崖の上のポニョ その2  新作レビュー

(その1から続きます)

しかし、これが日本人に受ける。興行収入300億円というから驚く。「どんな物語や展開をすれば人々は面白がるか」ということを本能で表現できる天才監督が、あえて物語を語らず、自らの感性を素直に表現したとき、そこにまたたくさんの人が共感した訳だ。

そして見た人たちは、それぞれの感性で、この作品を受け止めている。これだけ感想が様々で、感じる部分が違いながら「よかった」と思う映画も珍しいだろう。

「ハウルの動く城」は原作がありながらも、宮崎監督の独自の感性を投影した作品に仕上がっており、これも「物語」を語ってないため、単純なストーリーラインを楽しむ映画にはなってない。

で、この「ポニョ」である。宮崎監督は「ハウル」の反省を踏まえ、アニメーションの原点に帰り「5歳の子どもが分かる映画」を目指したそうだ。で、完成した作品を見ると、確かに、5歳の子どもには分かるが、決して「大人には決して分かりやすい映画」ではない。

じゃあ、駄作かと言うと、とんでもない。これは、宮崎監督が「物語を語る」ことを辞めてからの作品としては、僕は一番の傑作だと思うし、過去の宮崎アニメを見渡しても、最高傑作の一群に分類されると思う。

まずは、手描きアニメに徹底しているので、アニメ本来の動きの面白さ、色彩の豊かさが十二分に楽しめる。冒頭の海のシーンは秀逸だし、ポニョの妹たちの動きや、ポニョが嵐の魚たちに乗って宗介を追いかけるシーンは、「カリオストロの城」のカーチェイスシーンを思わせてくれるが、それ以上の名場面になっている。

宮崎監督がまだ「物語を語っていた」ころの「となりのトトロ」では、トトロは決して大人には見えなかった。しかし、今回のポニョは大人に見えるどころか、どんなに不思議なことが起きても、この映画の大人たちはそれを自然に受け入れる。宗介の母親は、ポニョの母親である海の精と、普通に会話をしていたりする。

そして、海の精は何なのか、ポニョの父親のフジモトはなぜ人間から魔法使いになったのか、命の水とは何なのか、びっくりするぐらい説明はない。ひまわり園のおばあちゃんたとの描写では、何となく「死」の匂いさえ感じられる。

しかし、そんな説明のなさが、観客が様々に想像し、自分なりの感性で受け止められるだけの「幅」と「設定」が、この作品にはある。正直、「ハウル」はその「幅」と「設定」が不足していたが、「千と千尋…」以上に、この作品の「幅」は広い。

そして、何より、痛快で楽しいキャラクター性が、「ポニョ」というキャラ自身にあるので、5歳の子供たちは理屈抜きにこの映画が楽しめる。大人はつい「物語」を見てしまうから「何だこりゃ」と思うのだが、最近の宮崎映画は「感性」で楽しむものなので、合わない人もいるだろうが、色々考えると楽しめない作りになっている。

そこで、僕はふと考えてしまった。この映画を5歳のときに見て感動し、面白いと思った子どもたちは、将来、大人になってこの作品を見直したとき、どう感じるのだろうか。

この映画に散りばめられた「死」や「老い」、「自然破壊」、「親子関係」などのキイワードを、改めてどう感じるのだろうか。きっと、この作品を大人になって初めて見た人たちとはまた違う発見をするのではないだろうか。そこまで宮崎監督が考えてこの作品を作っていたなら、それはそれでスゴイことだと思う。

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