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★★★★

その存在感と個性によって、佇まいそのものが「絵」となり「物語」となる俳優…そういう人をかつては「スタア」と呼んでいた。

そんな「スタア」は、どんな役をやってもその存在感が消えることはなく、むしろ素の個性がその役を光輝かせていくものだが、そんな俳優は、日本なら男優はもはや高倉健さんしかいないし、世界を見渡しても数少ない。

健さんも80歳を超えた。もともと寡作でもあり、近作、とくに「鉄道員」以降は、どの作品もキャスト、スタッフが健さんと映画づくりをする喜びがスクリーンから伝わってきたし、ある意味では「もしかしたら、これが最後になるかもしれない」というような覚悟も伝わってきたような気がする。

そういう意味ではここ数作品は、全て演じるキャラクターは健さん自身が投影されているようで、今回の倉島という役柄も、我々観客からは健さん「そのもの」と感じられる。亡くなった妻が歌手だったり、その妻を想い、残りの人生を精いっぱい、誠実に生きようとする不器用な男の姿は、健さんの実生活にも通じるところがあるのではないか、と思う。

映画はいわゆるロードムービーなのだが、過去にさかのぼって妻とのふれあいを描きながらも、なぜ、色々と訳があったような洋子が健さんと結ばれたのか、過去にどんな事情があったのか、妻の想いはどこにあったのか、など、思わせるニュアンスはいくつもちりばめながら、明確な説明はしない。

この「余白」が、今の日本映画に足りないものだと僕は思うが、その分、旅先で出会う人たちとのエビソードは緻密である。主人公の健さんはそれぞれ「何か」を抱えた人々との出会いの積み重ねから、生きる意味や人を想う大切さをしみじみと感じていく。

そして、作り手たちが物語の奥に大切にしまってある、主人公夫婦の間に流れる「何か」を、我々観客に様々に想起させてくれる。物語上では説明されていない余白を想起するには、実はいちいち語ったり説明していなくても、映画の「余白」をしっかり創り込んでいる作品なら豊かに感じることができるものだが、この映画はそこが味わえる。

この辺りは降旗康男監督の演出の巧みさではあるが、何より「ツレがうつになりまして」「日輪の遺産」でもその実力を見せた、青島武氏の脚本に寄るところが大きいだろう。生きる大切さを淡々と描きながらも、物語にも新鮮な発見と展開があり、飽きさせない。

種田山頭火の句がポイントになっていたり、物語の大切な場所として下関が登場したりと、山口県もひとつのキーワードになっている。ワンカットだが、僕が住んでいる周南と思われる場所も登場していた。ここはもう一度観て確認してみたい。

日本の風景の美しいカットにも目を奪われる。そんな風景にたたずむ健さんの姿は、それだけで涙が出る。ビートたけし氏と健さんが海の夕景を見ながら「旅」と「放浪」について語り合うシーンが印象に残る。

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