キャタピラー  新作レビュー

★★★★★

田舎の夫婦を描きながら、「意味のある戦争など何もない」と若松孝二監督は主張する。

僕が感じたのは、国家、というか、絶対的な存在や権力がもたらす価値観の怖さ。人間が本来持つ感性や自由を奪うことの愚かさ。

これは、「いじめ」にも繋がる。人が人を虐げ、その生命を何とも思わない蛮行。これが小さなものが「いじめ」であり、国家間にまで広がれば「戦争」になるのではないか。

人が人を虐げるのに、人が人を殺すのに、大義もクソもない。人は集団になったら、恐ろしいほどの冷たさと残虐さを発揮する。そこに大人も子どももない。僕は、多少はそのことを、身にしみて知っている。

喜々として刃物を振る舞われた記憶と、心の傷は、そう簡単に癒えるものではない。この映画を観ながら、不思議に自分自身の「いじめ」の記憶と体験が呼びさまされた。

この映画は、単純な反戦映画ではない。戦争によって手足をもがれ、帰還した夫。彼はやがて、自らの行為によって苦しみ、もがいていく。

それに対して、苦しみながら、もがきながらも、何かを克服していく妻の姿が描かれていくのだ。女性が持つ母性のようなものには、どんな障害でさえ乗り越えていく強さがある。そこに、国家がもたらす価値観など、微塵もない。

物語が終わったあと、元ちとせが歌う主題歌「死んだ女の子」の歌詞とメロディー、バックの絵がもたらす衝撃は、映画本編で感じた様々な想いを、さらに増幅させる。

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