今年の1月、池田敏春監督が亡くなられた、というニュースを見て驚いた。

まさに“伝説”となった代表作「人魚伝説」(1984年公開)が撮影された伊勢志摩の海で亡くなられた。

これまた快作「死霊の罠」は、まさに日本人しか描けないモダンホラーだった。猟奇的で、でも悲しいサスペンスなどを撮らせたら、池田監督はピカイチだった。

その「人魚伝説」、今観てもスゴイ。これほどの猟奇アクション映画は、もうこれからの日本映画では観られないし、製作できないのでは、と思う。

昨今の韓国映画で「いいな」と思った「チェイサー」「母なる証明」「息もできない」は、いずれも、そのすさまじいまでの暴力描写がひとつの特徴だ。でもその「暴力」には意味があり、意味を持つからこそ、観客には「痛み」が伝わる。

この「人魚伝説」は、かつての日本映画にもあった、猥雑なパワーが満ち溢れていて、スプラッター描写にもまったく遠慮がない。実は、当時の気鋭の監督たち9人が立ちあげた映画製作会社、ディレクターズ・カンパニーの第1回作品だったのだ。

10年ほどでこの会社は無くなってしまうのだが、映画監督たちが自分たちが創りたい映画を作るために設立した画期的な製作会社であり、個性的な作品を次々と産み出し、その記念すべき第一弾が、ただひたすらに殺された夫の復讐をしようと、大きな権力に立ち向かうことになる女性を描いた「人魚伝説」と言うのも、象徴的だ。

主人公は海女。夫が何者かに殺され、海女もまた殺されかける。まちにはレジャーランド建設の計画があるが、実はその計画は原発の建設計画のダミーで、利権ほしさに地元代議士、地元土建屋が絡み、漁師の夫はその陰謀に巻き込まれて殺されたのだ。海女は、夫の復讐を果たそうとする…。

海女を演じる白都真理が美しい。脱ぎっぷりもよく、肉体に無駄がない。復讐に突き進むその表情がはかなく、見事な水中撮影による海のブルーがまた切なさを生む。寓話的な要素もあるのだけれど、血のリアルさと、人の強欲さを強調した演出はインパクトがあり、その中で殺戮を繰り返すヒロインの姿に、情念を感じる。

彼女を突き動かしているもの。それは夫への純粋な想いのみなのだが、それがやがて、原発計画による利権をむさぼる権力を破壊していく。池田監督が今の原発事故を見たら、どう思うだろう。映画では誇張はあるものの、原発計画に利権が絡む、という点はリアリティがある。今を予見しているようでもある。

残念ながらDVDは廃版になっているようだが、今も置いてあるレンタルビデオ店はあるだろう。今の時代だからこそ、再び観たい映画の一本である。

池田監督の作品に大きく関わっている、白鳥あかねさんを、今春、周南映画祭実行委員会主催のイベント「春のシネフェスタ」におよびし、トークショーの司会をさせて頂き、打ち合わせの時、池田監督について色々と語って頂いた。とある映画雑誌に、追悼の記事も書かれたそうだ。

映画黄金期時代に日活のスクリプターとして活躍し、現在は脚本家としても活躍されている白鳥さんは、この「人魚伝説」をはじめ、池田監督の作品に多く参加されている。「死霊の罠」では過酷な条件に次々とスタッフが降板する中、池田監督を白鳥さんが支えながら完成させた、という。

「人魚伝説」のお話も色々と伺った。この映画も現場は大変だったようだが、池田監督をはじめ、製作者たちの熱さと心意気は、今も作品に刻まれている。海深く潜り、復讐に疾走するヒロインは、正に当時の池田監督をはじめとする、ディレクターズ・カンパニーの映画監督たちの心意気そのものだったのだろう。

毒を吐く日本映画は今もあるし、凄惨な暴力を描く日本映画も、存在する。でも、そこにどれだけの作り手の“志”や“心意気”、または社会的なメッセージも込められるのか。娯楽映画ではあるが、再び「人魚伝説」を観て、そんなことを感じた。
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