奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2018/10/10

桂南光独演会  趣味
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 先週の4連休は疲れていたのでのんびりムード、天皇陵巡りしたり・以前働いていた病院のこじんまりした同窓会・琵琶湖をあてもなくぐるっとドライブ・3日間あった競馬もなんとかチャラで終えました。
この南光独演会も行きました。
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 島でも柳家甚語楼さんが開いてくれる落語会にも行ってましたし、京都でも時々は落語会に行ってます。
 南光さんの落語会は去年も行ってます、今回はやや笑いを抑えた演目でしたが、南光さん上手です。
 来てる人は私たちぐらいの、同じような服装のじじばばばかり。
アイドルのコンサートやUSJではこうはいかないと思いますが、団塊の世代の人数は多いですね、どこへ行っても団塊ばかり目に付きます。
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 落語会会場は私の母校の向かいだったので、帰りは横の梨木神社(ナシノキジンジャ)に寄りました。
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 梨木神社は名水と萩で有名で、数百株の萩が咲きます。
でも萩の見頃は9月中旬、もう今はほぼ終わって、団塊の世代状態でした。

      返事
花水木さん:映画のシーンのようだと言われますが、
    なんせ役者が三流すぎました。
     花水木さんの長男さん、
    写真でしか知りませんが、確かに「嵐を呼ぶ男」にふさわしい風体ですね。

 

2018/10/7

息子とゴルフ  
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 息子が産まれた時、世の父親は、「大きくなったらキャッチボールをしたい。一緒に酒を飲みたい。」と夢を語りますね。
 私も息子とキャッチボールは少ししましたが、我が家は皆酒に弱いので、息子と一緒にバーや居酒屋に行った経験はまずありません。
息子たちは麻雀はしませんので、子供の時に「ドンジャラ」をしたぐらいですが、競馬場には息子たちと何回か行っています。
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 奈良にいる長男が初めてゴルフに誘ってくれました。
奈良のゴルフ場なので、鹿がいると思ったら、作りものでした。
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 先週の台風が来る前の日だったので雨です。
娘が産まれてからは、我が家の行事は晴が多くなりましたが、4人だけの頃の家族旅行はよく雨になりました。
どうもこの長男が雨男の様ですが、それでもゴルフ場は雨で空いていたし、ゆっくり二人で周れて、成績はどっこいどっこいぐらいですが、楽しい一日でした。
久しぶりに長男に感謝してます。

       返事
大雪男さん:葛温泉は横を通り抜けただけでした。
       今年の阪神はいいとこで負けが目立ちました。
      今年は感想特になしです、来期岡田の目はあるのでしょうか?
チャリンコさん:久しぶりですね。
    あの頃の病院仲間の同窓会して下さい。
    北に走って来たら、寄って下さい。
花水木さん:高山の朴葉みそは味噌だけですが、美味しいですね。
    棒葉か朴葉かどっちが正しいのですか?
     ねぶたの本場は青森県だと思います。
     最近キノコ狩り、事故が多いようですね。
    ゆっくりやって下さい!

2018/10/4

青森旅行3日目その3と4日目  
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 3日目午後、奥入瀬渓流も行って、十和田市現代美術館も行って、まだ時間は残っていましたので、曇り空でしたが、八甲田ロープウェーで山頂近くまで登りました。
雪中行軍遭難で有名な八甲田山ですが、八甲田山という山はなく、十を超える山々の総称らしいです。
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 山頂駅の展望台からの眺め。
右の丸い山が、一番高い大岳(1585ⅿ)です。
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 登山姿の人が半分ぐらいいましたが、我々は普通の恰好、それでも八甲田ゴードライン30分ほどの周回コースをゆっくり歩いて、湿原展望台でボーとゆっくり座っていました。
田茂萢湿原(タモヤチシツゲン)は極彩色モードで撮りました。
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 近くの温泉にて3泊目。
夕食の一部、鮭の朴葉包み焼き。
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 4日目までなんとか空ももってくれて、最終日は青森駅近くのねぶたの家ワ・ラッセで、ねぶたの展示を見ました。
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 青森のねぶたには、ねぶた作りの名人や作家がいるようで、当たり前ですが福江まつりのねぶたより、そりゃあ本家は精巧で立派です。
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 ねぶたの中の電球の具合や、結構丈夫な和紙が貼られていることも、触って実感出来ました。
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 跳人(ハネト)になって1枚。
右の人は他人らしいですが?、左が久しぶりに顔出しした私です?。
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 青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸の博物館もありましたが、これには乗らずに、保存された鉄道が入っていく線路と八甲田丸の後部を撮っただけ。
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 これで3泊4日の青森旅行は無事終了。
又ボンバルディアで伊丹まで帰ってきましたが、最後大阪城が見えました。
 初めての青森県、関西と違って知らないことが多く、なかなか勉強になった旅でした。
これで私が行ってない県は、沖縄県と茨城県になりました。

     返事
花水木さん:大きく立派なスタンディング・ウーマン、
    素材は何なのか?上手に立ってる方法は?
    とか興味は尽きませんでした。
     上五島の人は困ってると思いますが、
    奈留島の航路はほぼ別なので、なんとかなってるようですよ。

2018/10/1

青森旅行3日目その2  
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 十和田市のメインストリートである十和田市官庁街通り、長い広い直線の道の両脇には松と桜が植えられて、この辺は旧陸軍軍馬補充部もあった馬の産地だったので、馬の彫刻も並んでいます。
街の中心に何故こんなに広くて長い直線通りがあるのか、不明ですが、この道に沿って十和田市現代美術館があります。
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 もちろん入館料を払って中に入りましたが、館の外に展示されてる作品もたくさん有ります。
  「アッタ」椿昇
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  「フラワー・ホース」チェ・ジョング
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  「光の橋」アナ・ラウラ・アラエズ
 美術館はガラス張りの建物や回廊が多いので、館内の作品も外から見ることが出来ます。
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 これは本物のリンゴの木なんですが、どうもオノ・ヨーコの作品らしいです。
自分の願い事を、短冊に書いて吊るすことも出来ます。
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 全く私は知らなかった人ですが、韓国出身の世界的美術家スゥ・ドーホーの企画展をしていたので、入館料は千円。
館内の作品は全て撮影許可のおおらかさが嬉しいです。
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 「スタンディング・ウーマン」ロン・ミュエリ
 たぶんここで一番有名な作品だと思いますが、4ⅿの精巧なおばさんで、上手に立っています。
どこを見てるのでしょうか?、こういう解かりやすい(深い意味があるのかもしれませんが)現代アート作品の方が、私は好きです。
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 外壁には「夜露死苦ガール2012」奈良美智。
個人的な楽しみで撮影するのは良いのですが、SNSなどに投稿する時は、作品名と作家名と十和田市現代美術館の作品であることを明記するのがルールのようですので、この写真は全部十和田市現代美術館で撮ったものですよ。
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 広い官庁街通りの道の向こうにも、作品は並んでいました。
遠くからでも草間さんの作品と分かる
 「愛はとこしえ十和田でうたう」草間彌生
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 「ゴースト」インゲス・イデン
右の白い四角い建物は公衆便所です。
 奥入瀬渓流見学があまりにも短い時間で済んだせいか、カフェでアップルパイを食べてもまだ午前中なので、八甲田山にも登ることにしました。
    最後に続く

       返事
花水木さん:奥入瀬は私が行くより、
    花水木さんが行った方が良い所かもしれません。
     ハイそうです、これも極彩色で撮りました。
和さん:西日本と比べて、
    我々には東北は遠いですが、
    なかなか良い所が多かったので、又行きたいです。

2018/9/28

青森旅行3日目その1  
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 朝一番の6時半に朝食を摂って、奥入瀬の道がまだ混まないうちにと、朝霧がまだ残る十和田湖畔を出発しました。
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 奥入瀬渓流の流れは十和田湖の水で、この水門によって十和田湖からの流出量が調節されているのを、最近ブラタモリで知ったところです。
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 奥入瀬の流れで一番大きい銚子大滝。
すぐ近くの道に車を停めて、ゆっくり眺めることが出来ました。
まだ8時頃で、人も少なめです。
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 支流から流れ込んでいる雲井大滝。
奥入瀬渓流っていつからこんなに有名になったのですかね?、カレンダーの写真でよく見るようになったのはいつ頃でしたかね?
オイラセはこんな字を書くのかと、私が知ったのはつい最近の気がしています。
 山奥から始まった谷川の水ではなく、大きな十和田湖から流れ出た水なら、琵琶湖から流れ出た水の瀬田川も奥入瀬も、変わらないのかなあと思ってしまいました。
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 ところどころの道端に車を停める余裕はまだあるので、途中の大きな石ヶ戸(イシケド)休憩所に車を停めて、歩いたりバスに乗って帰ったりする予定をやめて、ちょこちょこ車を道端に停めて、ほんのちょっと歩いて見学する方法に変えました。
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 シャッタースピードを変えたりして撮ろうと試みるも、やり方解からなくなり、雪でもない紅葉でもない、普通の奥入瀬渓流の風景写真です。
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 阿修羅の流れと言う名の奥入瀬名物の流れは、極彩色モードで撮ってみました。
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 そろそろ車の流れも増えてきて、連休の奥入瀬渓流になってきたようですが、まだまだ渋滞したり、停める場所がないほどでもなく、予定より早く奥入瀬渓流は終了。

      返事
花水木さん1:やっぱり和井内貞行の記憶は教科書なんですね。
花水木さん2:今の日本人バックダンサーは、
    前で歌う歌手より綺麗で脚長いですね。
    スクールメッツ時代と大違いです。

2018/9/26

青森旅行2日目  
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 鯵ヶ沢の宿から車で小一時間、弘前城前の駐車場に車を停めて、弘前城観光から2日目開始。
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 本当は5月連休の桜の弘前城に来れれば良かったのですが、ここの桜は管理が良いのか、この季節の葉が密集してる姿もすごかったです。
京都円山公園の有名な枝垂れ桜の葉が私の髪としたら、こっちの桜はマープ増毛したぐらい葉がありました。  
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 江戸時代に一度天守は焼失し、その再建を隅櫓として江戸幕府に申請してだましたせいか、弘前城の天守閣は堀のそばの石垣の上に建っています。
丁度今は石垣補修工事の為、天守閣はそのまま70ⅿ水平移動していました。
写真の移動された天守閣は、なんかレゴで出来てるような姿に見えませんか。
バックの岩木山は、ここから見ると山の字の形です。
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 たまたま近くにおられた案内人が、「ここから見たら鶴ですよ」と教えてくれて、ほんまに目の白い鶴そっくりの「鶴の松」でしたが、向かいの「亀の石」は少々無理がありました。
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 弘前にはレトロな建物が沢山残ってるそうですが、駐車場近くのミニチュア建造物の庭を巡って、済ますことにしました。
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 その中の本物、旧東奥義塾外人教師館内のサロンド・カフェ・アンジュでランチしましたが、右のりんごのスープが美味しい!
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 この日は十和田湖畔のホテルに泊まったのですが、弘前観光をはしょったので、午後からは十和田湖周囲を観光出来ました。
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 私にとって十和田湖と言えば、高村光太郎のこの乙女の像。
60年以上前に作られた乙女は、子供を2〜3人産んだ40代女性の様に見えました。
乙女のイメージも時代と共に変わってきたんですね。
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 私にとって十和田湖と言えばワイナイサダユキ。
苦労して十和田湖のヒメマス養殖に成功した偉人ですが、ここには和井内神社もありましたし、何故かカタカナのイメージで憶えていたワイナイサダユキは、和井内貞行と書くことも知りました。
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 ホテル夕食のデザートは、やっぱり林檎のタルトで、美味しくいただきました。
露天風呂だけのホテルの温泉も珍しく、良いお湯でした。

   返事
花水木さん1:私の縄文時代のイメージは、
    静岡の登呂遺跡でしたが、登呂は弥生時代でしたね。
     私も自分の尻は自分で最後まで拭きたいですが、
    今はもうすでに、ウオッシュレットに拭いてもらっていますね。
花水木さん2:いいえ、堅穴式ではなく竪穴式ですよ。
    再確認してそれもまた間違う、
    私もよくするようになってるので、
    ますます花水木さんに親近感をおぼえますよ!
    お互いどんどん歳をとっていきましょう!
     私はA型ですが、ちゃらんぽらんです。

2018/9/23

青森旅行1日目その2  
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 青森県立美術館からは歩いても5分ぐらいの(レンタカーで移動しましたが)特別史跡三内丸山遺跡にも寄りました。
佐賀県の弥生時代の吉野ヶ里遺跡と違って、ここは無料です。
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 たまたまボランティアガイドの案内人に声をかけたのと、案内時間も丁度良かったので、1時間ぐらい案内してもらい、詳しく説明を聞けて有意義でした。
 青森県にはプロ野球試合が出来るような野球場がなかったので、この場所に作ろうと観客席も少し出来た時点で、この遺跡がすごいことが判って、今に至ってるようです。
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 ここから出土した大型板状土偶のレプリカですが、薄い板状にもかかわらず、口から肛門と思われる方向に、内部に穴が開いてるのが多いそうです。
 この三内丸山は縄文時代前期中期末(約5500年前〜4000年前)の大集落跡で、100棟ぐらいの住居に500人ほどが暮らしていたようです。
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 一番有名な大型掘立柱建物(オオガタホッタテバシラタテモノ)、これが出土したからここが残されたようです。
でも、見つかったのは6個の穴と土中の栗の木の柱わずかだけです。
それを元に、穴のわずかな傾斜や、底の土の固さ具合から、底にかかった加重を計算して作られた建物です。
見た人の想像力を刺激するように、わざと屋根は作ってないようです。
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 掘立柱建物と思われる建物群も見つかってます。
地面が踏みつけられて固くなっていないので、竪穴式の建物ではなく、高床式の建物であったろうと考えたわけです。
 どの柱の間も35pの倍数できちっと出来ているので、尺と同じような長さの感覚を、縄文人はもう持っていたようです。
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 大型竪穴建物(オオガタタテアナタテモノ)も、ほんまかいなと思うぐらい立派です。
たてあな式はなんとなく立穴式と書くと思ってましたが、竪穴式と書くんですね。
竪と言う字は縦と同じ意味でした。
しかも私は竪を堅いと思ってましたが、下は土でなく立でした。
本当におバカさんですね!
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 これで三内丸山見学は終わりますが、ここはコインロッカーも無料で、さすが雪国、長靴の無料貸し出しまでありました。
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 続いて西の方に車で小一時間、太宰治の父津島源右衛門が建てた「斜陽館」にも寄りました。
私の若いころは、旅館「斜陽館」でしたが、今は地元金木町が買い取って、太宰治記念館として一般公開されています。(斜陽館はてっきり弘前にあると思っていましたが)
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 太宰治の生家は大金持ちです。
源右衛門の11人の子のうち10番目として生まれた太宰治は、薬中毒やたくさんの女性と浮名を流し、最後は玉川上水で愛人と心中した人ですが、才能があったんですかね、若い女性に人気ありますね。
私はわずか1ヶ月弱の違いで、太宰と同じ空気を吸えずに産まれていたことを知りました。
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 立派な仏壇や、洋風な部分もある斜陽館、入館料は500円です。
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 青森県のシンボル岩木山を北の方向から眺めながら、今夜の宿鯵ヶ沢を目指します。
岩木山は北から見ると、かなり尖った山頂を持つ山でした。
 道路沿いには、吹雪除けかいろんな型の折り畳み式柵が建っていましたが、全て道の片側だけです。
冬の吹雪の方向は一定してるんか、まさか他の施設?
 道路沿いの家も直角形が多く、瓦屋根の家はほとんどありませんでした。

   返事
花水木さん:ピンクなら出るものも出ないかもしれませんが、
    白は大丈夫でした
     ナラミチさんと、ついつい読んでしまいますね。
    読みやすい名前の人だけ、
    偉人になってほしいですね。
     沼津は小学校修学旅行日帰りですか!
    新幹線もまだなかったと思いますが、
    行って帰るだけですね。

2018/9/20

青森旅行1日目その1  
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 先週の3連休(私は4連休ですが)は、まだ行ったことがない青森県に。
これで行ったことがない県は、沖縄県と茨城県になりました。
 伊丹空港から青森空港まで、懐かしのプロペラ機ボンバルディア(福江に行くのよりやや大きめですが)で1時間40分。
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 まだ飛行機が怖かった若いころ、YS−11で秋田まで飛んだことがあります。
日本海に沿って長い長い時間と、研究会で勉強しに行くのとで、辛く長い飛行時間でした。
その時と同じように、佐渡島の上を通りましたが、島の生活でもう飛行機にも慣れましたし、今回は遊びの旅ですので、快適です。
 青森市街の上を廻り込んで、青森空港には昼前に到着。
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 先ずは青森市街の端にある青森県立美術館に、レンタカーで向かいました。
土地は無限にあるのか、無料のだだっ広い駐車場に、充分にスペースを取った白い建物が建っています。
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 広い四角形のエントランスホールに、なんとシャガールが描いたバレエ「アレコ」の舞台背景画4枚が、大迫力で飾ってあり、びっくりしました!
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 おおらかにもこの部屋だけは写真撮影OKです。
青森県が1994年に収集したとだけ書いてありましたが、どうしてシャガールの絵が手に入ったんでしょうかね。
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 青森県の美術館だけあって、青森ゆかりの人々のコーナーがあります。
説明するまでもない棟方志功さん、見たらだれもが知ってる猫の絵の馬場のぼるさん、ベトナム家族が川を渡ってる写真で有名なベトナム戦争などの報道写真家澤田教一さん、ウルトラマンの生みの親成田亨さん、そして私も好きな奈良美智(ナラヨシトモ)さんの作品もたくさん有りました。
これらは写真撮影禁止なので、窓の外から一枚だけ奈良さんの作品をパチリ。
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 8.5ⅿもあって、この美術館のために作られた奈良美智さんの「あおもり犬」、屋外展示で、空は晴。
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 全体はレンガの壁を白く塗った、四角形の組み合わさった青森県立美術館、そのトイレの中もまぶしいぐらいの白一色でした。
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 昼は併設されてるカフェ「4匹の猫」で、早速りんごカレーを食べましたが、普通でした。

     返事
花水木さん:ガロのひげと帽子の人、
    私は似てると言われてました。
     明治神宮はいいとして。
    伊勢神宮も行ってないのは珍しくないですか。
    静岡の小学生は修学旅行でどこに行くのですか?

2018/9/18

近江神宮  天皇陵巡り番外
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 日本書紀では神宮は、伊勢神宮・石上神宮・出雲大神宮だけだったようですが、明治政府は、天皇などを祭神とする神社を神宮に改めたり作ったりしました。
戦後は、神社に対する国家管理も無くなったので、神社にしようが神宮にしようが、基本神社側の勝手になったようです。
 それでも私の頭の中には、神宮→天皇を祀ってる、とのパターンが出来てしまっています。
    38−1天智天皇を祀る近江神宮にも行ってきました。
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 私がよく行く西大津のイオン近く、京都から滋賀へ抜ける山中越えを降りた所に、近江神宮はあります。
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 京都から大津へは近いのでたびたび行きます。
 昔クイズ問題で、「県庁所在地同士が接してる県と市はどこ?」の答えは、京都府の京都市と滋賀県の大津市だけだったのですが、今は平成の大合併で、宮城県の仙台市と山形県の山形市、福岡県の福岡市と佐賀県の佐賀市も、山の中で接しているそうです。
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 天智天皇と言えば時刻を政治に取り入れた人、水時計の漏刻の模型の噴水も境内にありました。
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 又、小倉百人一首の第1番は天智天皇の「秋の田の・・・・・・」ですので、お正月のニュースでよく、ここ近江神宮で行われてる全国競技カルタ大会の名人戦やクイーン戦の模様が流れます。
 一応ここは、カルタの聖地にもなっているようです。
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 最近は漫画の映画化で、広瀬すずや真剣佑さんの映画「ちはやふる」でも有名になったのが、この地で開催される全国高等学校かるた選手権です。
このため、袴レンタル1時間千円の安さもあって、袴姿の若い女性が境内をたくさん歩いていました。
近江神宮は若者に大人気のようですが、このことを天智天皇は知らないでしょうね。

     返事
花水木さん:子連れ狼・ゴルゴ13・同棲時代や
    雑誌ガロは、ちょうど私の大学時代です。
    漫画は読みましたが、子連れ狼のTVシリーズはほぼ観てません。
     帆立貝の殻と同じ形の古墳なので、
    中身の貝はなしですよ。
    連休に青森に行きましたので、帆立の中身はたくさん食べました。
タグ: 天皇陵巡り

2018/9/12

38−2天智天皇皇后倭姫王  天皇陵巡り
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 そもそも蘇我家の血が入ってない第34代舒明天皇が天皇に成れたのは、蘇我蝦夷の妹法提郎媛と結婚していて、古人大兄皇子という第1皇子が二人の間にいたためのようです。
蘇我一族はこの古人大兄皇子を次の天皇に出来ると思ったので、舒明天皇を天皇にしたようです。
 滋賀県大津市北部の坂本にある、滋賀県を中心に多数の店舗を持つスーパー平和堂に車を停めて、積んでる自転車で、坂本の丘の上にある住宅地を目指しました。
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 しかしながら舒明天皇の皇后になったのは皇族の宝皇女で、二人の間には第2皇子として中大兄皇子(天智天皇)も産まれ、宝皇女自身も舒明天皇死後第35代皇極天皇になりました。
 そうしてる間に、乙巳の変で後見人である蘇我入鹿を目の前で殺された古人大兄皇子は、次の天皇になる道も閉ざされたと思い、出家してしまいました。
 木の岡丘陵のてっぺん近くに、やっと下坂本陵墓参考地(シモサカモトリョウボサンコウチ)の石柱を見つけました。
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 政権の中枢を牛耳った第2皇子の中大兄皇子は、出家してもやっぱり怖かったのか、謀反の疑いで、異母兄の第1皇子古人大兄皇子と一族を皆殺しにしますが、この時唯一幼い古人大兄皇子の娘倭姫王(ヤマトヒメノオオキミ)は生かされました。
  そもそも倭姫王の墓ははっきりしません、宮内庁がこの陵墓参考地がそうだと言ってるだけで、木の岡古墳群の中の一番高い所にある丸山古墳、帆立貝式古墳がそれです。
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 そして何故か、倭姫王は自分の実家を滅ぼした叔父にあたる第38代天智天皇の皇后になりますが、子供は出来ていません。
 あまり整備されていない細い道を少し行って、やっと下坂本陵墓参考地の前に出てきましたが、あの有名な天智天皇の皇后の墓としては、ややみすぼらしかったです。
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 夫の天智天皇が娶った唯一の皇族出身者は、この倭姫王のみで、残る8人は皆臣下の娘であるのも不思議ですし、ここにも天智天皇と同母妹の間人皇女との禁断の恋が影を落としていた、と考えるのは思いすぎですかね。
 倭姫王との間に子がなかったのは、皇后であっても肉体関係はなく、倭姫王は巫女的な存在として皇后になり、それ故に天智天皇死後、次の第39代は弘文天皇ではなく、倭姫王が即位したという説が産まれてるのかもしれません。
  周囲には下坂本陵墓参考地の飛地として、宮内庁管理の円墳状の丘が何個かありました。
帰りは自転車で坂をかけ下り、平和堂での買い物が終わった家内と合流しました。

     返事
花水木さん:この頃数代の天皇陵は八角形の八角墳、
    中国思想の影響らしいです。
     権力は長く続くと絶対に腐敗します。
全共闘世代私の座右の銘;権力の座にある者、
             時として己の非を忘れ、
             相手のみ礼を求むるは、
             失政の因をなす!
        漫画’子連れ狼’からですが。
     次期天皇、つなぎなら愛子さまでいいですが、
    その次は男系で繋がるために、悠仁さんということに成るでしょうね
タグ: 天皇陵


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