原田芳雄さんが亡くなられた…。

本当に凄い、日本が誇る名優の死去に、残念というしかないが…スクリーンにむせるような野性味と存在感を見せ、それでいて確かな演技と色気を兼ね備えた…稀有な俳優さんだと思う。

同じ“匂い”を感じる俳優さんのほとんどは、もう既に、亡くなっている。勝新太郎さん、松田優作さん…そして、ついに原田さんが逝った…本当に残念でならない。

最近も、独特な存在感を放っていた。色気と“匂い”は健在だった。決して傑作とは言えない映画でも、原田さんが演じると、作品に独特な空気が生まれたように思う。

近作で見せた、寂しげな中に気骨を見せる老人役も良かったが、もう一度、ムンムンとした男気を放つ原田さんもスクリーンで観たかった。

僕が大学生のときに観た「われに撃つ用意あり」(1990・若松孝二監督)での、戦う男の「目」が忘れられない。かつての戦いを引きずる全共闘世代のバーのマスターが、事件に巻き込まれる外国人女性を助けるため、再び戦う物語だった。円熟味を増し、優しさと狂気を併せ持った男を好演していて、強烈な印象が焼き付いた。

余命を感じながら、自ら企画したという遺作「大鹿村騒動記」は未見だが、是非観たい。

さて、原田さんと言えば…この映画だろう。1974年の製作・公開。野性味があふれ、自堕落ながら、革命への狂気と想いを秘めた坂本龍馬役。この役は、原田芳雄さんでしかあり得ない。

ザラついたモノクロの画面が、猥雑でパワーを放つ。

自由な作風なようでいて、実は綿密な時代考証がしてある。革命を目指しながら、対立する龍馬と中岡慎太郎。そこに絡むヒロイン、中川梨絵がクラクラするほど妖艶。龍馬に近づく薩摩藩士の右太を演じるのは我らが松田優作兄貴だ。この優作兄貴も原田龍馬に負けないギラギラ感を見せてくれる。

まだまだ、人々が体制に対して怒りを露わにしながらも、多くの若者たちが行き場のない現実に慟哭を感じていた時代に製作された作品。映画は時代を反映する芸術だと思うが、70年代特有のパワーとエネルギーが込められた鮮烈さは、今観ても色あせていない。

黒木和雄監督の出世作でもあり、原田さんは黒木監督の常連となり、多くの傑作黒木監督作品に出演している。僕がリアルタイムで劇場で観た黒木監督作品で原田さんが出演している作品は時代劇の傑作をリメイクした「浪人街」(1990)ぐらいで、ほとんどの作品はビデオ鑑賞。「竜馬暗殺」は確か学生時代にビデオで観たと思うが、小さなブラウン管にも関わらず、その迫力と魅力に参った覚えがある。

黒木監督も、既にこの世にいない。「映画」は作り手や俳優さんが亡くなっても、永遠に作品は残る。その魅力を、時代を超えて伝えていくことは、その作品の精神性や背景も含めて、本当に大切なことだと思う。

原田芳雄さんのご冥福を、心よりお祈り致します。
4

冷たい熱帯魚  新作レビュー

★★★★★

園子温監督が本当に作りたくて作ったのだろう。

「愛のむきだし」も凄かったし、園監督には「ちゃんと伝える」などの人間ドラマもあるのだが、「自殺サークル」や「奇妙なサーカス」で衝撃を受けた僕には、猟奇的や官能的な表現の中に人間の本能を描く作品こそが、この監督さんの真骨頂のような気がする。

そういう意味では、この作品は園監督の現時点での最高峰であり、一見、悪趣味にも見える強烈な猟奇的、官能的な描写を見せながらも、極限まで追い込まれたときに人間が見せる生々しい“生き様”こそが、この映画の大きな魅力になっている。

生きることは、痛い。本当にその通りだ。僕も、まだまだだとは思うけれど、いくつかの「痛み」に襲われたことはある。肉体の痛みももちろんだが、様々なトラブルに巻き込まれたり、突然の悲しいことに襲われたときに感じる、心の痛み。これは本当に痛い。

この映画に「村田」という、殺人や殺した人間の肉体を切り刻むことに何の疑問も痛みも持たない、モンスターのような男が登場する。(でんでんが怪演!好演!凄演!)

ひょうひょうとしていて、人の良いおじさん風でありながら、実は強欲で残忍な「村田」を映画の中心に置くことで、観客は、主人公の気の小さい社本と一緒に、「村田」の行為に驚き、恐れ、ときにユーモアさえ感じるのである。

金銭欲と性欲のためなら、どこまでも残忍になれる人間は、実は実在したりする。「村田」が残忍であれば残忍であるほど、猟奇描写と官能描写が過激であれば過激であるほど、僕たちは「痛み」を感じることができる。そして、「村田」の言いなりだった社本が豹変し、自らの内面を爆発する様は、いつも世の中の矛盾や何かに翻弄されて生きている現代人なら、必ずどこかで共感できる部分ではないか。

社本を突き動かしたもの、それは「生きることの痛み」であり、その痛みは連鎖してくことを、この映画は示唆している。社本を演じた吹越満には凄みさえ感じ、脱ぐことをいとわない女優陣の気合も凄い。絶対テレビ放映は無理な、そういう意味では堂々のR18の映画らしい映画、である。

この映画は「テアトル徳山」で鑑賞したが、テアトル徳山は最近、良質な映画をチョイスして上映する単館系の映画館として、かなりのレベルと質の高さを誇る。そのラインナップは、実にいいものがある。↓

http://theatoku.com/

さすが、かつてジョン・レノンに抱きしめられ、ビートルズの4人全員と握手し、松田優作氏を駅から親戚の家までワゴン車で送り届け、長年、熱狂的なファンだった石橋凌氏を昨年の周南映画祭で自らが支配人を務める映画館に迎え入れるという、レジェンドを成し遂げたY支配人である。

映画ファンとして、地方でこれだけの取り組みをしていることに、心から敬意を表したい。



5

チルソクに想う  映画つれづれ

……さて、七夕と言えば、「チルソクの夏」の話は外せないでしょう。早いもので、公開されて8年になります。

あの映画に出会ってなかったら、今の僕はありえません。それで、久しぶりにも今も閲覧できる「チルソクの夏」公式応援サイトを覗いてみました。

その中のイベントリポートの欄で、僕が下関で開かれたこの映画のサポートイベントで話した発言内容が残っていました。当時、応援フラッグ「チルソク・サポーターズ・フラッグ」を作り、山口県各地のチルソクファンの応援メッセージを書いて、それを全国公開の劇場に飾り、全国的にメッセージを発信して盛り上げようとしたのですが、そのことを、僕が語っていた部分です。↓

http://chirusoku.navitown.com/0608-02.html

「下関だけのヒットではだめなんです。周南が山口県の一番端ですけどそこからアンテナになって皆さんがバーッと押してくれたら、僕は今すぐ会社を辞めて大阪でも東京でも、どこでも行きます」なんて…。

よく臆面もなく言えたなあ、と思いますが、そのあと、本当に会社を辞めましたから…若かったなあ…。

「山口県から全国、宇宙へ。1000年後によその星でも上映されるような勢いでこの映画を応援していきたいと思います」この想いは、今も変わりません。永遠に「チルソク・サポーター」でいたい、と思っています。

「下関だけのヒットではだめなんです」と最初に言われたのは、実は僕じゃなく、この映画の最初のサポーターで、劇中でも現在の安君を演じていらっしゃる、故・松本敬一郎さんです。

松本さんは佐々部監督と一緒に「チルソクの夏」PRのために徳山に来られ、そのとき記者として取材をさせて頂いたのが、僕のすべての始まりでした。

これが佐々部監督との出会いです。そのあと、試写で「チルソクの夏」を観た僕は、この作品にすっかり魅せられてしまいました。

そのころ、偶然、監督の監督デビュー作「陽はまた昇る」も観ており、この作品も大好きだったことから、今に至る、監督への勝手な応援団が始まりました。

試写会の少しあと、松本さんが僕に言われたのが、先ほどの「下関だけのヒットじゃだめなんです」の言葉でした。

松本さんは続けて「下関だけでなく、周南や山口や宇部が、一緒になって燃える仕掛けを一緒にしませんか。この映画をきっかけに、山口発の映画で山口県全体が盛り上がる仕組みを、新たに作っていきましょうよ」と仰いました。この熱意に押されて浮かんだアイデアが、サポーターズフラッグでした。

下関でイベントプロデューサーとして活躍されていた松本さんだからこそ、の地元への熱い想いと先進的なセンスだったと思いますが、松本さんは公開後、若くしてこの世を去られました。

今思えば、このことがきっかけで僕は道を模索し、現在はイベント会社をやりながら映画に関わっているわけで…松本さんが佐々部監督との出会いを作って頂き、再び僕の「映画への夢」の扉を開き、導いて下さったのだ…と思うと同時に、人の出会いの大切さを、心から感じます。

運命の出会いを作って下さった松本さんに、心から感謝します。松本さん、ありがとうございました。

そして…この映画は、松本さんのほかにも、たくさんの大切な方々との出会いを作って頂きました。そして、その中には松本さんのほかに、チルソクの夜に輝く星になられた方たちがいらっしゃいます。

佐々部監督ご自身が、ほろ酔い日記で、その想いを寄せていらっしゃいます。↓

http://www.sasabe.net/hidiary/hidiary.cgi

KRYアナウンサーだった故・井上雪彦さん、我らが劇団厳流団長の故・カサブランカ礼子さん…。

そういえば、雪彦さんとの出会いが、雪彦さんの姪っ子さんである、二胡奏者のMIKIさんとの出会いになったんだっけ…そうだ!MIKIさんのCDのキャンペーンを和田山企画が企画して、下関シーモールに行き、ミニコンサートをしてCDを販売していたら、そこに偶然、カサブランカ礼子さんが通りがかって、「やっぱり僕たち、縁が深いんですねえ」って盛り上がったんだ…。

過去の出会いと別れがあるから、きょうがあり、そして未来を築くことができる。大切な方々の想いを心に留め、また頑張ろう、と思います。

3

ドリーミング!!  映画つれづれ

チルソク(七夕)の夜、皆さんはどうして過ごされましたか?

僕は、イベントでした。毎年、下松市の下松タウンセンターでこの時期に開いている「777(トリプルセブン)コンサート」。毎年、タウンセンターの各地で開いていますが、今年はスターピアくだまつ大ホールで開催しました。

星が松の木に降って「下松」になった、という地名の由来にちなみ、毎年七夕の夜に市民が「音楽」で優しさを持ちよろうと開いている音楽イベントです。

縁あって、実行委員会の代表をやらせていただいていますが、今年は「アンパンマンのマーチ」をはじめ、テレビアニメ「それいけ!アンパンマン」の主題歌や挿入歌を300曲以上も歌っていらっしゃる、双子のデュオ、ドリーミングを東京からお招きしました。

コンサートでは、まず、地元の愛隣幼児学園・平田保育園の園児たち、先生方がハンドベルと歌を披露してくださいました。見事なハンドベルと楽しい歌に、早くも会場はヒートアップ。そして周南映画祭のテーマソングも歌って下さっている地元で活躍中のシンガーソングライター、原田侑子さんがアコースティックギターで素敵な自作曲3曲を披露して下さいました。

そして、ドリーミングのステージ。お2人は3年ぶり2回目のゲストだったのですが、今年もたくさんの親子連れが訪れて下さり、「アンパンマンのマーチ」おおいに盛り上がりました。

3年前、お2人に僕は発達障がいの話や、どんなにいじめられても馬鹿にされても、僕のことを信じて抱きしめてくれた、今は亡き母のことなどをお話したのですが、お2人はきちんとそのことを覚えて下さって、今回のステージで僕の大好きな「母」という歌を歌って下さいました。

これには大感激、大感動しました。ドリーミングの皆さん、ありがとうございました。

今年、お2人を呼びたい!と思ったきっかけは、震災後、「アンパンマンのマーチ」がラジオで繰り返しリクエストされ、多くの被災された子どもたちから「勇気をもらった」と声があがった、という報道を見たからでした。

「下松から勇気と希望を発信できれば」とお呼びしたのですが、快く引き受けて下さったドリーミングの皆さんには改めて感謝、です。

「アンパンマンのマーチ」は名曲です。

「そうだ うれしいんだ 生きるよろこび たとえ胸の傷が痛んでも」

やなせたかし先生の、このシンプルな歌詞に、人生の大切なことの全てが詰まっているような気がします。生歌の「アンパンマンのマーチ」に、勇気と希望が湧いてきました。

それから…そうそう、ドリーミングの音楽サポートで、お2人が所属する会社の音楽プロデューサーさんHさんが3年前に続いて来られていたのですが、この方、実は音楽プロデューサーとして、たくさんの映画に携わっていらっしゃる方…打ち上げでは最近の邦画の映画音楽の製作について、興味深い話がいろいろと聞けて、僕的によかったです!!

Hさん、僕と同い年ですが、「太陽にほえろ!」の若手刑事のようなワイルドな風貌で、カッコよかったです!!

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X−MEN:ファースト・ジェネレーション  新作レビュー

★★★★

久々に、SF映画の醍醐味を味あわせてもらった。

正直、シリーズ中最高傑作だと思うし、スピンオフ的な作品ではあるけれども、シリーズの前日譚を描きながら、集大成的な、まったく別の作品に仕上がっている。

シリーズ第1作と同じく、第二次世界大戦から話がスタート。ナチスによって母親を殺され、悲しさと怒りを胸に秘めた後のマグニートーことエリック。彼は、磁力を操れるミュータントであり、かつて母親を殺したミュータント、ショウの命を狙う。ショウは、世界の破壊を狙い、米ソ両方に近づき、暗躍していた。

ショウの陰謀を阻止しようと動くCIAは、テレパシーを操れるのちのプロフェッサーXこと、チャールズと接触、チャールズはこれに協力するが、強大な力でショウに近づくエリックと出会う…。

友情を深めながら、のちに対立する2人だが、マグニートーが、なぜ、人類を憎んで支配しようとするようになったのか。そこが描かれる訳だけれども、ここで描かれるのは、単純な善悪などではなく、もっと深い人間同士の愛憎である。

人類は、敵であろうと味方であろうと、同じ人間であっても、異端の力を持つ人々を恐れ、ミュータントたちを攻撃しようとする。その人々に対して、絶望するエリックと、それでも希望を見出そうとするチャールズ。

この映画は、エリックが見出した価値観に、観客が決して否定的にならないよう、上手く創られている。もちろん、チャールズの行動にも、共感できる。判断は観客にゆだねられているのだが、これだけの娯楽映画で、マイノリティに対する差別の問題や、当事者が感じる苦しみを表現していることに驚く。これは、現実のマイノリティをめぐる問題とリンクする。

人間ドラマとスペクタルシーンのバランスもよく、キューバ危機を絡め、現実の近代史とリンクさせたストーリー展開も見事。それでいて、X−MENシリーズのルーツを解き明かす遊び心も忘れておらず、ファンが見ても一般が見ても面白いものに仕上げている点は、「キック・アス」で非凡な才能を見せたマシュー・ヴォーン監督の真骨頂だろう。
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