追悼・ポール・ニューマン氏  映画つれづれ

ポール・ニューマン氏が亡くなられた。

亨年83歳と聞いてビックリ。僕の親父と一緒の年齢だ。日本で言うと、大正生まれのおじいちゃんだったんだ、と思うと驚きだが、いくら年齢を重ねても、ポール・ニューマンと聞くと「カッコいい」というイメージが強い。

やはり、ポール・ニューマンと言うと「明日に向かって撃て!」「スティング」ということになるのだろう。

でも、僕の世代は、リアルタイムではなく、2本ともテレビの洋画劇場で何度となく楽しみ、原語版は大学生になってビデオでちゃんと観直した、という口だ。それでも「明日に…」のラストシーンのカッコよさにはしびれたし、「スティング」は「何てよくできた映画なんだろう」と大感動し、興奮した。

リアルタイムでは大学3年のとき劇場で観た「ハスラー2」で、相変わらずのダンディーぶりに「あんなオヤジになりたいよなあ」と思ったことをよく覚えている。共演で、実はこの映画の主役でもあるトム・クルーズより、はるかにカッコよかったものだ。

で、このとき、前作の「ハスラー」をレンタルビデオで借りて見たら、若い頃のハスラー姿のニューマンのまあ、素晴らしいこと。これも実に“カッコよかった”。

晩年では「評決」の弁護士役もよかった。決して作品数は多くなかったが、その存在感で鮮烈な印象を受ける、ハリウッドを代表するスターの1人だった、と心から思う。

ポール・ニューマン氏のご冥福を、心から祈りたい。
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追悼・市川準監督  映画つれづれ

市川準監督が亡くなられた、と聞いてビックリ。最新作の編集中に倒れられたらしいが、まだ59歳という若さでの急逝というから驚く。↓

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200809/2008091900603

市川監督と言えば、CMクリエイターから映画監督になった代表的な方だ。「禁煙パイポ」「金鳥タンスにゴン」など、短時間な中にもきっちり芝居を作り、そこにユーモアを入れる作風は、僕もテレビで見ていてすごいと思っていた。

映画でも、ゆるゆるなドラマにユーモアが漂う作風になるのかな、と思っていたら、デビュー作「BU・SU」を見てビックリ。張りつめた緊張感が漂う画面の中で、性格ブスな少女が少しずつ成長する様を、じっくりと描いた真面目な作品だった。それまでのCMの世界観とは全く違う作風に驚いたのを覚えている。

閉じこもりがちな少女の心を、少し離れたところからじっと見つめるような演出が印象的で、人形浄瑠璃と対比して描く手法も斬新だった。それまで明るい役が多かった富田靖子は、恐らくこの映画で演技の幅が大きく広がったのではないだろうか。

2作目の「会社物語」も好きな作品だ。ハナ肇をはじめ、クレージーキャッツのメンバーがバンドを結成する、という夢のような作品にも関わらず、バンドのシーンを生かしながらも物語から浮かせることはせず、あくまで会社を定年退職する男の心情や辛さをじっくりと描き込んだ。主人公が生きがいとして取り組む音楽を、ドラマの引き立て役に徹した演出に感心した。ハナ肇も、これまでにない深みを見せていてよかった。

このほかにも、都市伝説やゲームによる子ども社会の崩壊など、いち早く現代社会の闇の部分を切り取りながらも、未来への希望につながる少年の心を見事にすくい取った「ノーライフキング」をはじめ、人の生死を少し引いた視点から描くことで現代医療の問題を描いた「病院で死ぬということ」、昭和の時代の空気感を鮮やかに表現した「トキワ荘の青春」など、好きな作品も多かった。

他にも、「トニー滝谷」「東京夜曲」など、印象的な作品は数多い。思えば「都市」や「街の風景」を、人との関わりによって素敵に描ける、数少ない監督さんの1人だったようにも思える。

市川監督のご冥福を、心よりお祈りしたい。

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佐々部監督の舞台、新作が続々と!  佐々部監督の世界

佐々部監督関連の嬉しいニュースが続々と入ってきました!

まず、佐々部監督初の舞台演出(脚本ももちろん佐々部監督)となる「黒部の太陽」ですが、いよいよ10/5の初日が近づいてきました!

梅田芸術劇場の公式HPでは情報が満載です。↓

http://www.umegei.com/m2008/kurobe.html

そして、何と、一億円をかけて舞台上で40トンの放水をする、ということで、舞台装置は報道陣にも公開され、新聞やテレビでも大きく報道されました。↓

http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080918/tnr0809181107004-n1.htm

「映画監督」の演出ならではの「舞台」になりそうで、本当に楽しみです。おたっきーは、初日に観劇させて頂く予定です。そのときは舞台ではありますが、レビューを書かせて頂きたい、と思っています。

さて、もうひとつの話題は、こちらもいよいよ、佐々部監督待望の最新作「三本木農業高校、馬術部」が10/4より、全国で公開されます!

こちらも、公式HPが盛り上がってきました!↓

http://sannou-bajutsu.com/index.html

そして、山口県では10/4からの公開が、宇部シネマスクエア7だけだったのが、急遽、MOVIX周南でも上映が決まりました!!!!関係者の方々、ありがとうございます!↓

http://www.movix.jp/schedule/SMTT000000011_pcinfoI103.html

舞台、映画と広がる、佐々部監督ワールド。本当に楽しみです。
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パコと魔法の絵本  新作レビュー

見た日/★★★★

映画って、監督の構想の元、様々なスタッフが作り上げたイマジネーションを、最終的に監督がまとめて作り上げるものだと思うが、ここで大切なのは、生意気にも、監督のブレナイ姿勢じゃないか、なんて思ったりする。

監督が練った演出プランを、監督自身が妥協しない姿勢。美術、撮影、音声、音楽、そして役者と、スタッフから出てくる意見や仕事ぶりを受け入れつつも、最終的にはキッチリと決める判断力、そここそが監督の力の見せどころなのだと思う。

そうして出来上がった作品は、すでに観客のものであり、どう判断するかは作り手の意図を離れたところで観客の手に委ねられるものだろう。そこには当然、人によって感性は違うものであるので、賛否があったり、面白いかどうかの肯定、否定があるのは当たり前だ。

が、しかし、時々、最近の日本映画を見ていて「この作品、えらいチグハグだけど、もしかして監督は演出にさんざん迷ったんじゃないかなあ」とか「音楽が独立しすぎだけど、この監督、高名な作曲家に遠慮して音楽にあんまり口を出さなかったんじゃないの?」という作品がチラホラと見受けられる。

その点、中島哲也監督は、全くブレタところがない。それは、凄いと思う。この作品も、全編、強烈なビジュアルのイメージと、徹底的に作り込んだお話、セリフ、間、ギャグが散りばめられていて、役者たちの演技も含め、かなり計算された演出が展開される。

かなり強引なのだろうが、そんな中島監督の指揮に応え、例えば衣装のデザインや劇中劇のCGアニメのキャラクター、美術、装飾、小道具のデザインに至るまで、大勢のスタッフたちの豊かなイマジネーションが発揮され、それが見事なアンサンブルを奏でている。

独創的だが、どこか懐かしさもある。これは、これまで中島監督が「面白い」と思ったものをしっかり遺伝子レベルまで消化しながら、原作の舞台までも自分のものに取り込んだ成果なのではないか、と思える。

そして「下妻物語」では照れも見えたが、「嫌われ松子の一生」で見せた、独特のポップ感覚とビジュアル、音楽、ギャグを織り交ぜながら、その中で真面目な大芝居を展開する、という中島監督独特のスタイルは、この作品で完成されたのではないかと思う。

強烈なメイクやビジュアルを作り込みながらも、映画の基本は「役者の芝居」とする姿勢が感じられるからこそ、中島監督の作品は高く評価されるのだろう。映画全体はかなりのファンタジー要素が強いのに、この映画では役所広司演じる大貫、妻夫木聡演じる室町辺りに、きちんとした「人間」を感じられるのは、中島監督が脚本と、現場での役者さんたちの気持ちを大切にしているからこそだと思う。

その「気持ち」が映画から汲み取れるから観客は感動するのだ。CGや派手なビジュアル、メイクなどが、ハリボテの衣装に終わらず、その「気持ち」を彩るものとしてきちんと機能している点は見事としか言いようがない。

こうした、観客の想像の上を行くような映画こそ、映画館で見ないと何の意味もないだろう。僕はどの映画も映画館で見てこその映画だし、作り手も大きなスクリーンで見られることを意識して作っている。

まあ、最近はそんな「大きなスクリーンで見られることを意識してない映画」も多いのだが、この映画はそういう意味では「堂々たる映画」だと思う。

本来なら5つ星をあげてもいいのだが、★を4つにしたのは、キャラクターの好き、嫌いということだけで、映画の出来としての評価ではない。物凄く感動したが、僕はあるキャラクターに、どうしても感情移入できなかった。でも、だからこそ、映画は面白い。
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八木監督からのコメント  映画つれづれ

いやあ、嬉しい!!

「大決戦!超ウルトラ8兄弟」に感動して、八木監督のブログにコメントしたら、な、な、何と、八木監督からのご返事が!!!!↓

http://ameblo.jp/max2008/entry-10138987783.html

文面からして、このブログのレビューも読んでいただいたのかしら。感激です!!!

この映画、全ての世代に贈られた、ウルトラマンへの愛に満ちあふれた作品です。

「ええ、ウルトラマン…」というあなた、是非、劇場で見てください!!!
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大決戦!超ウルトラ8兄弟  新作レビュー

見た日/9月某日 ★★★★★

まずはこんな至福の映画を作って頂いた、八木毅監督らスタッフ、キャストの方々に、生粋の“ウルトラ者”の一人として、僕はお礼が言いたい。

この映画、本当に「ウルトラマン」及び、ウルトラシリーズへの“愛”に満ち溢れている。

長年にわたって、子どもたちに愛されてきた“ウルトラマン”たち。そんなウルトラマンたちが、自分を支えてきてくれたかつての子どもたち、そして現在の子どもたちに、この作品を通し、世代を超えて感謝を捧げてくれている、そんな感じがしたのは僕だけだろうか。

思えば、円谷プロダクションが辿ってきた道は、平坦ではない。タイにおける著作権を巡る裁判の問題や経営難など、思うように作品を作り続ける状態ではなかったと推察される。

それでも円谷プロは、平成になってからも「ティガ」「ダイナ」「ガイア」と素晴らしい作品を発表し続け、怪獣を殺すことに疑問を投げかけた「コスモス」を経て、人とウルトラマンの関係性にひとつの答えを出した「ネクサス」と発展、進化を遂げ、原点回帰の「マックス」から、ついに昭和と平成の“ウルトラ”がミックスした奇跡の「メビウス」に至るなど、創作への意欲はずっと衰えることはなかった。

その中でいつも思うことは、どの作品にも作り手の「愛」が感じられたことだ。そこには、玩具の売り上げを優先したり、子どもやその親の購買意欲を刺激するような作品づくりはあまりなかった、と僕は思う。それは別の特撮シリーズに比べると少し不器用だけど、人の手による温もりが作品から感じられた。

常に「ウルトラ」には、手づくりの特撮とともに、人が人を想う大切さが描かれた。とくに最近のもの、特に平成ウルトラマン三部作以降は「なぜ、ウルトラマンは人を守るのか」「そもそもウルトラマンとは何なのか」という問いかけが常にあり、そこには「人が本来持つ光、つまりは愛、それこそがウルトラマンである」という明確な主張があった。

ドラマもそれを体言していて、先日急逝された原田昌樹監督によるティガの作品「ウルトラの星」「もっと高く!」をはじめとして、平成ウルトラマン以降のテレビシリーズ、映画作品はどれもヒューマニズムにあふれた傑作揃いだった。

そして、この作品である。平成ウルトラマンと昭和のウルトラマンという、本来なら共存するはずのない世界観を、脚本の長谷川圭一はパラレルワールドという設定を使って上手に処理した。

無理矢理で強引な設定にするのでは?とちょっぴり心配していたが、昭和のウルトラマンの流れを汲んだメビウスを狂言回しにすることで、その点を見事にクリアしている。

ストーリーの中心を平成ウルトラマン三部作の主人公である、ダイゴ、我夢、アスカに絞ったのは大正解。この3人が別世界ではウルトラマンではなく、平凡な社会人である、と設定したことで、それぞれが「自分がウルトラマンであることを自覚していく」という興味深い物語となり、やがてそれが3人が「失った夢を取り戻す」ことになる、という見事な展開だった。

これなら見応えもあるし、展開自体は難解でもないため、子どもたちにも十分メッセージは伝わるだろう。

より深いファンの方なら、それぞれのエピソードが各テレビシリーズに応じている点も注目で、ダイナでは悲しいラストを迎えたはずのアスカとリョウがハッピーになる様は感動的だった。

そして、昭和のウルトラマンたちも意気な設定がしてあって、かつてのストーリーを熟知している人が見れば、これはかなりの涙物だ。

もちろん、そんな深いファンでなくても楽しめるのだが、かつてのウルトラの常連俳優たちが多数カメオ出演しているのも、ファンとしては嬉しかった。

これも「円谷プロ」で助監督、監督としてのキャリアを積み、誰よりも“ウルトラ”を愛している八木監督だからこそ、だろう。外部で監督として活躍しながら“ウルトラ”を愛してきた小中和哉監督の前作「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」も素晴らしかったが、ウルトラを知り尽くした八木監督の演出は素直で好感が持てた。

いろいろ書いたが、作り手たちの「ウルトラマン」への「愛」、そしてウルトラマンを支え、愛してきた全ての子どもたち(昔、今を含めて)への「愛」に満ちた、お祭りのような映画であり、40年以上にわたって「ウルトラ」が子どもたちに伝えてきたメッセージの、集大成のような作品だった。

ああ、僕も「ウルトラの星」に行きたい!!乗り物は、アートデッセイ号がいいかな…。
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おくりびと  新作レビュー

見た日/9月某日 ★★★★★

この作品、まずオープニングがうまい。納棺師という職業がどういうものか、きっちり絵で見せる。「ふーん、こんな風にするんだ」と感心させたところで、ちょっとユーモラスなシーンで味付けして時間が遡り、本編が始まるのだ。

そこからは前半は観客にとって未知なる「納棺師」という職業の世界を、その世界にひょんなことから飛び込んだ主人公同様、体験していく訳だが、この辺りはベテラン納棺師を演じる山崎努がすこぶる魅力的で、その職業の奥深さや魅力を、我々も追体験していく。

よく知っているようで実はあまり知られてない世界をリアルさとユーモアさをもって描く、という手法は、かつて伊丹十三監督がよく挑戦していた分野だが、滝田洋二郎監督はさすがにベテランで、まずよく取材している。また「死」というものを扱いながら、芝居の間合い、適度なユーモアなど、パランスのいい演出で引きつける。

葬儀のシーンの張りつめたような透明な空気感は、照明スタッフのいい仕事の賜物でもあるだろう。美術や装飾も含め、この映画はよくできた背景に、そんな日本映画のプロたちの仕事ぶりもしっかり伺える。

主人公が納棺師だから、様々な「死」の場面が挿入される。メインになる「死」は絶妙な形で配置されてはいるが、主人公が出会ういくつかの「死」と「納棺」の場面はその故人の人柄や過去を想起させるいい意味での中途半端な描き方が上手で、主人公が一流の納棺師として成長していく様ともよくマッチングしている。

仏教では、人の死は「次の生への旅立ち」と説く。我々日本人なら誰でも、大からず少なからず、日本的な「葬儀」を経験しているはずで、この映画はそんな日本人の死生観をしっかり描いているからこそ、誰でも共感し、身近に感じることができるのだろう。

僕は母を亡くした時、喪主の父はすっかりぬけがらだったので、ほとんど僕が仕切り、最後のあいさつも僕が務めた。実はこの映画の主人公と同じで、僕も母の死に目に逢えていない。

僕はそのとき、自分が勤めていた新聞社主催の映画の試写会の仕事をしていて、携帯電話のスイッチを切っていて母の容体が急変したことを知らなかったのだ。

後悔しても後悔しきれないが、大好きな映画の仕事だったことがせめてもの救いだったのかな、と思う。葬儀を仕切ったのも、母に申し訳ない、という思いからだった。

棺に入った母の顔は本当にきれいで、腕もすきとおったように美しかった。この裏には、この映画に出てきたような方たちの努力があったのだろうか。そう言えば、いろいろ調整してくれた葬儀社の方たちは良心的で協力的だった。

たぶん、この映画を鑑賞する方の多くは、そんな自分の身近な「死」と照らし合わせることだろう。そこがリアルだからこそ、感情移入もできる。ここで描かれるいくつかの「死」は、誰もが身近に感じた親しい人や肉親の「死」を思い起こすことができる。そんな「日本的」な映画だからこそ、海外でも高い評価を受けているのだろう。

後半は、主人公の妻や、そして山崎努演じる社長の素性など、登場人物たちのドラマが大きく展開していくが、そこに描かれるのは「家族」であり、人と人との思いの結びつきであり、絆である。この辺りの脚本も実に見事。「生きること」「死ぬこと」と「食」を結びつけた発想もいい。

昨今「死」を扱った安易な「泣かせる」日本映画が多いが、この作品は滝田監督をはじめ、日本映画のプロたちがそんな風潮にカツを入れるべく作った、そんな作品群とは一線を画した傑作だと思う。

難を言えば音楽の鳴りすぎなのだが、チェロを主体にした作りはなかなか斬新で、久石譲のメロディーはウェルメイドでなかなか泣かせてくれる。
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激突!殺人拳  こんなDVDを見た!

「DVD・ビデオレビュー」は、基本的に劇場で見逃した作品のレビューですが、今回別カテゴリーで「こんなDVDを見た!」を作ってみました。主に昔の作品で改めて見直したもの、珍品・絶品で「名作・傑作を語ろう」とはちょい違うな、という作品などを取り上げていきたいと思います。

★激突!殺人拳

カンフー映画マイベストのコメント欄で、伊達邦彦さんご指摘の千葉真一御大による、カラテ映画の最高傑作。久しぶりにDVDで再見し、その魅力にKOされた。

1974年製作で、明らかに「燃えよドラゴン」のパクリ企画ではあるが、怪鳥音のブルース・リーに対し、カラテのこちらは千葉御大の「表情カラテ」でオリジナリティを出していて、百聞は一見で、未見の方は是非ご覧になってほしいのだが、そりゃあ、モノスゴイことになっている。

正直、殺陣のスピードではあちらに敵わない。でも、千葉御大の「表情カラテ」はある意味、ブルース・リーを越えている。
 
ふぁぁぁぁぁー、ふぉぉぉぉぉー、と気合いが入ったヘンな呼吸をし、猿のように顔の表情がくるくる変われば、例え空中から車に乗ったまま落とされても死なないし、目が見えない仕込杖の刺客(座頭市やがな)の刀さえも折ってしまう。

その表情の面白さは、今見るとギャグなのだが、千葉御大のほれぼれするほどの肉体と、スピードはなくても重厚感ある殺陣によって、唯一無二、独特な千葉御大独特の「カラテ」を築きあげていて、見応えがある。

敵も何でもアリで、日本人が平気で怪しいアジアの空手使いなどを演じていると、もう頭の中がマヒしてくる。冒頭からして、怪しい沖縄空手使いの死刑囚がいきなり独房の中でトレーニングをしているという、訳のわからないシーンから始まる。

主人公はある兄妹から依頼を受け、この空手使いを物凄い荒技で脱獄させるのだが、この兄妹に金がないと知ると、兄をビルの窓から突き落として殺害し、妹(千葉御大の愛弟子、志穂美悦子!)を麻薬漬けにしてヤクザに売り飛ばす。

とんでもないヒーローなのだが、これが途中から悪ということもぶっとび、ストーリーは完全に破綻し、味方が殺されて悲しんだりして、何のために戦っているのか、どんな性格付けをキャラクターにしているのか、その辺りの「物語」としての基本が完全にぶっ壊れてきて、訳がわからなくなってくる。

まあ、つまりは千葉御大のアクションを楽しむだけの映画であり、エンディングも実にあっさり。でもその壊れっぷりがこの映画の魅力にもなっている。

この映画を見て思い出すのは、クエンティン・タランティーノが製作した「デス・プルーフ」だ。あの質感は、正にこの映画の質感にそっくりで、タランティーノは千葉御大のこのシリーズを愛し抜いて影響を受けたというから、これはタランティーノが影響を受けたグラインド・ハウス映画の最たるものなのだろう。

それから、この映画の影響というと、関根勤を忘れてはならないだろう。関根勤がやっている千葉御大のモノマネは、このシリーズの千葉御大のモノマネなのだ。

考えてみれば、普段の千葉御大は「ふぉぉぉぉー、ふぁぁぁー」とは呼吸しない。この映画の「表情カラテ」を真似して受けているのだが、関根さんがテレビでこのネタをやり始めたとき、はたして何人がオリジナルを知っているのかな、と僕は思っていた。

ラストの雨中の戦いなど、なかなか見応えもあり、その後も続くシリーズの第1作にして最高傑作だと思う。それにしても、70年代の東映作品はパワーがあった。「不良番長」シリーズをはじめ、暴力とセックス、アクションに満ち満ちていて、物語が破綻しようがどうしようがお構いなし。

同じパワー全開の映画群にあっても、作品的にも評価が高い深作欣二監督作とは別に、時代劇から戦争物、アクション物まで何でもアリだったこの作品の小沢茂弘監督をはじめ、野田幸男監督、鈴木則文監督ら、バラエティに富んだ作品づくりに応えられる監督が多数いて、正に東映ならではのプログラム・ピクチャーを形成していたのだ。

最近の映画は、ちょっと過激な描写があると、すぐにR指定などになっちゃうため、作る側も自主規制して、かつてのパワーある作品を大手映画会社が作ることなど、無くなってしまった。この数年で言うと、その手の作品は三池崇史監督の「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」ぐらいだが、それでもまだこのころの東映作品に比べると、大人しいと思う。
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