少年メリケンサック  新作レビュー

見た日/3月某日 ★★★

クドカンこと、鬼才・宮藤官九郎氏による監督作品第2弾。「少年メリケンサック」という、中年オヤジたちのパンクバンドと、これを売り出そうと努力するレコード会社の女性社員の奮闘を描いたコメディだ。

ここ20年ほどの間だろうか、俳優も作り手も、演劇界の才能ある人たちがどんどん映画界に進出し、映画界にとって、大きなカンフル剤になっていることは間違いない。

クドカン氏は、三谷幸喜氏と並び、そんな演劇界が生みだした、脚本・監督の代表的な人物と言えるだろう。

今度は崔洋一監督の「カムイ外伝」の脚本も担当するというから、驚く。クドカン氏はテレビドラマの「タイガー&ドラゴン」など、クセはあるけれどなかなか面白い脚本を書く人で、僕としては、夏目漱石の魂が現代の主婦の身体を乗っ取るという、お昼の主婦向けドラマとして画期的で大傑作だった「吾輩は主婦である」が大好きだった。

それに比べると、正直、三谷氏の近作は「THE有頂天ホテル」も「ザ・マジックアワー」も面白いと思わず、正直、僕の感性と合わなかった。

三谷氏自身のキャラクターは大好きで面白いと思う。「マジックアワー」の宣伝で出ていた数々の番組にはかなり笑わせてもらったし、とくに「探偵!ナイトスクープ」への出演回は大爆笑の秀作だった。日本アカデミー賞の中継でおなじみになった、受賞を待っている時の小芝居も面白く、好感が持てる。

でも、作品自体が好きになれないのは、これはもう感性の問題だろう。人によっては滅茶苦茶面白いのだろうし、100人いて、全員が「面白い」と思うのも、異常なことなのだ。

三谷氏の近作2本に限って言うと、すれ違い、勘違いを笑いのスイッチにしている点は理解できるのだが、どうもそこに、人への愛が感じられず、人を小馬鹿にしているような感じがして、僕個人としては、好きになれない。

すれ違い、勘違いを笑いにしている、という点ではクドカン氏のこの作品にも通じるところはあるのだが、クドカン氏の脚本は、一見ハチャメチャに見えながらも、その視点には人への「愛」が十分感じられるように思う。

今回の映画は、映画ならではのスケール感を出す意味もあってか、パンクバンドというモチーフを持ってきているが、バンドというものは人が集まって初めて成り立つものであり、実は、だからこそバンドを描いた映画は、優れた人間ドラマが多い。日本映画なら「Aサインデイズ」「ロックよ、静かに流れよ」、海外なら「ザ・コミットメンツ」などなど…。

という訳で、この映画には、紅白歌合戦出場まで果たしたバンド「グループ魂」のメンバーでもあるクドカン氏の、バンドやそれを形成する人たちへの「愛」が詰まっている。そこには、恐らくデフォルメしてはいても、自分自身の体験や過去が投影されているのだろう。

その分、前作「真夜中の弥次さん喜多さん」で見せてくれた弾けっぷりが大人しくなっているのは少々残念な気もする。

全編、パンクのように弾けた映画かと思いきや、中盤から後半にかけて、中年バンドのオヤジたちの想いや過去のグジャクジャがねちねちと語られ、それはそれでとっても面白いのだが、あえて全体的な感動的な作りにしてない分、ギャグとのバランスを問われると、ちょっと中だるみを起こした感はある。

しかし、そのアンバランスが作品の魅力になっているのも事実で、名優・佐藤浩市のオーラを自ら消し去ったどうしようもないゲロ吐き中年ロッカーぶりや、見事な宮崎あおいのコメディエンヌぶり、若手ナンバー1の怪優になった感がある勝地涼のマヌケぶり、お笑いの「間」を見事に演技にしている木村佑一の存在感のありっぷりなど、実に見るべきところが多い映画になっている。

エンドロールで松任谷由美の「守ってあげたい」のカバーがかかるところが、なかなかイキで大爆笑!この映画とほぼ同時期公開で、ライバル東宝配給で同じ佐藤浩市が主演をしている「誰も守ってくれない」に引っかけているのだろうが、このセンスは流石にクドカン氏。

歌っているユニットの名前が「ねらわれた学園」というのにも、映画館で思わず吹いてしまった。
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