奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2018/3/14

29−4欽明天皇皇孫吉備姫王  天皇陵巡り
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 前回の大伴皇女の項で、第29代欽明天皇と堅塩媛との間の子供、兄弟姉妹13人を列挙しましたが、その内の一人に桜井皇子(サクライノミコ)の名前がありましたね。
この六男桜井皇子が誰かと結婚して産まれたのが、今回の吉備姫王(キビヒメノオウキミ)ですので、欽明天皇の孫娘になり、蘇我稲目からの蘇我の血が入っています。
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 この吉備姫王が第30代敏達天皇の皇子押坂彦人大兄皇子(オシサカノヒコヒトノオオエノミコ)の息子茅渟王(チヌノオオキミ)と結婚して、宝皇女(タカラノヒメミコ)(後の皇極・斉明天皇)を生み、宝皇女が第34代舒明天皇(ジョメイ)と結婚して第38代天智天皇を産んでますので、女系としてですが、かろうじて蘇我の血が今上天皇に繋がってることになります。
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 吉備姫王の墓は、明日香にある欽明天皇陵の檜隈坂上陵のすぐ横にある檜隈墓(ヒノクマノハカ)と言う小さな墓ですが、その制札には祖父の欽明天皇の皇孫とではなく、父親桜井皇子の異母兄である敏達天皇の孫の嫁として、敏達天皇皇孫茅渟王妃吉備姫王と書いてありました。
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 この墓、石の柵で囲まれた単なる林のような雰囲気で、あまり古墳とは思えませんし、たぶんここは宮内庁が治定しただけのなんでもない所のようです。
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 石の柵の間から覗くと、有名な猿石が見えました。
文久の修陵以前に描かれた文久帝陵図によると、この猿石は欽明天皇陵内に有って、修陵の後は陵域の外に出されたようで、これが後にこの近くの水田で見つかって、明治になってこの吉備姫王墓の中に置かれたようです。
 4体ある猿石の、左が僧、右の恵比寿さんのような像が男らしいです。
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 残り2体のうち、左が女ですがトカゲのようで女に見えません。
でもなんとなく乳房があるようにも見えます。
右は山王権現、なんか判らない姿ですが、明らかに立派な男の性器が見えました。

   返事
大雪男さん:「心旅」のリクエストは、
    奈留島の「ゴジラの出る風景」にしましたので、名所ではないかも。
花水木さん:ブログの文は5行までですかね。
    石丸謙二郎さんのブログなんか、文も長いですが面白いので読んでしまいます。
    参考にしてるのですが、なかなかうまくいきませんが、頑張ります。
タグ: 天皇陵

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