「君の名は。」を観て思ったこと  新作レビュー

評判のアニメ映画「君の名は。」を観ました。

これまでもアニメーションで男女の「出会い」「すれ違い」を繊細に描いてきた新海誠監督が、東宝配給の300スクリーン以上拡大公開という、メジャーの中のメジャーとも言える大舞台で、それに相応しいスケールの大きな、それでいて持ち前の繊細さや物語表現力を十分に活かした作品を創ったな、というのが正直な感想です。

「シン・ゴジラ」もそうでしたが、この映画も監督のオリジナルな感性にあふれながらも、様々なこれまでの名作・傑作の香りが漂っていて(実際に監督が影響を受けたかどうかはわかりませんが)様々な「映画的記憶」を呼び覚ましてくれます。

男女の「出会い」「すれ違い」を描いた映画には洋画・邦画問わず傑作が多いのですが、「君の名は。」と同様、そこにファンタジーを融合させた作品としてまず思い出すのは、クリストファー・リーブ主演「ある日どこかで」(1980年公開)です。

脚本家志望の大学生リチャードは自身の脚本が認められたパーティーの席で、見知らぬ老女から「帰って来て」と告げられます。数年後、脚本家となり、仕事に行き詰ったリチャードは立ち寄ったホテルの壁にかけられた美しい女性の写真に目を留めます。彼女は1912年にそのホテルに滞在していた女優ということでした。そのまなざしと美しさに魅せられたリチャードは彼女に会いたいと熱望し、やがて時間の「壁」を超えるのでした…。

これは、僕も学生時代に観て熱狂した一本です。「スーパーマン」とは全然違うクリストファー・リープの繊細な演技が印象的で、切ない展開、そして音楽の美しさも印象的でした。

悲しき浪人生だった時、角川書店の映画雑誌「バラエティ」で、大林宣彦監督が「時をかける少女」(1983年公開)は「ある日どこかで」に「オマージュ」を捧げた作品であり、音楽や雰囲気など、作品づくりで意識したことを発言していて、当時「時かけ」に狂っていた僕は「ある日どこかで」が観たくて観たくて、大学生になってようやくレンタルビデオで観た記憶があります。

その、「時をかける少女」も少年少女の「出会い」「すれ違い」そして「別れ」を切なく描いた傑作でした。筒井康隆氏の原作小説は短編で、どちらかと言うとSF小説の入門編的な感じで、描かれている「出会い」と「別れ」に正直切なさは感じません。

しかし、大林監督はそこに、「出会うはずのない、出会ってはいけない少年少女が出会ってしまう切なさ」の物語に仕上げ、そこに主演の原田知世さんの可憐さ(大林監督は当時、ジュディ・ガーランドをイメージして演出したらしい)とロケ地である広島県尾道市の何とも言えない風情と情緒が加わり、唯一無二の傑作になりました。

そういう意味ではこの作品はその後の「時かけ」映像作品のベースにもなりました(今年制作の連ドラも含む)。この「切なさテイスト」を受け継ぎながらも、続編的な味わいも付け加え、少しポップにして、これはこれで大傑作になっていた細田守監督の「時をかける少女」がアニメーション作品だったことを考えると、「時かけ」と「君の名は。」との接点も無いことも無いな、と思います。、

大林作品で「君の名は。」との共通点で言うと、少年少女の「入れ替わり」を描いた大傑作「転校生」(1982年公開)があることも忘れてはいけないでしょう。

あと、少年少女の「出会い」「すれ違い」ファンタジーの傑作で思い出すのは小中和哉監督作品「星空のむこうの国」(1986年公開)です。残念ながらこの作品のDVDはAmazonでもプレミアが付いていて今ではなかなか観られません。

https://www.amazon.co.jp/%E6%98%9F%E7%A9%BA%E3%81%AE%E3%82%80%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%AE%E5%9B%BD-%E5%A4%A2%E3%82%92%E8%BF%BD%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%A6-DVD-%E6%9C%89%E6%A3%AE%E4%B9%9F%E5%AE%9F/dp/B000063L23

平行世界(パラレルワールド)をテーマにした作品でした。主人公の高校生、アキオは交通事故でケガをして以来、毎晩同じ少女の夢を見てしまいます。ある日自宅に帰ると、そこには自分の遺影が!驚愕していると、窓の外にはあの「少女」の姿が。「アキオ君」と呼ぶ少女に声をかけようとしたその時、少女は無理矢理男たちに車に乗せられます。追いかけるも見失ったアキオはその少女に会おうと決心しますが…。

この映画は公開当時「少年ドラマ・ザ・ムービー」という副題が付いていました。NHKの少年ドラマシリーズは昭和40年代から50年代にかけ、毎日夕方に放送していて、主に中高生向けの学園SF小説をよくドラマ化していたシリーズで、「時をかける少女」も大林監督が薬師丸ひろ子主演で映画化した「ねらわれた学園」もこのシリーズで最初に映像化されています。

少年ドラマシリーズは小学生を含む少年少女向けでしたから「切なさ」テイストは少なかったのですが、その中でも突出して「切なかった」ドラマは、「なぞの転校生」でした。平行世界を扱っている点では「星空のろこうの国」の原点は間違いなくこの作品でしょう。

「なぞの転校生」については、2014年、思いもしなかった形で再びテレビドラマ化され、これこそ少年少女の「出会い」「すれ違い」「別れ」を描いた作品では近年ダントツの作品だと思いますし、冒頭の彗星の描き方など、「君の名は。」との共通点を見ることもできます。

3014年版「なぞの転校生」については、また別回で詳しく論じたいと思いますが、「君の名は。」を観られて感動された方は、今回あげた作品群も是非観てほしいと思います。
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「シン・ゴジラ」と山口県  新作レビュー

「シン・ゴジラ」については最早語りつくされている感があるし、ネットに優れたレビューがあふれかえっているので、僕がわざわざレビューする必要もないかな、と思います。

書き出すと、キリが無くなります。恐らく原稿用紙100枚ぐらいでも書けると思いますので、ここでの作品論は他に譲って、私らしく、山口県とシン・ゴジラの関係について記します。

庵野秀明総監督は、山口県宇部市の御出身です。以前、インタビューさせて頂いたこともありますが、山口県への強い「愛」を持っていらっしゃる、という印象を受けました。

庵野総監督は映画「式日」を、故郷である宇部市を舞台に撮影されましたが、他の作品でも「宇部」や「山口」に関するものを登場させています。

エヴァンゲリオンではかのヤシマ作戦で日本中を大停電させるとき「山口県宇部市」が登場するほか、山口でおなじみのお店や牛乳の名前も出てきますし、新劇場版で葛城ミサトが愛飲する日本酒は「獺祭」だし、「獺祭」はキューティーハニーにも市川実日子さん(尾頭ヒロミ課長補佐!)扮する刑事の愛するお酒として登場します。

今回も、主人公である内閣官房副長官・矢口蘭堂の執務室に、山口県内の工芸品がさり気なく置いてあり、その中に、光栄にも私がアドバイザーを務めさせて頂いています、下松フィルム・コミッション提供のものもあります。

私が見る限りでは、執務室には下松FC提供のものの他に、岩国市のものが置いてありました。聞くと、矢口蘭堂は山口県第3区選出の国会議員という設定があり、それで山口県のものが置いてあると推察されます。

3区は庵野さんの出身地である宇部市のほかに、美祢市、萩市、山口市のうちの旧阿東町などがエリアで、庵野さんの宇部愛を感じる設定ですが、実は、岩国と下松は2区でして・・・。まあそこは、保守第一党の他選挙区の支持者から、将来の総理大臣候補である矢口先生のところに、様々な名物工芸品が贈られ、飾ってある・・・と僕は解釈しています(笑)

あと、この映画には複数の映画監督さんが役者さん(なぜか全員生物学者役!)として登場しますが、御用生物学者の1人を演じているのが「ゆきゆきて、神軍」など、強烈なドキュメンタリー映画で一世を風靡した原一男監督!原監督もまた、宇部市の御出身で、主に山口市で育った山口御出身の方なのです!

ちなみに、1999年公開「ゴジラ2000」以降、2001年公開の「ゴジラ モスラ キングギドラ大怪獣総攻撃」を除き、2004年の「ゴジラFINALWARS」までの5作品でゴジラを演じられた喜多川務さんは下松市出身ですので、2000年代製作の和製ゴジラ映画ほとんどに「山口県下松市」は関係しているのです!という、下松市民である僕の独り言なのでした。




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フライト  新作レビュー

★★★

名優デンゼル・ワシントン主演。

彼を最初に観たのは南北戦争を舞台にした「グローリー」だっただろうか。精悍で演技派、という印象だったが、「ジョンQ」「戦火の勇気」などの作品で重みを次第に発揮して、ハリウッドを代表する俳優さんになった。

常連だったトニー・スコット監督のアクション・サスペンス物などは、設定の荒さやストーリー展開の荒唐無稽さを、デンゼル・ワシントンの説得力ある演技で切り抜けていた、という印象さえある。でも、これは作り手も恐らく承知のうえで、だからこそ、デンゼル・ワシントンを起用したんだろうなあ、と思う。

やっぱり、キャスティングって大事だ。セリフが少なくても、余計な説明が無くても、たとえ出演シーンは少なくても、その背景さえも感じさせる俳優さんは確かに存在する。

さてさて、この映画だが、サスペンスかと思いきや、依存症をテーマにした映画だった。最近、依存症を描いた映画が多い。これも、現代を語るうえで重要なテーマだからだろう。映画と社会性の関連は重要だと思う。その時代その時代の社会性や課題を、庶民の娯楽である「映画」が切り取り、描いていくことは、大衆文化を熟成させていくうえで必要だと思う。ただし、それが、国家権力が思想を扇動するようなことには絶対になってはいけないけれど。

ロバート・ゼメキス監督は、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」「ロジャー・ラビット」「フォレスト・ガンプ」「コンタクト」と代表作はどれも僕の好きな作品ばかりだが、強引とも思えるテーマやアイデアを、確かなストーリーテリング力でぐいぐい見せる力技は本当にすごい。

この映画も、飛行機事故という最大の見せ場が最初に来る。ここがまた見事なサスペンスフルで、ハラハラドキドキするのだが、この映画の物型展開は実はここから。物凄い危機を乗り切った主人公が実は…というのがドラマのキーとなる。

人は、誰でも病気や障がいであったり、経済の問題であったり、家族の問題であったり、それぞれ、自分の“ウイークポイント”というか、ともすれば生きていくうえでの「弱さ」と成り得る部分を抱えているものである。でもそんな「弱さ」も、実は向き合い、共存することで克服できなくても「強さ」と成り得ることがある、と思うのだが、この映画の主人公はなかなか自分に向き合えない。

そこがもどかしく、僕は少しイライラしたのだが、物語は後半、実に巧みな展開を迎え、主人公は自身と向き合い、ある決断をする。そこは、是非未見の方は映画を観て頂きたいと思う。

前半の飛行機事故の描写がすごいからこそ、の後半の人間ドラマなのだが、こういうエフェクトシーンとドラマを融合させる名手はハリウッドでもそういないと思う。ロバート・ゼメキス監督の手腕は健在だ。
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東京家族  新作レビュー

★★★

小津安二郎監督の「東京物語」を、現代を舞台に、新たな味付けで、というのは、松竹の伝統である正調大船調を正統に受け継ぐ山田洋次監督だからこそ許されるのだろう。

家族構成の一部変更や東日本大震災など、山田洋次監督版は現代的なテイストを付け加えているが、両者を見たとき、どちらがいい、とか悪い、という単純な比較ではなく、オリジナルの「東京物語」の方が、実はきわめて「現代的」だというふうに思う。

山田監督の「東京家族」は、老夫婦を邪険にしながらも、出てくる人物はみんなどこか優しい。「温かみ」があるのである。実は、物質的に豊かな現代の方が、「家族」の繋がりを求めているのか、それとも山田監督自身が、その繋がりをあえて「東京物語」の舞台設定を借りて描いて見せようとしているのか。正直、「東京物語」の方が、今から60年以上も前の作品でありながら、家族故の底知れない非情さや冷徹さ、そして悲哀を描いている。

生きていくうえで不可欠な「家族」とは何なのだろう、ということを鮮やかに問いかけてくるのである。

この「東京家族」もそこは同じである。「家族」って何だろう、ということがひとつの家族のドラマを通して語りかけ、考えさせてくれる。

しかし、テーマは同じでもアプローチが違うので、だから、この作品は「東京物語」のリメイクとは言えないのだろう。リブートとも違う。「東京物語」という作品は最近も幾度となく話題にのぼっており、先述のように、今もなお、現代の僕たちに「家族とは?」と問いかけているように思う。そう考えると、単なるホームドラマのようでいて、この映画が実に社会の先端を行っていたことが伺える。

その問いかけに対して、デジタル化をはじめとする変わらざるを得ない今の映画界にあって、小津監督がいた時代から今に至るまで現役の映画監督としてあり続けている山田洋次監督は、考えてみれば一貫して「家族」を描いてきた監督である。

高度経済成長期にあって、多くの「日本人」が「家庭」に重心を置かなくなっていく中で、山田監督は社会からドロップアウトしようとしても家族の束縛から離れられず、実はそれが自らのアイデンティティーとなっている、寅さんを描いて見せた。日本中どこをほっつき歩いても、寅さんは必ず柴又に帰ってくる。どんなに傷ついても、寅さんを癒してくれるのはさくらであり、とらやの「家族」だった。

今また、日本の「家族」の在り方が問われ、揺らいでいる。その中で発生した東日本大震災。山田監督が今の時代に、あえて「東京物語」の世界観を引き継ぎながらも、自らが「東京物語」が問いかけた問題に、現代から答えをが出した、と言うより、出さざるを得なかったひとつの「回答」が、この映画なのかもしれない。松竹の日本映画の屋台骨を長年背負っている山田監督にとっては、自社の過去の名作と向き合うことは、何としても「通らなければならない」道だったのかもしれない。

しかし、それでいながら、山田監督は、若手の妻夫木聡、蒼井優に比較的のびのびと演じさせている(ように見える)のに対して、橋爪功の父親、息子の西村雅彦をはじめとする周囲の家族の演技アプローチは、明らかに「東京物語」のオリジナルキャストを意識して演出しているように見える。それぞれのカット割りやカメラポジションなども、あえて「東京物語」と同じアプローチを試みており、そこから見える「全く違う何か」を浮かび上がらせようとにも見える。

ただし、それが必ずしも、成功している、とは言えない部分もある。どうしても「東京物語」と比べてしまうから、別作品に仕上げているからこそ、余計に比べてしまい、そこに多少の違和感を感じるのは僕だけだろうか。そういう意味では必ずしも成功しているとは言えない企画ではある。

しかし、この健全な「家族」を経て、山田監督は次回作の「小さいおうち」では過去と現代を繋ぎながら、「家族」が抱えた「闇」を描いている。「小さいおうち」は「家族」映画としては最近にない傑作だと思ったが、「東京家族」から「小さいおうち」へと流れて行ったその“経過”に強い興味を覚える。

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かぐや姫の物語  新作レビュー

★★★★★

圧倒的でした。

スクリーンから感じる、何とも言えない繊細さと気迫。物語性のある、ひとつの美術品を鑑賞した気分になりました。

日本のアニメーション技術は、作画技術だけでなく、その繊細な表現力・演出力に優れているから世界一なのだと僕は思います。

絵の積み重ねに過ぎないはずのアニメーションなのに、例えば日常描写を細かく描写することによって、登場人物たちの心情をシンプルな物語を深みのあるものにする・・・高畑勲監督は、稀代の演出力で「アルプスの少女ハイジ」や「赤毛のアン」などを作り上げてきました。

例えば、ハイジでクララが立つシーン。クララが立った瞬間、画面は次のカットでクララの目線となり、大地が上下して揺れます。客観と主観を交互に入れることによって、観客はクララの心情に寄り添うことになります。こうした演出を、丁寧に時間をかけて繊細にするのが高畑アニメの真骨頂でしょう。劇場用映画も同様で、人間の善悪を深く描いた「太陽の王子ホルスの大冒険」や、戦争における人の極限を描き切った「火垂るの墓」などはその最高峰だと思います。

その高畑監督が、人生の集大成として手がけたのがこの作品ではないのでしょうか。「まだ引退しない」と仰っているそうですが、70代後半でありながら、これほどの新しい意欲作に挑まれたことはすごい、と思います。

いわゆる、竹取物語を原作としたおとぎ話ですが、日本のおとぎ話を形にするために、墨絵をアニメーションにする、という途方もない技術に挑戦し、それを成功させ、ありえないほど高いクオリティに仕上げています。これだけでも驚嘆ですが、二時間近く見進めて行っても、その墨絵の雰囲気が、まったく飽きさせないのは、美術的にも鑑賞に堪えうる造形美を醸しているからでしょう。

物語は、よく知られているかぐや姫のお話ですが、かぐや姫がなぜ、地球にやってきたのか。なぜ、月に帰らなければならなかったのか。詳しく書くとネタバレになってしまいますので書きませんが、そこに、人の深い業と想いが込められます。

人は、人を深く想っていても、必ずしもその想いがその人のためにならないこともあります。人が人を想うことは素晴らしいことですが、ときに、その想いが深いゆえに人を苦しめ、傷つけることもあります。人間とは、憎しみ合いも愛し合いもするが、たがらこそ素晴らしい…そんな感情が、繊細に表現されていくかぐや姫の心情から痛いほど伝わってきます。

シンプルな物語だからこそ、人の想いが深く描かれる…「ハイジ」や「アン」などで高畑監督がアニメーション演出で追及してきた道の答えのひとつがここにある、と思いました。
2

きっと、うまくいく  新作レビュー

インド映画と言えば、24歳のころ、初めての海外旅行でインドに行ったことを思い出します。

新聞記者仲間の友人と一週間ほどデリーやジャイプール、タージマハールなんかを見て回ったですが、本当に面白くて、エキサイティングで、異文化が刺激的で、しっかりと腹もくだしましたが、物凄く楽しかった記憶があります。

ホテルで映画をたくさんやっていて、結構見ました。確か、ジャック・ニコルソンの「イーストウィックの魔女たち」をやっていて、「こんな映画しらん!」という友人に解説したのをよーく覚えています。

で、インド映画専門のチャンネルもあって、朝から晩までやっていて、どれもみんなひどいのだけどそのメチャクチャ感が楽しくて、友人はそのチャンネルをずーっと観ている僕を不気味がっていました。

どれもみんな基本的にアクション映画なのだけれど、2メートルほどの壁から降りるだけで何度もそのシーンが繰り返され、大げさな音楽がかかって、それでいて字幕がなくても分かるほどストーリーは単純で、ヒロインがやたら美人で、でもキスシーンなどは必ずなくて、途中で意味もなく踊りと歌が延々と出てきて、それはそれは、ビックリしました。

それからずいぶん経って「ムトゥ 踊るマハラジャ」を観て、「相変わらずだなあ」と思ったのだけれど、昨年「ロボット」を観た時は、もうビックリ。

インド映画的な歌や踊りは相変わらずだけど、「人を楽しませる」という点では徹底していて、技術的にハリウッドと同レベルの進化を遂げているのに驚愕。どの国にもない、本当に「ホリウッド」と言うか、インド映画独特の娯楽的エンターテイメントとして進化している、という感を受けました。

でも、インド映画は尺が長いのです。どの作品も3時間ぐらいある!

で、この映画です。

佐々部監督が山口に来られた折、「今年のイチオシ!笑えるんだけど、後半泣いちゃうんだよなあ」と言われて気になり気になり、東京出張時も時間が合わず断念したものの、先週、急な東京出張の折、5月公開なのにまだやっているのを発見し、平日昼間、シネマート六本木にて、ついに鑑賞!

で、この映画も長い。3時間近くあります。

午後1時15分開始で、観終わったのは4時過ぎ。僕は前夜徹夜。雑誌の原稿の締め切りに追われる中で東京出張が決まり、仕事の前日、上京したその足でホテルに行ってずーっと部屋で原稿書きで、午前8時ごろに書き終えると、その足でチェックアウトして仕事に行き、終わったその足で映画館に行ったのでした。

で、映画館から羽田空港に直行し、岩国錦帯橋空港に向かい、電車で下松に帰ったのはもう深夜零時近く。くたびれましたが、そんな疲れをふっ飛ばすほどこの映画は面白く、3時間寝るどころか、僕の眼はギンギンに冴えて笑って笑って泣いて泣いて、3時間、まったく退屈することなく、満腹感いっぱいで映画館を後にしたのでした。

エリート理工大学を舞台にした、3バカ大学生の友情物語なのだけれど、お話自体は現代から始まって、3人のうちの、主人公である1人は消息を絶っていて、その主人公を探そうとする話から、かつての大学時代の話がカットバックしていく・・・が、物語を書いていてもあまり意味はなく、インド版青春グラフティであり、相変わらずインド映画らしいおバカでベタなギャグが続き、歌も踊りもきちんとあって、もちろんヒロインは美しい。

だけど、ベタでおバカなんだけれど、どのギャグも笑えるのです・・・そして、キャラクターもしっかりオーバーでカリカチュアの固まりなんだけれど、ストーリー運び自体は実は緻密で伏線もしっかりしていて、探し当てた主人公は実は別人で・・・なんて意外性もあって、そこからの展開も予想をいい意味で裏切り、ストーリー運びも実に面白い!

背景には、工学系の高学歴を尊重する、実は日本以上の学歴偏重社会であるインド社会の問題点があって、そこから生まれる悲劇もきちんと盛り込まれています。ベタなギャグ映画の様相を見せながら、主人公3人の友情にとことん涙を絞られるのは、やっぱり「人間」がしっかり描けているから。ここはいい「映画」は本当に万国共通だなあ、と実感。

後半の泣ける展開に繋がる前半の伏線も見事で、本当に笑っているうちに泣ける・・・という展開になるのです。何より驚いたのは、平日の昼間にも関わらず、満席!!それも7割は女性!!すごいぞ東京!やっぱり、山口県とは文化度が違います。

で、会場は笑い声と涙、涙のグジュグジュ感で満載。これぞ、映画館の醍醐味。佐々部監督の「カーテンコール」ではないけれど、昭和の映画館はこうだったんだろうなあ。

やはり、この映画も映画館で観てほしい一本だけれど、地方では難しい・・・と思いつつ、広島、福岡ではすでに上映済み。下関スカラ座シアター・ゼロでやっている!と思って調べてみたら、明日(9月20日)が千秋楽のようです・・・再見は12月発売予定のDVDになりそうですが、このレビューを見て興味を持った方、是非、今からでも下関に走るか、DVDでもいいので観てください!

点数は90点。
4

風立ちぬ  新作レビュー

この映画、いろいろ言われてます。

賛否両論・・・でも、物語の説明不足を挙げて批判するのは、「映画」という媒体に対する批判としては、そもそもどうかなあ、という想いがあります。

「映画」は、アニメであろうと実写であろうと、2時間ていどの時間の中で、映像と音を組み合わせて、大きなスクリーンで有料の観客に向けた媒体であります。

有料である以上、そこに表現の規制はなく、作り手(監督)の作家性が発揮されるべき媒体であり、大スクリーンで感じてもらうための感性を観客に向けて問いかける芸術でもあるので、観客もまた、そこに込められた感性を自ら感じていくのが、映画だと僕は思うのです。

ですから、そこに込められた「間」や行間が「映画」にあるのは優れた「映画」であるなら当たり前であり、だけれどもそんな「間」があってもダメダメな映画があるのもまた事実で、そこがまた「映画」の面白いところだと思うのです。

最近、何でもセリフで説明して、やたらカット割が細かい映画(とくに日本映画)が多く、それも監督だけでなく、いろいろな人の意見が入って無難な映画づくりに終始している作品が多いので、観客もそんなのに慣れている感はあります。

もちろん、いつも言っていることですが、そういう「映画」の中にも、面白いものもいいものもありますが、正直、ダメダメなものも多くある、と思います。

で、この映画ですが、はっきり言って、この映画は宮崎監督のプライベートフィルムです。

ものづくりに没頭している人の、純粋さを描いた映画であり、その純粋さを表現するための飛行機であり、恋愛であるので、主人公の姿は、正に宮崎監督そのものだと思います。そのの分、映画自体もこだわりの固まりで、くどいぐらい出てくる飛行シーンをはじめ、絵のクオリティは物凄く、これまでのジプリ作品の中でも最高と言っていいでしょう。

冒頭の飛行シーンと、地震のシーンだけでも観る価値はあります。これは、劇場のスクリーンと音響で是非、あじわってほしいものです。

戦争メカ好きなのに戦争反対者、という宮崎監督そのものの姿、苦悩がこの映画にはちりばめられています。肝心なところが「夢」で語られているのも、アニメづくりに夢をかけてきた宮崎監督の想いが現われているようです。

時代の流れに様々なことは感じていても、その想いを、ものづくりと1人の人を愛することに費やしていく・・・そこに説明がないので、これはその「間」を感じていくしかありません。ただし、その「間」が面白いかどうか、感動できるかどうか、そこは人によって分かれるでしょう。僕は正直、好きです。


そもそも、宮崎駿監督は、「もののけ姫」の成功をもって、物語を映画で「語る」ことを辞めたように思います。もともと、ストーリーテリングには天才的な監督さんなので、最近の映画に対して批判的な声があるのも正直、分かります。「未来少年コナン」や「ルパン三世 カリオストロの城」のストーリーテリングは、正直物凄いものがありますから。

これは、晩年の黒澤監督にも言えます。黒澤監督も、製作環境は正直、大変でしたが、晩年は感性のみで作っていたように思います。いつまでも黒澤監督に「七人の侍」と同じような作品を、というのはファンのわがままのような気がしますが、それも正直な気持ちなのかもしれません。

黒澤監督とは少し違うと思いますが、宮崎監督が「物語」を語らなくなったのは、物語を描かず、自分の感性をそのまま表現しても、興行的な失敗になることはまずあり得ない状況になったこと、が大きいと思います。

宮崎監督は、物語を語らなくても自分の好きな世界を豊富な製作費を使って自由に表現できる、数少ない映像作家のひとりだと思いますが、そういう意味でも今回は文字通り「最後」の長編でもあり、そういう意味で、これまで以上に自らの気持ちを思い切り作品づくりにぶつけたのかもしれません。

そういう意味では、無心で純粋にものづくりに没頭する主人公は、宮崎監督の分身でなければなりませんから、当然、声優は「演じる」プロの俳優さんや声優さんではダメな訳で、庵野監督ということになるのでしょう。これはいろいろな意見があると思いますが、僕はよかったと思います。

観終わったあとの何とも言えない余韻とともに、点数は80点です。
3

舟を編む  新作レビュー

良作。

「川の底からこんにちは」の石井裕也監督。

ユーモアとドラマのバランスがいい監督さん。29歳というから驚く。

人情話だけど、丁寧に演出している。コミュニケーションが下手な辞書編集者と、料理人を目指して修行中のヒロイン。

2人を結びつけるのは、2人が得意とする「言葉」と「料理」。それぞれが得意なもの、好きなものを通して、お互いの足りない部分を補っていく様と、足りない「言葉」を埋めていく辞書の編集作業が重なっていく妙味。

さらに印象的なのは、映画が進み、2人に溝が生まれたときもまた、冷えていく雑煮という「料理」を効果的に使っている点。

さらにさらに、「言葉」によって2人が再生していく様がいい。

ちょっと残念なのは、アクションがある、ないということではなく、人物描写が大人しすぎて、辞書の中の小さな言葉の文字のように縮んでしまった感を受けたことだろうか。

松田龍平さんが素晴らしい。85点。

5

ムーンライズ・キングダム  新作レビュー

個性的で作家性は際立つけれど、娯楽作として成立しているから素晴らしい。

エドワード・ノートンと、ブルース・ウィルスなど、ハリウッドの豪華スターたちが、楽しそうに演じている。恐らく、こういう作家性の強い、個性豊かな役が演じられる映画に彼らは出たいのだろうなあ。

日常からエスケイプしていく少年少女の話だけど、かなり独特な寓話的でユーモラスな映像センスとテンポの中にも、独特の世界観を持つ少年と、複雑な家庭で苦しむ少女の心の内側や痛みがきちんと感じる。

こんな映画を見せられると、「映画の持つ可能性」はまだまだあるんだなあ、と素直に思う。

あと、舞台がボーイスカウトで、スカウトというある意味特殊性のある世界がこの映画にいい味を出しているポイントのひとつだろう。90点。

1

渾身  新作レビュー

島根にこだわり、地域発ながら大手配給で次々と作品を発表している、我々地方在住映画発信考え中年男にとっては、お手本のような存在の錦織良成監督作。

実際の出来事をモチーフに、島根を舞台に抒情性を醸し出す、という意味では錦織監督の代表作「白い船」と通じる。あの映画は、個人的に大好き。子役だった濱田岳さんすげえ、とあのとき思ったけど、そのあと、本当にいい味の俳優さんに成長された。

島根県の離島で神事として行われているお相撲を題材に、島で生きていく家族の喪失と再生を描いた映画。

男の妻が亡くなって、その妻の親友だったヒロインと結婚して、前妻が残した娘がいて、その男が島をあげて行われる神事の相撲の選手に選ばれて…と文字にするとなんじゃそりゃ、という感じの物語になんだけれど、錦織監督、島の美しい実景を効果的に使いながら、時系列を崩すという映画ならではの手法、そして何よりヒロイン役の伊藤歩さんの素晴らしい演技によって、ヒロインが感じる罪悪感や苦しみから希望を見出す様を丁寧に紡ぎだしている。

同じ監督さんの「RAILWAYS」では、49歳の仕事男が電車の運転手になることを決意する心変わりする様が僕は今一つ理解できなかったのだけれど、今回は大納得。

そうした人間ドラマが、最後の相撲シーンに流れ込む様は、スポーツ映画の王道であり、この手の映画に重要な要素のカタルシスもきちんと感じられる。80点。

この映画のキャンペーンでは、MOVIX周南で、「シネキング」初の公開収録を敢行し、錦織監督のインタビューをお客様の前で実施しました。錦織監督、とってもいい方でした。
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96時間/リベンジ  新作レビュー

ハリウッド映画のようなフランス映画だけど、無駄なところは一切省いて、90分そこそこの時間でツボをしっかり押さえてグイグイ引っ張る。

最近、2時間超えの映画が多い中、1時間半という、娯楽映画本来の定番時間を守るあたりがニクイ。

ストーリー展開に無駄な情緒性を挟まないところに、ハリウッドじゃないなあ、という感じ。

60歳のリーアム・ニーソンの魅力だけで引っ張っている感もあり。

元CIAの凄腕工作員だが、今は引退して年頃の娘を溺愛している、ちょっと迷惑なニーソンパパ(語呂がムーミンパパみたいだ)が、前作で娘を誘拐してパパにやっつけられたテロリストグループのメンバーのパパが、今度はニーソンパパ本人と元奥さんを誘拐しちゃう。

残されたど素人の娘をパパが遠隔操作しながら危機をどう乗り切るか、という展開になるここからがなかなかのアイデアで、かなり強引だし、相手もそこそこ強くそこそこ弱いけど、楽しめる。

舞台のイスタカブールは「007/スカイフォール」と一緒じゃん、と思うし、同じようなシーンもあり。60点。
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アルゴ  新作レビュー

この映画、公開間もない昨年の秋、東京に出張したときに丸の内ピカデリーで観ました。

どうしても観たくて、わざわざ時間を調べて、仕事の合間に時間を作った観に行きました。

その後、アカデミー賞の作品賞を受賞して話題になって、拡大公開もされましたが、何と言っても、我らがテアトル徳山の通常営業最後の作品でもあり、昨年12月28日、最後の営業日の最終回で2度目を鑑賞。

僕にとって、苦楽を共にしてきたテアトル徳山の通常営業(あくまで通常営業の休館であり、決して閉館ではありません!自主上映会は今も盛んに行われています!)のラスト作品なので、個人的にも思い出深い作品となりました。

で、あれですねえ。東京ではデジタル上映で、テアトル徳山ではフィルム上映でしたが、質感の違いに少し驚きました。

デジタルを否定はしないし、時代の情勢で仕方ないけど、フィルムはフィルムの良さがある、と改めて思いました。とくに中東の猥雑さや映画で描かれた事件の混沌さは、フィルムだからこそ、の迫力があったような気がします。同じ作品なんだけれど、違う味わいを感じました。

まあこれは、のちのちブルーレイ買って家で観た時もまた「違うなあ」と感じましたが。このときも、やはり「映画」は「映画館」、と改めて思いました。

さて、ベン・アフレックです。

「パール・ハーバー」や「アルマゲドン」の時の、頭の悪そうなアンちゃん、という印象はもはや遠い過去ですな。もともと、「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」で、マット・デイモンとあの優れた脚本を練って創り上げた才覚の持ち主。最近は監督として、才気あふれる活躍ぶりを見せています。

この映画、時代の空気感をリアルに見せる、という、この手の映画で最も大切だけど実は最も難しいことを見事にやってのけていることが凄い、と思います。

この時代のイランの街並み、雰囲気、そして、取り残された大使館員を救うためでっち上げたハリウッドのニセ映画「アルゴ」の雰囲気。全て、そこにただならないリアルな香りが漂うからこそ、奇抜な脱出劇に緊迫感が生まれます。

70年代から80年代初めにかけて、ハリウッドでは「スター・ウォーズ」の影響で様々なSF映画が企画され、作られました。映画内に登場する「アルゴ」の設定や物語、作中にも登場するイメージボードなどは、本当にそのころのハリウッド製B級SF映画の「いかにも」の匂いが漂っていて、当時、その手の映画に狂っていた僕としては、懐かしくも嬉しくなったのでした。

で、ベン・アフレック監督の巧みさは、脱出をめぐるサスペンスフルな演出にありますね。前半、きっかけになる事件をじっくり見せ、CIAの内部と現地の緊迫していく情勢を上手く交互させて見せながら、クライマックスは短いカットの積み重ねで、脱出が成功するかどうかを、チョーハラハラドギドキさせながら盛り上げていきます!

サイコーだぜ、ベイビーっベン・アフレック、いつの間にか立派になられて…て感じです。

「実はこうでした」という、歴史的裏話的な面白さはもちろんありますが、何よりサスペンスとしてよくできている、この一点につきる、と思います。

点数は90点。
3

最強のふたり  新作レビュー

「最強のふたり」を観たのは、昨年、配給のGAGAさんの計らいによる業務試写でした。

そのとき、GAGAの方から伺ったこと。

評判になりながらも、日本での配給先が決まらなかったのが、「この映画を日本で公開したい」という、ある若い女性社員の熱意で実現した、ということでした。

いい映画であっても、劇場公開されない、なんてことは悲しいけれどある。ルワンダの内戦を描いた傑作「ホテル・ルワンダ」なんて、配給先がなかなか決まらず、日本公開を求める署名運動が起きたものなあ。

さて、その女性社員がどうしても公開したかった、という理由が奮っています。それは「この映画を観ると、元気になるから」。

なるほど、確かに、元気になる映画です。

福祉や障がいをテーマにしながら、重い訳でもなく、感動を押しつけるようなあざとさもない。どちらかと言うと、コメディの分野になるかもしれない。だけど、フランス映画らしい品もあります。

お金欲しさに、下半身不随になった大富豪の白人の介護者に応募して、なぜか採用された黒人の若者の物語。周囲の人が大富豪に対して“気遣い”や“遠慮”をするのに対して、彼は正直にまっすぐに、向かっていきます。

下半身に感覚があるかどうか、熱湯をかけるシーンなんてもあってドキリとするけれど、障がいがあるとかないとは関係なく、常に本音で接し、貧富はあっても対等な人間同士であろうとする彼に、大富豪も次第に心を開いていくのです。

この2人のやりとりが軽妙で最高なのだけれど、富は得ても人の心を得ることに不器用な大富豪に、彼が恋のアドバイスをしていく辺りから、この2人は本当の「最強のふたり」になっていったような気がしました。

この映画のポイントは、フランスで実際にあるという、黒人社会の底辺さにあるのだと思います。格差や意識の壁が、歴然とそこにあって、その壁をこの「ふたり」が乗り越えるからこその痛快さであり、そこをサラリと、だけどきちんと描いているからこそ、「元気になれる」のだと思います。

大富豪は身体のハンデを抱えているけれど、実は介護する主人公も、様々な「ハンデ」を抱えて生きています。でも、実は人は、誰しもなにがしかの「ハンデ」を抱えて生きているもの。そんな「ハンデ」を抱えている人同士だからこそ、お互いの足りない部分を補助しあい、超えることができる。

結局、人は人にしか傷つかかないけれど、人にしか癒されないことを、この映画は教えてくれます。

ハリウッドでリメイクされるという噂もありますが、今のハリウッドではこの「味」は到底出せないと思うので、リメイク作は凡庸になるんじゃないの、と思ってます。

点数は90点!
2

だいじょうぶ3組  新作レビュー

障がいを持った青年が先生として赴任してくることで、子どもたちがどう変化していくかを、丁寧に描いています。

障がいも個性であり、障がいを持つ人に対して配慮は必要ですが、それ以上に腫れ物に触られるように扱われたり、ある種特別視されると、かえって当事者は辛かったりします。

子どもたちと赤尾先生が出会うシーン。子どもたちが手足のない赤尾先生に純粋に興味を持ち、眼を丸くするところは、ある意味リアル。給食のシーンで、手を使わずに食べる先生のモノマネをする児童も出てきますが、これも悪意と言うよりは、純粋な興味からの描写でしょう。

「ヴァイブレータ」「軽蔑」など、性と生を追及してきた秀作が多い廣木隆一監督は、「余命1カ月の花嫁」でもそうでしたが、単なる感動映画に仕立てていません。

赤尾先生と子どもたちが出会うシーンの本番の撮影まで、監督は演じる乙武さんと子役たちを一切会わせず、打ち合わせもさせなかったと言います。

だからこそのリアルさで、そこから子どもたちが抱える問題を描きながら、“障がい”ということは何なのか、身体なのか、心なのか。廣木監督は、1人の身体機能に障がいを抱える青年を軸として、そこから生じていく人の心と心の繋がりをじっくりと描いていきます。

僕は発達障がいの当事者であり、小学校時代はひどい「いじめ」にも遭いましたが、この映画でひとつの答えを見つけていく子どもたちがまぶしかったし、僕もこの「5年3組」にいられたら、もっと違った小学校生活を送ることができただろうなあ、と思いました。

…ということで、本日深夜の「シネキング」では、この映画の原作者・出演者である乙武洋匡さんに僕がインタビューしています。乙武さんとは一昨年、下松市で開かれた乙武さんのシンポジウム&講演会で僕が司会をさせて頂いて以来の再会でした。

映画の採点は70点です。番組、是非、ご覧ください!

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レ・ミゼラブル  新作レビュー

昨年観た映画のレビューもままならず…毎年恒例の総括もしていませんが…とりあえず、今年見た新作のレビューから始めます。

フェイスブックを始めてから、余計にブログの更新が滞りがちになりました。

しかし、佐々部清監督も御自身のブログで御指摘されていらっしゃいましたが、FBでは慌ただしく、じっくり自分の意見も述べられず…ネットによる「発信」という意味では、やっぱりブログの方が「映画」のように、じっくり、しっかり意見が発信できるなあ、と今更ながらに気づかされました。

それで、改めてこのブログに真摯に取り組み、個人ブログなので自由に、誰におもねるでもなく、これからはおべんちゃらや気を使うことも一切やめて、ただひたすらに「映画」への本音レビューをこのブログに書こうと新年に決意しました。デザインを変えたのも、そのためです。

今年は「映画」と向き合うことを、より自分の生活や暮らし、そして生きる「糧」にしていこうとも思っているので、このブログで映画レビューを書いていくことが、その修業の場とも思っています。

なのに、日々の仕事やなんやかんやに追われて、相変わらずの更新できずですが、ぼつぼつと頑張っていきますので、何卒今年もよろしくお願い致します。

さて、それで今年最初に鑑賞した映画は「レ・ミゼラブル」です。

ユゴーの原作「ああ無情」の映画化と言うより、超有名な同名ミュージカルの映画化です。

多くのミュージカルの映画化名作(「サウンド・オブ・ミュージック」や「ウェスト・サイド物語」など)と同様に、この映画も実景やセットと言った「映画」ならではのリアリティな味付けをすることで、舞台では決して感じられない感動を創ることに成功しています。

冒頭、過酷な囚人たちの労働の場を俯瞰から追うシーンは見事の一言。

ここで一気に物語の世界に入ることができます。19世紀のパリの街や登場人物たちの衣装なども素晴らしく、演じながら同時録音したという歌は名曲揃いで、切なくも力強いメロデイーが心を打ちます。

…なのに、冒頭のシーンに鳥肌が立ったものの、そこから僕の心はなぜかワクワクしません。どうしてでしょう?それは、登場人物たちが歌い出すと、アップショットのワンカットが中心になっている演出に理由がある、と思いました。

もちろん、これはトム・フーパー監督が意図した演出です。

「レ・ミゼラブル」は、原作の舞台も踊りのない、ミュージカルと言うよりオペラに近い世界ですから、これを「映画」として見せる場合、舞台では決して観ることができない役者の顔のアップ、ほとばしる感情の表現をアップショットで見せる演出をした訳です。

迫力ある役者たちの熱演を感じることはできますが、その間、周りのセットや実景の素晴らしさはそふっ飛んでしまい、下手をすれば映画を貫く「時」が止まってしまうので、役者の「力量」によって、シーンの良さに多少のばらつきが出てしまったように思います。

とくに、アン・ハサウェイの独唱「夢やぶれて」は熱演で感動的でしたが、どうしても彼女の可憐さが目立ってしまい、貧乏で過酷な環境においやられた娼婦に見えない…もう少し違う演出で見せればもっともっと感動的なのに。

舞台で鍛えたヒュー・ジャックマンの表現力と歌の上手さは定評があるところですが、僕は音程が少々外れていても、良心の呵責を見事に歌い上げたラッセル・クロウが印象に残りました。

近年、「消されたヘッドライン」などで「お前、手え抜いてるだろう!」と思っていただけに、クロウおじさん、久々に頑張っています。

「ウェストサイド物語」で、ニューヨークのダウンタウンのリアルな下町を舞台に、若者たちが歌い踊る姿は常識的には「あり得ない」けれども、「映画」ならではの実景があるからこそ、歌や踊りもまた「映える」訳で、これこそ映画のマジックな訳です。

この映画では、映画なのにある意味、意図的に映画のマジックをあえて消して表現しているところがあって、そこもまた、好きな方にとっては魅力なのでしょうが、僕は後半に至るまでヤキモキした感じが残ったのも事実です。しかし、それをあまり得る、素晴らしい音楽の魅力がありましたから、監督はそこに賭けたと言うか、頼ったのでしょう。

後半は感動的で、ラストの俯瞰でパリの街がロングショットとなるシーンでは、それまで湧かなかった感情が一気にあふれ、今年、映画で初泣きした一本にはなりました。

…ということで、点数は70点ということにしておきましょう。ちなみにトム・フーパー監督の前作「英国王のスピーチ」は85点です。

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