さや侍  新作レビュー

★★★

松本人志監督・・・。

以前、このプログで、「大日本人」を紹介したとき、ある方から言われた。

「大橋さんのコラムを読んで面白そうだったので観に行ったら、まったく※※※(自主規制します)で、どうしてくれるの!」と。

本当に申し訳ない限りで、映画の受け止め方は人によって全く違うので、ごめんなさい、としか言いようがないのだが、このプログを見て映画や作品に興味を持つ方もいらっしゃるのだ、ということを実感した瞬間でもあったので、どんな作品であれ、僕の感じ方をしっかり素直に書いて、あとは判断していただこう、と思ったのを覚えている。

まあ、「大日本人」は観る人を選ぶ映画だった。それまでの物語をあえて無視してぶち壊し、オチをつけた方法には僕も唖然としたが、それもまた監督の狙いなのだろう。その「狙い」をどう見るかは、ファンの自由なのだが、一般的に受け入れられるかどうか、と言われれば様々あると思うし、否定の方が多いだろうと思う。

あの映画は、特撮物として見るとアイデアもよく、なかなかの出来上がりになっていて、日本特撮の鬼才・雨宮慶太監督も「見るべき特撮映画」の一本に上げている。確かに、あの「オチ」が気に入るかどうか、なのだが、円谷着ぐるみ特撮が好きな僕は「アリ」だった。ちなみに、DVDはスペシャルエディションを持っています・・・。

さて、この映画第3作目「さや侍」だが、何となく気になって鑑賞。2作目の「しんぼる」は触手が動かず、いまだに観てない。

なかなか面白かった、というのが素直な感想。さやしか持たず、脱藩した武士が、母君を失った若君を笑わす「30日の業」に挑む。1日1回の芸をして、30日の間に笑わせなければ切腹になる、という仕掛けだ。

主演の侍は一般のおじさんだという。おじさんには脚本も渡さず、シチュエーションだけ伝え、自由に演じてもらってそれをカメラですくい取る。そこに生まれる自由な面白さを狙う、という意味では是枝監督の子どもへのアプローチと、よく似ている。

この「30日の行(業)」、全然面白くない。

恐らく、面白くない、と観客が感じることを松本監督は計算しているのだろう。テレビならすぐにチャンネルを替えているところだが、入場料を払っている観客はそうも行かない。

業を行う主人公と同じで、観客も「業」に耐えるのだ・・・でも、実はこれがこの映画の味噌で、最後の最後に、主人公は登場人物たちと観客を裏切る行動に出て、そのまたあとに、意外ながら感動のカタルシスが待っている。

このカタルシスは、30日の業を耐えた観客にしか味わえない。すぐにチャンネルを切り替えられるテレビとは違い、「映画」であることを活用した、松本監督ならではの「映画」へのアプローチだろう。

松本監督はにくまれキャラらしく、週刊誌などでよく叩かれる。この映画も、週刊誌で北野武監督と比べて皮肉る記事を複数見たが、作品の内容の批評というより、誹謗中傷に近いものがある。こういうことに限らず、映画は映画を見てから批判してほしいなあ、と思う。

それらの記事の中に「松本監督の作品は映画文法を無視している」というのがあったが、そもそも「映画文法」とは何だろう。確かに僕にもある程度の映画の観方、基準というのはあるが、頭からそう決めつけて批判するのもどうだろう、と思ってしまう。まあ、いろいろな観方はあっていいのだけれど。

そういう意味では、松本監督ならではの「映画文法」が味わえるこの「さや侍」、僕には楽しかったのである。ただし、冒頭のギャグは不要だと思うけれど。もしかして、ここも観客に課せられた「業」なのかも。
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