次世代に映画を伝える!  映画つれづれ

キネマ旬報の前号で、次世代を担う子どもたちに、どう「映画」を伝えていくべきか、という特集があって、その中の座談会の記事に、佐々部監督が、実際に子どもたちに対して映画づくりを指導している方々に交じって登場していました。

なかなか難しいテーマですが、佐々部監督は、気骨を持つことの大切さ、例えば横並びに「ROOKIES」を観るよりも、1人ぐらい、同じスポーツ物なら、俺は「三本木農業高校、馬術部」を観るよ、という中高生がいてもよいのでは、という趣旨のことを発言されていました。

「なるほど!」と思いました。気骨を持つこと、これはとっても大切なことだと思うのです。ウチの子どもたちも「ROOKIES」は観に行って「よかった、感動した」と言ってはいるけれど、もう少し成長して、同じ世代の友人と映画の話になったとき、一般的な見方とは違う見方をする友人と出会い、そこからまた違う少数意見を聞いて刺激を受けることは、いろいろな感性を身につけるためにも、本当に必要なことかもしれない、と思うのです。

これは映画に限ったことではなく、音楽や小説でも同じでしょうが、こうしたものの観方は、ひとつではないし、いろいろな観方、感じ方があって当然です。

それを雑誌やネットなどから教わることも大切だけど、同世代の親しい友人から感じると、また違うものの観方ができる、と思います。だから、映画を好きになってもらい、そして気骨を持ってもらう、これはとっても重要なことだなあ、と思いました。

それで思いだしたのが、僕が高校3年生のときの話です。当時、スティーブン・スピルバーグ監督の「E.T.」が大流行していました。「あの映画を観てない人は人であらず」みたいな雰囲気が漂っていました。

僕は、そんな風潮が何となくいやで、当時、小難しい映画が好きなフリをしていたこともあったのですが、とにかく「あれは観ない」と決めたのでした。友達からは「お前、映画ファンと言いながら、あれを観てないのは違うんじゃないか」と言われました。

まあ観てないので、作品の批判はしませんでしたが、「みんなが観なくなったら観る」と言っていました。でも、しばらくあの作品はビデオソフトにならず、「観たい!」と思ったときは観られなくて・・・結局、観たのは大学を卒業して間もないころではなかったと思います。

100人が100人、みんな同じ感想を持つ。こんな世の中にだけはなってほしくないな、とつくづく思います。そう言えば、社会に疑念を持ったり、人生に矛盾を感じたのも、映画が教科書でした。

小学生から高校生にかけて「砂の器」「青春の殺人者」「仁義なき戦い」「太陽を盗んだ男」などを観ながら、いろいろなことを教わったような気がします。多種多様でありながら、良質な映画が作られ、それを子どもたちが観ながら成長していけば、社会はもっと健全化していくのでしょう。

この「健全化」は、不良もあり、の健全化ですが。いろいろな人がいて、初めて社会は健全となる、と思うのです。多少、子どもには刺激的な作品でも、子どもはきちっとそのメッセージを汲み取れる、と僕は信じています。

キネ旬の紙面では、次世代へ良質な映画を残していくための取り組みのひとつとして、佐々部監督がご自身が感銘を受けた映画をサイトで紹介している、という発言がありました。これは、ナビタウンの中にある、コーナーです。↓

http://www.navitown.com/weekly/cinema/dvd/index.html

素晴らしい作品ばかりが紹介されているので、レンタルビデオ店などで借りられる際の参考にされるといいと思います。

最新号で紹介されている「仁義なき戦い/広島死闘編」の紹介記事を読んで、僕もシリーズ5部作を一気に観たくなりました・・・。

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