フライト  新作レビュー

★★★

名優デンゼル・ワシントン主演。

彼を最初に観たのは南北戦争を舞台にした「グローリー」だっただろうか。精悍で演技派、という印象だったが、「ジョンQ」「戦火の勇気」などの作品で重みを次第に発揮して、ハリウッドを代表する俳優さんになった。

常連だったトニー・スコット監督のアクション・サスペンス物などは、設定の荒さやストーリー展開の荒唐無稽さを、デンゼル・ワシントンの説得力ある演技で切り抜けていた、という印象さえある。でも、これは作り手も恐らく承知のうえで、だからこそ、デンゼル・ワシントンを起用したんだろうなあ、と思う。

やっぱり、キャスティングって大事だ。セリフが少なくても、余計な説明が無くても、たとえ出演シーンは少なくても、その背景さえも感じさせる俳優さんは確かに存在する。

さてさて、この映画だが、サスペンスかと思いきや、依存症をテーマにした映画だった。最近、依存症を描いた映画が多い。これも、現代を語るうえで重要なテーマだからだろう。映画と社会性の関連は重要だと思う。その時代その時代の社会性や課題を、庶民の娯楽である「映画」が切り取り、描いていくことは、大衆文化を熟成させていくうえで必要だと思う。ただし、それが、国家権力が思想を扇動するようなことには絶対になってはいけないけれど。

ロバート・ゼメキス監督は、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ロジャー・ラビット」「フォレスト・ガンプ」「コンタクト」と代表作はどれも僕の好きな作品ばかりだが、強引とも思えるテーマやアイデアを、確かなストーリーテリング力でぐいぐい見せる力技は本当にすごい。

この映画も、飛行機事故という最大の見せ場が最初に来る。ここがまた見事なサスペンスフルで、ハラハラドキドキするのだが、この映画の物型展開は実はここから。物凄い危機を乗り切った主人公が実は…というのがドラマのキーとなる。

人は、誰でも病気や障がいであったり、経済の問題であったり、家族の問題であったり、それぞれ、自分の“ウイークポイント”というか、ともすれば生きていくうえでの「弱さ」と成り得る部分を抱えているものである。でもそんな「弱さ」も、実は向き合い、共存することで克服できなくても「強さ」と成り得ることがある、と思うのだが、この映画の主人公はなかなか自分に向き合えない。

そこがもどかしく、僕は少しイライラしたのだが、物語は後半、実に巧みな展開を迎え、主人公は自身と向き合い、ある決断をする。そこは、是非未見の方は映画を観て頂きたいと思う。

前半の飛行機事故の描写がすごいからこそ、の後半の人間ドラマなのだが、こういうエフェクトシーンとドラマを融合させる名手はハリウッドでもそういないと思う。ロバート・ゼメキス監督の手腕は健在だ。
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東京家族  新作レビュー

★★★

小津安二郎監督の「東京物語」を、現代を舞台に、新たな味付けで、というのは、松竹の伝統である正調大船調を正統に受け継ぐ山田洋次監督だからこそ許されるのだろう。

家族構成の一部変更や東日本大震災など、山田洋次監督版は現代的なテイストを付け加えているが、両者を見たとき、どちらがいい、とか悪い、という単純な比較ではなく、オリジナルの「東京物語」の方が、実はきわめて「現代的」だというふうに思う。

山田監督の「東京家族」は、老夫婦を邪険にしながらも、出てくる人物はみんなどこか優しい。「温かみ」があるのである。実は、物質的に豊かな現代の方が、「家族」の繋がりを求めているのか、それとも山田監督自身が、その繋がりをあえて「東京物語」の舞台設定を借りて描いて見せようとしているのか。正直、「東京物語」の方が、今から60年以上も前の作品でありながら、家族故の底知れない非情さや冷徹さ、そして悲哀を描いている。

生きていくうえで不可欠な「家族」とは何なのだろう、ということを鮮やかに問いかけてくるのである。

この「東京家族」もそこは同じである。「家族」って何だろう、ということがひとつの家族のドラマを通して語りかけ、考えさせてくれる。

しかし、テーマは同じでもアプローチが違うので、だから、この作品は「東京物語」のリメイクとは言えないのだろう。リブートとも違う。「東京物語」という作品は最近も幾度となく話題にのぼっており、先述のように、今もなお、現代の僕たちに「家族とは?」と問いかけているように思う。そう考えると、単なるホームドラマのようでいて、この映画が実に社会の先端を行っていたことが伺える。

その問いかけに対して、デジタル化をはじめとする変わらざるを得ない今の映画界にあって、小津監督がいた時代から今に至るまで現役の映画監督としてあり続けている山田洋次監督は、考えてみれば一貫して「家族」を描いてきた監督である。

高度経済成長期にあって、多くの「日本人」が「家庭」に重心を置かなくなっていく中で、山田監督は社会からドロップアウトしようとしても家族の束縛から離れられず、実はそれが自らのアイデンティティーとなっている、寅さんを描いて見せた。日本中どこをほっつき歩いても、寅さんは必ず柴又に帰ってくる。どんなに傷ついても、寅さんを癒してくれるのはさくらであり、とらやの「家族」だった。

今また、日本の「家族」の在り方が問われ、揺らいでいる。その中で発生した東日本大震災。山田監督が今の時代に、あえて「東京物語」の世界観を引き継ぎながらも、自らが「東京物語」が問いかけた問題に、現代から答えをが出した、と言うより、出さざるを得なかったひとつの「回答」が、この映画なのかもしれない。松竹の日本映画の屋台骨を長年背負っている山田監督にとっては、自社の過去の名作と向き合うことは、何としても「通らなければならない」道だったのかもしれない。

しかし、それでいながら、山田監督は、若手の妻夫木聡、蒼井優に比較的のびのびと演じさせている(ように見える)のに対して、橋爪功の父親、息子の西村雅彦をはじめとする周囲の家族の演技アプローチは、明らかに「東京物語」のオリジナルキャストを意識して演出しているように見える。それぞれのカット割りやカメラポジションなども、あえて「東京物語」と同じアプローチを試みており、そこから見える「全く違う何か」を浮かび上がらせようとにも見える。

ただし、それが必ずしも、成功している、とは言えない部分もある。どうしても「東京物語」と比べてしまうから、別作品に仕上げているからこそ、余計に比べてしまい、そこに多少の違和感を感じるのは僕だけだろうか。そういう意味では必ずしも成功しているとは言えない企画ではある。

しかし、この健全な「家族」を経て、山田監督は次回作の「小さいおうち」では過去と現代を繋ぎながら、「家族」が抱えた「闇」を描いている。「小さいおうち」は「家族」映画としては最近にない傑作だと思ったが、「東京家族」から「小さいおうち」へと流れて行ったその“経過”に強い興味を覚える。

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