レ・ミゼラブル  新作レビュー

昨年観た映画のレビューもままならず…毎年恒例の総括もしていませんが…とりあえず、今年見た新作のレビューから始めます。

フェイスブックを始めてから、余計にブログの更新が滞りがちになりました。

しかし、佐々部清監督も御自身のブログで御指摘されていらっしゃいましたが、FBでは慌ただしく、じっくり自分の意見も述べられず…ネットによる「発信」という意味では、やっぱりブログの方が「映画」のように、じっくり、しっかり意見が発信できるなあ、と今更ながらに気づかされました。

それで、改めてこのブログに真摯に取り組み、個人ブログなので自由に、誰におもねるでもなく、これからはおべんちゃらや気を使うことも一切やめて、ただひたすらに「映画」への本音レビューをこのブログに書こうと新年に決意しました。デザインを変えたのも、そのためです。

今年は「映画」と向き合うことを、より自分の生活や暮らし、そして生きる「糧」にしていこうとも思っているので、このブログで映画レビューを書いていくことが、その修業の場とも思っています。

なのに、日々の仕事やなんやかんやに追われて、相変わらずの更新できずですが、ぼつぼつと頑張っていきますので、何卒今年もよろしくお願い致します。

さて、それで今年最初に鑑賞した映画は「レ・ミゼラブル」です。

ユゴーの原作「ああ無情」の映画化と言うより、超有名な同名ミュージカルの映画化です。

多くのミュージカルの映画化名作(「サウンド・オブ・ミュージック」や「ウェスト・サイド物語」など)と同様に、この映画も実景やセットと言った「映画」ならではのリアリティな味付けをすることで、舞台では決して感じられない感動を創ることに成功しています。

冒頭、過酷な囚人たちの労働の場を俯瞰から追うシーンは見事の一言。

ここで一気に物語の世界に入ることができます。19世紀のパリの街や登場人物たちの衣装なども素晴らしく、演じながら同時録音したという歌は名曲揃いで、切なくも力強いメロデイーが心を打ちます。

…なのに、冒頭のシーンに鳥肌が立ったものの、そこから僕の心はなぜかワクワクしません。どうしてでしょう?それは、登場人物たちが歌い出すと、アップショットのワンカットが中心になっている演出に理由がある、と思いました。

もちろん、これはトム・フーパー監督が意図した演出です。

「レ・ミゼラブル」は、原作の舞台も踊りのない、ミュージカルと言うよりオペラに近い世界ですから、これを「映画」として見せる場合、舞台では決して観ることができない役者の顔のアップ、ほとばしる感情の表現をアップショットで見せる演出をした訳です。

迫力ある役者たちの熱演を感じることはできますが、その間、周りのセットや実景の素晴らしさはそふっ飛んでしまい、下手をすれば映画を貫く「時」が止まってしまうので、役者の「力量」によって、シーンの良さに多少のばらつきが出てしまったように思います。

とくに、アン・ハサウェイの独唱「夢やぶれて」は熱演で感動的でしたが、どうしても彼女の可憐さが目立ってしまい、貧乏で過酷な環境においやられた娼婦に見えない…もう少し違う演出で見せればもっともっと感動的なのに。

舞台で鍛えたヒュー・ジャックマンの表現力と歌の上手さは定評があるところですが、僕は音程が少々外れていても、良心の呵責を見事に歌い上げたラッセル・クロウが印象に残りました。

近年、「消されたヘッドライン」などで「お前、手え抜いてるだろう!」と思っていただけに、クロウおじさん、久々に頑張っています。

「ウェストサイド物語」で、ニューヨークのダウンタウンのリアルな下町を舞台に、若者たちが歌い踊る姿は常識的には「あり得ない」けれども、「映画」ならではの実景があるからこそ、歌や踊りもまた「映える」訳で、これこそ映画のマジックな訳です。

この映画では、映画なのにある意味、意図的に映画のマジックをあえて消して表現しているところがあって、そこもまた、好きな方にとっては魅力なのでしょうが、僕は後半に至るまでヤキモキした感じが残ったのも事実です。しかし、それをあまり得る、素晴らしい音楽の魅力がありましたから、監督はそこに賭けたと言うか、頼ったのでしょう。

後半は感動的で、ラストの俯瞰でパリの街がロングショットとなるシーンでは、それまで湧かなかった感情が一気にあふれ、今年、映画で初泣きした一本にはなりました。

…ということで、点数は70点ということにしておきましょう。ちなみにトム・フーパー監督の前作「英国王のスピーチ」は85点です。

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