「隠岐の離島」という文字に何となく引かれて、ダウンロードしてみた。
柴田久美子著「『ありがとう』は、祈りの言葉 隠岐の離島に生きる高齢者達」
このタイトルから推理小説ではないことは了解済みで読み始めた。すぐ飽きるかも知れないが短いからと読み始めたのだが、何と止められなくなってしまった。ジャンルの違う本をいったい何年ぶりに読んだだろうか?
柴田久美子さんと言えば、「知る人ぞ知る」大変有名な人らしいのだが、恥ずかしながら私はまったく知らなかった。
老人介護に入る前は、日本マクドナルドに入社。その後独立してレストランを経営。
この仕事に就くには、それなりの理由もあったようだが・・・。
介護福祉に目覚め、自然死と向き合いながら知夫里島(ちぶりじま)という島前の小さな島にボランティア数人と、NPO法人看取りの家「なごみの里」を開設して4年刊様々な死と向き合いながら生きる姿が書かれていた。
親戚も知人もいないあの小さな島に「どうして?」という疑問が読み進む理由だった。
福岡県の特別養護老人ホームで働いていた著者は、「生きる」のではなく「生かされる」医療に疑問を抱き苦しんでいたらしい。ハローワークで眼にした「高齢者の在宅率70数パーセント」というデータに引かれて足を踏み入れたのが動機だった。
大自然の中で高齢者達が、笑顔で暮らす姿に深い感銘を受けたという。とはいえ、島での仕事はそう簡単には受け入れられなかった。「NPO法人」などといった聞きなれない言葉に、何かの宗教団体と勘違いされてガードが固かった苦労話は、さもありなんだった。
そして、そんな人々もやがて心を開き頼りにされていく・様には、自然に涙がこぼれた。
いつしか我が母を重ねて、どんな死を迎えさせてやれるだろうかと・・・。
全盲の私にできることは、限られているではないか。柴田さんは、「手を握り、思い出を語り・感謝を口にするだけで・・・」と書いている。が、実際には・それだけではやって行けない。食事の解除、排泄の解除・等々。視力を必要とすることがほとんどではないか。私に文才でもあれば、母の自叙伝でも出版したならベストセラーになるのではと思うほど、苦労してきた人だ。せめて死を迎えたその時、柴田さんのような看取り方ができたらと、涙があふれて仕方なかった。
もう一つ驚いたのが、そのボランティアの中に、全盲の男性がいたことだった。
あれは、ちょうど彼が島にやってきた頃だっただろうか?ライブラリーから「彼の相談に乗ってあげてもらえないだろうか」という電話があって、手紙を書いたり・電話で話したりしたことがあった。そしてこの夏、青森でも彼の話が出たばかりだった。もちろん偽名ではあったけれど、彼に違いない。世の中、以外に狭いものだと感じた。が、この本がいっそう身近に思えるのだから不思議なものだ。
朝一番に「柴田久美子さんって知ってる?」と夫に聞くと、「うん。テレビにも出とったし、あちこちで講演もしとるで。」ガーン! 友人にも同じことを尋ねると、「うん。テレビや新聞に出とったし、本も書いとるよ・・・」絶句するしかなかった。「あんたもサスペンスばっかり見ずに、教育テレビでもみなさいよ!」一括されて、返す言葉もない私だった。

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