奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2020/2/26

4(3)連休  
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 世間は3連休でも、私は4連休だった先週、その真ん中に大学同窓会が入ったので、金曜日の蟹の旅も日帰りでした。
 土曜日は雨でしたが、久しぶりに少し競馬も勝ったので、夕方からは喜びながら大学同窓会に出席。
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 二次会は大石内蔵助も遊んだ祇園一力、雨が降ったせいもありますが、花見小路も最近は人が少ないです。
 
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 京都も観光客激減していて、通勤は楽になってますが、お茶屋さんも余裕があるのか、芸妓さんも舞妓さんも沢山で踊ってくれました。
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 同級生の一人が我が家に泊まってくれたり、二日酔いもあったりで、日曜日はその同級生を京都駅まで送った後は、自宅から歩いて5分の宝ヶ池球技場で、近畿高校ラグビー決勝の東海大仰星と京都成章をボーット観戦。
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 「W杯で好きになりました」と言うおじさんに道を訊かれたりしてるので、やっぱりラグビー観戦者は増えてるようですね。
この日は前日の準決勝とえらい違いの、冬のラグビー観戦とは思えない穏やかな日でしたし、入場料は無料ですし、まじかで観れて、高校生でも大迫力です。
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 連休最後の天皇誕生日は、滋賀の近江富士花緑公園(オウミフジカリョクコウエン)に梅林が有ると聞いて寄ってみました。
どうも梅林からは遠い駐車場に車を停めたのか、梅林は見つからず、いつも見てるのとは違う反対からの近江富士を眺められただけで、そこのカフェで昼を食べて帰っただけになりました。
新型コロナ騒ぎの中、不要不急の用で出かけてばかりですが、今のところ元気です。

     返事
花水木さん:上野動物園で押されながら観るパンダより、
    白浜アドベンチャーワールドでゆっくりたくさんのパンダを観る方が、
    楽しいですし、
    レッサーパンダを楽しく観るなら、
    福井県鯖江市の西山動物園が最高です。
     蟹味噌がめちゃめちゃ好きというわけではありませんが、
    蟹味噌は美味しいと思います!

2020/2/24

3回目の蟹と10匹以上のレッサーパンダ  
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 世間は3連休、私は4連休、新型コロナウイルスでマスク姿が多い都会は避けて、今シーズン3回目の越前海岸蟹旅行です。
 3回目の蟹は、越前海岸道の駅で食べました。
1回目に比べ、だんだん料金は安いのを食べることになりましたが、一応今回の蟹もタグ付きの越前蟹です。
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 家内は1日10食限定で、もう解禁が終わってるので冷凍と言われましたが、越前のセイコ蟹丼。
ばらしてあるので食べやすく、やっぱり味噌と子が美味しい。
早く食べ終わるので、私の蟹にも侵入してきましたが、それでも腹一杯。
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 いつものように朝早く家を出て、昼を食べて、ブラブラ帰るのですが、日本海もべた凪で、もう春に近いような穏やかな日でした。
 途中鯖江の街中に道の駅「西山公園」を見つけて寄りましたが、大きな公園に繋がってる道の駅で、ついでにもちろんその西山公園にも直結エレベーターであがりました。
例年なら雪が積もっていてもおかしくないので、公園の木々には雪つりが有りましたが、全く雪の無い雪つりされた木々を観るのもなかなか楽しいです。
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 この公園には小さいですが鯖江市西山動物園もあったので、時間は無限に有るので寄ってみました。
綺麗に整備されていますが、なんとシニアでなくても全員無料です!
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 全く知りませんでしたが、ここはレッサーパンダの繁殖・飼育で有名だそうです。
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 レッサーパンダがうじゃうじゃ10匹以上いました。
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 立ってくれるレッサーパンダで有名になった「風太くん」のことを思い出しましたが、ここのレッサーパンダもかるく立てます。
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 触れそうなぐらい近くにいますし、逃げ出せそうなぐらい柵は低いです。
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 福井県鯖江市(メガネの産地で有名)の西山動物園、全く知らずにたまたま寄りましたが、値打ちもんです。
無料だったので悪いと思い、すこしの募金と、道の駅でホワイトデーのお返しを買い、それに米や越前塗の匙も買い、羊羹ソフトクリームも食べて帰りました。

     返事
花水木さん:バレンタインデーも下火ですね。
    その中で少ないながらもまだ貰えてる人生に、
    感謝した方が良いですよね。

2020/2/22

バレンタインデー  
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 今年のバレンタインデーは金曜日、あまり働いてない日でもあったので、老人ホーム診療所の看護婦さん一同15人ほどの団体さんからの1個だけ。
私の40年ぐらいのバレンタイン人生もそろそろ終わりそう。
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 と思っていたら、施設の看護婦さんと義従兄妹から、遅ればせながらもう2個チョコレートが届きました。
なんとか面目は立ちましたし、昨日福井に行った時に、もうホワイトデー分は買いました。
お返しがめんどくさい、義理チョコ人生ももう良いですかね。

     返事
花水木さん:天皇陵巡りでも、せいぜい頭を軽く下げるだけ。
    神社でも熱心に祈るのは、
    家内安全と賭け事の勝利祈願ぐらい。
    それでもばちが当たった記憶はありません。
    だいたいが私は、霊感を全く感じない人間のようです。
大雪男さん:エーメさんは20歳近く年上ですが、
    誘われたら絶対ついて行くでしょうね。

2020/2/19

55番外天智天皇6世孫聖宝  天皇陵巡り番外
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 京都から奈良へ向かう街道の一部深草の辺りは、師団街道と呼ばれていますが、これは深草に第16師団の司令部が有った為で、今この跡地は聖母女学院になっています。
 この近くにも宮内庁治定のお墓があるというので、捜しました。
一度目は目の前を通過してるのに見落としまった、民家の狭い通路の向こう側に、それらしきものが見えるだけのお墓です。
他人の家に入るような感じで、少し心配しましたが、門の隙間を抜けて参拝しました。
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 奥まで入ると、小さな塚が有りました。
聖宝(ショウボウ)(832〜909)の墓です。
 天智天皇6(7)世孫と言うことなので、沓塚陵墓参考地(クツヅカリョウボサンコウチ)(伏見区深草)として宮内庁の管理になっていますので、55番ぐらいに入れ紹介します。
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 聖宝は香川県の塩飽諸島で生れ、空海の実弟真雅(シンガ)の弟子となりました。
やや権力にすり寄りがちな真雅とは、犬好き犬嫌いの違いもあってか、やや距離を置いた聖宝は、清廉潔白・豪胆な人柄だったようです。
真言宗の僧であり、醍醐寺の開祖とも言われてるので、塚の頂上の石碑に、その名理源大師○塚と書かれていました。
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 聖徳太子は「私は日本国に三度生まれ、その名には聖の字がある」と予言したそうで、これが聖徳太子・聖武天皇・聖宝の三人だそうです。
なんとも微妙な選び方ですね。
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 何故こんな遠い親戚のような人の墓が、宮内庁の管理になったのか、その理由は何なんでしょうかね。
陸軍の師団本部のうわさとして、この辺になんか天智天皇と繋がってる人の墓があるようだとの噂を聞いた師団長か誰かが「これはちゃんと綺麗にして宮内庁がしっかり管理せい」と言ったので、こうなったと私は思います。
まあ邪推でしょうが、管理してる割には分かり難い場所です。
でも中は予想より広く、綺麗でした。

     返事
花水木さん:「男と女」
    アヌーク・エーメさんは4度の結婚と離婚、
    ジャン=ルイさんは2度の結婚と離婚以外に、ブリジット・バルドーとの交際もあります。
    これぐらい馬力のある芸能人の方が楽しいですね。
大雪男さん:基本の骨組みも悪い上に、
    部品も壊れ始めていますので、
    色気ある男ではいたいのですが、
    単なる下品ないやらしいおじいちゃんになりそうです。
タグ: 師団街道

2020/2/16

男と女  趣味
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 1966年に作られたクロード・ルルーシュ監督の「男と女」、私が観たのは大学生だった20歳ぐらいです。
フランシス・レイの主題曲 ♪ダーダーダ ダバダバダダ ダバダバダ ダーダッバダ は、ずっと今も耳に残ってますし、五島でもどこでも海岸や砂浜を歩く時は、いつもこの曲を口ずさみます。
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 50年以上経ったその後の話「男と女 人生最良の日々」が撮られたので、観てきました。
同じアヌーク・エーメとジャン=ルイ・トラティニャンが主演で、監督と音楽もルルーシュとレイです。
しかも50年前に海岸を散歩する二人にまとわりついていた二人の娘と息子、この子達がそのまま60歳になった役を、その時の子役がそのまま演じてるという、なんか奇跡的な映画でした。
 トランティニャンは実際も89歳、90近くの認知症になりかけてるような役を、演技なんか本当なのか分からないぐらいで演じていました。
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 アヌーク・エーメも撮影時87歳と思うのですが、こちらは大写しでもまだまだけっこう綺麗でした。
 前作「男と女」を50年前に観ていた、私ぐらいの年齢の人でないと面白くない映画だとは思いますが、私はがっかりすることなく結構楽しめました。
  ダーダーダ ダバダバダ ダバダバダ ダーダッバダ

2020/2/14

55-2文徳天皇皇子惟高親王  天皇陵巡り
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 大原から途中を越えて滋賀に行く道、最近は休日になったら走ってるような気がしてます。
その大原へ行く手前に野村別れと言う、静原・鞍馬へ抜ける分かれ道が有りますが、そのまた少し手前の道端にこの道標が有ります。
この道標に従って、少し道を登って行きます。
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 この辺りは小野と言うらしいですが、10分ほど登って行くと、なんか少し神秘的な感じのするする場所に到着。
隣の小さな社は、やはり不幸だと思われていた親王の御霊を祀る小野御霊神社です。
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 惟高親王(コレタカシンノウ)(844〜897)は文徳天皇と紀名虎(キノナトラ)の娘静子(シズコ)との間に産まれた第1皇子でしたが、なにせ第4皇子が藤原良房の娘明子(アキラケイコ・メイシ)の産んだ惟仁親王(コレヒト)(後の第56代清和天皇)だったので、皇太子になったのは7歳の第1皇子惟高親王ではなく8ヶ月の惟仁親王の方でした。
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 父文徳も出来れば後継ぎにと推していた第1皇子でありながら後継ぎになれず、あまりでしゃばると良房に殺されるかもしれないという境遇で、惟高親王はここ大原小野以外にも色々な場所に隠棲したとありますが、在原業平とも親交があったようで、歌の世界にも逃げていたのかもしれません。
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 ここは宮内庁が治定した惟高親王墓ですが、滋賀県湖東の山の奥にある木地師の里近くには、惟高親王陵と言われてる墓があるそうです。
つい最近知ったので、近くまで行ってみましたが、山の中の道の駅のおばさんに尋ねたところ、「冬はいかない方が良い」と言われて断念しました。
この隠棲地で、巻物の形からロクロで木を削る方法を思いついた惟高親王を、木地師の祖とする伝承があるようです。

       返事
花水木さん:写真で一番若かった私も70才越え、
    父母は鬼籍に、叔母は元気ですが施設に入所です。
     これと同じような写真を私も子供たちと撮って、
    子供たちは孫と撮った同じような写真を送ってくれます。
    時代は巡り、今日は「男と女人生最良の日々」を観てきました。
     ダバダバダ ダーダーダ ダバダバダ〜

2020/2/11

55-1文徳天皇  天皇陵巡り
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 光仁・桓武・平城・嵯峨・淳和・仁明と続いた歴代天皇の治世時代、藤原氏はその政治の中枢にはずっといましたが、この歴代天皇の母は藤原氏の出ではないので、外戚にはなれていません。
 写真は御陵に通じる、私にとってはなんとなく懐かしい参道入り口です。
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 しかし827年に仁明天皇と藤原冬嗣の娘順子の間に第1皇子として道康親王(ミチヤスシンノウ)が産まれると、冬嗣はその時はもう死んでいましたが、順子の同母兄良房が、その後時の皇太子淳和天皇の皇子恒貞親王(ツネサダ)を廃して、16歳の道康親王を皇太子にたてました。
この陰謀が何度もこのブログで書いてる842年の承和の変です。
 参道は直角に曲がって拝所に続きます。
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 850年父親の仁明天皇がその母橘嘉智子が何度も悶絶するなか亡くなると、道康親王は26歳で即位し、第55代文徳天皇(モントク)(827〜858)(在位850〜858)と成りました。
 即位数日後には良房の娘明子(アキラケイコ)との間に、第4皇子惟仁親王(コレヒトシンノウ)(後の清和天皇)が産まれています。
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 文徳天皇には以前から紀名虎(キノナトラ)の娘静子(シズコ)との間に、第1皇子惟高親王(コレタカシンノウ)などをもうけており、惟高親王を皇太子にしたかったようですが、藤原良房に遠慮してか8ヵ月の惟仁親王を皇太子にしました。
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 最後は遠慮が確執に変わっていき、32歳で没した時は、突然の発病と死が少々異常だったこともあって、生きてる間に早く外祖父になりたかった藤原良房による暗殺説もあるようです。
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 文徳天皇は田村天皇とも呼ばれていて、田村陵(タムラノミササギ)(右京区太秦三尾町)が御陵に治定されていますが、写真の京都市内では最大級の前方後円墳で桂坂近くにある、昔から天皇陵と言われてた写真の天皇の杜古墳(テンノウノモリコフン)(西京区御陵塚ノ越町)が本当の文徳天皇陵だという説もあります。
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 実は私はこの治定されてるほうの田村陵から500mぐらいしか離れてない場所で産まれています。
この辺の人は皆「ぶんとくさん・ぶんとくさん」と呼んでいた御陵です。
 終戦後4年、1歳未満の私が父母と叔母そして姉と一緒に近くの田村陵へ行った時の写真です。
この写真の場所がどこか田村陵の中を捜して見ましたが、それらしい場所は見つかりませんでした。
 もうだいぶ天皇陵巡りをしましたが、私が最初に行った天皇陵はこの文徳天皇陵である田村陵と言うことになります。

      返事
花水木さん:1円切手でよいのに、
    無いので62円はがきに2円切手を貼って出しています。
     タカアシガニは美味しいと以前ブログで書かれていませんか?
    見た目の驚きだけですか?
    でも、蟹は渡り蟹もモズク蟹も毛蟹も何でも美味しいですね。
タグ: 天皇陵 鳴滝

2020/2/9

お年玉付き年賀はがき  
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 今年初めて家の周りにも雪が積もりました。
寒い日曜日、京都の小学校駅伝の大文字駅伝ももう34回目で、私の息子たちが6年生になる数年前から始まってます。
近くを通るので、小雪が舞う中少しだけ観に行きましたが寒い!
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 今年もお年玉付き年賀はがきをたくさんいただきました。
オリンピックの観戦チケットは当たりませんでしたが、3等下2桁16.37・67のうち、16が2枚・37が2枚・67は0枚と、やや籤運は悪かったですが、計4枚が当たりでした。
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 早速郵便局で交換しましたが、今年の切手シートはやけに明るいです。
4枚の当たり葉書、3枚は医局の先生から、1枚は奈留病院の看護婦さんからのでしたので、例年のようにお礼の葉書だけはだしておきました。
まあそれでも、1枚84円のもうけです。
4人の皆さまありがとうございました!
今日の競馬も当たるように頑張ります。

     返事
花水木さん:駿河湾のタカアシガニはすべて冷凍と聞いていますが、
    美味しいということなので、一度食べてみたいです。
タグ: 大文字駅伝

2020/2/7

再び蟹  
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 今朝は、今年初めてぐらいの、自宅から見える山のうっすら雪化粧。
先週までは暖かい日が続いていた関西ですので、松阪へ松阪牛を食べに行ってあまり感激しなかったので、先週はまだ雪もないと思われる福井県越前海岸に、蟹を食べに行こうと出発、越前の港も冬とは思えません。
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 TVで直前ぐらいに放送していたと思われる店に入って、蟹を注文。
今回は一匹を刺身と焼きガニにしてもらいました。
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 松葉(越前)蟹の新鮮刺身も久しぶり、やっぱり蟹は美味い!!
1年1回と思ってましたが、2回もいいもんです。
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 蛸の卵や白子の天婦羅も美味しい!
松阪牛より満足して、途中はいろんな道の駅でトイレ休憩しただけで、どこにも寄らず帰っただけの旅でした。

      返事
花水木さん:家ではすき焼きの時だけ、
    私が味付けしてます。
    息子が学生時代に下宿で友人とすき焼きした時に、
    甘すぎると言われたのが、我が家のすき焼きの味です。

2020/2/5

松坂  
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 第2名神が一部開通してるので、国道1号線で鈴鹿峠を越さずに、伊勢など三重県に早く行けるようになり、松坂も近くなりました。
その松坂に行ってきましたが、軽く日帰りです。
 例によって松坂近辺にも御陵(御墓)が有るので、まあ第1目的は松坂ではなく御陵です。
御陵巡りはすぐに終わって、近くの斎宮跡(イツキノミヤアト)をざっと見学、それでも斎宮歴史博物館(340円)開館まで少し待ちました。
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 時の天皇に代わって伊勢神宮に奉仕するため、未婚の皇女が斎王に選ばれ、この地に赴任してきたようです。
 今回の御陵(御墓)巡りも、斎王としてこの地で亡くなった皇女の墓でした。
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 松坂と言えば本居宣長、その本居宣長宅跡です。
家は明治時代にもう松坂城の方に移築されています。
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 その移築された旧宅を松坂城の方へ見学に行きました、本居宣長記念館(400円JAF割あり)です。
 30年近く前に家族で訪れた時には2階にも上がれましたが、今は1階の見学だけになっていました。
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 その替わり、2階の書斎を外から眺められる展望所が作ってありました。
ここから古事記を編纂していた4畳半の書斎「鈴屋(スズノヤ)」が見えて、掛け軸の「県居大人之霊位(アガタイノウシノレイイ)」も読めます。
県居は文通で添削もしてもらっていた師の賀茂真淵先生のことです。
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 松坂と言えば松坂牛、以前有名な「和田金」で家族5人が食べて、私としては大判振る舞いで喜ぶと思っていましたが、息子たちはすき焼きの焼き方や食べ方にうるさい仲居さんを嫌がり、なかなか白ご飯がこなかったと不評でした。
 そこで今回はもう一つの有名店「牛銀本店」に行きましたが、予約で満員でした。
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 隣のややカジュアルな「洋食牛銀」には少しだけ待って入れました。
まあ美味しかったですが、わざわざ松坂まで来て松坂牛を食べたぞ!と、すごく豪華で大満足という気にはなれませんでした。

      返事
花水木さん:旦那さんもう大丈夫ですか?
    私もインフルエンザに対する抵抗力を過信していましたが、
    そもそも免疫力が落ちてきてる年齢になってます。
     沙羅さんは、まだまだ体力的にも年齢的にも行けると思いますが、
    気持ちですかね?
    ジャンプなんて怖いとかもう良いかと思ったら飛べませんよね。


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