奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2022/1/31

1月は終わってしまった  
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 2022年1月、寒い1月でしたが、新型コロナのオミクロン株でなんか気が重い1月になりました。
施設入所者に3回目のワクチン注射をしてるぐらいで、コロナ治療に携わってるとは言い難い医療従事者ですが、万が一ですが感染可能性がある人との接触は重装備で接して、陽性でも濃厚接触者にならない用意はしてますが、なんか腑に落ちない思いもあります。
 いろいろと雑用だけの1月、孫と市バスや電車に乗るのが唯一の旅、久しぶりに叡電にも3駅ほどだけ孫と乗りました。
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 2022年1月もあっという間に終わりますが、どこにも行ってない1月だったので、先週に降った雪も融けたかと思って、小浜までランチのドライブに出発、着いたのはいつもの小浜海岸人魚の浜です。
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 小浜への道にはもう雪は積もっていず、安心に車を走らせることは出来ましたが、福井県や滋賀県への峠には、除雪された雪がまだまだかなりたくさん残っていました。
朽木の道の駅の屋根にも、まだ融けて落ちてない雪が残っています。
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 正月以来の美味しい刺身(年末は奈留島から取り寄せたイカ・ヒラマサ・鯛の刺身を食べてます)と大きな地元の牡蠣フライと若狭カレイの一夜干しとじゃこめしの昼食で、腹一杯になった後は、やっぱりここのケーキを無理やり詰め込みました。

          返事
花水木さん:今川焼と聞くと、
    以前は私はどら焼きのことと思っていました。
     生クリームもどんどん進化してるのか、甘ったるいだけのは減ってきてますので、
    年寄りでもいけますよ(アッ!年寄りではないですね)
Toitennさん:知恵と記憶と体力と精力が抜けていってるので、
    妄想が頭を持ち上げてくるのです。
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タグ: 小浜 叡山電車

2022/1/27

46.知恵の餅  菓子たくさん
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 340年以上前から天橋立の知恩寺門前の四軒茶屋(吉野・彦兵衛・勘七・ちとせ)で売られていて、地元の人にも愛され続けている「知恵の餅」、これは吉野茶屋さんの餅です。
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 箱を開けると、あんこがびったり一杯詰まっていて、伊勢名物で有名な赤福とはやや違った印象です。
 「三人寄れば文殊の知恵」のことわざにあるように、知恵をつかさどる文殊菩薩さんを祀る日本三大文殊(二つは奈良桜井の安倍文殊・山形の亀田文殊)の一つ丹後の切戸文殊は、この知恩寺です。
 文殊さんの知恩寺にあやかって「知恵の餅」と名付けられました。
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 赤福よりやや硬めの餡と餅です。
甘くておいしい!
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 これで三個なんですかね、10個入りで今は800円。
子供の時も食べていたので、懐かしい味です。
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 すぐ近くの天橋立にある知恵の輪、これをくぐると知恵がつくそうで、母の実家が丹後なので、子供の時にはよくこの輪をくぐって知恵をつけてきたと思い込んでいました。
最近この輪を見て、これをくぐるのは高すぎて到底無理だったことに気づきましたので、急速に知恵が抜けていってます。
知恵がついて賢くなったと思ってたのは、私得意の妄想だったようです。
  もう(よ)そう、妄想は、です。

          返事
花水木さん:午前9時発表で14p、昼発表で15p、
    だったと思いますが、これも私の勘違い?妄想?
     「鎌倉殿」、男の私には八重さんの切なさは、あまりピンときませんが。
    江間が地名として、ちゃんと知っておられるのは、さすが静岡県人ですね。
Toitennさん:「復活の日」、
    草刈正雄がぼろぼろの服を着て歩いていましたね。
    核戦争後の映画だと思ってましたが、グレゴリー・ペックの「渚にて」と混同してるんでしょう。
    オリビアハッセーが、この映画の後になんで布施明と結婚するんやと思っていた、
    皆昔のことですね。
     色々あの頃の妄想も思い出します。
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2022/1/24

京都の雪  京都
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 先週金曜日の朝は起きたら京都は雪、朝食を食べてもまだ雪は降り続けていますので、せっかくの休みなのに朝から雪見をしながら、前回のブログを書きました。
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 京都の積雪は午前9時で14pとのこと、5年ぶりの10p以上の積雪らしいですが、我が家は12pかなあ。
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 新聞を取りに玄関に出ても、愛車もすっぽり雪の中。
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 隣の自動車教習所でも、雪かきが始まっていましたが、どんどん雪は降ってくるので、今日の教習は無理かと思ってました。
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 雪がやんで午後になると道の雪はどんどん融けてるようなので、滋賀県まで雪見にドライブしましたが、滋賀県大津や草津のほうが京都より雪も少なく、仕方ないのでコーヒー店でどら焼きを食べて、ごみ箱を買って帰りました。
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 土曜日は一転良い天気、奈良の長男を訪ねて、孫T-1の中学入学祝い、木津を通って帰りました。
日曜日は孫V-1・2が来てくれたので、相手しながら観た競馬は、重賞に絞ったのに入らず。
 夜の「鎌倉殿」では以仁王(モチヒトオウ)(1151〜1180)が出てきたので、敗れて奈良興福寺目指して逃げる途中に殺された木津にある墓(天皇陵巡り)の写真を載せました。
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 以仁王と一緒に挙兵し宇治平等院で敗れた源頼政の墓所(この写真)も以前ブログで紹介してるので、復習してください。
 
 あっという間に日本で30万人、世界で5千万人増えた感染者、日本で計200万人を超えましたし(死者も2万人弱)、世界では3億4千万人(死者560万人)にのぼります。
 でも、一応医療関係者にもかかわらず、あまり実感していません、人間の気持ちってこんなものなんですかね。
 尾身さんも。人流抑制より人数制限と言ってるので、夫婦二人で車で温泉に行くのは、別に後ろ指さされる行為でもないようですが、まだ気分が乗りませんねというか雪道が・・・・。
        返事
花水木さん:人間はいろんな人がいるから面白い!
    と思っていますが、それが私の甘い考えなのですかね。
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2022/1/21

101-1称光天皇  天皇陵巡り
 せっかくの金曜日休みの日も、朝から京都は雪で、もう10p以上積もってまだ降っています。
車で遊びに出かけるのは午後からでないと無理なので、朝から雪を見ながらブログを書いています。
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 第100代後小松天皇(1377〜1433)(在位1382〜1412)の第1皇子で、母は日野西資子(ヒノニシシシ・スケコ)(1384〜1440)の実仁親王(ミヒトシンノウ)は、父の譲位を受けて12歳で第101代称光天皇(ショウコウ)(1401〜1428)(在位1412〜1428)となりました。
  いつもの石柱です
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 称光天皇は生まれながら病弱で、何度も危篤になって葬儀の準備をすると持ち直すことを繰り返してたようです。
典侍藤原光子との間には子は生まれず、他の数人の妃との間にも数人の皇女が生まれただけでした。
  いつものJR奈良線踏切です、右側が御陵
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 病弱であったことが精神にも及んだのか、妻と側近の密通を疑ってその側近を謹慎にしたり、後継ぎがないので父後小松上皇が崇光流から皇位継承を計画してることを知って、すねるように父と不仲になったり、天皇という地位にいるにしては称光天皇は問題児だったようです。
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 称光天皇には皇位継承なら次の同母弟小川宮(オガワノミヤ)(1404〜1425)がいたのですが、この弟もかなり問題児で、頼み込んで兄称光から貰った羊をその日のうちに撲殺したり、同母妹に突然暴行を加えたりと、精神状態はかなり不安定なうえに身体も病弱で、兄より早く22歳で突然死んでしまいました(突然すぎてるので殺されたのかもしれません)。
  12人の天皇が眠る十二帝陵
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 こうして長男の第89代後深草(持明院統)と弟の第90代亀山(大覚寺統)から始まった、変わりばんこにその系統が皇位に就いた両統迭立は、第96代後醍醐の武力による反抗によって南北朝に分裂しました。
その北朝方も長子の北朝3代崇光と弟北朝4代後光厳の二つに何となく分裂、第4代足利将軍義持によって守られていた後光厳側も、南北朝合一は果たしたものも、今回の第101代称光の死で継承男子がいなくなり、元の長子系の崇光流から天皇を迎えざるを得なくなりました(第102代後花園天皇)。
  称光など持明院統の12人が眠る深草北陵(伏見区深草坊町)は、12回(13)出てきますので、おなじみというか・・・・

  書き終えて朝10時ですが、まだ雪が降り続いています、午後からの外出もできないかもしれません。

        返事
和さん:そう言われてみたら、
    完全におこたの上ですね。
     富江の「ニク勝」家は、元々走る一家だったのですね。
Toitennさん:しばらく冬眠ですね。
    ブログのネタ無くなりますが。
花水木さん:「鎌倉殿」2回目も面白かったですね。
    静岡が今後もたくさん出てきそうですので、また「クレソン畑」で現地紹介してください。
     古希は越えると、かなりしんどくなりますよ。
    家内も老人化してきましたし、私は当然それ以上です。
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2022/1/16

2022年  
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 2022年も半月が終わって、正月気分もそろそろ終わりですね。
家内も正月早々の誕生日で古希、これで自動車事故で新聞に載っても、正真正銘立派な高齢者夫婦と書かれます。
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 正月明けの休みには、まだ感染者の数も少なかったので、市バスの好きな孫V-1と市バスの旅で、賀茂川を渡りました。
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 連休には、北の方に雪が降ったと、車で滋賀県に行っても、降りるのは空いてる道の駅ぐらいにしときました。
遠く琵琶湖の向こうの比良山系には雪がありました。
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 と思ってたら、今週は京都市も久しぶりの5p以上の積雪。
家の窓から雪見です。
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 新型コロナの感染者も増え続け、電車通勤はやめて車で通勤中、そろそろ火の粉が降りかかりそうです。
 休みもどこも行けなくなって、誰もいない何も咲いてない植物園を老夫婦で散歩ぐらいです。
そんな時昨夜は、はるか向こうの火山の噴火で津波まで来てます。
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 今日もどこにも行かず、負ける競馬と全国女子駅伝中継を見ただけ。
京都は上手に優勝しましたし、福士加代子も駅伝ラストランを笑って走ってましたね。
福江島富江の美味しい肉屋「ニク勝」のおじさんは、福士さん応援にコロッケを持って京都に来てるのでしょうか?新型コロナで無理でしょうね。

       返事
花水木さん:「13人」は天皇・上皇・院に注意して、
    気楽に観ましょうね。
Toitennさん:近くでしょ!一休寺は。
    蜷川新右衛門さんと一緒に植えた三本杉も境内にありますよ。
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2022/1/13

100‐2後小松天皇皇子宗純王  天皇陵巡り
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 宗純王(ソウジュンオウ)(1394〜1481)は第100代後小松天皇(1377〜1433)の落胤と言われ、母は官女でその父は楠木正成の孫と伝えられています。
  仕事帰りに近鉄奈良線新田辺駅まで行って、そこから歩いて一休寺を目指しました
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 あまり確かでないかもしれない落胤説に従って、宮内庁がこの墓を治定し、後小松天皇皇子宗純王墓(京都府新田辺市薪里ノ内)として、一休寺内に祀っています。
ある意味天皇陵巡りで回ってる陵墓の内、宗純王は一番有名な人かもしれません。
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 そう宗純王と言ってもピンときませんが、一休宗純のことで、もっとくだけて言うとあの頓智の一休さんです。
 京都の南の酬恩庵一休寺(シュウオンアンイッキュウジ)を中興し、80歳ごろに大徳寺の住職になってからも、ここから通っていたそうです。(30Kmはあると思いますが、歩いてでしょうね?それとも馬?輿?)
  一休寺の入り口です、昔行った時の印象で静かな所と思ってましたが、周囲はかなり開けていました
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 後小松天皇の皇子達は、過激でやや性格がゆがんだ人が多かったようですが、一休さんも禅宗の高僧ですがなかなか型破りで、70歳を過ぎてから女と同棲するという、うらやましいが私には真似出来ない体力もあったようです。
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 一休寺に入ってすぐ右に墓所はあったのですが、門には菊の御紋の透かしが入っていたので、そこから廟を覗くことは出来ました。

 嫌になるほど感染者数は増えてきましたね!
症状が軽そうなのと、終息も早そうなのですが、近くに感染者や濃厚接触者の影も出始めました。
孫が中学受験なので、それも少し気になりますが、なんといっても本日予定の麻雀も中止になって、悲しいと言えば不謹慎ですかね。

      返事
花水木さん:「鎌倉殿の13人」第1回観ました。
    面白かったので、久しぶりに1年間観るでしょうね。
    後白河や後鳥羽天皇も出てくると思うので、
    皆で天皇陵巡りの復習をしましょうね。
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2022/1/9

100-1後小松天皇  天皇陵巡り
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 北朝5代後円融天皇(1358〜1393)(在位1371〜1382)の第1皇子で、母は内大臣三条公忠(キンタダ)の娘厳子(イツシ)の幹仁(モトヒト)は、父から譲位されて6歳にして北朝6代後小松天皇(ゴコマツ)(1377〜1433)(在位1382〜1412)として即位しました。
  写真は師団街道沿いの十二帝陵の石柱
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 父後円融上皇が院政を敷きましたが、足利3代将軍義満(1358〜1408)(在職1369〜1395)の専制的な政治も進み、1392年南北朝合一も成って、南朝の第99代後亀山天皇(?〜1424)(在位1383〜1392)から三種の神器を受け取って、北朝6代から一応第100代後小松天皇となりました。
  写真は私が週に2回乗るJR奈良線沿い、降りるJR藤森駅の手前にある深草北陵(十二帝陵)です
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 後円融上皇が没すると、義満は皇室の権威的な部分を後小松天皇には渡さずに自らが継承し、教科書でも有名な明国の使いに「日本国王」として認められたり、一説には天皇になろうとしたとも言われています。
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 後宮の日野西資子(ヒノニシスケコ)(1384〜1428)との間に後の第101代称光天皇(1401〜1428)や小川宮(1404〜1425)をもうけ、ほかにも5人以上の妃がいましたが、そのうちの一人の皇子が一休宗純(1394〜1481)、あのとんちの一休さんと言われています。
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 後小松天皇の治世はほぼ義満の天下の下でしたが、義満が死んでようやく束縛から解放された1412年、第1皇子称光天皇に譲位し院政を開始しましたが、今度はちょっと風変わりな息子と対立することも多く、後継者にも恵まれなかったので、とうとう北朝方では正統になる崇光系に第102代は譲り、院政を敷いたのちに亡くなりこの深草北陵(フカクサノキタノミササギ)に葬られました。
  これで100代まで行った天皇陵巡り、あと五分の一になりましたので、皆さんもう少しのご辛抱ですが、終わったら次は素晴らしいものが待っているという自信は皆無ですよ。

        返事
花水木さん:残しておくと、
    笑いを忘れなかったが、馬鹿なご先祖さんですね、と言われそう。
大雪男さん:こちらこそ今年もよろしく!
    安全第一で遊んでください!
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2022/1/5

年賀状  
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 今年の年賀状はずるをして、36年前に彫った版木の使いまわしにしてしまいました。
38歳の若い時に彫った版木ですが、断捨離しようと思いながら、本箱の資料を2〜3冊ほかすだけで、並び変えてるだけの私の断捨離、こんな昔の版木でもとっておくと使えるので、断捨離は難しいですね。
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 断捨離出来ない私ですので、24年前の寅年のゴム版も残してるので、ブログのネタに使います。
二周り前の寅年には、私はちょうど50歳だったので、「寅は猛獣(モウジュウ)と私は50(ゴジュウ)とをかけて、50歳の大人にしては子供っぽい年賀状を出していました。
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 そして12年前の前回の寅年では、元気だったフークに黒テープを貼って、無理やり寅にして奈留島から出していました。
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 そして今年の年賀状は、36年前の使いまわし、来年もめんどくさかったら卯に白を塗って刷る予定です。
 まあ人生はめんどくさがらず、元気に積極的にあと10年ほど生きていくつもりですので、引き続きどうかよろしくお願いいたします。
皆様のコメントやアクセス数だけを生きがいに、頑張ります!

         返事
花水木さん:おめでとうございます
    花水木さんに元気で笑ってもらえるように、
    くだらないことを書き続けるつもりです。
    笑って帯状疱疹を治してください。
Toitennさん:なんせお腹がふくれると、
    確実に眠くなります。
     初詣は朝早く行くと、どこも混んでないですよ。
和さん:おめでとうございます
    年末は出石の雪景色をTVでたくさん観ましたね。
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タグ: 寅年 断捨離 版画

2022/1/2

2022年正月休み  
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 年末は京都や滋賀の北部に大雪が降ったので、見に行こうと彦根目指してドライブも、雪による渋滞に巻き込まれそうになったので、急遽Uターンして近江八幡へ戻りました。
近江八幡の八丁堀を行く屋形船の屋根にも、まだ雪が残っていました。
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 日牟禮神社の参拝者はまだ少なく、ゆっくり初詣の予行演習で、たくさんの願い事をしてきましたので、近くに立ってた人は私を信仰深い人だと思ったはずです。
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 周りはもう初詣の準備もそろっているので、コロナ禍の時代でなくても、初詣はゆっくり年末に限りますよ。
 31日、恒例の「ガキの使い絶対に笑って…」がなかったので、「ざわつく!大晦日」を見ましたが、新庄剛志も出てきて面白かったです。
結局「紅白」は見ずに、除夜の鐘も撞きに行かず、例によって9時過ぎには寝ました。
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 元旦、自宅も雪が積もりました。
当直明けの長男一家は来てくれましたが、次男は当直、娘は少しだけ寄ってくれて、まあ少しは賑やかな元旦です。
結局この新型コロナ時代は、二年間家族全員の集まりは出来なかったです。
 夕方久しぶりに、これまた新庄が出てる「芸能人格付け」を見て寝ました。
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 朝は、近くの氏神さん新宮神社に初詣、破魔矢ももらい、ここでも熱心に長い時間お願いを並べておきました。
孫が今年は中学受験、合格のお守りまで買ってしまいました。
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 2日朝は「箱根大学駅伝」の出発を確認後、やっぱり学業のお願いなら北野神社へと。
朝早めでもあったので、芋の子を洗うような人出ではなかったですが、本殿は並ぶ必要はありましたので、遠くの横からちょっとお参りだけ。
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 私は北野さんに頼らずに合格してますが、我が家の息子や娘はこの北野神社の奥に鎮座する文子天満宮にお願いして合格してるので、孫のためにも一心不乱にお願いしておきました。
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 帰りに千本えんま堂にも寄りましたが、正月に行くところだったかどうか…。
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 帰って観た「大学ラグビー準決勝」、京都産大の前半は素晴らしかったですが、結局帝京に負けてしまいましたね。
3日は、2年続いて恒例の麻雀新年会はなくなったので、今年はどう生きていくのか、明日はゆっくり考えながら昼寝します。
 それで今年の正月休みは終わりです。

         返事
Toitennさん:人気のない天皇陵巡りを早く終わらせたいような、
    終わると寂しいような、複雑です。
和さん:今年は4位ぐらいかなあ?
    日本ハムをそっと応援します。
花水木さん:残った天皇陵は同じが多いので、
    他のことに力を注ぐブログにしようと、
    元旦の朝日に誓っていますが…。
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