憑神  新作レビュー

見た日/6月某日 ★★★

日本映画のベテランスタッフたちによる、楽しめる時代劇。貧乏神、疫病神、死神という、あまり有難くない神様たちに取りつかれた下級武士の姿を、ユーモアとペーソスを交えて描いている。

江戸の市井の人々の生活を描く、という意味では昨年の「花よりもなほ」を思わせるし、下級武士の日常という点では「武士の一分」も想起させるが、この映画はリアリズムを底辺できちんと描きながらも、ファンタジー要素も入った自由闊達な映画であり、庶民の落語話のようにまとめてある。

とくに前半、西田敏行扮する貧乏神のパートが秀逸で、吹き出してしまうおかしさがスクリーンに漂う。降旗監督、木村大作撮影監督、計算しながらも今回は役者の持ち味を引き出すことに徹底したらしく、西田敏行のアドリブ大爆発で、長回しを多用して撮った西田さんの演技が他の役者の魅力を上手く引き出している。「どろろ」ではあまり楽しそうじゃなかった妻夫木君も、こちらは楽しそうで、のびのびと下級武士役を演じている。

後半になると、主人公が個性的な神様たちとの出会いによって自己に目覚め、その意義を問い直す展開になってちょっとお話がシリアスになっていくのだが、前半が面白かっただけに、ちょっとパワーダウンした感がした。主人公の気持ちの変化も少々消化不足でやや感情移入しにくい。だが、佐々木蔵之助や夏木マリら、芸達者の脇役たちの好演もあって、最後まで安心して楽しめる。

ラストは異論もあろうが、物語に落とし前をつける、という意味ではイメージに終わらず、物語を現代に伝えたい、と観客に提示するあたりは、ベテランスタッフだからこその発想だろう。エンドタイトルに工夫があって楽しい。主要スタッフ、キャストの文字が本人による手書きというのは、降旗・木村コンビの前作「赤い月」からだが、なかなか面白いアイデアだと思う。

昨年来、いい時代劇映画が続いているが、今回もセットや衣装、エキストラの佇まいなど、さすがにプロ、という絵が随所に見られた。お二人の作品は、これまでもっとドキドキワクワクした作品があるので評価は多少辛くしたが、わずか2時間の間で感情の起伏をきちんと描き、物語を終結させる技は正に「映画的」で、どっしりとしたカメラの構図は、見慣れたテレビの時代劇とは一線を画している。

正直言うが、同じ東映京都作品ながら、本物の城でロケをしながら、脚本も絵づくりもまるでテレビドラマだった「大奥」とは大違い。比べちゃ悪いが、ちょっと格が違う。こういう日本映画のいいところが詰まった、派手ではないが良質な時代劇がもっと見たい。
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ダイ・ハード4・0  新作レビュー

見た日/6月某日 ★★★

待望のシリーズ4作目。ブルース・ウィリス、元気である。毀誉褒貶が激しいスタローンと違い、この人は大作からアート系まで、幅広い作品に出演しながら、決して器用ではないのに自分のキャリアを確実に広げている。ハリウッドスターでは珍しいおっさん臭の強さを武器に勝負できる、メジャー系のアクション俳優としては稀有な存在である。

その彼が、あたり役のマクレーン刑事に四たび挑んだのが今作。聞けばパート4は何度も企画され、ブルースがジャングルの女医さんを救出する話の「ティアーズ・オブ・サン」は当初、「ダイ・ハード4」として企画されたのが変遷したらしい。そういう意味では今作ではブルースが製作も担当しているので、満を持して作ったシリーズ決定版、ということだろう。

最初から最後までアクションのつるべ打ちで、息をつく暇もない。要所要所でこれまでの1、2、3作のアクションを意識したシーンも出てきて、シリーズとしての繋がりも強調している。マクレーンのボヤキも健在だ。

ただ、デートムービーとしては最高だし、この1本だけ独立して見れば、2時間文句なく楽しめるアクションムービーなのだが、これが「ダイ・ハード」となると、僕としては手放しでは誉めてあげられない。1作目は、大が100個つくぐらい傑作だった。本当に、腹の底から面白いアクション映画だった。

今、DVDで見ても当時の衝撃はないだろう。1980年代の最後、CG全盛時代の前夜、アクション映画のアイデアも底をつき、「もう面白いアクション映画は出現しないだろう」と思われた、ある面では停滞していた時代。映画館での「ダイ・ハード」体験は、そんな鬱屈をズドンと吹き飛ばすほどのインパクトがあった。

当時の僕は、「ポセイドンアドベンチャー」や「タワーリング・インフェルノ」「ダーティー・ハリー」「ブリット」など、70年代の傑作アクションをビデオで見て興奮しながらも「僕らの時代の、リアルタイムの傑作アクションが映画館で見たい!」と熱望しただけに、ダイ・ハードは正に「キター!!!!!!」という感じだったのだ。

他のシリーズと同様、シリーズ化されるとそのパワーは下がるもので、このシリーズはそこそこの面白さは保ちつつも、やはりトーンはダウン。今回も、これまでのシリーズを凌駕しようと敵役の設定にも工夫しているし、アクションのスケールは物凄くアップしてはいるものの、脚本が荒削りで物語の展開にかなりの無理があり、マクレーンも不死身のスーパーマンになっちゃって、普通のおっちゃんが驚異の粘りで巨悪を倒す、このシリーズの持ち味が薄れてしまったのは残念。ものすごいアクションシーンも続きすぎて、最後あたりはちょっと満腹気味になってしまった。

だからといって、面白くない、とは言わない。今年の夏の大作ムービーの中では、間違いなく楽しめる1本である。
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めぐみ−引き裂かれた家族の30年  DVD・ビデオレビュー

見た日/6月某日 ★★★

北朝鮮による拉致事件を扱ったドキュメンタリー。「めぐみ」さん事件の発端から現状まで、きめ細かい取材であぶり出しているだけでなく、横田滋・早紀江夫妻の日常を追いながら、夫婦の娘への愛情を描き、他の拉致被害者家族の姿や家族会の活動も織り込み、この事件がもたらした社会的な影響も描き出していく。

映像の多くは、僕たちが今までテレビで見てきたものだが、昭和50年代のワイドショーの小川宏ショーで早紀江さんがめぐみさんに呼びかける映像や、めぐみさんが中学時代に独唱した合唱曲「流浪の民」の実声が流れるなど、初めて目にする映像や音声も多い。とくに「流浪の民」でめぐみさんが独唱するパート「慣れし故郷を放たれて・・・」という部分は、この映画の全体を貫くモチーフとしても用いられている。

この映画は、拉致事件に衝撃を受けた外国人ジャーナリストたちが、この事件をもっと世界に知ってもらい、目を向けてほしい、と製作されたものらしいので、この問題に関心を持ってニュースを見続けてきた者にとっては、事実の羅列としては目新しいものはない。編集も欧米人の視点から行なっているので、合間に挿入されるイメージカットなどにちょっと違和感も覚える。

だが、僕が共感したというか新たに感動したのは、横田さん夫妻、とくに早紀江さんの姿だ。ときには講演会の内容をめぐって言い争いをしたりする横田さん夫妻の姿は、これまで日本の報道などでは見たことがなかった、生の横田さん夫妻の姿だった。

早紀江さんは、僕たちの母の世代にあたる方だが、まさに「無償の愛を子どもに注ぐ母」そのもので、物の考え、行動、すべて1人の母親としてごく当然であり、そこが自然な立ち振る舞いだからこそ、決して激しくはないが、めぐみさんを突然失った悲しみが静かに深く伝わってくる。 

その「普通の母親」が、娘を思う一心から、拉致事件の「家族」としてある種の政治活動の中心者にならざるを得なかった状況が、この映画を見るとよく分かる。街頭でマイクを握り、国会前で涙を流しながら訴え、時には街角で一般市民から中傷もされながら、それでも訴える。仲間が国会議員に立候補すれば、その先頭になって当選を訴える。

「政治的な運動」は、恐らく横田さん夫妻は普通に暮らしていたなら多分無縁であっただろう。優しさをにじませるお二人の人柄を見ていると、運動に奔走する姿は悲壮であり、この映画を見ているとマイクを握る姿に違和感さえ覚える。それでも自らの手で国を動かし、娘を奪い返そうとする姿は、まさに「無償の愛を子どもに注ぐ母」そのものの姿であり、子を持つ親の1人として、その孤独な戦う姿に深く胸を打たれた。

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チルソク三昧!  映画つれづれ

2歳の娘が、ある晩、何を思ったか、寝る前に「チルソクの夏」のDVDを持ってきて「パパのお仕事、これ見る」と言い出した。

事務所に置いていたDVDが、いつの間にか自宅にあったのだが、これは恐らく長男か次男の仕業だろう。

娘にとっては、いつも事務所に置いていたDVDなので「パパのお仕事」と言ったのだろう。決して仕事として関わったわけではないが、この映画に出会ったことで今の僕があるのは事実である・・・。いずれにしても、僕にとって「チルソクの夏」は大切な大切な映画だ。

それから、娘は就寝前に「チルソク」を見ないと、絶対に寝ないようになってしまった。たまに「アンパンマン見ようか」と言っても、「イヤ!これ!」とチルソクを指差す。「チルソク」をかけないと泣き出してしまう始末である。

でも、大抵、郁子と安君が再会する辺りで娘は必ず寝てしまう。でもそれまでは画面を凝視していて、声をかけても返事もしない。

ということで、我が家ではこのところ、毎日「チルソク」を鑑賞している。僕も妻も何度も観ているので、娘が寝れば途中で消していたのだけれど・・・。昨日は、娘が寝てからも何気なく観続け、久しぶりに最後まで観てしまった。

やっぱり、「チルソク」はいい!!郁子の純粋さ、安君の一途さ、2人の間にある、いろいろな問題を飛び越える10代特有の純な気持ち・・・。下関という歴史の街に根ざした、人の想い。そして、かつての良質な日本映画を意識し、継承した確かな演出。傑出した若手音楽家による、さわやかで切ない音楽。やっぱりこの映画は傑作である。

多分、今夜も「チルソク」を観せられるのだろうが、昨日、娘の寝顔を見ながらふと思った。この娘は、幼いとき「チルソク」を子守唄代わりに寝ていた、と将来言えるなんて、何と幸せな子なんだろうと。

伯父さんに聞いた話だが、僕はやはり2歳ぐらいのころ、イヴ・モンタン主演の映画「グラン・プリ」に連れて行かれ、スクリーンを凝視していたらしい。この映画はあとで何度もテレビなどで見ているが、何となく車が走っている様は覚えている気がする。

優れた映画は、幼い子どもをも引きつける「映画」としての力があるのだ。そういう意味では、この「チルソクの夏」も、2歳の女の子の心を動かす何かがあるのだろう。
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300  新作レビュー

見た日/6月某日 ★★★

頭がもげ、血しぶき吹きまくりだが、凄惨なリアルさはない。この映画はスパルタの史実を描くことより、独特な世界観を持つフランク・ミラーのグラフィック小説を忠実に映像化することにすべての神経と技術と力を注いでいるからだ。

活劇シーンで多用される、スローモーションとストップモーション。これにCGを駆使した独特な映像が被さる。兵士たち、背景、全てがCGで映像加工されている。では凄惨なリアルさがないのなら、この映画のシーンは血が通ってない映像なのか?と問われればそれはNO。映像美で彩られてはいるものの、きちんと兵士たちの苦しみは伝わってくる。

これは脚本の勝利だろう。物語はシンプルだが、戦いに至るまでの筋立てや戦いに入ってからの物語展開は鮮やか。映像美だけでなく、それに伴うお話づくりがきちんと練られている。ビジュアルデザインが完璧でも、多分、キャラクターや物語をきちんと語ってないと映画は破綻する。(いい例が日本映画「キャシャーン」かな)

キネ旬の映画評には黒澤作品との共通点が指摘されていたが、確かに黒澤映画の影響は見て取れた。この映画、CG処理を施すため、スタジオでの撮影が主で、他の史劇大作に比べると低予算だったらしいが、映画ならではの迫力は十分あったと思う。

大勢の兵士たちを同じフレーム内に入れること(「○き狼」かよ!)が迫力ある映像になる、と信じて疑わない人たちがいたが、実は引きの映像は、いくら巨大な集団を写しても、それだけでは迫力が乏しい。その反面、この映画は工夫しまくりで、恐らくスタジオ撮りにしたのにも関わらず、スケール感もある。

この映画は、もしかしたら、お金と手間がかかった「紙芝居」なのかもしれない。「紙芝居」だからこそ、物語が大切なのだ。お話が理解できず、絵ばかりを見せられてはたまらない。そういう意味ではこの映画、よくできている。
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大日本人  新作レビュー

見た日/6月某日 ★★★

松本人志監督第1作。事前試写を一切せず、どんな映画がまったく分からなかったが、そこまでされると情報が出てから見るのは嫌だったので、初日の初回に行った。

そして、その正体は、確かにオリジナリティにあふれた、「ヒーロー映画」「怪獣映画」だった。シニカルな笑いを全編に散りばめ、アメリカ批判、北朝鮮問題、幼児虐待など、社会的な要素も加えながら、ある面、日本のお家芸である「怪獣映画」を通して「日本人とは何か?」とも問いかける。

映画に「感動」や「泣ける」など過剰な「喜怒哀楽」を求めている人は、見事に裏切られる。「笑い」を求めている人に対してもそう。この映画にベタな笑いはない。あるのはニヤニヤ、クスクスの笑い。最後の最後はそれを昇華させ、プッと吹き出すような笑いはしっかり提供してくれるが。そういう意味では見事に「観客を選ぶ」映画。事実、ネットでは賛否両論真っ二つ。正直、僕は好きだけど。

松ちゃんの笑いの本質は、「照れ」と、それに隠された「毒」にあると思う。「ダウンタウンDX」でも、「ごっつええ感じ」でも、松ちゃんは若手芸人や一般芸能人の「マイナス部分」を、上手なタイミングで、一見申し訳なさそうに、本質をついた表現で攻撃してくる。

「そんないいたありませんけどね」などと、情けない顔をして照れながら、一瞬の間を置いて相手の弱い本質をズバっと突いて笑わせる。かつてのビートたけしはこの「弱さ」を間髪入れずに指摘していたが、照れながら、言い訳をしながら、それでも「弱さ」を突いてくる松ちゃんの笑いは、ともすれば「いじめを助長する」などとも言われながらも、その実は日本人の建前社会をぶち壊す「破壊の笑い」でもある。

そこには「照れ」はあっても、松ちゃん自体は謙遜などしていない、実は完全に相手を見下していて、その「正体」を巧みに「照れ」でごまかす。でもこのごまかし自体が彼の芸風で、その「ごまかし」の様子もおかしい。浜ちゃんや競演芸人にその「ごまかし」を突っ込まれたときの松ちゃんも実におかしい。

この映画は、そんな松ちゃんの「照れ」「ごまかし」「毒」が満載。松ちゃん1人の映画なので浜ちゃんのような突っ込みがないため、その笑いの世界に慣れてない人には少々きついかも。本来なら姿を現さないインタビュアーがその「突っ込み」の役割なのだが、そこはちょっと弱かったかもしれない。

映画自体は、日本的なヒーロー「大日本人」が、日本的な怪獣を倒す映画だが、そこには日本人の建前社会を「破壊」する、松ちゃんの真骨頂的なギャグと主張が展開される、快作に仕上がっている。

いろいろな意見はあろうが、新しい才能の誕生と、面白いものを見せてもらったことに素直に驚き、喜びたい。怪獣映画フリークとして言わせてもらうと、特撮はなかなか秀逸で、豪華ゲスト陣熱演のクリーチゃーのデザインもよかった。クライマックスの「実写」は、実にマニアック。僕は映画館でニヤニヤしてしまい、劇場を出る際、そのニヤニヤをスタッフのお姉さんに見られたのがちょっと恥ずかしかった。
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ジャニーズ映画を語ろう!  映画つれづれ

百恵ちゃん映画について語ったので、ちょっとジャニーズ映画についても語りたい。

80年代、ジャニーズ事務所に所属する男性アイドルたちの主演映画が結構作られた。ほとんどが同事務所のジャニー喜多川社長の企画、またはプロデュースだ。

最近、ジャニーズ事務所は映画製作会社、ジェイ・ストームを設立。嵐主演で往年の名作テレビドラマを映画化し、犬童一心監督を迎えた「黄色い涙」など、意外にも単館系の良質な作品づくりを重視していて、映画づくりに本腰を入れていることが分かる。SMAPの各メンバーが次々と話題作に主演しているのも、映画を重視している表れだろうし、二宮和也がハリウッドの「硫黄島からの手紙」で好演していたことも記憶に新しい。

ここで触れる「ジャニーズ映画」は、そんな最近の動きとはまた違う、映画で彼らの魅力を引き出そうと作られた、バリバリのアイドル映画として作られた作品群のことだ。

たのきんトリオ総出演の「青春グラフティ スニーカーぶるーす」や近藤真彦が石原裕次郎の代表作をリメイクした「嵐を呼ぶ男」などが記憶に鮮やかだが、これらの中にも、意外な傑作、掘り出し物がある。

その中でもマイ・ベスト3は、男闘呼組主演の「ロックよ、静かに流れよ」、SMAP主演の「シュート!」、シブがき隊主演の「シブがき隊ボーイズ&ガールズ」だ。

「ロックよ、静かに流れよ」は同名のノンフィクションが原作で、仲間の死を乗り越え、ロックバンドを結成するツッパリ高校生たちの物語。後に俳優として著しい存在感を見せる高橋和也や岡本健一はこの作品で素晴らしい存在感を見せる。「九月の冗談クラブバンド」などで知られる長崎俊一監督のシャープな演出も光る傑作。ローラースケートで公園を疾走する唐突な光ゲンジの登場や、劇中の楽曲が男闘呼組の実際の曲だったりと、アイドル映画らしいノリもありながらも、硬派な青春映画に仕上がっている。

「シュート!」は大森一樹監督の作品。大森監督の作品群の中でも「ヒポクラテスたち」「恋する女たち」「トットチャンネル」に並ぶ、青春映画の傑作と言っていいと思う。まだSMAPが6人のころの作品で、キムタクも短髪だが、それぞれがいい個性を出している。サッカーをめぐる友情や葛藤、恋がさわやかに描かれ、クライマックスの試合シーンもリアリティがある。ヒロインの水野美紀ものちのちのブレイクぶりが分かる好演を見せる。

「ボーイズ&ガールズ」は何と「家族ゲーム」や「間宮兄弟」の森田芳光監督作品。確か「の・ようなもの」の直後で、こんなアイドル映画も撮っていたのである。高校生たちの恋や友情をさわやかに、かつユーモラスにテンポよく描いている様はやはり森田映画。本木雅弘が物語の中心で、こちらも後々の演技派の片鱗をすでに見せている。

何と本格SFに挑戦した少年隊の「19」など、他にも印象深い作品は多々あるが、最近のジャニーズ勢の映画での活躍ぶりを見ると、その取り組みは80年代から始まっていたことがわかる。日本映画とアイドルとの関係は、切っても切れない仲なのだ。
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百恵ちゃん映画を語る!  映画つれづれ

佐々部監督が、過去の名作を紹介するサイトのコラムで、山口百恵さん主演の「潮騒」が紹介されていた。

http://www.navitown.com/weekly/cinema/dvd/0623.html

それによると、監督は14作に及ぶ百恵ちゃんの全映画作品のビデオセットを、当時高額にも関わらず購入されたそうだ。それもベータで! 見ることができないものの、今も本棚に並べていらっしゃるらしい。監督がVHSの開発秘話を映画化した「陽はまた昇る」を監督したことを思うと、なんだか微笑ましい。

山口百恵さんというと、もちろん歌手として日本を代表するアイドル歌手だったわけだが、その存在は、テレビドラマだけでなく、銀幕でも光り輝いていた。いまどき、こんなスターはいない訳で、その存在性は、同じようにテレビ、映画でも活躍しながら、ある意味「現代」を反映し続けている松田聖子とはちょっと違う。

ある方は「山口百恵は菩薩である」とのたもうたが、確かに、その「母性」と「色気」と「美しさ」に加え、歌手としての歌唱力、良質な楽曲、天性の演技感、家が貧乏だった云々の伝説性がプラスして、まさに山口百恵独自の異彩な魅力を放っていた。それは、それ以前の吉永小百合さんが持つ存在性、魅力とも似てはいたが違っていた。

テレビドラマでは大映ドラマシリーズの魅力爆発の「赤い」シリーズが大人気だったが、映画ではテレビと同じ三浦友和を相手役に迎えながら、日本の映画人がきちっと取り組んだ文芸大作が多く、見応えのある作品が多かった。

僕は小学5年のとき、山口市の映画館、金竜館(今はもうない)で百恵ちゃん(山口をつけると、さんがしっくりくるが、下の名前だけのときはちゃんがピッタリくる)の映画デビュー作「伊豆の踊り子」を見ている。このときはもう1人で映画館に通っていて、この「伊豆の踊り子」はラストの船が確かフェリーで、小学生のくせに「この時代にこんな船があったのか!?」と興ざめしたことを覚えている。(ませたガキだ)

「潮騒」も金竜館で見ているが、正直、こちらはあまり覚えていない。あとで堀ちえみでリメイクされたバージョンがあったせいか、映画的記憶がゴチャマゼになっている。でも、小屋の中のシーンはドキドキした記憶がある。

そうそう、百恵ちゃんでドキドキと言えば、「ふりむけば愛」で百恵ちゃんの初のベッドシーンがある!と雑誌で読んで、中学生だった僕は期待に制服のズボンをふくらませて金竜館に張り切って出かけたが、期待のシーンはシロシロのボケボケで、僕のズボンはボキボキどころか、シロシロのスボスボで、がっかりしたことがある。

その監督さんは、後に映像の魔術師と呼ばれた大林宣彦監督だった。正直、ベッドシーンに魔術などかけてほしくない!その監督名が、怒りから憧憬に変わるまでは、「転校生」まで数年が必要だった・・・。そう言えば「夜のヒットスタジオ」で百恵ちゃんが最後の出演をしたとき、大林監督が花束を持ってかけつけたことがあって、大げさに抱きしめた様子が今でも印象に残っている。「この人、ヒゲヅラでやることもアメリカ人みたいだなあ」と思った覚えがある。

で、僕のベスト・オブ・百恵ちゃん映画は、吉永小百合主演の名作をリメイクした「泥だらけの純情」とサスペンス映画「霧の旗」である。「泥だらけの純情」は、チンピラと令嬢の許されざる愛を描いた作品で、都会の雑踏に2人のモノローグが被るラストシーンは印象に残る。吉永版の雪のシーンとまた対照的だが、吉永版とは違う意味で、これはこれでとっても楽しめた。

ちなみに吉永版は、中学生か高校生のとき、当時TYS(テレビ山口)で平日の昼間に古い日活の映画をよく放送していてそれで見たが、これは衝撃的な傑作だった。雪で戯れる2人が、ふっと雪中の睡眠薬を見て、そこから次のシーンに切り替わるカットは実に鮮烈で、中平康監督の名前も、これで僕の映画的記憶に深く刻まれた。劇場で見てないのが残念だ。

「霧の旗」は松本清張原作のサスペンスで、無実の罪で兄を亡くした妹が、文字通り体を張って悪徳弁護士に挑む話。百恵ちゃんが大人の女優への脱皮を図った作品で、物語も立派なサスペンス作品で面白かった。確かこれは「伊豆の踊り子」「潮騒」なとせ一連の百恵ちゃん映画を手がけてきた西河克己監督の最後の百恵ちゃん映画のはずだ。今はドラマも映画も出ないのになぜか日本アカデミー賞の司会をしている関口宏が出ていて懐かしい。

このほかにも、引退作で映像が美しかった「古都」やラストは痛くて見ていられなかった「春琴抄」など、いくつも印象に残った作品が多い。歌手でテレビでも活躍しながら、これだけ堂々と「日本映画」の世界でも、スターとして輝いていた女優さんははもう出ないだろう。

そう言えば、百恵ちゃん映画はみんな東宝配給だが、今の東宝をしょって立っている長澤まさみちゃんが、初主演作「ロボコン」で、劇中、百恵ちゃんの「夢先案内人」を大声で歌うシーンがある。これは古厩智之監督に実際に聞いた話だが、あれは監督の指示ではなく、まさみちゃん自身が好きな歌なのでそれにしたそうだ。かつての東宝を支えたスターの曲を、今の東宝のスター女優が好きで歌っていて、東宝映画の中で披露している、という事実は興味深い。
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