キサラギ  新作レビュー

見た日/9月某日 ★★★★★

「夕凪の街 桜の国」に続く、今年、2本目の5つ星ついに登場!

映画を見続ける、といこうとは、楽しいことだがある種の「修行」のようなものだな、とつくづく思う。

「見るより感じろ!」とは「燃えよ!ドラゴン」でブルース・リー様が仰り「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」で源義経こと伊勢谷友介様が仰った至言だが、「映画を見続ける」ことで感性は磨かれていく、と心から思う。

そういう意味では、僕にとって、「映画」は小学生のころから、あらゆるものの「先生」だった。

ずーっと映画を観ていると、たまに「こりゃあひどい!」と思うような作品にも出会う。

どんな映画、例えば商業主義に徹しているような映画でも、どこかいいところはある、と信じたい。最近はどの映画も平均的で、逆にマーケティングに走り過ぎて大人しくなっちゃった感もある。

昔は本当にひどい映画も多かったが、その「ひどさ」が魅力になっていた映画も多かった。まあ、「ひどい」部分も含めて楽しめるのも、映画館という特殊な空間だからこそ。自宅でのビデオ鑑賞なら、そうは行かない。

映画は、あくまで「映画という媒体」として作られている。1時間半から2時間弱の間、暗闇の中、スクリーンに上映される映像を椅子に座って鑑賞する、ということを考えて、演出も、音楽も、効果音も作られている。だから、DVDやビデオになった「映画」の作品は、正確には、もう「映画」というソフトではないのだ。

という意味合いで、当然、自宅で見るのと映画館で観るのでは、その「映画」の感想は違ってくる。鑑賞する環境が違うのだから、当然そうだろう。同じソフトでも、同じ土俵で感想を語れないのだ。だからこそ、映画館で映画を観ることは大切なのだが、僕は、今年、残念ながら「映画」を30数本しか観られてない。

こんなんで映画レビューをブログで発信しているなんて恥ずかしい。残り3カ月、できるだけ頑張って観たい、と思う。

さて、冒頭で「映画を見続けることは修行」と書いたが、だからこそ、いろんな映画を見ていく中で、この作品のようなすこぶる面白い作品に出会うと嬉しくなるし、本当に「映画」を見続けていてよかった、と思う。映画を見続けているからこそ、面白い作品に出会ったときの喜びはかけがえがない。

また、映画は時代を反映している。この映画も正に現代だからこそ作られた映画であり、公開年に映画館で観る、ということも重要だ。

内容は「十二人の怒れる男」「12人の優しい日本人」に代表される、ひとつのシークエンスを巡り、同一場所で展開される、複数の出演者によるワンシチュエーション・コメディ。

1年前に自殺を遂げたアイドル歌手「如月ミキ」の一周忌パーティーに集った5人のアイドルおたくたちが繰り広げる、抱腹絶倒の物語で、5人を演じる小栗旬、香川照之、小出恵介、塚地武雅、ユースケ・サンタマリアがそれぞれ素晴らしい。アイドルおたくがファンサイトに惹かれて集まる、という設定も時代を反映している。

とにかく脚本が秀逸で、物語展開をちょっとでも紹介すると、この映画は楽しめなくなってしまうので紹介しないが、香川さんがキネマ旬報で連載中のエッセイ「日本魅録」での記述が、この映画の魅力をすべて物語っている。

引用すると、「この『キサラギ』は、短い撮影期間ながら映画の神様が毎日のように降臨して、俳優と監督とがその見えざる手に心地良く導かれ、気が付けばバットの芯で捉えたカットが次々とキャメラに収められていった『神の子』のような映画だ」(キネマ旬報07年7月下旬号)とある。

この映画は、パンフレットによると脚本家はやはり前述の二本の映画にあこがれ、意識して書いたらしいが、全くのオリジナル脚本、という点に感心した。

ワンシチュエーションでの表現となると、どうしても演劇のようになりがちだ。「十二人の怒れる男」も演劇化されているし、「12人の優しい日本人」はもともと舞台である。

だが、この映画は工夫している。実は、場面が変わらないひとつの場所での会話劇だからこそ、演劇とは違う「映画的興奮」を味わうことができる。

役者のアップ、雨の効果、時折入る別の場所でのカット・・・。演劇的ではあるが、これは舞台とは全く違う興奮だ。舞台は舞台の良さはあるが、渾身の演技や表情をカットでつなぎ、アップで汲み取れるのは、映画だからこその魅力だ。

これを演劇でやらず、映画でやりたい、と思った脚本家、そして監督とスタッフたちは偉い。このレビューの前半でグダグダと映画を見続けることの意味を書いたが、あらゆる映画的な表現が出尽くした中で、映画を見続けているからこそ、この作品に込められた挑戦性が実に新鮮に写るのだと思う。

優れた映画は優れた脚本、演出、そして役者の演技だな、と改めて感じた。それは僕のもうひとつの今年の5つ星「夕凪の街 桜の国」でも感じたことだが、「夕凪〜」はまず監督の演出、「キサラギ」はまず脚本。

いずれにしても、優れた演出と脚本があって、優れた役者の演技があるのだ。だから「役者は○だが、演出は×」なんて馬鹿なレビューがあるが、そんなことは有り得ない。役者の演技が優れている、ということは演出が優れていることであり、お話が面白い、ということは脚本が優れている、ということだ。

この映画、一見して演劇的なのに、実は、映画館ならではの楽しみが味わえる「映画」だった、という点で一本取られた。

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スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ  新作レビュー

見た日/9月某日 ★★★★

いやあ、スゴイモノを見せてもらった・・・。試写だったが、ぜひ、お金を払ってもう一度観たい。

こんな映画の前では、お偉い映画評論家がいくら屁理屈をこねて批判しても、ヤフーレビューで2点代であっても、すべて「とんねるず」ならず、「メジャーリーグ2」の石橋貴明ふんするオカマ・インディアンがぶっ放すガトリング砲でガリガリと撃たれてしまうだろう。

はっきり言って、壮絶なまでのお馬鹿映画だが、本気で「マカロニ・ウエスタン」をやっていて、後半のアクションシーンなどは、本場(もちろんイタリア。ハリウッドぢゃない)をしのぐ迫力なのだ。

これまでも西部劇にオマージュを捧げた日本映画はあったが、これは本当に「マカロニ・ウエスタン」のコンセプト、すなわち「ハリウッドの西部劇を適当にパクって面白い西部劇を作っちゃえ!セリフは英語にしちゃえばアメリカでも公開できるし、ロケ地は適当に国内の荒地ならネバダに見えるだろう。ストーリーは遠い島国の映画をパクりゃあ、誰にも分かんないさ!」というノリを、日本映画界そのものがやったらどうなるか、というもの。

つまりは「スキヤキ・ウエスタン」といういちジャンルの確立、とも言えるものだ。

三池崇史監督の構図やアクションへのこだわりは今回、半端ではない。それでいて、三池監督の悪乗りというか、悪ふざけはこれまでの作品の中でも最高級ではないか。とくにタランティーノのパートは最高で、劇中のマニアックなセリフには、悪いが大笑いしましまった。

アニメ・パートは明らかに「キル・ビル」を意識していて、これはわざわざ出演してくれたタランティーノへの御礼のようにも見える。そして、三池監督の師匠、今村昌平監督が好きだったという格言を、わざわざ字幕で出すという技!今村監督への敬意もそこに見た。

そしてマニアックなのは、黒澤明監督の「用心棒」が勝手にイタリアで「荒野の用心棒」としてパクられて、今度は三池監督が日本製ウエスタンで「荒野の用心棒」を意図的確信犯で和風にパクって、またまた「○・○○○○○○」につなげる、というワケワカンナイ図式のリレー映画になっている様。マカロニ・ウェスタンが好きな映画ファンなら大爆笑だろう。

テレビドラマの映画化ばかり作っているお馬鹿な日本の多くの映画人に真剣白刃取りをしてほしいぐらいの、スパイスがピリリと効いた作品だ。

この映画の伊勢谷友介は本気でカッコいいし、木村佳乃も魅力的。主演の伊藤英明に至っては、かの海上保安官と同じ人とは思えないほどのガンマンぶりで、あっちの半分もヒットしないかもしれないが、こちらの方がノリもよく見えるし、断然カッコいい。携帯電話で甘っちょろい愛のセリフを吐く伊藤君より、木村佳乃に馬乗りされて、○○○○○(ここ18禁!)される伊藤君の方がイッコいいのだ。

あと、桃井かおりの存在感!

僕はドキュメンタリーの鬼才・原一男監督から直接「桃井かおりさんは、映画全体を破壊しかねないエネルギーを持った壮絶な女優」と伺ったことがあるが、この映画では、その言葉通り「ウコンの力」に負けない怪演を見せてくれる。

源氏、平家両方につくうち、人格分裂を起こしてしまう保安官役(これもスゴイ役だ)の香川照之氏がキネマ旬報で連載している「日本魅録」によると、とある俳優さんはこの作品を観て「何と言うか、人間が創ったとは思えない映画」と称したという。言いえて妙、なのだ。
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