クライマーズ・ハイ  新作レビュー

見た日/5月某日 ★★★★

公開は7月5日だが、業務試写会で一足早く拝見させていただいた。

日航機の墜落事故という、とてつもなく大きな事件に出会った地方新聞社の内幕を、迫力あるカットの積み重ねで描いた力作。

とてつもなく大きな問題にぶつかったとき、人の心はさまざまに揺れ動くものだが、この映画は、そこを20年後の山登りという、自分への問いかけが必要な「挑戦」をしている主人公の心情と当時の模様をリンクさせながら、上手く表現している。

新聞社に限らず、会社などの「組織」が大きなプロジェクトに対処したとき、そこには様々な人の思惑の中で個人としての葛藤が渦巻くものだが、この映画は後でも述べる個人と組織の関係性がよく描かれている。

この映画は、物語の展開は原作に沿ってはいるが、細部の設定を変えることで、NHKで放映されたテレビドラマ版(これも秀作だった)とは全く違う味わいの作品に仕上がっている。

主人公であるデスクと新聞社社長の「疑似親子」関係や、デスク本人の出生に関わる回想シーン、そしてデスクの息子にまつわる話を強調したことで、「組織と個人」という原作のテーマ性とは別に、「父と子」、とくに「男が成長するためには、父親を乗り越えていなねばならない」…というテーマが浮かび上がる。

めまぐるしいカット割、聞き取れにくいセリフ回し、ラストの展開など、原田眞人監督のいつものパターンではあるが、今回の題材は慌ただしい群像劇という意味では、原田監督の最近の諸作品に比べてもしっくりきている。特に前半、事故を巡る新聞社内の駆け引きのシーンなどは、映画らしいダイナミックなカット割が光る。

それと、原作では全くといっていいほどなかった事故現場のシーンがきちんと再現されていて、それがまた臨場感を出しているのだが、これは実際の事故から年月が経ったからこその描写だろう。

原作者の横山秀夫氏は当時、群馬県の新聞社の若手記者で、実際に事故直後、御巣鷹山に登り、現場取材を体験している。

原作小説は、横山氏が新聞記者から作家に転じてかなりの年数が経過して発表されたもの。横山氏自身、何度もこの事故のことを小説に書こうとしたが書けなかった、と記していらっしゃるのを読んだことがある。

横山氏は、現場の凄まじさを体験しているからこそ、事故そのものではなく、その「事故」に遭遇し、対処した記者たちの葛藤を描くことで、あの「事故」が我々にもたらした意味を問いかけたのだ。

だから横山氏は原作小説ではあえて事故現場の描写はせず、現地を取材した記者の「現場雑感」という劇中で書かれた記事という形でサラリと触れるだけだ。そこには、若き横山氏の姿と思いを投影したと思われる熱さは若干感じるが、原作ではそんなに大きなウエイトではない。

その、原作小説のアプローチは実に見事で、実際に起きた「事故」と一歩距離を置いて、客観的に見つめたからこそ、原作小説「クライマーズ・ハイ」は娯楽小説にもなり得たし、報道の在り方や問題点、そして横山氏が一貫して小説で描き続けてきた組織における個人の在り方をも浮き彫りにした、奥の深い傑作小説になり得たのだと思う。

だがこの映画では、その原作の精神を守りながらも、あえて現場の再現に挑んでいるのだ。あの事故現場は恐らく当時リアルタイムで見ていた日本人は誰もが記憶にあるだろうから、そのシーンは鮮烈だ。特に「現場雑感」のシーンは、シルエットではあるが、現場の凄惨さがしっかり描かれ、この場面はこの映画の中で最も心が揺さぶられる。

それでも、横山氏が描こうとした原作のテーマを映画は失ってはいないし、ぶれてはないのだが、原作があえて描かなかった現場の場面を挿入したのは、日本人なら誰もが記憶に刻んでいる痛ましい事故であるだけに、事故を風化させまいとする作り手の気持ちがそこにあったのだと思う。

主人公が信条としている仕事への姿勢が、幼少の「アメリカ映画体験」にあるという原作にない設定はハリウッド映画に詳しく、映画評論家出身でもある原田監督ならではだろう。

実際の事件を題材にした点など原田監督の作品としては「突入せよ!あさま山荘事件」と似たテイストではあるが、一方的に権力側の動きだけを描いたあの作品に比べると、この映画は様々な社会的要素を組み入れており、まだバランスはいい。

僕は小さな新聞社で17年間記者をさせて頂いたが、この映画を見て、いろいろな思いがこみあげてきた。

他社に抜かれまいと、懸命に徹夜までして記事をおっかけたこと、そんなことが一体何のためだったのだろう?果たして、自分の記事がどれだけの人を苦しめたのだろう?

でも、当時の記憶や思い出が、今の僕を支えていることも間違いない。僕も、かつてはこの映画に出てくる若い記者のように、鋭い目でがむしゃらだったような気がする。それが今になって、一歩引いて、見えてくるものは確かにある。

堤真一の老け姿はかなりの無理があったが、現代のシーンを効果的に挿入したことで、この映画は、観客にいい意味での「距離感」を与えてくれる。
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