母べえ  新作レビュー

見た日/2月某日 ★★★★

「母べえ」というタイトルから、ほのぼのした母物の人情物かとも思う。でも、この映画は違う。叙情性の中に隠れて、山田洋次監督の怒りと情熱がほとばしった、人間ドラマである。

いわゆる「行間」にメッセージやテーマがたくさん詰まっているので、この映画を観終わったとき「これはいろいろな批判もあるだろうな」と思ったが、僕自身は、深く胸の底を突かれた。

何年か前からか、俗な言い方だが、いわゆる右傾化された言論に社会全体がアレルギーをあまり感じなくなった。

それに対して、僕はいい、悪いなどとは言えず、その議論その議論で色々と思うところはあるが、右寄りの論理も、左寄りの論理も「なるほど」と思う部分がある。

でも時折、戦争擁護につながるような論調を新聞やテレビなどで見て「ドキっ」とすることもある。

そんな時代だからこそ、リベラルな考え方で知られる山田洋次監督は、恐らくこの数年感じていたであろう「怒り」の気持ちを、「映画」という形で表現したのが、この「母べえ」はないだろうか。

「日本が軍事国家を形成した」時代に、ただひたすらに、しかしながら、実はしたたかに生き抜いた、市井の人々を描くことで、山田監督はその「怒り」を、静かに、しかし、深く燃え上がらせているように思えた。

だからこそ、様々な情報が交錯し、あらゆる人たちの思想信条もあいまいになっている今、「現代」というフィルターをかけてこの映画を見ると、表面的に漂う純粋なピュアさが少々浮いている、と感じる向きはあるかもしれない。

「浮いている」と感じると「自分に合わない」と思うもの。全体感で嫌になると、いくら中身で親子の愛情が描かれようとも、乗れなくなってしまう人もいるだろう。

また、かつての戦争を描いた作品の影響からか、観客の側に戦争下の庶民生活にひとつのイメージが定着してしまっていて、この映画で描かれる主人公たちの暮らしのディティールに「違和感」を感じる人もいるようだ。

だが、恐らく山田監督はそんなことは百も承知で、表面は静かで穏やかでいて、その実は物凄く挑戦的な映画を発表してきた、と思った。

ネットなどでこの映画のレビューを見ると、先ほどの「違和感」から、こんな批判がある。

「夫が思想犯で逮捕されているのに妻や家族がなぜ近所から批判されないのか」
「夫の留守中に若い男性が出入りしていて周囲は変に思わないのか」
「郵便受けがローマ字なのは戦下なのに変ではないか」などなど。

これに関しても、恐らく山田監督は百も承知だ。

この作品はそもそも実話が元であり、僕は原作は未読だが、原作者のインタビューなどを読むと、恐らくほとんどが実話のようだ。

山田監督は、かなり巧妙な演出をしている。この映画、ピュアなようでいて実はそうではないのだ。そして、説明過ぎているように見えて、説明過ぎてもいない。

実は、今の僕らの思想信条が曖昧なように、どんなに言論を統制されていても、今も昔も、人々の気持ちはそんなに単純なものではなかったはずで、実は現代とそう変わりなかったりする。

「母べえ」が近隣のつきあいに奔走したり、国民学校の代用教員として真面目に勤務する描写を入れることで、母べえが生きるために本音と建前を使い分けながら努力していることが伺える。

確かに若い男性が出入りしていれば陰口のひとつぐらい叩かれたかもしれないが、それはこの映画の本筋ではなく、この家には様々な人が出入りしていて、若い男性の山ちゃんが気を使っている様子も伺える。

主人公の母べえは、ある面したたかでたくましい。夫を愛しながらも、山ちゃんに素直に頼り、自分に愛情を寄せられいると知ると、照れながらも素直にうれしいとも感じる。

でも、それが人間なのだ。「人間は単純じゃない」のだ。いつの時代も、人は怒り、喜び、悲しみ、様々な複雑な感情を日夜持ちながら暮らすものなのである。

これが他の女優が演じたら、もっとその“人間臭さ”が鼻についたのかもしれないが、吉永小百合という、ある意味生身の人を超絶した“映画女優”が演じるからこそ、重みの中にファンタジー的な要素が加わり、ある意味矛盾のある女性像を納得できる存在感のあるものにしていると思う。

父べえも、実はバリバリの左翼主義者という訳ではないようである。自分の信条に照らし合わせて中国との戦争に疑問を持っているだけなのだが、彼は優しいというか無骨なのか、思想転向の上申書は書けても、どうしても言葉の表現などで自分を偽ることはできない。

山田監督の視線は、そんな、普通の暮らしを営もうとする人々を苦しめようとするものには容赦がない。例えば「ぜいたくは敵だ」と街かどで叫ぶ婦人たちの描写は映画全体を見ればオーバーすぎるぐらいカリカチュアされて描かれている。

権力は、一瞬にして人の命を奪う力を持っている。その恐ろしさは、いつの時代にでも、どこの国にでも起こり得ると思う。その中で、人が自分の身を守るように普通の幸せや人との絆を求め、生きていく様を丁寧に描くことで、山田監督は現代に警鐘を鳴らすつもりもあったのだろう。その辺りはストレートに描いている。

そして、ラスト近い現代の部分。恐らくここが山田監督が最も描きたかったところだろう。いきなりの展開で、戸惑う人も多いかもしれないが、母べえの最後の想いこそが、この映画全体を貫くテーマであると思う。

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