ICHI  新作レビュー

見た日/10月某日 ★★★

「座頭市」は、日本が生んだ秀逸なヒーローだ。天才・勝新太郎氏逝去後、カツシンが編み出したこの魅力的なキャラクターを、違う形で映像化したい、と思うのは、作り手の気持ちとしてものすごくよく分かる。

ハリウッドでは、ルトガー・ハウアー主演で「座頭市血煙り街道」をリメイクした「ブラインド・フューリー」(89)がある。

チェックのシャツを着たベトナム帰還兵のハウアーが、仕込杖で相手を切りまくる、というのもヘンな絵ではあったが、これはこれでよくできていて、物語は意外にもオリジナルに忠実で、ラストのショー・コスギとの死闘は殺陣もよかった。

ビートたけし主演・北野武監督の「座頭市」は、意外にもお話は勝新太郎版座頭市シリーズの定番を踏襲していて、ストーリーラインは、勝氏最後の「座頭市」(89年)そのまま。でも、主人公の市は金髪で情のかけらもなく、飄々とした人物として描いており、その分殺戮シーンが強烈で、これまでのシリーズを物語として踏襲しながら、まったく別のアプローチで描いたという、北野監督の確信犯的な演出が印象的な作品だった。

あと、未見だが、三池崇史監督、哀川翔氏主演の舞台版もあるそうで、来年は勝氏の弟子、松平健氏主演の舞台版もあるそうである。

正に広がりを見せる「座頭市」ワールドだが、カツシンの座頭市シリーズで言うと、最初の「座頭市物語」は傑作だと思うし、テレビシリーズの中にも斬新な演出の傑作が多い。勝氏自ら監督した最後の「座頭市」も大好きな作品の一つで、物語はシンプルだが、絵の見せ方が物凄く斬新で、最後の殺陣のシーンは、日本の時代劇史上に残る秀逸なアクションだと思っている。

さて、前置きが長すぎた。「ピンポン」の曽利文彦監督も、恐らくこのシリーズが大好きだったのだろう。何と、市を若く美しい女性に設定したのには驚いた。独特な透明感では他の若手の追従を許さない綾瀬はるか嬢を起用したセンスも、なかなかと思った。

綾瀬はるか嬢と言うと、今世紀最大のトンデモSF映画「僕の彼女のサイボーグ」ではいい意味でやらかしてくれたが、今回もかなりのキワモノと思いきや、曽利監督はきちんと「座頭市」と「時代劇」を展開していて、別の意味で感心した。

市が何故孤独で、さすらいながら人を斬るのか。市を女性にし、放浪の三味線弾きに設定したことで、そこは鮮やかに浮かび上がった。そのため、合間にアクションシーンはあるのに画面はあまり躍動しないが、観客には十分気持ちが伝わってくる。

宿場街で無法者の集団と地元ヤクザが対立しているところに、市と浪人がフラリとやってきて、事件が起きる、というのは座頭市シリーズの定番だ。

本来なら、浪人は市と友情を温めながら最後は敵役になる役どころなのだが、今回は女性こその市と愛情を交わす役回りで、これも市が成長するためのいいスパイスになっていて、よく練られたラストのエピソードに生きてくる。

綾瀬はるか嬢の殺陣は今ひとつ感もなくはないが、よく頑張っている。やや冗長な点もあるが、全体的には面白い作りになっていて、音楽もいい。悪の親玉、中村獅童氏、その部下の竹内力氏は存在感があり、主役を引き立てている。
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イキガミ  新作レビュー

見た日/10月某日 ★★★★

瀧本智行監督の第三作目。

瀧本監督は、佐々部監督の「陽はまた昇る」「チルソクの夏」でチーフ助監督を務めた方。構成が見事だった秀作「樹の海」、ミステリーとして上質だった「犯人に告ぐ」と来て、いよいよ満を持しての東宝配給によるメジャー作品だが、瀧本監督は荒唐無稽な原作コミックを実に上手く、秀逸な演出で料理している。

国家が無作為に若者を選んで死を与える、という法律が施行されている、現代日本によく似た社会。その法律があるからこそ、その社会は繁栄し、安定している。選ばれた若者に死を通告する「逝紙」すなわち“イキガミ”を配る公務員(松田翔太が好演)を狂言回しとして、イキガミが配られた3人の若者を軸に、3つのお話が語られていく。

設定に無理があるのが承知で、瀧本監督は24時間以内に「死」が決まっている若者がどう「死を選ぶか」のではなく、どう「生きるか」を、達者な役者と秀逸な演出で描いている、と感じた。

最近、安易な「死」を扱った、「泣ける」ことを謳ったどうしようもない日本映画が多い中で、表面的には「死」を前提としながら、実は「生」を描いた骨太な作品に仕上がっている。安易な件の作品群とは一線を画しており、この点では同時期公開の「おくりびと」とも共通する。まずはこういう「志」がある作品を、メジャーの東宝配給作品で挑戦したことに拍手を送りたい。

それぞれのお話には、「死」の対象となる人物と、その人物に対するもう一人の登場人物を対比させることで、瀧本監督はドラマを鮮やかなものにしている。すなわち、ミュージシャンである若者とかつて音楽仲間だった友人、引きこもりの青年と代議士であり件の法律擁護派の母親、チンピラの男と視力を失った妹、という風に。

「死」を前にした登場人物たちの行動によって、友情愛、親子愛、兄妹愛が鮮やかに浮かび上がってくるのだが、それぞれのエピソードは展開も表現もしっかりしていて、感情移入できる。とくにミュージシャン役の金井勇太氏、チンピラ役の山田孝之氏が素晴らしい。

惜しいのは、やはりこの法律の設定そのもの。かなり無理があり、この法律が社会に根付いていると考えると、ドラマの展開にも「そうなら、こうなるんじゃないの?」「そこは、それでいいの?」と突っ込むところは少々ある。

しかし、この法律そのものの矛盾や在り方を描くと、お話がかなり広がって中途半端になるし、そこは代議士のエピソードで留めたのもよく分かる。作り手は題材に無理があるのは百も承知であり、だからこそドラマを濃密にすることで作品の魅力を上げたのだと思う。

そこ(この法律の矛盾、設定の無理さ加減)を言いだすと、原作コミックそのものを論じることになってしまい、恐らく原作者や出版社の意向もかなりあっただろうから、その中でここまで良作に仕上げた瀧本監督の手腕を褒めるべきだろう。

そして、この作品のもうひとつの魅力。設定は荒唐無稽だが、国家権力の怖さは、実は現実社会においてもリアルな恐怖である、ということ…この辺りは、しっかりと伝わった。
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追悼・峰岸徹さん  映画つれづれ

俳優の峰岸徹さんが亡くなれました。

個性の強い、銀幕がよく似合う、俳優さんでした。本当に惜しい、と思います。

峰岸さんと言えば、大林宣彦監督の常連で、大林作品には常に出演されていました。個人的には、「廃市」なども印象深いのですが、「ねらわれた学園」の金星からやってきた魔王子役にはガツンとやられました。

あの目玉が描かれたキンキラの衣装に、あの時代劇のようなセリフ回し。大林監督の確信犯的な演出なのですが、峰岸さんの個性とも相まって、実に強烈で、それでいて憎めず、どこかユーモラスな悪役が印象的でした。

他にも、大森一樹監督作品「ゴジラVSビオランテ」の権藤一佐役も忘れがたいものがありました。峰岸さんは自衛隊のゴジラ対策室の室長役で、ゴジラが現れないときは窓際のひょうひょうした自衛官だったのが、ゴジラが現れると何と、バズーカ砲でゴジラに白兵戦を挑む役でした。

このキャラクターはすこぶる魅力的で、ユーモアがあってひょうひょうとしていながら、実はその底には真剣さを併せ持っていて、戦いには命をかけて挑む…。欧米なら007、日本なら「ルパン三世」風なのですが、僕はこのとき「ルパンは実写にするなら峰岸さんなら面白いのに」と思ったことを覚えています。

最近も「おくりびと」で渋い演技を見せてくれていました。この映画が海外ですこぶる評価が高いということで、密かに英語のスピーチを練習していた、というエピソードにも感動します。

大林監督は「はい、カット、OK!」で送り出したい、とコメントされていましたが、心よりご冥福をお祈りしたいと思います。
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舞台『黒部の太陽』  新作レビュー

見た日/10月5日 ★★★★★+∞

映画ではないけれど、レビューします。

待望の佐々部清監督初の舞台演出作品。初日の舞台を観劇するため、山口県佐々部応援団員の一員として、山口から大阪に駆け付け、鑑賞させて頂きました。

そんなにたくさんの舞台演劇の鑑賞数があるわけではないが、演劇でこんなに泣いたのは初めて。かつて、ある超有名演出家の著名舞台を見てガッカリした経験も持つが、今回は、僕が佐々部監督ファンということを差し引いても、文句なしの、素晴らしい舞台だった。

カーテンコールのときは号泣、号泣、また号泣。すっかり涙腺は黒部ダムの大放水状態のごとく、ぶち壊れてしまった。

映画監督の舞台演出、というのは最近多い。今回は石原プロが製作し、石原裕次郎氏の遺言でテレビ放映もビデオソフト化も封印している40年前の大作映画「黒部の太陽」の舞台化ということで、あえて映画的なスケールを求めて、佐々部監督にオファーされたのだろう。

監督は以前「映画監督である僕が演出するのだから、普通に『黒部の太陽』をやっても仕方ない」旨の発言をされていたが、完成した舞台版「黒部の太陽」は、舞台演劇でありながら「映画」への愛情と想いにあふれた、非常に優れたバックステージ物でもあった。

一幕は、東映、東宝、日活、松竹、大映という映画会社が、自社の製作体制を守るため、それぞれの会社所属の俳優は別会社の作品に出演させないという「五社協定」の壁にぶち当たりながら、「黒部の太陽」を製作しようという、石原裕次郎(当時は日活所属)と三船敏郎(当時は東宝所属)、熊井啓監督(当時は日活の社員監督)らの姿と、劇中劇として、史上最大の黒部ダムトンネル工事に挑む男たちの「黒部の太陽」の物語が劇中劇として進んでいく。

二幕になると、トンネル工事に賭ける男たちの物語が中心になるのだが、一幕で張られたさまざまな伏線が二幕で語られ、ここで生きてくる。

場面転換が通常の舞台より多いと感じたが、これは映画のカット割とよく似ている。しかし、それでいて、ひとつひとつの場面は、俳優さんたちのしっかりした演技と、よく練られた脚本、演出でかなり見せてくれる。

カットを積み重ね、見せ場では長回しのカットでじっくり芝居を見せる…。これは、正に「映画」である。他にも、渡哲也さんのあっと驚く映像出演シーンでの演出や、熊井啓監督が大放水シーンのときに撮影方法を説明する場面での演出など、舞台装置を使った演出も面白い。

滅多に見られない映画「黒部の太陽」のクライマックスシーンも見られるし、何より話題になった40トンの水を舞台上で放水するシーンは、本当に迫力満点で、手に汗握る。

それでも、全体を見渡すと、大放水シーンがかすむほど、強く印象に残るのは、俳優さんたちと佐々部監督が創り出した「ドラマ」の部分である。クライマックスに進むに従い、物語の熱は最高潮に達し、舞台装置と演技、演出が融合し、感動のラストシーンに至る。

バックステージ物としての真骨頂とも言えるラストは、もう涙なくしては見られない。僕は、これだけ感動的なバックステージ物は映画「蒲田行進曲」以来であり、あの感動もはるかに超えた。

ラスト近く、中村獅堂氏扮する石原裕次郎のセリフは、映画を愛するすべての人に向けた、佐々部監督の心からのメッセージだろう。「映画はいい」。この言葉に、僕は心の底から感動した。

監督の公式HP「ほろ酔い日記」によると、初日以降、手直しもされて、かなり場面によっては違うものになっているとか。ああ、千秋楽まで無理してでももう一度見たい、という衝動に駆られている、僕なのでした。

監督、素晴らしい舞台を、ありがとうございました!

未見の方、是非、梅田芸術劇場まで足を運んで観劇してください!!!26日まで上演しています。「映画」を愛する人にとって、必見の舞台です!!!
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「告知せず」放映決定!  佐々部監督の世界

佐々部監督初の民放テレビドラマ「告知せず」が、11/15午後9時から、テレビ朝日系において放映されることが決まったようです。↓

http://www.tv-asahi.co.jp/kokuchisezu/

佐々部監督は、助監督時代「北の国から」も担当されていらっしゃいますが、劇場用映画にこだわり、監督になってからも「映画」にこだわって監督されてきました。

実質的にはWOWOWのテレビドラマ「心の砕ける音」がありましたが、あれはBS放送で映画的な感覚のドラマだったので、純粋なテレビドラマというと、今回が初、ということになるのでしょう。

今年は、2本の映画作品「結婚しようよ」「三本木農業高校、馬術部」に加え、初演出の舞台「黒部の太陽」がありますが、映画だけに留まらず、佐々部監督の手腕が、様々ななメディアに発揮されのは、ファンとしては嬉しい限りです。

「黒部の太陽」については、別のレビューで言及しますが、この舞台も「映画」にこだわった作品だったし、「心の砕ける音」も、正に「映画」でした。

ですから、今回のドラマも、恐らく昨今の軽いテレビドラマにはない、濃密で「映画」的な映像になっているはずです。

公式HPなどを見ると、単なる医療や難病を扱ったドラマにはなってないようで、深い人間ドラマが味わえそうです。果たして、どんなドラマになってるのか、オンエアが本当に楽しみです。

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追悼・緒形拳さん その2  映画つれづれ

緒形拳さん急逝というニュースの余韻が、まだ心から離れません。

緒形さん出演の映画を思い出せば思い出すほど、稀有な役者さんだった、と思わずにいられません。

助演作品、特別出演などの作品も入れるときりがありませんが、僕が印象的だった主演映画をあげてみました。

「必殺仕掛人・梅安蟻地獄」(73)「鬼畜」(78年)「復讐するは我にあり」(79年)「ええじゃないか」(81年)「北斎漫画」(81年)「楢山節考」(83年)「女衒ZEGEN」(87年)「火宅の人」(86年)「華の乱」(88年)「社葬」(89年)「咬みつきたい」(91年)「ミラーを拭く男」(03年)「長い散歩」(06年)・・・・こんなにあるのか、という感じです。

この中で僕がとくに印象深いのは「鬼畜」「復讐するは我にあり」「火宅の人」「咬みつきたい」「長い散歩」です。

「火宅の人」は、文芸物でありながら、ダイナミックでエロティシズムにあふれた深作欣二監督の演出に、緒形さんははまっていました。ちょっとだしないのだけれど、男の色気とダイナミズムを両方感じさせるような役をやられたら、天下一品でした。

「咬みつきたい」は和製ドラキュラを目指した金子修介監督によるSFアクションコメディーなのですが、緒形さんが演じられる吸血鬼がとってもキュートで、楽しんで演じられている様子がうかがえて、魅力的でした。

「長い散歩」は、正に緒形さんの集大成のような演技、と感じました。悲しげな表情から、憂いのある笑顔まで、役者としてその作品世界に入り込みながら、本来持つ魅力を最大限に引き出した演出は、俳優でもある奥田瑛二監督だからこそ、でしょう。

俳優同士だから引き出せる、緒形さんの新しい魅力をこの作品で感じたような気がします。

重ね重ね、ご冥福を祈るばかりです。
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追悼・緒形拳さん  映画つれづれ

緒形拳さんが亡くなれた…。突然の訃報に、ビックリしました。

僕が最初に緒形さんを知ったのは「砂の器」です。犠牲となる警察官の役でした。

その自然体ながら個性のある、アクの強い演技に、強烈な印象を受けました。

一般的にはテレビなら「太閤記」の秀吉、映画なら「復讐するは我にあり」「楢山節考」等の今村昌平監督作品ということになるのでしょう。僕も「復讐…」で演じた殺人鬼には大きな衝撃を受けました。

他にも「鬼畜」「魚影の群れ」「火宅の人」など主演作で僕が大好きな名作・傑作はたくさんありますが、そんな中で、例えば「ラブ・ストーリーを君に」で見せた、手離した娘を思ってはにかむ父親や、「魔界転生」での年老いた宮本武蔵、最近では一瞬の登場ながらその存在感と笑顔が印象的だった「佐賀のがばいばあちゃん」の豆腐屋さんなど、脇役でもキラリと光る存在感がありました。

最近では「長い散歩」で、虐待を受けた少女を連れ出す老人役が秀逸でした。先日の「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」でも、妖怪の親玉・ぬらりひょんを楽しそうに演じていらっしゃったので、訃報が信じられません。

緒形さんのご冥福を、心よりお祈り致します。

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三本木農業高校、馬術部  新作レビュー

見た日/10月某日 ★★★★★

佐々部監督との出会いは、もう5年前になる。

まだ「チルソクの夏」の公開前、この映画を山口県全体で上映し、盛り上げたいという、イベントプロデューサーのMさんという方を介して出会った。

僕は一介の地元紙の記者だったが、監督の人柄と、映画への愛情にすっかり参ってしまい「チルソク」を応援しよう、と深く心に決めた。

果たしてどこまで成果があがったかは不明だが、市民団体を作って上映の応援をしたことは、僕にとっても「映画の応援」の原点になった。

Mさんの情熱に感動したことも大きい。Mさんは監督とは高校の同窓で、本来の仕事とは関係ないのに、「本当にいい映画なんです。この映画を、下関だけのものに終わらせたくない。これは山口県全体の宝なんです」と言うMさんに心を打たれた。

それで僕は、下関市、山口市、周南地区という県内の上映地を結び、東京公開に発信しようと「チルソク・サポーターズ・フラッグ」作成を提案させて頂き、旗にはスタッフ、キャストの他、映画に感動したたくさんの方の寄せ書きを頂いて東京の映画館に掲示した。

このフラッグについて、Mさんが「あれはよかったよね」と言って頂いたのが、感激だった。そのMさんが、「カーテンコール」の撮影中に病気で亡くなられた。お葬式に出席させて頂いたが、本当に信じられなかった。

「チルソク」「カーテンコール」に出演した山口放送の井上アナウンサー。以前から存じてはいたが、映画を通じて、親しくさせて頂いた。「カーテンコール」のときは、僕が企画したイベントにノーギャラで出演して頂き、佐々部映画について、熱く、本当に熱く語って頂いた。「佐々部さんの映画には、人と人との絆、本当に私たちが忘れてはならないものが詰まっている」そう力説されていた。

井上アナとも、不思議な縁があった。「四日間の奇蹟」のイベントの企画が、僕のフリーとしての初仕事だった。このときのパーティーでゲストとして演奏を依頼した演奏家が、井上アナの姪子さんであることがこのとき、分かった。

その演奏家さんもこれがきっかけですっかり佐々部ファンとなり、僕は今もお仕事を通して、素敵なおつきあいをさせて頂いている。井上アナの還暦のお祝いパーティーにはこの演奏家さんを通じて呼んで頂き、数日前に試写会で見たばかりの「出口のない海」についての感想で盛り上がったのだが、まさか、これが井上アナとの最後になるとは思いもしなかった…。

僕がこのお2人の話を書いたのは、この映画を見ている間、なぜか、お2人を思い出したからだ。

この映画、「チルソクの夏」以来の、高校生を描いた佐々部監督の作品である。豊かな自然の中で、馬の世話に明け暮れる高校生たちの姿が、淡々と描かれ、そこからジワジワと、生命の大切さという、大切な大切なテーマが静かに、かつ深く、伝わってくる。

僕は何だか、「チルソクの夏」という映画に携わった、僕の恩人でもあるお2人が、またまた素敵な映画の空間に導いて下さったような気がして、映画館の中で、1人、泣いていた。

そして、素朴さの中にも、力強さがあるこの映画は、昨年からの「夕凪の街 桜の国」「結婚しようよ」からまた踏み込んだ、佐々部映画の新しい境地でもあると思った。

こうして、佐々部監督の新作を、またまたスクリーンで見られる幸せ。「Mさん、井上さん、ありがとうございました。僕は、お2人のお陰で、佐々部監督の作品に出会うことができました」とぼくはスクリーンに向ってお礼を言った。

お2人への想いを新たにしながら、僕もまた、この映画のヒロインのように、未来に向って踏み出したい、と思った。「映画への夢」に、一歩近づくために。
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「映画クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」実写映画化?  映画つれづれ

スポーツ報知のネットニュースを見てビックリ。

原恵一監督の名作「映画クレヨンしんちゃん嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」を「ALWAYS 三丁目の夕日」の山崎貴監督が、実写映画化する、とのこと。↓


http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20081007-OHT1T00030.htm

「クレしん戦国大合戦」は原案ということで、野原一家は登場するものの、しんちゃんは「野原しんのすけ」ではなく、真一という真面目?な少年になるらしい。

…にしても、山崎監督の「これを実写映画にしたい!」という気持ちは、恐らく同じ年であり、同じ特撮物やアニメを見て胸を熱くしてきた身としては、ものすごくよく分かる。

「アッパレ 戦国大合戦」は本当によくできた傑作で、とくに戦国時代の描写が秀逸。合戦のリアルさや、軸となる侍と姫の悲恋、野原一家との絶妙な絡みなど、本格時代劇、タイムスリップ物のSFとしても秀作だ。

「しんちゃん」映画として見るとギャグは少なめだが、ギャグとシリアスのバランスもよく、あまりの出来の良さに様々な賞も受賞している。「オトナ帝国の逆襲」とともに、原監督の傑作・名作のひとつと評されている。

で、悲恋に苦しむ侍役に草なぎ剛、姫役に新垣結衣が決まったそうだ。どんな映画になるのか楽しみだが、是非、オリジナルのテイストを失うことのない、良作に仕上げてほしいものだ。
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ぐるりのこと。  新作レビュー

見た日/9月某日 ★★★★

最近、リアルで自然体な演出にこだわった日本映画が多い。日常をカメラで切り取るような、こうした傾向の作品は諏訪敦彦監督作「M/OTER」(1999)当たりから増えたような気がする。

この作品も、そんな作品のひとつなのだろうか。橋口亮輔監督の、ヒリヒリするような感性や痛みが、スクリーンから痛いほど伝わって来て、正直、辛いのだけれど、何とも言えない魅力が漂う、刺激的な1本だ。

主人公のだらしないけれども、妻に優しい法廷画家・カナオは、何だか僕によく似ている。自分の人生を揺るがすマイナスな出来事が起きても、僕自身、ひょうひょうとしていて、どこかその出来事を楽しんでいるような風があった。

法廷で世間を騒がした事件の被告に出会っても、にじみ出るような影響はあろうが、劇的にどうにかなるわけではない。その感じも、僕が新聞記者時代に感じたこととよく似ている。

いろいろな事件や事故、人に出会っても、そんなに自分の性格や主張が変わるわけでもなく、様々なことは思うけれど、煩わしいことは嫌で、家に帰ればビールを飲んでひたすら寝るだけの毎日だった。

だから、この主人公には感情移入できた。ぶっきらぼうなんだけれど、年月を経て夫婦の間にできてきた自然な感じの「愛情の共有」が、何とかマイナスな出来事のトンネルを抜け、自堕落な毎日を卒業して結婚し、いつの間にか4人の子持ちになった僕としても、自然に共感できる。

そんな、ナチュラルさと、法廷で出会う「被告」の様子からうかがわれる、映画全体に漂う雰囲気とは一瞬違うのでは、と思えるほどショッキングな、様々な「事件」との対比が、この映画の魅力でもある。

夫婦役のリリー・フランキーと木村多江が出色で、2人が出す空気感は「本物」だ。資料を見ると、2人は極限まで本当の夫婦になるための演技のエチュードを繰り返したのだという。

恐らく、演出した橋口監督もその2人の「本物」にどっぷり浸かり込んだのではないだろうか。その監督が抱いたであろう、ヒリヒリとした空気感は、しっかりとスクリーンに刻まれていると思った。

この2人が出す空気感と比べると、寺田農氏や八嶋智人氏ら、脇役の俳優陣たちの演技はどうしても「演技」に見えてしまい、違和感があった。柄本明氏はそのキワキワ。被告たちを演じた役者さんたちは逆にその堂々とした役者っぷりが見事だった。

そんな異物が入り込んだ、混然となった作品ではあるが、もしかしたら、それも監督の狙いかもしれない。だって、ありふれた2人の夫婦の日常に、誰もが実在の事件を想起できる裁判を差し込むなんて、なかなか普通の感性では思いつかない。

時代の空気や、予定調和も盛り込みながら、まったく自然体の夫婦を浮き上がらせる。これも計算だとしたら、この監督さんはスゴイ。
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