「日輪の遺産」クランクアップされたようです!  佐々部監督の世界

佐々部監督の公式HPによると、来年公開予定の監督の新作「日輪の遺産」が、無事、クランク・アップされたようです。↓

http://www.sasabe.net/hidiary/hidiary.cgi

僕は残念ながら、陣中見舞いに行けなかったのですが、色々と聞きますと、天候にも恵まれ、日々、素晴らしいシーンの撮影の連続だったようです。

主演の堺雅人さんをはじめ、中村獅童さん、福士誠治さん、ユースケ・サンタマリアさんら、俳優陣も素晴らしかったそうです。

極限状態に陥りながら、それでも何かを守らなければならなかった人の想いを、佐々部監督がどう描いているのか。

何かのために、自分の命さえ犠牲にしなければならない…。そんなとき、人間って、どんな表情をするのでしょうか。

「出口のない海」で、決して脚本上では描かれていなかった「回天」出撃時の兵士の表情や、それを受けた仲間たち、艦長たちの表情を、さりげなくもきちんと描かれていた
佐々部監督ですが、今回も、丁寧な演出で登場人物たちがどんな「顔」を見せているのか、そこも楽しみです。

早くも、「出口のない海」「夕凪の街 桜の国」に続く、傑作が生まれようとしている予感がします。

楽しみです。こちらは、配給・製作の角川映画の「日輪の遺産」紹介ページ。現場レポートも読めます!↓

http://www.kadokawa-pictures.co.jp/official/nichirin/
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児玉源太郎・・・「二百三高地」、そして丹波哲郎氏  映画つれづれ

きょう(6/11)付けの地方紙「日刊新周南」の記事によると、周南市観光協会が、明治期に活躍した周南市出身の軍人で政治家の児玉源太郎の銅像を作る、という計画を立てているという。

NHKで放送している「坂の上の雲」に児玉が重要な役で登場することもあって、盛り上がっているのだろう。

で、児玉の命日に合わせ、7月23日から25日まで、周南市内の映画館、テアトル徳山Tで映画「二百三高地」を上映し、この収益金も銅像建立の資金に充てるらしい。

児玉源太郎については、僕も、記事を書かせてもらっている雑誌「月刊まるごと周南」で前編後篇にわたって特集をしたので、興味はある。

その雑誌では児玉が生まれてから亡くなるまで、その業績などを文章と写真で細かく紹介したが、もちろん「二百三高地」についても紹介した。児玉のひ孫にあたる故・児玉進さんは実は映画監督で、松田優作さん主演の「乱れからくり」(1979年)やテレビドラマ「太陽にほえろ!」「レインボーマン」などの演出で知られていることを書いた。

さて、「二百三高地」だが、この映画、メチャクチャ長いけれど、結構、好きだったりする。脚本は「仁義なき戦い」の笠原和夫氏だ。

公開時、右翼映画の権化みたいにマスコミに叩かれていた記憶がある。昭和55年の公開で、当時は日本の軍人を描くことに抵抗感が強いマスコミが今より多かったように思う。

当時、僕は高校生で、そんなに“右翼チック”には思わなかった。白兵戦のシーンはよくできていて、戦争の最前線は壮絶な殺し合いであることが、リアルに伝わってきた。

リアルな戦場シーンによって反戦を醸し出す…のちのちスピルバーグがやった「プライベート・ライアン」での手法を先駆けて展開している。

児玉や乃木というお偉いさんだけでなく、戦場に一兵隊として赴いたロシア文学を愛する教師や若い豆腐屋(キャスティングが演歌歌手の新沼謙治という意外さ!これが好演)ら、平凡な庶民が壮絶な戦争を体験する、というシークエンスを加えることで、映画に深みも出ていたように思う。

…で、とにもかくにも凄いのは、やっぱりタンタンタンバリンの大霊界、いやいや大御所の丹波哲郎氏なのだ。

丹波氏って凄いのは、どの映画も全部一緒。あの抑揚のつけたしゃべり方、独特な表情、監督によって多少の違いはあるけれども、基本的に一緒。セリフを覚えず現場に来られていた、というからまたまた凄い。

この映画では、児玉の実像ともずいぶん違うような気もする…けれど、その存在感というか、重さというか、悲痛さというか、やっぱり凄いんだな、これが。で、やっぱり「児玉源太郎」に見えちゃう。

正に「丹波哲郎」という、ひとつのジャンルのような気がする。演技が上手いとか、下手とかいう次元ではない。これは、「三船敏郎」にも共通することだと思う。

そんな丹波氏で、およそ丹波氏らしくないのに、「巧い!!」とうなったのは、山田洋次監督の「学校W」。あの屋久島まで冒険に来た家出中学生(佐々部監督作品の常連さん、金井勇太さん。好演!!)に親切にするのが、地元のジジイの丹波氏。これは自然体で、セリフも長くて、丹波氏晩年の新境地だった、と思う。

話がそれたが、東映が当時、威信をかけて作った戦争大作「二百三高地」。今ならCGを駆使するのだろうが、アナログ的な特撮と、人員総動員の壮絶な戦闘シーンは必見の価値あり。DVDはもちろん出ているが、お近くの方は、是非、この機会にスクリーンでご覧頂きたい。
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告白  新作レビュー

★★★★★

※多少ですが、ネタバレが含まれています。ご注意ください。

観終わって、力が抜けた。衝撃、である。

救いようがない暗い話だが、こういうバッドエンディングな物語を、社会的な問題を孕みながら、徹底したエンタテインメントとして描く手法は、最近外国映画にはよく見られる。

ハリウッドなら「ノーカントリー」「チェンジリング」、韓国なら「チェイサー」「母なる証明」などの作品群がその範ちゅうだろう。

だが、今の日本映画界でこの作品を製作したこと、そしてこの映画が、いい意味でも悪い意味でも現在の日本映画界を牽引している東宝の配給・製作であることを考えると、その意義は深いと思う。

この映画を観て、嫌悪感を感じる人も多いだろう。「こんな映画を作りやがって!」という人もいるかもしれない。この映画による社会的影響を心配する人もいるかもしれない。

でも、映画というのは、さまざまな表現方法があっていいし、いろいろな種類の映画があって当たり前、と僕は思う。くだらない自主規制と遠い媒体だからこそ、映画という表現媒体の意味はあると思う。

でも、「誰がそんな映画を観たいのか」「こんな映画を作って果たして意味はあるのか」という企画は、実際はあるだろう。要は「志」の問題だとは思うが、そういう意味ではこの映画はそのキワキワかもしれない。

でも、今の日本映画に、幅広い選択肢が少ない、のも事実だ。社会的な問題を扱った映画や問題意識の多い日本映画は現在でも作られてはいるが、その多くが独立系製作プロダクションによる単館系映画であり、なかなか幅広い一般の観客に触れないのも事実だろう。

観客がわざわざ映画館に出向いて選択し、鑑賞料金を払って観る。だからこそ、映画は多種多様な主張ができるのだ。日本料理やイタリア料理、中華料理…辛いもの、甘いもの…お客様はそれぞれ、お金を払って、食べたいものを選んでお店に行き、料理を注文する。

それに見合うように、料理人も努力し、様々な料理を創り、お客様に提供する。同じ料理も、お客によっては「美味しい」と感じる人もいれば「マズイ」と思う人もいる。表現は違うかもしれないが、映画って、ちょっとこれに似ている、と思う。

それが、とくに最近の日本映画は、どれも同じような料理ばかりで、観客も安易な「泣ける」「感動」だけを求めているように思えてならない。韓国で「殺人の追憶」「母なる証明」「チェイサー」が大ヒットした、と聞くと、「日本でこういう映画は一般受けしないよなあ」と嘆くばかりだ。かつて、日本にもそんな映画はたくさん作られていたのに。

そういう意味で、この映画が日本のバリバリのメジャー映画会社で作られた意義は大きい。あとは観客がどう受け止めるか、だけれど。個人的には、青少年を題材にした、という点で「バトル・ロワイアル」を思い出した。アプローチも表現も深作欣二監督と中島哲也監督は全然違うけれども。

発達障がいの当事者であり、少年時代から教師や同級生(友達では、ない)の無理解やいじめに苦しみ続け、両親の理解でどうにかこうにか光を見出して生きてきた僕としては、この映画の上映中、かなり辛いものを感じたことは事実だ。

…だけれども、この映画で描かれている人間の矛盾や「闇」の部分は、オーバー気味であるとは言え、事実でもあるだろう。中島監督は、衝撃で戦慄の物語を、ワンシーンワンシーンに音楽や彩色などの味付けを加えながら、丁寧にスタイリッシュに描く。

抑え気味ではあるが、「嫌われ松子の一生」と同じアプローチだ。

映画を観ながら、ふつふつと湧きあがる絶望や怒りとともに、眼が離せない物語展開への興味、そして単純に物語としてよくできたエンタテインメイント性への感心が、同時に心にもたらされる。

そして、衝撃的なラストのシーン、セリフが終わった瞬間、中島監督の術中にまんまとはまった自分に気がつく。こんなにも集中しながら、どっと疲れるものの、不思議と途中で抱いた嫌悪感はなくなっていた。

実際の13歳があんなに残酷なのか、という批評があった。実際の事件を見てみるといい。本当に残酷な少年少女は実在するし、僕が少年時代に受けた「いじめ」も、現在告発すれば、立派な犯罪だ。彼らに、全く罪の意識などなかった。

中途半端な人格者で、子どもを傷つけてしまう先生も実際にいたし、僕への「いじめ」に気付きながら、「あなたが悪い」と平然と言う先生もいた。

この映画は、愛する人を失う、その喪失感がひとつのキイワードになっている。大切な「命」を奪われ、その復讐として新たな「命」を奪う…。そんなことに、何の意味があるのか。奪う命と奪われる命に、差はないはずなのに。作り手の意識は、映画での出来事を、決して肯定はしてないだろう。生徒役の子どもたちの「目」が印象的だ。

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RAIWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語  新作レビュー

★★★

サブタイトルで映画の内容が分かってしまうのだが、最初に観始めてから「いつ、サブタイトルのようになるのかなあ」と思いながら観ていた。

この映画が成功しているのは、主人公が夢に向かって踏み出すまでを、くどいぐらいに丁寧に描いている前半にあると思う。

いつの間にか、日々の仕事に追われ、妻や娘の気持ちを理解できなくなって、母親の病気に「仕方ない」と思うまでになってしまった中年サラリーマンの姿は、恐らくこの映画を観る主人公の同世代にとっては、たまらないものがあると思う。

その主人公があることをきっかけに、子どものころの「夢」と向き合い、家族との絆を取り戻していく訳だが、この辺りから物語の展開は凡庸になっていくものの、前半の厳しさの中で登場人物たちをしっかり紹介しているからこそ、後半の何気ないシーンの積み重ねが、しっかりハートウォーミングなエピソードとなって心に響く。

中井貴一は好演しているし、高島礼子の艶っぽい奥さんもいい。舞台となった出雲の風景も美しく、そこを走る電車の姿も風情がある。

僕は40歳で会社をやめ、「自分が生まれ育った山口県で、映画に関係した仕事がしたい」と自分で事務所を作って独立した。だからこそ、この主人公の気持ちはよく分かる。

「右向け右!」で「面白いなあ」と思った錦織良成監督だが、故郷の島根県で撮影した、地方発全国発信の先駆けとなった「白い船」で評判になった。

この映画も島根県ロケだが、錦織監督の故郷への想いと映画に対する誠実さが現れた作品だと思う。

1

名探偵コナン 天空の難破船(ロストシップ)   新作レビュー

★★★

子どもたちが「コナン」大好きで、その影響から時折テレビシリーズは見ているが、劇場版は子どもたちが借りてきたビデオをチラリと観るていど。

初めて、長男にせがまれて劇場版を劇場で鑑賞した。

この映画、ミステリー物だが、人が死なない。その配慮にまず関心。人気キャラクターの怪盗キッドがメインゲストで、このシリーズの重要人物の正体が実はキッドでは…?という展開が、ファンの興味を引っぱる。

ある研究所が襲われるというバイオテロが起きた直後、コナン君たちが乗り込んだ最新型の飛行船が、その犯人グループによってジャックされる。そして、バイオテロで強奪された細菌兵器による乗客の感染者が出て…、という展開。

「劇場用“コナン”はあなどれな」とは聞いていたが、話のテンポもよく、派手なアクションもあり、コナン君による推理もあって、ミステリー物定番の“どんでん返し”もちゃんとあって楽しめる。

このシリーズが本格ミステリー物の入り口となっているのでは、と思うとその意義は深い。されだけに毎年作られている劇場版の質を落とせない、という点ではスタッフはプレッシャーだろう。

アニメの作画の質は正直、高いとは言えないが、なかなか楽しめる。

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グリーン・ゾーン  新作レビュー

★★★

「ユナイテッド93」やジェイソン・ボーンシリーズで、ポール・グリーングラス監督のドキュメンタリー・タッチで描かれる、スリリングなアクションの面白さは証明されているが、この作品もハラハラドキドキさせながら、キレのいいアクションが展開される。

イラク戦争時における大量破壊兵器の有無や、その裏側が描かれていて、ジャーナリストに関する政府側の関与など、なかなか興味深いエピソードが描かれる。

ただし、映画で描かれるオチはアメリカの現政府や海兵隊にとってちょっと都合がいいかなあ、とは思うけれども、そこはリアルながらもフィクションの世界なので、まあ、よしとしよう。

マット・デイモンはどの映画も顔は同じだけれど、役柄によって受ける印象が違うから凄い。「インビクタス」に続いて、タフな役を好演している。

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座頭市 THE LAST  新作レビュー

★★★

「座頭市」というと、やっぱり故・勝新太郎さんなのだが、僕は小学生のころ、テレビの「新・座頭市」が好きでよく見ていた。

物語やカメラワークが斬新で、市川崑監督によるオープニングが見事だった「木枯らし紋次郎」(あのカット割は最高!)と同様、ワクワクして見ていた。

劇場版はビデオでの鑑賞だったが、映画館で観た勝さんの「市」は、1989年公開の「座頭市」が唯一だ。

勝さん自ら監督したこの作品は、これがまた斬新な大傑作で、アイデアに満ち溢れた殺陣の凄さ、英語詞によるロックバンドを使った音楽、視点がちょっと変わったカメラワーク…と、正に独自な勝新ワールド全開の映画だった。

そのあと、僕は取材で東條正年先生と知り合う。東條先生は、若いころ、山口県で高校の国語の先生をしていたのが、たまたまシナリオコンクールに応募したら入賞してしまい、上京して脚本家になっちゃった、という方だ。

東京では主に時代劇の脚本家として活躍されたが、決定的だったのが、勝さんとの出会いだった、という。勝さんに気に入られた東條先生は、僕が見ていた「新・座頭市」シリーーズの脚本家に起用されるが、東條先生が脚本としてクレジットされている回以外も、実はかなりの話数で関わったらしい。

勝さんは、このシリーズでも自ら脚本、監督を担当しているが、現場で突然アイデアを思いつき、どんどん話を変えたり、設定を変えていたそうだ。またそれがすこぶる面白いので、誰も文句が言えないから困っちゃう。

村娘を冒頭で殺してしまったはいいものの、脚本ではその娘が後半、物語の幹になるので、お話が繋がらなくなってしまう。それで勝さんは、東條先生を呼び出し、現場で新しいお話を作ってもらって、辻褄合わせをしていた、というのだ!!

これも、凄いエピソード。あるテレビ局の時代劇の脚本を手がける話があって、東條先生はプロデューサーと面会をしたのだという。先生が「勝さんのドラマや映画の脚本を担当していました」と言うと、そのプロデューサーは「まさか、『警視K』はやってないでしょうね。もし、あの番組の脚本を担当されていたら、この話はなかったことにしてください」と言ったそうだ。

「警視K」!!これぞ、勝さん制作・主演による、伝説の刑事ドラマ!!僕も見ていたが、何が凄いと言って、ほとんど物語がない回があったり、いきなり青空が映し出されて、それが延々続いたり…斬新すぎて、誰もついていけないドラマだった。何しろ設定からして、キャンピングカーに住み込んでいる流浪の刑事が主人公、という斬新さだった。

東條先生は「いやあ、いくら僕でもあんなひどいドラマには関わっていません」と言って、何とかその時代劇ドラマの脚本を無事担当されたのだという。

凄い話ばかりだが、そんな話をニコニコしながら話してくれる先生が、好きだったなあ…。

第一線を勇退された東條先生は、故郷の山口県下松市に帰り、「僕は東京でムチャをしたから、晩年は家族を大切にするんだ」と言って、そこで奥様や家族と過ごしながら、地元の中学校の演劇の脚本を書いたり、地域活動に励む紙芝居の脚本を担当されたり、地域発展に尽くされた。

僕が独立するときも、「君なら大丈夫」と言って、励まして頂いた。一昨年、80歳で亡くなられたが、本当に優しく、素晴らしい方だった。

その東條先生が話してくれたエピソードで、「最後の座頭市」の話が忘れられない。勝さんが亡くなる直前、東條先生は上京し、病院に勝さんを見舞ったそうだ。

すると勝さんは、「座頭市の最後を映画でやりたい。市の最後を今から演じるから、脚本にしてくれ」と言って、病院のベッドの上で、いきなり「市の最後」を演じてみせたという。

僕は興奮して、「市がどんな“最後”を迎えたのか、是非、知りたい」と言ったら、東條先生は「勝さんが亡くなったから、その内容を公表することはない。僕は墓場まで持って行くよ」と言われ、本当に墓場まで持って行かれた。

今回もずいぶん長い前置きになったけれど、そんなことがあったので、「座頭市」には格別の思い入れがあるし、「THE LAST」と銘打った今回の映画で、どんな“最後”を市が迎えるのか、興味を持って初日の劇場に駆け付けた。

映画全体のトーンとしては、最初の「座頭市物語」を意識しているのかなあ、という感じだ。市とは結ばれなかったオタネが、この映画では夫婦になっている。そこから悲劇と市の慟哭が生まれていくが、シリーズの基本を踏まえつつも、新たな味付けもしてあって、阪本順治監督のこだわりが感じられる。

決して美しいとは言えないものの、泥臭くも壮絶な殺陣は見応えがある。贅肉をそぎ落としたような物語展開もいい。仲代達矢、原田芳雄、倍償千恵子らベテランの演技は、さすがに安定感がある。

そんな中で、香取慎吾さんは頑張っている。若い「市」も悪くない。ただし、市を演じられるキャパシティが、今の香取さんにあるかどうか…僕自身は、場面によっては「よし」だったが、正直、シーンによって「うーん」と思ったことも事実。ただし、ここは賛否両論あるだろうから、他の方の意見も聞いてみたい。

そして、市の“ラスト”を見ながら、「勝さんがやろうとしたラストはどんなのだっただろう」と思い描いた。


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ボックス!  新作レビュー

★★★★

何の予備知識もなく鑑賞したのだが、これはいい!

ボクシング映画としても、青春映画としても、とてもよく出来ている。

恐らく原作小説のエピソードを詰め込んだのだろう。2時間の長さでは消化しきれてない部分もあるし、物語の展開はある程度の予想もつく。

でも、そんなもの全てをひっくるめて吹き飛ばすほどのパワーが、この映画にはぎっしり詰まっている。

市原隼人のボクサーぶりは見事だし、幼馴染の優等生役の高良健吾も好演。物語の展開も、いい意味で観客の思う通りに進んでくれる。

「デトロイト・メタルシティ」で手腕を発揮した李闘士男監督の演出はテンポもよく、あまりオーバー気味にならないよう配慮しながら、ラストに向けて爽快感を感じられるよう、映画的カタルシスもたっぷり感じさせてくれる。

挫折、苦闘、友情、そして…という展開はスポーツ映画の王道ではある。

だが、王道だからこそ、肝心のスポーツ描写がリアルでなかったらこの手の映画は破綻するのだが、この作品はそこに細心の注意を払っている。

あえて前半から後半にかけてボクシングシーンを小出しにし、クライマックスでたっぷり見せてくれるのだ。

ライバル役は本物のプロボクサーらしいが、市原隼人は本物相手にリング上で本当に「試合」をして、それを何と2分間のワンシーンワンカットで見せてくれる。

ここは大興奮で、ラストの処理もいい。ボクシング映画には傑作が多いが、久しぶりに、日本映画でいい“ボクシング映画”を観させてもらった。

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映画クレヨンしんちゃん 超時空! 嵐を呼ぶ オラの花嫁  新作レビュー

★★★★

正直、最近は低調だった映画「クレしん」シリーズだったが、この作品で完全復活した感がある。

前作でキレのいい演出を見せてくれた、しぎのあきら監督だが、今回はテンポも物語の展開もすこぶる好調。「しんちゃん」が本来持っているギャグと「家族の絆」という裏テーマとのバランスもいい。

何より野原一家と春日部防衛隊(しんちゃんの幼稚園でのお友達たち)の未来を見せる、という、ある種の禁じ手を使い、映画らしいスペシャル感も出している。

実写化もされた「戦国大合戦」や、アニメ映画史上に燦然と輝く傑作「オトナ帝国の逆襲」を製作した原恵一監督の一連の“しんちゃん”映画は、ギャグを多少抑えながらも、物語のクオリティや「家族」を前面に出していた。

それが今回は、ギャグの降り幅も大きいし、ゲスト声優の扱いも半端じゃなく大きい。それでいてゲスト声優の下手さも凄くて、ある意味インパクトの強烈さは相当なもの。

それでも今回の映画が成功しているのは、時空を超えた未来で、姿形はずいぶん変化しているものの(ここが抜群に笑える)、変わらぬ愛情を持ち続けている父ちゃんと母ちゃんの姿をきちんと描いていることだろう。

どんな大変なことになっても、変わらない家族の思い。ここがしっかりしているからこそ、このシリーズはあなどれない。今回も、ラスト近くの父ちゃんのセリフには、しっかりと泣かせてもらった。

この辺りは、スタッフによる、映画完成前に亡くなられた原作者への想いも感じられる。しんちゃんが「オラは死なない!」と絶叫するシーンは、間違いなくアニメスタッフから原作者に向けた、誓いであり、決意であろう。

この映画で驚いたのは、タイムスリップ物で必ず問題になる「タイム・パラドックス」の問題を、ラストでさりげなく解決している点。ハチャメチャなようでいて、SF的な解釈もきちんとしているのには感心した。

幼児向けに作っているからこそ「未来は決まっていない。だからこそ、自分たちの手で未来を切り開いてほしい」という子どもたちへの作り手の熱いメッセージが感じられる。

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シネマ歌舞伎 蜘蛛の拍子舞/身代わり座禅  新作レビュー

★★★★

デジタルや3Dの導入で、シネコン映画館の可能性が広がっている。僕の近所のMOVIX周南にも、早速3Dとデジタル上映機器が導入された。

それで、デジタル上映の方はコンサートや演劇の上映が主流のようで、いろいろと作品が始まったが、MOVIXチェーンは歌舞伎を運営している松竹系だけに、歌舞伎が映画で観られるこの「シネマ歌舞伎」も、その目玉のひとつだろう。

今回のシネマ歌舞伎の中でも、とくに見どころが多かったのが「蜘蛛の拍子舞」。歌舞伎は物語を楽しむよりは、その様式美を楽しむものなので、意外に「映画」という表現はいいかも、と思った。

画像も美しく、音もクリアで、アップ映像では役者の表情も観られて楽しかった。

坂東玉三郎の美女から妖怪土蜘蛛への変化が見物で、玉三郎は妖艶でいながら、風格も漂っている。美女から土蜘蛛への変化の間に現れる、巨大なクモの特撮(!?)も見物。

坂東三津五郎の坂田金時も格好いい。日本の伝統芸能を堪能できるとともに、実は100年以上も前に、日本ではこれだけ良質なエンタテインメイントがあったのだ、と再認識させられた。

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海角七号 君想う、国境の南  新作レビュー

★★★★

台湾で新記録を樹立するなど大ヒットした、という映画。

僕は、記者時代に「台湾万葉集」という本を編著された、孤蓬万里さんという方を取材したことがある。

孤蓬万里さんは、台湾の方で、日本統治下末期の時代に日本語教育を受け、「日本人」として生きた、いわゆる“日本語世代”の方だ。

台湾の方々は、中国や韓国などと比べると、日本に対して“優しい”方が多いように思う。

そこには様々な理由があるのだろう。

日本の台湾統治は明治の時代からで、僕が住んでいる山口県周南地区出身の軍人・政治家の児玉源太郎は台湾を統治する台湾総督を務めた。

児玉は台湾の人々の自主性を重んじ、軍事的弾圧を決してしなかったという。鉄道整備や下水道整備などのインフラ整備にも積極的に取り組み、今でも台湾の多くの人が児玉に感謝している、という話を聞いたこともある。

けれど、台湾統治の末期は戦争期であり、恐らく多くの台湾の人々が辛い想いをされただろうと思う。戦後も台湾はしばらく激動の時代が続き、日中の国交が回復する一方で日本と台湾の国交は途絶えた。でも、活発な民間交流は今も続いている。

日本や日本の文化に対して、憧憬を持ちつつも、複雑な想いを抱く“日本語世代”の方々が、その気持ちを、やがて廃れていく「日本語」で「短歌」として綴ったのが、「台湾万葉集」だ。

僕は、自分たちの世代で廃れていく「日本語」を大切にしながらも、台湾人としての誇りや気持を短歌に込めていく孤蓬万里さんの心情を取材で伺いながら、思わず胸が熱くなった覚えがある。

孤蓬万里さんはもう亡くなられたが、僕にとっても、貴重な経験であり、取材だった。日本語世代の想いという点では、酒井充子監督のドキュメンタリー映画「台湾人生」を見ると、その時代性や人々の気持ちがよく分かる。

…さて、前置きが長くなったが、この映画は、そんな台湾の人の「日本」への気持ちがよく現れた映画である。

日本統治下の台湾で、日本から赴任した若い教師が、友子という日本語名の台湾人の教え子と恋に落ちる。激動の時代下、その教師は泣く泣く日本に帰るが、船の中で友子への想いを、手紙に綴る。

その手紙が、60数年後、台湾に届く。都会の台北でミュージシャンを目指しながら挫折した主人公の若者は、いやいや始めた郵便配達の仕事で、その手紙を見つける。

若者が住む田舎町では、地域活性化イベントの目玉として、日本人有名歌手の野外ライブが計画されていた。その前座バンドを、地元の人たちが務めることになり、オーディションが開かれる。

それで結成されたバンドのメンバーはみんな個性的で、音楽的志向もバラバラ。ギターとボーカルを担当する主人公は、未だに挫折から立ち直れておらず、ふてくされている。そんな主人公と、バンドを世話する羽目になった日本人モデルの友子は対立するが…という物語。

ビックリしたのが、この映画、日本と台湾の歴史の秘話を描いた物語かと思いきや、実は優れた“バンド映画”だった。

バラバラだったバンドのメンバーが、衝突を繰り返しながら、やがて団結し、1人1人が成長しながらひとつの音楽を作り上げていく、という様は、バンド映画の王道であり、傑作「ザ・コミットメンツ」などにも繋がる。

最初は台湾映画独特のリズム感や、少々消化不良な話の展開、あまり笑えないコメディシーンに戸惑いはするものの、映画全体を包む「優しさ」が心地よく、そこに昔の「手紙」のエピソードがスパイスとなって、心を打つ。

様々な歴史の上に人は存在する。でも、国境を越えて人間同士は結びつき、愛し合えるのだと、この映画の監督は、明るいバンド映画、青春映画というスタイルを借りて訴えているように思う。クライマックスのライブシーンは秀逸で、何度も胸に熱いものが込み上げてきた。



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コネクテッド  新作レビュー

★★★★

ラリー・コーエン脚本によるハリウッドアクションの傑作「セルラー」を、香港映画界がリメイク。これは傑作。さすがに「香港国際警察」のベニー・チャン監督、キレがいい。

女性技術者が娘を小学校に送った帰り、いきなり誘拐され、拉致監禁される。小屋にある電話がメチャクチャに壊され、監視の目をくぐってヒロインはこの電話を必死で修理するが、偶然に繋がったのはある男性の携帯電話だった…というお話。

物語の概要はハリウッド版とほぼ一緒だが、ヒロインや電話がつながる男、そして犯人グループの設定や後半の展開はオリジナルな味付けを見せる。

ここが、ハリウッド版より秀逸で、最後までハラハラドギドキ。目の離せない物語展開に加え、香港映画らしい派手なカーアクションも素晴らしい。

原作と違って大都会であるという設定が、現在の携帯電話社会を反映させていて、よりスリリングな感じを与えている。

アクション好きな方には必見の佳作。すでにDVDになっているので、是非どうぞ。

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ゼブラーマン ゼブラシティの逆襲  新作レビュー

★★★

三池崇史監督の凄さは、物語の破綻にある、と思っている。その降り幅によっては、傑作にも駄作にもなり得るのだが、その危うさもまた、三池監督作品の魅力なのかもしれない。

それまで積み重ねてきた物語や設定を、映画の途中やクライマックスでいとも簡単にぶち壊す、一種の軽々しさが、まるで麻薬のような魅力を放つ。

「ヤッターマン」が一般にも受けたのは、物語の破綻寸前のところで、原作アニメの「お約束事を守る」という行為が、映画に妙なバランスを与え、割と万人向けの面白さを構成したいたのだと思う。

ところが、今回のゼブラーマンの2作目は、スケールも予算も特撮も前作よりはるかにパワーアップしてはいるが、物語は前回ほど破綻していないものの、やっぱり最後は思いっ切り「破綻」するのだ。

主人公をぞんざいにしているのも三池作品の妙。一時期、画面から存在そのものが無くなる「ジャンゴ」のガンマン、途中から存在が薄くなる「ヤッターマン」のガンちゃんと同様、この映画も主役のゼブラーマンは陰が薄い。主演の哀川翔の存在感の強烈さだけで持っている感がある。

つまりは、良くも悪くも敵役のゼブラクイーンの魅力全開で、全体が「ゼブラクイーン=仲里依沙」のプロモーションビデオと化していて、これはこれでとってもよい。

ハチャメチャの降り幅が広い分、個人的には前作の方が好きだが、大画面いっぱいに展開されるゼブラクイーンのセクシーなダンスと歌声は、とっても魅力的。

万人が「面白い」と思う映画ではないけれども、全体に漂う怪しさとクールさ、そしてヒロインのセクシーさは見どころいっぱい。逆に、そこだけが魅力なのだが、それは作り手側の確信犯なのだと思う。


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