続き
「うわっ早いっ、美味しそう、いただきます涼子さん。
あっ、ご馳走になります、冬美さん。」
亜美子が興奮して言いながら割り箸を割った。
「私こそ、亜美子さんには感謝の気持ちで一杯です。
涼子さん、ほんとに早い、美味しそう、いただきます。」
冬美もそう言うと、コショーを先にどうぞと言うように亜美子の前にそっと置いた。
「あっ、コショーを振るのも忘れて食べはじめちゃった。すごく美味しいわ。毎日食べにこようかしら?」
亜美子は感激していた。
「私も今まで知らなくて損をしていた気持ちです。ほんとに美味しいです。」
冬美も幸せそうな顔をして食べながら言った。
「で?今日はどうだったの?」
涼子は二人の向かいに座って微笑みかけながら聞いた。
「負けたんだけど、なんか勝ったように気分がいいの。何でかしら?」
冬美は相変わらず幸せそうに笑みを浮かべて言った。
亜美子は麺も具も大方食べてしまうと、
「そういうものなのよね。
不思議なんだけど、最初調子が良くて勝ってると、あとで吸われて負けたときは、負けが千円でもすごく悔しいものだけど、
最初にすごく負けちゃうと、あとで取り返したのが嬉しくて、トータルで二万円位負けてても、勝ったように嬉しい。
今日の冬美さんは追い込み届かず、三万七千円のマイナスでした。」
と言った。
涼子は少し心配顔で、
「それくらいで済んでるうちにもうやめてね。なんだか気が気じゃないわ。
同じパチンコでも、亜美子さんを見ているのとは大違いだわ。」
と言った。
「うん、そうよね、私は慣れっこだから自分でも自分のこと安心だけど、大人になって初めて喜びを知った人は、危なっかしくて見ていられない。心配しちゃうわ。
お金持ちの道楽ならいいけど、大金持ちはわりにパチンコはしないのよね。
パチンコって、ギャンブルの中ではギャンブル性が大きそうで実は以外に小さいの。
パチンコ屋さんの開店時間内にしか出来ないわけだし、いくら上手い人でも、初心者でも、玉の減り方は同じでしょう?
大金持ちが百万円使いたくても絶対に無理。
よほど運勢の悪い日を選んで、朝から行って、一日中頑張っても二十万円使うのは至難の技。
一度でも当りをひいたらその夢は破れるわ。
その点、株や競馬は、一回で百万円でも一千万円でも使える。
ただ株も競馬も最初に金額を決められるところが安心よね。
競馬は、お金持ちは万単位で買えばいいし、貧乏なら百円買っても楽しめるでしょう?
だけど、パチンコは、良くも悪くも金持ちと貧乏人の差別がないのよね。」
亜美子の話に、冬美はもちろんのこと、涼子も引き込まれ、真剣に聞いて、頷いたり、笑ったりしていた。
「あの、もっと聞かせてください。ギャンブルの話。
じゃないと、私、このままでは楽しくてやめられない気分なんです。」
「あらら大変、もっと恐さを教えてやって、亜美子さん。」
冬美の言葉に少し恐れをなした涼子も、亜美子にもっと話すように頼んだ。
「うん、そうね、まず、ギャンブルが怖いのは、金銭感覚が狂うってこと。
っていうか、パチンコ店ではお金の感覚は無くなるでしょう?
一万円札が、ただの紙ではないけど、遊具券って感じになるよね。
スーパーの広告の品が百円安いから買いに行く、なんていう主婦感覚からは遠くかけ離れた世界でしょう?
それでも面白いのが、パチンコをする人でもスーパーにチラシの品を買いに行くんだよね。あれって面白いよね。
そうそう、いつかパチンコ店の食堂のカウンターで激辛カレーを食べてたら、
『お姉さん、それ、辛くないですか?私もメニュー見て気になってるんだけど、躊躇って、まだ食べたこと無いのよ。』
って知らないおばさんに話しかけられたのね。
『辛いです、舌が焼けそうです。』
って答えたら、そのおばさんは笑って、普通のカレーを注文したんだけど、
『あなた、時々見るね、どれくらいパチンコにお金使ってるの?』
って聞くのよ、私、仕事で、とか言いたくないから、
『あっ、お小遣いの範囲で、月に六万位です。
下手をしたら一日で無くなることもあります。』
って答えたのね。
そしたら、
『私はね、この為にパートで働いてるの。
可笑しいでしょう?知り合いはね、何にもならないじゃない?って言うけど、あなたならわかってくれるでしょう?
確変をひいたときの感動、続いたときの天にも昇る喜び。
ヨン様に、「やっと会えたね、」何て言われたら、パートの仕事の疲れも何もかもぶっ飛ぶもの。
最初は一万円だけしようって店に入るのよ。
だけど、やめたら出そうな気がして、もうくるんじゃないか、もう来そうだ、ってどんどんつぎ込んでしまうのよね。
つぎ込み過ぎると、今後は益々その台がもったいなくてやめられなくなって、
今ほら、デビットって言うの?銀行のキャッシュカードでパッキンカードが買えちゃうじゃない?
頭の良い人いるよね。便利な物を作るもんだわ。
おそるおそる使ってみたら、ほんとにパッキンカードが出てきて、あの時はお陰様で五万つぎ込んだけど、六万円取り返したもの。
カードを買いに行って帰ってきて、座って打ち出したときは悲劇のヒロインっていうか、かわいそうなババァだったけど、連荘し始めて、ドル箱を積み上げたら、一気にシマのヒーローよね。
嬉しくて、帰る時、あの機械に投げキッスして帰ったわ。
やっと確変ひいた時は、まわりの台に座って打ってた人も『良かったね』って言うように優しい視線を送ってくれてね。
私も微笑を返すんだけど、確変が続くと、みんなの視線が『もういいって』って言うように冷たくなっていくの。
私ももう微笑み返し出来ないからじっとパチンコ台を見て、『続けよ、どこまでも』って闘志満々よ。』
って、もう私、爆笑しちゃって、カレーは辛いし、おばさんの話は涙が出るほど可笑しいし、水ばかり飲みまくりだったわ。
食堂で蕎麦とか食べてた他のおじさんたちもみんな笑ってたわ。
最後にそのおばさん、
『お互いパートや小遣いの範囲で頑張ろうね。無くなったらまた来月お金が入った時の楽しみにしてさ。』
って、自分に言い聞かすように言って出ていったのが印象的だったわ。
あっ、結局喋りながら食べたおばさんの方が早く食べ終わって、私、激辛だったから、取り残されちゃったの。」
冬美も涼子も、亜美子の話が面白くて、笑いが止まらなかった。
「ところで亜美子さんはパチプロなんですか?カッコイイですよね。」
冬美が真面目な顔で言うので、亜美子は笑ってしまった。
「えっ?言ってなかったっけ?私フリーライターね、何でも書くんだよ。
最近パチンコの話が評判良くて、だから詳しくなきゃいけないでしょう?取材だよ。
仕事なのにギャンブルにはまっちゃいられないでしょう?だから割に冷静なんだけど、
美味しいネタを入手するには、ある程度はハマってみなきゃ、人気の機種は打ってみなきゃね。
でも、損をするのも嫌だから、データを良く見て、いつもトータルでトントンってくらいかな?
見てるのとやるのとでは全然感じ方が違うから、なんでも体験って大事よね。
カッコイイなんてとんでもないわ。
でもまっ気持ちはわかるわ。私、やり始めの頃、平然とやってるおじさんたちがみんなカッコよく見えたもの。
でも、残念ながら今のパチンコは、運のみ、下手も上手も関係ないわ。
ある程度の予測はできるけど、あくまで予測にすぎない。
予測を裏切るのがパチンコ台の気まぐれさというか、だからこそ面白いところよ。
さて、これから原稿書いて送らなきゃ、
じゃ、私、これで、ラーメンご馳走様、ほんとに美味しかったわ。」
亜美子はそう言って笑顔で立ち上がった。
冬美も
「亜美子さん、お忙しいのにありがとうございました。」
と言って立ち上がり頭を下げた。
亜美子が店を出ていくと、
「亜美子さん、お忙しいのに悪かったわ。」
冬美が小さな声で独り言のように言った。
「そんなことないよ、昨日も今日も、どうせ取材をしなきゃいけなかったんだし、
冬美さんのビギナーズラックのお陰で、普通じゃありえないほどいろんな展開が見られたって喜んでたし、
今回の台は、今までパチンコをしたことのない女性達を取り込めるか、ってことでも注目されていたらしいから、
いい取材対象にはなったと思うわ。
まぁ、観察するだけで良かったのに、面倒見る羽目になったのは予定外だったと思うけど、
パチンコをやった事のない人さえもこんなに興味を持った台だった、ってことで、取材協力出来たんじゃない?ってことにしちゃいましょう。」
涼子は笑って言った。
「涼子さん、ありがとう、そう言ってもらえると少しだけ気が楽になります。」
そういって冬美は支払いを済ませると、
「じゃ、遅くまでありがとうございました。
ラーメンほんとに美味しかったです。
亜美子さんにくれぐれもよろしくお礼を言っておいて下さいね。」
と言って店を出た。
続く。。。
パチンコの虜になった冬実の運命は???