奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2020/10/1

71-2後三条天皇即位前妃贈皇太后茂子  天皇陵巡り
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 藤原茂子(フジワラノモシ・シゲコ)(?〜1062)は権中納言藤原公成(キンナリ)(999〜1043)の娘ですが、叔母が大納言藤原能信(995〜1065)の妻だったので、能信の養女となりました。
実父の官位が低すぎると言われましたが、1046年養父能信が推したので皇太子に成れた尊仁親王(タカヒト)(後の後三条天皇)(1034〜1073)に添(副)臥(ソイブシ)として入内しています。
 添(副)臥:元服の儀を終えた東宮や皇子など身分の高い男子には、
      その夜女子を添い寝させる風習があって、
      その相手に選ばれた女子をこう言うそうです。
      その後正妻にすることが多いようです。
  写真はまたまたの宇治陵総拝所です。
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 茂子は貞仁親王(サダヒト)(後の白河天皇)(1053〜1129)や篤子内親王(トクシ)(後の堀河天皇中宮)(1060〜1114)など1男4女を産んでいますが、貞仁親王の即位前に亡くなり、藤原北家本流とは少し離れていますが、宇治陵総拝所に祀られています。
   写真の宇治陵35号は、藤原時平の墓とも言われています。
宇治陵のいくつかは藤原北家男子の墓だと思うので、宮内庁が管理などしなくて良い墓もたくさん有ると思うのですが。
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 この辺りから、茂子や能信の出身である藤原氏閑院流(カンインリュウ)が、娘を院政期の天皇に嫁がせることが増えて、本元の藤原北家から外戚の地位を奪う形になってきています。
  総拝所制札には、白河天皇御母贈皇太后茂子とありました。

        返事
花水木さん:私ぐらいの年の京都の男は、
    なんか偉そうにしてる人が多いいようで、反省しています!
     権力を握ったら、手放すのはなかなか難しいですね。
    その辺で人間性が出るような気がするので、反省・反省!!


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