「日輪の遺産」クランクアップされたようです!  佐々部監督の世界

佐々部監督の公式HPによると、来年公開予定の監督の新作「日輪の遺産」が、無事、クランク・アップされたようです。↓

http://www.sasabe.net/hidiary/hidiary.cgi

僕は残念ながら、陣中見舞いに行けなかったのですが、色々と聞きますと、天候にも恵まれ、日々、素晴らしいシーンの撮影の連続だったようです。

主演の堺雅人さんをはじめ、中村獅童さん、福士誠治さん、ユースケ・サンタマリアさんら、俳優陣も素晴らしかったそうです。

極限状態に陥りながら、それでも何かを守らなければならなかった人の想いを、佐々部監督がどう描いているのか。

何かのために、自分の命さえ犠牲にしなければならない…。そんなとき、人間って、どんな表情をするのでしょうか。

「出口のない海」で、決して脚本上では描かれていなかった「回天」出撃時の兵士の表情や、それを受けた仲間たち、艦長たちの表情を、さりげなくもきちんと描かれていた
佐々部監督ですが、今回も、丁寧な演出で登場人物たちがどんな「顔」を見せているのか、そこも楽しみです。

早くも、「出口のない海」「夕凪の街 桜の国」に続く、傑作が生まれようとしている予感がします。

楽しみです。こちらは、配給・製作の角川映画の「日輪の遺産」紹介ページ。現場レポートも読めます!↓

http://www.kadokawa-pictures.co.jp/official/nichirin/
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児玉源太郎・・・「二百三高地」、そして丹波哲郎氏  映画つれづれ

きょう(6/11)付けの地方紙「日刊新周南」の記事によると、周南市観光協会が、明治期に活躍した周南市出身の軍人で政治家の児玉源太郎の銅像を作る、という計画を立てているという。

NHKで放送している「坂の上の雲」に児玉が重要な役で登場することもあって、盛り上がっているのだろう。

で、児玉の命日に合わせ、7月23日から25日まで、周南市内の映画館、テアトル徳山Tで映画「二百三高地」を上映し、この収益金も銅像建立の資金に充てるらしい。

児玉源太郎については、僕も、記事を書かせてもらっている雑誌「月刊まるごと周南」で前編後篇にわたって特集をしたので、興味はある。

その雑誌では児玉が生まれてから亡くなるまで、その業績などを文章と写真で細かく紹介したが、もちろん「二百三高地」についても紹介した。児玉のひ孫にあたる故・児玉進さんは実は映画監督で、松田優作さん主演の「乱れからくり」(1979年)やテレビドラマ「太陽にほえろ!」「レインボーマン」などの演出で知られていることを書いた。

さて、「二百三高地」だが、この映画、メチャクチャ長いけれど、結構、好きだったりする。脚本は「仁義なき戦い」の笠原和夫氏だ。

公開時、右翼映画の権化みたいにマスコミに叩かれていた記憶がある。昭和55年の公開で、当時は日本の軍人を描くことに抵抗感が強いマスコミが今より多かったように思う。

当時、僕は高校生で、そんなに“右翼チック”には思わなかった。白兵戦のシーンはよくできていて、戦争の最前線は壮絶な殺し合いであることが、リアルに伝わってきた。

リアルな戦場シーンによって反戦を醸し出す…のちのちスピルバーグがやった「プライベート・ライアン」での手法を先駆けて展開している。

児玉や乃木というお偉いさんだけでなく、戦場に一兵隊として赴いたロシア文学を愛する教師や若い豆腐屋(キャスティングが演歌歌手の新沼謙治という意外さ!これが好演)ら、平凡な庶民が壮絶な戦争を体験する、というシークエンスを加えることで、映画に深みも出ていたように思う。

…で、とにもかくにも凄いのは、やっぱりタンタンタンバリンの大霊界、いやいや大御所の丹波哲郎氏なのだ。

丹波氏って凄いのは、どの映画も全部一緒。あの抑揚のつけたしゃべり方、独特な表情、監督によって多少の違いはあるけれども、基本的に一緒。セリフを覚えず現場に来られていた、というからまたまた凄い。

この映画では、児玉の実像ともずいぶん違うような気もする…けれど、その存在感というか、重さというか、悲痛さというか、やっぱり凄いんだな、これが。で、やっぱり「児玉源太郎」に見えちゃう。

正に「丹波哲郎」という、ひとつのジャンルのような気がする。演技が上手いとか、下手とかいう次元ではない。これは、「三船敏郎」にも共通することだと思う。

そんな丹波氏で、およそ丹波氏らしくないのに、「巧い!!」とうなったのは、山田洋次監督の「学校W」。あの屋久島まで冒険に来た家出中学生(佐々部監督作品の常連さん、金井勇太さん。好演!!)に親切にするのが、地元のジジイの丹波氏。これは自然体で、セリフも長くて、丹波氏晩年の新境地だった、と思う。

話がそれたが、東映が当時、威信をかけて作った戦争大作「二百三高地」。今ならCGを駆使するのだろうが、アナログ的な特撮と、人員総動員の壮絶な戦闘シーンは必見の価値あり。DVDはもちろん出ているが、お近くの方は、是非、この機会にスクリーンでご覧頂きたい。
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告白  新作レビュー

★★★★★

※多少ですが、ネタバレが含まれています。ご注意ください。

観終わって、力が抜けた。衝撃、である。

救いようがない暗い話だが、こういうバッドエンディングな物語を、社会的な問題を孕みながら、徹底したエンタテインメントとして描く手法は、最近外国映画にはよく見られる。

ハリウッドなら「ノーカントリー」「チェンジリング」、韓国なら「チェイサー」「母なる証明」などの作品群がその範ちゅうだろう。

だが、今の日本映画界でこの作品を製作したこと、そしてこの映画が、いい意味でも悪い意味でも現在の日本映画界を牽引している東宝の配給・製作であることを考えると、その意義は深いと思う。

この映画を観て、嫌悪感を感じる人も多いだろう。「こんな映画を作りやがって!」という人もいるかもしれない。この映画による社会的影響を心配する人もいるかもしれない。

でも、映画というのは、さまざまな表現方法があっていいし、いろいろな種類の映画があって当たり前、と僕は思う。くだらない自主規制と遠い媒体だからこそ、映画という表現媒体の意味はあると思う。

でも、「誰がそんな映画を観たいのか」「こんな映画を作って果たして意味はあるのか」という企画は、実際はあるだろう。要は「志」の問題だとは思うが、そういう意味ではこの映画はそのキワキワかもしれない。

でも、今の日本映画に、幅広い選択肢が少ない、のも事実だ。社会的な問題を扱った映画や問題意識の多い日本映画は現在でも作られてはいるが、その多くが独立系製作プロダクションによる単館系映画であり、なかなか幅広い一般の観客に触れないのも事実だろう。

観客がわざわざ映画館に出向いて選択し、鑑賞料金を払って観る。だからこそ、映画は多種多様な主張ができるのだ。日本料理やイタリア料理、中華料理…辛いもの、甘いもの…お客様はそれぞれ、お金を払って、食べたいものを選んでお店に行き、料理を注文する。

それに見合うように、料理人も努力し、様々な料理を創り、お客様に提供する。同じ料理も、お客によっては「美味しい」と感じる人もいれば「マズイ」と思う人もいる。表現は違うかもしれないが、映画って、ちょっとこれに似ている、と思う。

それが、とくに最近の日本映画は、どれも同じような料理ばかりで、観客も安易な「泣ける」「感動」だけを求めているように思えてならない。韓国で「殺人の追憶」「母なる証明」「チェイサー」が大ヒットした、と聞くと、「日本でこういう映画は一般受けしないよなあ」と嘆くばかりだ。かつて、日本にもそんな映画はたくさん作られていたのに。

そういう意味で、この映画が日本のバリバリのメジャー映画会社で作られた意義は大きい。あとは観客がどう受け止めるか、だけれど。個人的には、青少年を題材にした、という点で「バトル・ロワイアル」を思い出した。アプローチも表現も深作欣二監督と中島哲也監督は全然違うけれども。

発達障がいの当事者であり、少年時代から教師や同級生(友達では、ない)の無理解やいじめに苦しみ続け、両親の理解でどうにかこうにか光を見出して生きてきた僕としては、この映画の上映中、かなり辛いものを感じたことは事実だ。

…だけれども、この映画で描かれている人間の矛盾や「闇」の部分は、オーバー気味であるとは言え、事実でもあるだろう。中島監督は、衝撃で戦慄の物語を、ワンシーンワンシーンに音楽や彩色などの味付けを加えながら、丁寧にスタイリッシュに描く。

抑え気味ではあるが、「嫌われ松子の一生」と同じアプローチだ。

映画を観ながら、ふつふつと湧きあがる絶望や怒りとともに、眼が離せない物語展開への興味、そして単純に物語としてよくできたエンタテインメイント性への感心が、同時に心にもたらされる。

そして、衝撃的なラストのシーン、セリフが終わった瞬間、中島監督の術中にまんまとはまった自分に気がつく。こんなにも集中しながら、どっと疲れるものの、不思議と途中で抱いた嫌悪感はなくなっていた。

実際の13歳があんなに残酷なのか、という批評があった。実際の事件を見てみるといい。本当に残酷な少年少女は実在するし、僕が少年時代に受けた「いじめ」も、現在告発すれば、立派な犯罪だ。彼らに、全く罪の意識などなかった。

中途半端な人格者で、子どもを傷つけてしまう先生も実際にいたし、僕への「いじめ」に気付きながら、「あなたが悪い」と平然と言う先生もいた。

この映画は、愛する人を失う、その喪失感がひとつのキイワードになっている。大切な「命」を奪われ、その復讐として新たな「命」を奪う…。そんなことに、何の意味があるのか。奪う命と奪われる命に、差はないはずなのに。作り手の意識は、映画での出来事を、決して肯定はしてないだろう。生徒役の子どもたちの「目」が印象的だ。

3

RAIWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語  新作レビュー

★★★

サブタイトルで映画の内容が分かってしまうのだが、最初に観始めてから「いつ、サブタイトルのようになるのかなあ」と思いながら観ていた。

この映画が成功しているのは、主人公が夢に向かって踏み出すまでを、くどいぐらいに丁寧に描いている前半にあると思う。

いつの間にか、日々の仕事に追われ、妻や娘の気持ちを理解できなくなって、母親の病気に「仕方ない」と思うまでになってしまった中年サラリーマンの姿は、恐らくこの映画を観る主人公の同世代にとっては、たまらないものがあると思う。

その主人公があることをきっかけに、子どものころの「夢」と向き合い、家族との絆を取り戻していく訳だが、この辺りから物語の展開は凡庸になっていくものの、前半の厳しさの中で登場人物たちをしっかり紹介しているからこそ、後半の何気ないシーンの積み重ねが、しっかりハートウォーミングなエピソードとなって心に響く。

中井貴一は好演しているし、高島礼子の艶っぽい奥さんもいい。舞台となった出雲の風景も美しく、そこを走る電車の姿も風情がある。

僕は40歳で会社をやめ、「自分が生まれ育った山口県で、映画に関係した仕事がしたい」と自分で事務所を作って独立した。だからこそ、この主人公の気持ちはよく分かる。

「右向け右!」で「面白いなあ」と思った錦織良成監督だが、故郷の島根県で撮影した、地方発全国発信の先駆けとなった「白い船」で評判になった。

この映画も島根県ロケだが、錦織監督の故郷への想いと映画に対する誠実さが現れた作品だと思う。

1

名探偵コナン 天空の難破船(ロストシップ)   新作レビュー

★★★

子どもたちが「コナン」大好きで、その影響から時折テレビシリーズは見ているが、劇場版は子どもたちが借りてきたビデオをチラリと観るていど。

初めて、長男にせがまれて劇場版を劇場で鑑賞した。

この映画、ミステリー物だが、人が死なない。その配慮にまず関心。人気キャラクターの怪盗キッドがメインゲストで、このシリーズの重要人物の正体が実はキッドでは…?という展開が、ファンの興味を引っぱる。

ある研究所が襲われるというバイオテロが起きた直後、コナン君たちが乗り込んだ最新型の飛行船が、その犯人グループによってジャックされる。そして、バイオテロで強奪された細菌兵器による乗客の感染者が出て…、という展開。

「劇場用“コナン”はあなどれな」とは聞いていたが、話のテンポもよく、派手なアクションもあり、コナン君による推理もあって、ミステリー物定番の“どんでん返し”もちゃんとあって楽しめる。

このシリーズが本格ミステリー物の入り口となっているのでは、と思うとその意義は深い。されだけに毎年作られている劇場版の質を落とせない、という点ではスタッフはプレッシャーだろう。

アニメの作画の質は正直、高いとは言えないが、なかなか楽しめる。

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グリーン・ゾーン  新作レビュー

★★★

「ユナイテッド93」やジェイソン・ボーンシリーズで、ポール・グリーングラス監督のドキュメンタリー・タッチで描かれる、スリリングなアクションの面白さは証明されているが、この作品もハラハラドキドキさせながら、キレのいいアクションが展開される。

イラク戦争時における大量破壊兵器の有無や、その裏側が描かれていて、ジャーナリストに関する政府側の関与など、なかなか興味深いエピソードが描かれる。

ただし、映画で描かれるオチはアメリカの現政府や海兵隊にとってちょっと都合がいいかなあ、とは思うけれども、そこはリアルながらもフィクションの世界なので、まあ、よしとしよう。

マット・デイモンはどの映画も顔は同じだけれど、役柄によって受ける印象が違うから凄い。「インビクタス」に続いて、タフな役を好演している。

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座頭市 THE LAST  新作レビュー

★★★

「座頭市」というと、やっぱり故・勝新太郎さんなのだが、僕は小学生のころ、テレビの「新・座頭市」が好きでよく見ていた。

物語やカメラワークが斬新で、市川崑監督によるオープニングが見事だった「木枯らし紋次郎」(あのカット割は最高!)と同様、ワクワクして見ていた。

劇場版はビデオでの鑑賞だったが、映画館で観た勝さんの「市」は、1989年公開の「座頭市」が唯一だ。

勝さん自ら監督したこの作品は、これがまた斬新な大傑作で、アイデアに満ち溢れた殺陣の凄さ、英語詞によるロックバンドを使った音楽、視点がちょっと変わったカメラワーク…と、正に独自な勝新ワールド全開の映画だった。

そのあと、僕は取材で東條正年先生と知り合う。東條先生は、若いころ、山口県で高校の国語の先生をしていたのが、たまたまシナリオコンクールに応募したら入賞してしまい、上京して脚本家になっちゃった、という方だ。

東京では主に時代劇の脚本家として活躍されたが、決定的だったのが、勝さんとの出会いだった、という。勝さんに気に入られた東條先生は、僕が見ていた「新・座頭市」シリーーズの脚本家に起用されるが、東條先生が脚本としてクレジットされている回以外も、実はかなりの話数で関わったらしい。

勝さんは、このシリーズでも自ら脚本、監督を担当しているが、現場で突然アイデアを思いつき、どんどん話を変えたり、設定を変えていたそうだ。またそれがすこぶる面白いので、誰も文句が言えないから困っちゃう。

村娘を冒頭で殺してしまったはいいものの、脚本ではその娘が後半、物語の幹になるので、お話が繋がらなくなってしまう。それで勝さんは、東條先生を呼び出し、現場で新しいお話を作ってもらって、辻褄合わせをしていた、というのだ!!

これも、凄いエピソード。あるテレビ局の時代劇の脚本を手がける話があって、東條先生はプロデューサーと面会をしたのだという。先生が「勝さんのドラマや映画の脚本を担当していました」と言うと、そのプロデューサーは「まさか、『警視K』はやってないでしょうね。もし、あの番組の脚本を担当されていたら、この話はなかったことにしてください」と言ったそうだ。

「警視K」!!これぞ、勝さん制作・主演による、伝説の刑事ドラマ!!僕も見ていたが、何が凄いと言って、ほとんど物語がない回があったり、いきなり青空が映し出されて、それが延々続いたり…斬新すぎて、誰もついていけないドラマだった。何しろ設定からして、キャンピングカーに住み込んでいる流浪の刑事が主人公、という斬新さだった。

東條先生は「いやあ、いくら僕でもあんなひどいドラマには関わっていません」と言って、何とかその時代劇ドラマの脚本を無事担当されたのだという。

凄い話ばかりだが、そんな話をニコニコしながら話してくれる先生が、好きだったなあ…。

第一線を勇退された東條先生は、故郷の山口県下松市に帰り、「僕は東京でムチャをしたから、晩年は家族を大切にするんだ」と言って、そこで奥様や家族と過ごしながら、地元の中学校の演劇の脚本を書いたり、地域活動に励む紙芝居の脚本を担当されたり、地域発展に尽くされた。

僕が独立するときも、「君なら大丈夫」と言って、励まして頂いた。一昨年、80歳で亡くなられたが、本当に優しく、素晴らしい方だった。

その東條先生が話してくれたエピソードで、「最後の座頭市」の話が忘れられない。勝さんが亡くなる直前、東條先生は上京し、病院に勝さんを見舞ったそうだ。

すると勝さんは、「座頭市の最後を映画でやりたい。市の最後を今から演じるから、脚本にしてくれ」と言って、病院のベッドの上で、いきなり「市の最後」を演じてみせたという。

僕は興奮して、「市がどんな“最後”を迎えたのか、是非、知りたい」と言ったら、東條先生は「勝さんが亡くなったから、その内容を公表することはない。僕は墓場まで持って行くよ」と言われ、本当に墓場まで持って行かれた。

今回もずいぶん長い前置きになったけれど、そんなことがあったので、「座頭市」には格別の思い入れがあるし、「THE LAST」と銘打った今回の映画で、どんな“最後”を市が迎えるのか、興味を持って初日の劇場に駆け付けた。

映画全体のトーンとしては、最初の「座頭市物語」を意識しているのかなあ、という感じだ。市とは結ばれなかったオタネが、この映画では夫婦になっている。そこから悲劇と市の慟哭が生まれていくが、シリーズの基本を踏まえつつも、新たな味付けもしてあって、阪本順治監督のこだわりが感じられる。

決して美しいとは言えないものの、泥臭くも壮絶な殺陣は見応えがある。贅肉をそぎ落としたような物語展開もいい。仲代達矢、原田芳雄、倍償千恵子らベテランの演技は、さすがに安定感がある。

そんな中で、香取慎吾さんは頑張っている。若い「市」も悪くない。ただし、市を演じられるキャパシティが、今の香取さんにあるかどうか…僕自身は、場面によっては「よし」だったが、正直、シーンによって「うーん」と思ったことも事実。ただし、ここは賛否両論あるだろうから、他の方の意見も聞いてみたい。

そして、市の“ラスト”を見ながら、「勝さんがやろうとしたラストはどんなのだっただろう」と思い描いた。


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ボックス!  新作レビュー

★★★★

何の予備知識もなく鑑賞したのだが、これはいい!

ボクシング映画としても、青春映画としても、とてもよく出来ている。

恐らく原作小説のエピソードを詰め込んだのだろう。2時間の長さでは消化しきれてない部分もあるし、物語の展開はある程度の予想もつく。

でも、そんなもの全てをひっくるめて吹き飛ばすほどのパワーが、この映画にはぎっしり詰まっている。

市原隼人のボクサーぶりは見事だし、幼馴染の優等生役の高良健吾も好演。物語の展開も、いい意味で観客の思う通りに進んでくれる。

「デトロイト・メタルシティ」で手腕を発揮した李闘士男監督の演出はテンポもよく、あまりオーバー気味にならないよう配慮しながら、ラストに向けて爽快感を感じられるよう、映画的カタルシスもたっぷり感じさせてくれる。

挫折、苦闘、友情、そして…という展開はスポーツ映画の王道ではある。

だが、王道だからこそ、肝心のスポーツ描写がリアルでなかったらこの手の映画は破綻するのだが、この作品はそこに細心の注意を払っている。

あえて前半から後半にかけてボクシングシーンを小出しにし、クライマックスでたっぷり見せてくれるのだ。

ライバル役は本物のプロボクサーらしいが、市原隼人は本物相手にリング上で本当に「試合」をして、それを何と2分間のワンシーンワンカットで見せてくれる。

ここは大興奮で、ラストの処理もいい。ボクシング映画には傑作が多いが、久しぶりに、日本映画でいい“ボクシング映画”を観させてもらった。

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