海角七号 君想う、国境の南  新作レビュー

★★★★

台湾で新記録を樹立するなど大ヒットした、という映画。

僕は、記者時代に「台湾万葉集」という本を編著された、孤蓬万里さんという方を取材したことがある。

孤蓬万里さんは、台湾の方で、日本統治下末期の時代に日本語教育を受け、「日本人」として生きた、いわゆる“日本語世代”の方だ。

台湾の方々は、中国や韓国などと比べると、日本に対して“優しい”方が多いように思う。

そこには様々な理由があるのだろう。

日本の台湾統治は明治の時代からで、僕が住んでいる山口県周南地区出身の軍人・政治家の児玉源太郎は台湾を統治する台湾総督を務めた。

児玉は台湾の人々の自主性を重んじ、軍事的弾圧を決してしなかったという。鉄道整備や下水道整備などのインフラ整備にも積極的に取り組み、今でも台湾の多くの人が児玉に感謝している、という話を聞いたこともある。

けれど、台湾統治の末期は戦争期であり、恐らく多くの台湾の人々が辛い想いをされただろうと思う。戦後も台湾はしばらく激動の時代が続き、日中の国交が回復する一方で日本と台湾の国交は途絶えた。でも、活発な民間交流は今も続いている。

日本や日本の文化に対して、憧憬を持ちつつも、複雑な想いを抱く“日本語世代”の方々が、その気持ちを、やがて廃れていく「日本語」で「短歌」として綴ったのが、「台湾万葉集」だ。

僕は、自分たちの世代で廃れていく「日本語」を大切にしながらも、台湾人としての誇りや気持を短歌に込めていく孤蓬万里さんの心情を取材で伺いながら、思わず胸が熱くなった覚えがある。

孤蓬万里さんはもう亡くなられたが、僕にとっても、貴重な経験であり、取材だった。日本語世代の想いという点では、酒井充子監督のドキュメンタリー映画「台湾人生」を見ると、その時代性や人々の気持ちがよく分かる。

…さて、前置きが長くなったが、この映画は、そんな台湾の人の「日本」への気持ちがよく現れた映画である。

日本統治下の台湾で、日本から赴任した若い教師が、友子という日本語名の台湾人の教え子と恋に落ちる。激動の時代下、その教師は泣く泣く日本に帰るが、船の中で友子への想いを、手紙に綴る。

その手紙が、60数年後、台湾に届く。都会の台北でミュージシャンを目指しながら挫折した主人公の若者は、いやいや始めた郵便配達の仕事で、その手紙を見つける。

若者が住む田舎町では、地域活性化イベントの目玉として、日本人有名歌手の野外ライブが計画されていた。その前座バンドを、地元の人たちが務めることになり、オーディションが開かれる。

それで結成されたバンドのメンバーはみんな個性的で、音楽的志向もバラバラ。ギターとボーカルを担当する主人公は、未だに挫折から立ち直れておらず、ふてくされている。そんな主人公と、バンドを世話する羽目になった日本人モデルの友子は対立するが…という物語。

ビックリしたのが、この映画、日本と台湾の歴史の秘話を描いた物語かと思いきや、実は優れた“バンド映画”だった。

バラバラだったバンドのメンバーが、衝突を繰り返しながら、やがて団結し、1人1人が成長しながらひとつの音楽を作り上げていく、という様は、バンド映画の王道であり、傑作「ザ・コミットメンツ」などにも繋がる。

最初は台湾映画独特のリズム感や、少々消化不良な話の展開、あまり笑えないコメディシーンに戸惑いはするものの、映画全体を包む「優しさ」が心地よく、そこに昔の「手紙」のエピソードがスパイスとなって、心を打つ。

様々な歴史の上に人は存在する。でも、国境を越えて人間同士は結びつき、愛し合えるのだと、この映画の監督は、明るいバンド映画、青春映画というスタイルを借りて訴えているように思う。クライマックスのライブシーンは秀逸で、何度も胸に熱いものが込み上げてきた。



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