高橋監督の指摘  映画つれづれ

警察犯罪を徹底したリサーチで描いて評判になっている「ポチの告白」など、社会派作品で知られる高橋玄監督の公式ブログをたまたま見ていたら、佐々部監督の「結婚しようよ」を絶賛していて「なるほど」と思ってしまった。↓

http://ameblo.jp/grandcafe/page-9.html#main

「ベタなストーリーを、佐々部さんはノスタルジーではない現実感を並行して描く天才だと思う」「反権力的な人の生き方を、普遍的なイメージのなかで訴求している」という指摘には、ちょっとビックリ。

確かに、佐々部監督の作品は、どれも、家族愛や友情など、人にとって大切な普遍的なテーマを描きながらも、必ずそこに、さり気なく「社会性」や、人々が何かに立ち向かっていく、佐々部監督がよく言われるところの「気骨」を描いている。

思えば「チルソクの夏」の郁子も、「カーテンコール」の香織も、そうだった。最近の作品を見ても「三本木農業高校、馬術部」の香苗もそう。「結婚しようよ」の卓だってそう。「夕凪の街 桜の国」の七波もそうだ。

佐々部映画の主人公たちは、我々と同じ日常を過ごし、きちんと生きながらも、自分が直面した問題から逃げずに、「気骨」や「気概」を持って目の前の壁に立ち向かっていく。

僕たちの実際の生活は「逃げる」ことの方が多かったりするし、大きなものに巻かれて生きていることの方が多かったりする。でも、ちょっぴり他と違っても、そこから一歩踏み出す「勇気」を持ち、踏み出すことが、人生にとって如何に大切なことか、佐々部映画の主人公たちは教えてくれる。

だからこそ、父親や母親が反対しても、海の向こうにいる安君のことを想い続ける郁子をはじめ、幕間芸人の過去を取材することで、過去の辛さを乗り越え、自身の親子関係を問い質そうとする香織、若き日に妻と辛さをのりこえたが故に家族の食事にこだわる卓たちの姿に、僕たちは心から感動するのだろう。

彼ら、彼女たちの「勇気」ある、「気骨」のある生き方は、実はできるようで、できないのだ。でも、そこにはきちんとした「日常」がリアルに描かれているから、僕たちはその「映画」を身近に感じ、共感できるのだろう。

高橋監督の指摘は、また今までとは違う見方としての佐々部作品の魅力を教えてくれたような気がした。今日は、「結婚しようよ」のDVDを久し振りに観てみようかな。
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