久しぶりに時間ができたので記事をアップする。
以前、「自転車」を表す俗語「チャリンコ」の語源は済州方言なのか、という質問をいただいた。長い間お答えできず、質問された方に申し訳ないことをしてしまった。それへの回答ではないが、参考になるお話しをしたい。すなわち、「自転車を朝鮮語では何というのか」である。
朝鮮語では「自転車」は「자전거(チャジョンゴ)」と教わる。「自転車」という漢字の朝鮮語読みである。「車」という漢字は「차」と「거」の2つの音がある。これについては河野六郎・西田龍雄の対談集『文字贔屓(もじびいき)』(大修館書店)のなかに河野六郎による説明があるので参照されたい。「자전거(チャジョンゴ)」が現在では圧倒的多数派である。
ということは、きわめて一部ながら別の呼び方がある、ということである。それが「자전차(チャジョンチャ)」である。これまた「自転車」という漢字の朝鮮語読みである。実は20世紀の前半には普通に使われていた言葉である。在日朝鮮人、ことに1940年代までに生まれた人ならば、いまでもこの言葉を使っていたり、あるいは覚えている人がいる。
朝鮮語の「自転車」という単語にはもう一つの呼び名がある。それが「ㅈ・롱게(チャロンゲ)」である。「・」は「オ」の口の形で「ア」を発音する音で、「オ」にも聞こえる「ア」の音である。そしてこれは済州方言である。
「ㅈ・(チャ)」は「自」という漢字の済州方言での発音。「게(ケ)」は「車」という漢字の音「거(コ)」が前母音化(ウムラウト)したものと思われる。問題は「롱(ロン)」である。「転 전(チョン)」が変化するには音的に距離がありすぎる。
そこで私は次のような仮説を立ててみた。
@漢字「輪 륜(リュン)」を使った「自輪車 ㅈ・륜거(チャリュンゴ)」という呼び方が済州島あるいは在日済州島出身者にかつてあった
Aまず「륜」の「ㄴ」が「거」の影響で同化し「륭」に変化して「ㅈ・륭거」に
B人々が使っているうちに「自輪車」という漢字であるとの意識が希薄になった
C結果「륭」の半母音「y」の影響で「거」がウムラウトして「게」に変化し「ㅈ・륭게」に Dさらに口語化が進んで「륭」が単母音化して「룽」に変化して「ㅈ・룽게」に
E陽母音「・」の後の陰母音「ㅜ」が対応する陽母音「ㅗ」に変化して「ㅈ・롱게」になった
上記はあくまで私の推測にすぎないので、そのようにご理解願いたい。
さて、「チャリンコ」との関連性についてお話ししよう。
私は朝鮮語済州方言の「ㅈ・롱게(チャロンゲ)」が日本語の俗語「チャリンコ」の語源である可能性は十分にあると思っている。「チャリンコ」という俗語がおそらくは大阪の下町で使われ始めたからである。大阪の下町である生野区、東成区、西成区などには1920年代から朝鮮人、ことに済州島出身者が多く暮らしてきた。そこは町工場の立ち並ぶ工業地帯であり、かつ工場労働者とその家族たちの暮す住宅密集地である。自動車が手に入らなかった1950〜60年代まで町工場製の工業製品は自転車の荷台に積んで運んでいた。そのような背景のもと済州方言「チャロンゲ」が日本語らしい響き(音形)の「チャリンコ」に変化して使われ始めた、という説明は可能である。これまた私の推測にすぎないのであしからず。
かなり長くなってしまったので、今日はこれぐらいに。
近いうちに済州方言ミニ講座もアップするつもりである。

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