバラエティ番組でのコメントは結構注目していたので、そのキャラクターと映画で語られる物語とのギャップに驚いた。

 作者は1963年生まれというが、僕は1964年生まれで、僕も36歳のときに母親を亡くしている。多くの人が思うことだろうし、主演のオダギリジョーが「これは僕の物語でもあり、あなたの物語でもある」と言われたというが、その通りで、この映画で語られるエピソードの一つ一つは、自分のことにもあてはまり、少々痛い。

 劇中、母親の臨終の横で、締め切りが迫って仕方なく、おバカな文章を主人公が書かねばならない、というシーンがあって、これは痛かった。実は、僕も母親が危篤のとき、キャメロン・ディアス主演の「メリーに首ったけ」という映画の試写会をやっていた。病院に早く行きたい気持ちを抑えて、男の精子で髪型を整えるキャメロン・ディアスという、実におバカな映画を見ていた訳で、この辺りは共感できる。

 松岡監督が優れているのは、まさにこの点で、原作を美化することなく、一つ一つのエピソードを、じっくり、抑えた演出で淡々と描いた点だろう。母は聖母ではない。その実像を丁寧に描きながら、息子に無償の愛情を注ぐ、不器用な生き方をあぶり出していく。そして息子は、母親に悪いと思いながらも、世間に流されながら、放蕩していく。

 この親不孝な面をも、きちんと描いてみせるからこそ、後半、死期を迎えた母親への思いが重く、深く心を貫く。母親が死んだあとの描写も淡々と描くことで、ラストシーンの場面とセリフが印象に残る。

オダギリジョーは相変わらずうまい。「カーテンコール」の伊藤歩、「出口のない海」の平山広行が編集者のコンビ役で出ているのが印象に残った。

「バタアシ金魚」「きらきらひかる」「さよなら、クロ」など、日常に中の光る一瞬を切り取ることが秀逸な松岡監督だが、ここでまたいい作品を撮られたなあ、と思った。

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早咲きの花  新作レビュー

見た日/4月某日 ★★★★

 この監督さんの前作「ほたるの星」は、公開時にキャンペーンをお手伝いしたので、思い出深い作品だ。DVDのロケ地マップのデザインや、特典映像のキャストインタビューのコーディネーターもやらせていただいた。主人公のモデルになった小学校の先生も、実は友人であり、プロデューサーさんとは共通の知人もあって、意外な縁の深さに驚いた。

 「ほたるの星」は師弟の絆や自然への畏敬など、人生にとって大切なテーマが、子どもたちの生き生きとした演技と山口県の自然描写で描かれている。それまで大手配給会社による依頼でアイドル映画などを手がけてきた菅原監督にとっても、「自分が撮りたい映画を撮る」第一歩でもあったようで、思いの深い作品になったようだ。

 そういう意味では、この映画は、内容は「ほたるの星」とは全く違うが、作品づくりの経緯を見ていると、「ほたる・・・」を発展させた、パート2的な作品と言っていいだろう。

 聞けば原作の作家、宗田理氏が「ほたるの星」で、映画で山口県が活性化したのを見て、映画化を思い立ち、三冊の小説を元に、菅原監督が映画化したらしい。

 失明の宣告を受けたアメリカ在住の女性カメラマンが、故郷の愛知県豊橋市を訪れる。そこで彼女は、「ええじゃないか」踊り復活に賭ける高校生たちと出会う。彼女の胸に去来するのは、戦時中、貧しくても明るくたくましく生きていた、兄ら当時の子どもたちの姿だった・・・。

 「ぼくらの七日間戦争」以来、少年少女の描写では定評がある菅原監督だが、この映画でも戦時中に子どもたちの描写が生き生きとしていて素晴らしい。空襲で大勢の子どもたちが亡くなった悲劇が後半のクライマックスだが、物語をその悲劇に特化せず、失明の失意から立ち直るヒロインと、自分を失った高校生がイベントによって自分を見つけていく様を重ねた構図が、物語を重層的にしている。

 悲しいだけでなく、明日への希望につなげるところに、作り手の心意気と優しさを感じる。

 
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大帝の剣  新作レビュー

見た日/4月某日 ★★★

 見る前はハチャメチャでストーリーなどないユルユルなファンタジーかと思ったら、見ると意外なほどの、ストレートでまっとうなSF冒険ファンタジー映画だった。

 いわゆる、欧米のヒロイックファンタジーと時代劇をミックスしたお話で、冒頭にある、宇宙船同士の戦いの場面が秀逸。あとは大きな剣を持つ主人公とお姫様をめぐる活劇で、着ぐるみがいっぱい出てくるチープさに乗れるかどうか、という点はあるものの、なかなかアクションも小気味よく、2時間は飽きずに楽しめる。

 数年前の雨宮慶太監督作「タオの月」に似ている、と思ったが、大真面目に作ってちょっぴりトホホ感が出たあちらより、最初から遊び心で作っているこちらの方が潔いか。泣けないし、感動はできないけど、こういう楽しめるファンタジーが日本映画にどんどん出てきていいと思う。

 長谷川京子は相変わらずカツゼツは悪いし、演技も下手なのだが、ヘタウマの妙な魅力で魅了してくれる。「愛の流刑地」といい、この人からは目が離せない。

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映画ドラえもん〜新魔界大冒険・7人の魔法使い〜  新作レビュー

見た日/3月某日 ★★★★

「ホワイトアウト」などで知られる作家、真保裕一が元シンエイ動画社員ディレクターという縁で脚本を担当。エンタテイメントのツボを知り尽くし、ドラえもん世界にも造詣が深い人が脚本を担当しているとあって、お話の構成が面白い。

石像になってしまったのび太たちのナゾが解き明かされるパラドックスや、メデューサの正体など、ワクワクドキドキする仕掛けもたっぷりで、様々な困難を打ち破るのがドラえもんの秘密道具である、という点もドラえもんの原点に帰っていて好ましい。

 作画も丁寧で、旅の部分を極端に引き伸ばし、友情を強調したことがかえってダレを生んでしまった前作に比べると、楽しめる。感動度は前作のほうが上回ったけれど・・・。

 旧シリーズのリメイクも定着した感はあるが、この辺りで新しいスタッフによる、オリジナルの長編も期待したい。
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日米アカデミー賞!  映画つれづれ

お久しぶりです。

年度末、仕事が重なったうえに生後2ヵ月の末娘が約半月にわたって入院する、という事態に、ブログの更新だけでなく、映画を見ることもできませんでした。

娘はすっかり回復して退院し、家庭はようやく落ち着いてきました。仕事の忙しさは相変わらずですが、何とか今週あたりから映画館通いが再開できそうです。

3月はわずか言い訳の記事を一度書いただけなのに、毎日たくさんのアクセスをいただいていることは本当に感謝、感謝です。

このブログ、僕からは積極的にトラックバックもしていませんし、他の方のブログにあまりコメントも残していません。なのにアクセスをいただいているのは有難い限りです。これからは欲も出して、ブログの発信もしていきたい、と思っています。

さて、貯めていた、書こうと思っていたネタですが、まずは「日本アカデミー賞」と本家の「アカデミー賞」と行きましょうか。もう、かなり古い話題になってしまいました。

「日本アカデミー賞」は前にも書きましたが、この賞は、日本で唯一、テレビ中継される映画賞であり、そういう意味では一般に及ぼす影響や知名度は抜群で、真の名誉ある賞として更なる発展をしてほしい、と心から思っています。

ただし、投票権を持つアカデミー協会の会員は大手製作・配給会社の方々が中心で、どうしても組織票に左右されるのか、ノミネートを含め、選ばれる作品は大手メジャーの作品に偏る傾向がある、という問題点があります。今回のノミネート作品もそういう傾向が見られました。「涙そうそう」が作品賞候補になったこと、作品賞、監督賞候補から「ゆれる」が外れたことなどはそういう傾向の現れでしょう。

そういう意味で今年、作品賞、監督賞をはじめ「フラガール」が主要な賞に選ばれたのは少々意外でしたが、とってもいいことだ、と思いました。他のノミネート作品を見れば、作品の質から言って明らかに「フラガール」の勝利なのですが、この作品は単館系作品の配給会社であり、製作委員会にテレビ局も入っていません。これまでの傾向から見るならば、他の作品が受賞していてもおかしくはありませんでした。僕は、恐らく主演男優賞、主演女優賞を除けば、松竹の「武士の一分」が独占すると思っていたし、そうなっても納得していたでしょう。

だからこそ、「フラガール」の受賞は意義があります。聞けば、メジャーでない配給作品が選ばれたのは11年ぶりとか。山田洋次監督がキネマ旬報で「フラガール」を絶賛していたのが原因だったりして、とうがった見方もチラリとしてしまいましたが、力があり、観客からも支持された作品がこういうメジャーの賞を獲得したことは大きな意義があります。投票権を持った方々も、自社の作品より「フラガール」を優先されたのでしょうか。とにもかくにもよかった、と思いますし、日本アカデミー賞の良識を示した結果になったと思います。

それから、気になったのは日本テレビの番組構成。例年と同じく、裏方さんたちの受賞は紹介と静止画のみ。あとはくりいむしちゅーの上田と小池栄子が会場外で進行しながら受賞者を呼んでインタビューし、「印象に残った日本映画」を聞きながら過去の受賞作を紹介する、というもの。

1時間遅れぐらいで編集して放送しているせいからか、毎年混乱はしているが、今年はとくにひどく、新人俳優賞のインタビューは音声が入らないハプニングもあって、最悪でした。

静ちゃんが出ている「フラガール」つながりで南海キャンディーズの山ちゃんをインタビュアーに起用したのも面白いとは思いますが、ウイットな受け答えがある訳でもなく、本人がただただ緊張しているだけでこれは可哀想。本家アカデミー賞でも映画出演経験があるコメディアンによる皮肉っぽいギャグがあったりしますが、これは見事に滑っていました。

やはり、変に編集するのではなく、リアルタイムで中継した方が、賞の重みも伝わるし、いいのではないか。編集でショーアップしない方が絶対いいと思います。裏方さんの受賞の時は、その方々の仕事ぶりや、編集や美術、音声などはどんな仕事なのか、そのときに受賞者の過去の作品も紹介すればいい。今のような番組だと、余計賞が軽く見られると思います。

さて、本家のアカデミー賞。菊池凛子さんが受賞されなかったのは残念ですが、外国語映画賞50年の紹介で、渡辺謙さんとカトリーヌ・ドヌーヴが紹介役を務めたのには感動しました。本家アカデミー賞にもノミネートされ、ホスト役として招待されるほどの日本の俳優さんが、日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞し、涙ながらにスピーチする、という現実がすごい。

こんなこと、ちょっと前なら考えられなかった。これも、松田優作が「ブラックレイン」に出たから、と思うのは考えすぎか。もしも優作さんが生きていたら、もっと今の状態がすごいことになっていたのでは、と思わずにいられません。

ちょっと脱線しましたが、作品賞、監督賞の「ディパーテッド」は意外でした。マーティン・スコセッシ監督は初のオスカーでめでたいのですが、たくさんの傑作を残した彼のベスト作品での受賞ではない、というのはちょっと皮肉です。確かに「ディパーテッド」は面白い作品だが、リメイク作品が絶賛される、というのはどうかな、と。

まあ、映画雑誌によると脚本賞のときの場内アナウンスでは「日本映画のリメイク」と紹介されたらしいし、リメイクであろうと、オリジナルがどんな映画であろうと、そんなことはどうでもいい訳で、そういう意味では外国映画を軽視するハリウッドの傾向が垣間見えた結果かもしれません。

でも、リメイクとは言え、よくできた作品だったし、何度もノミネートされながら受賞を逃していたスコセッシ監督への畏敬の念もあっただろうし、そういう意味では妥当だったのでしょう。

今回は久しぶりの更新なので、ちょっと長くなっちゃいました。早く新作レビューがどんどん書けるよう、頑張って映画を見ようと思います。
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