奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2019/12/4

紅葉狩り6  京都
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 昔から、やりたいことはなかなか始められず、やめなさいよと言われたらなかなか止めずに、過ごしてきましたので、紅葉狩りももう6になったのに、まだ続けています。
多分これで今年最後の紅葉狩り、近くの宝ヶ池を散策。
宝ヶ池と比叡山の秋というか初冬の朝です。(12月になりました)
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 日曜日朝、犬もいないし孫も連れてませんが、老夫婦が暇つぶしに朝の散歩。
近場の紅葉も捨てがたいですね、色々紅葉狩りに行きましたが、結局青い鳥は近くにいたのかもしれません。
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 まだけっこう紅葉も残っていました。
桜と違って、紅葉は2週間以上楽しめますね。
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 まだグラディエーションも楽しめます。
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 陽があたったら紅葉はより映えますね。
なかなか良い構図と思って撮っても、出来上がりはまあまあでした。
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 京都国際会議場近くまで廻りこんで、もう一度比叡山を写しました。
これで今年の紅葉は終わりです(たぶん)。
来年もまた、紅葉をいろんな所に見に行けるぐらい元気であることを祈ります。

     返事
花水木さん:沼津でボー、が一番ですよ!
     紅葉と楓、私もなるほどとは思いましたが、
    他の区別の仕方もあるというか、元々区別できないものか分かりませんので、
    あまり信用しないでください。
タグ: 近所 宝ヶ池 比叡山

2019/11/29

紅葉狩り4  京都
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 水曜日朝は、京都の北、岩倉にある精神病棟の外科処置で働いていますが、隣の老健からお呼びがかかって出張もしました。
その老健の横には、紅葉も綺麗な冷泉天皇皇后陵もあるので、合わせて天皇陵巡りも出来ました。
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 出張の帰りに少し寄り道して、白衣のまま岩倉実相院の門前まで紅葉見物。
実相院は最近「床もみじ」が有名になって、観光客も多いです。
さすがに拝観はせずに、門前だけでまた病院に戻ります。
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 午後からはまた近くの病院に自転車で行きますが、これは仕事ではなく入院してる友達の見舞いです。
 その病院は深泥池(ミドロガイケ)の端にあるので、丁度自宅の裏山の裏側にあたります。
病院入り口辺りの紅葉と、背景の山の向こう側が私の家、荒涼感あるのが深泥池の浮島部分か池周囲の湿地帯です。
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 今週金曜日は休みなので、朝早くから水尾の山奥に有る第56代清和天皇(セイワ)陵に天皇陵巡り。
JR保津峡駅まで行って、そこから水尾自治会バス(250円)に乗って水尾を目指しました。
昔はよく乗った山陰線ですが、JR保津峡駅は新しい路線、保津川をはさんで旧山陰線の保津峡駅(赤紅葉の辺り)が見えますが、それは今は、旧山陰線を走るトロッコ列車の保津峡駅になっています。
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 自治会バスを水尾で降りてからも、20分ぐらい山道の参道を歩いてやっと御陵に到着。
ほぼ植林された杉林ですが、ところどころこんな紅葉も見られます。
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 水尾は柚の村、民家近くは柚ばかり、丁度収穫時か、実る黄色の柚と山の紅葉です。
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 写真の黄色いのは柚なんですが、うまくピントがあってなく、上手な写真になりません。
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 帰りの自治会バスは夕方までないので、約4qの自動車道を歩いて駅まで戻りますが、全部下り道なので意外と楽も、最後は少し膝が笑いました。
 携帯の音楽配信(無料版)で、中島みゆきや吉田拓郎を聞きながら下りたのも、楽だった原因かもしれません。
若者が携帯のイヤホンで聞きながら街を歩いてるのも、これなんですね。
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 山奥の紅葉も、綺麗ですし、天気が良いとやっぱり紅葉は綺麗ですね。
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 JR保津川駅は高い鉄橋の上に作られました。
駅の影が映る保津川に、丁度保津川下りの舟が下ってきました。
中学生の頃、旧保津川駅で降りて、友達とこの保津川を泳いでいましたが、ここがたぶん落合と言う所、毎年水難事故が起こってた所ですが、水泳は上手とは決して言えない私が、無事に死なずに、約60年後にここを見下ろしているのも不思議なものです。

     返事
花水木さん:同窓会も、
    胸のときめきが無くなってきましたね。
    寂しいですね。
       紅葉狩り4です。

2019/11/25

紅葉狩り3  京都
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 京都の紅葉ももうそろそろ終わりか、道路にも枯葉が舞うようになりました。
週末は娘の運転で南へ向かい、鴨川に沿って走る車中から紅葉見物。
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 京都国立博物館で開催中の「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」に行きました。
1巻丸々ではあまりにも高価過ぎて、絵巻を切って売りに出されたので有名な三十六歌仙絵ですが、もっと小さい絵巻の絵かと思ってましたが、意外と大きかったです。
したがって人物絵は判りますが、歌の字はまったく読めません、横に書かれた解説で小倉百人一首の歌は判りました。
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 この展覧会でなによりも良かったのは、十月三十日の本ブログ「藤原俊成の墓」で、気にいった墓石(右)と紹介した兆殿司の吉山明兆(キチザンミンチョウ)の描いた「柿本人麻呂像」が陳列されていたことです。
思わず「僕この人知ってる」と、声を出しそうになりました。
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 秋も深まって博物館中庭の噴水も寂しそう、ロダンの「考える人」の背中も寂しそうでしたが、「考える人」に出会うといつも、旧奈留小学校の校庭に「二宮金次郎」ではなく何故か有った「考える人」を思い出します。
今年もナルナリエはしてるのでしょうか?
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 私の龍池小学校の同窓会も金曜日に有りました。
い・ろ・は組計150人の同級生の内30名、約2割の出席です。
約1割が亡くなっていました。
 そんな70過ぎの同級生の集合写真より、裏庭に見える「妙」の紅葉の方を掲載します。
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 本日月曜日、雨の予報なのでいつもの自転車通勤ではなく、地下鉄で外来診療に。
相国寺を抜けていきますが、境内の紅葉はまだ綺麗でしたので、「紅葉狩り4」もいけるかも。

      返事
和さん:今回の写真では、
    あまり「行った気分」にさせられませんね。
      ごめんなさい
花水木さん:京都は住む所ではないですね。
    寒くて暑くて、それに海が無い、 
    ぼーっとしてる場所がないです。

2019/11/23

紅葉狩り2  京都
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 本日土曜日も良い天気ですが、先週の日曜日も秋晴れの良い天気で、比較的近場の秋を楽しみました。
平安京の鬼門を守る、比叡山麓の赤山禅院です。
 
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 その日も朝早くに家を出たので、思いのほか観光客も少なく、外国人らしき人はまったく見なかった赤山禅院で、紅葉は見頃でした。
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 紅葉をいかに撮るかもなかなか難しいですが、朝早いので逆光も良い感じでしたが、撮った写真は少し暗かったです。
 帰りの山門で1枚、そろそろ観光客が増えてきました。
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 赤山禅院から少し歩いて、40年ぶりぐらいに曼殊院門跡に入りました(600円)。
境内の庭にはあまり紅葉はなく、室内は撮影禁止です。
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 曼殊院の紅葉は、外の土塀周りの方が綺麗で、紅葉だけなら600円払って入るより、外側の紅葉だけ観て帰っても充分です。
 ゆっくり帰ってもまだ11時前、コロッケとトンカツのランチを食べて、バスに乗って帰りました。

     返事
花水木さん:年とって奥さんに頼る旦那は多いですが、
    旦那に頼る奥さんは少ないということでしょうね。
    頼ってほしいですが。
     金は貯めるものではなく、人の為そしてちょっとは自分の為に使うものと、
    思いますがなかなか難しい!
和さん:鞍馬山も長く行っていません。
    貴船への道は再開されてましたか。

2019/10/30

藤原俊成の墓  京都
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 一月前にもなってしまった前回の天皇陵巡りで紹介した、伝阿保親王塚を急遽探している時に、周囲の御陵巡りも兼ねて久しぶりに歩いた泉涌寺境内、境内にある月輪陵に参拝すると言えば無料でしたが、現在境内に観光で入るには500円いります。
若い時に夏に行くと、このお堂の縁側?の上で、近所の人らしき老人が皆昼寝をしていましたね。(現在の老人はイオンの椅子で昼寝してますが)
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 紅葉で有名な東福寺の通天橋も、下の道路に架かる無料の橋を渡りながら眺められます。
この季節ならそれなりにここでも混雑してると思いますが。
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 伝阿保親王塚は5人目ぐらいに尋ねた人にやっと教えてもらって、なんとかたどり着きましたが、そこから500mほど山の方の俊成墓も、なかなか見つけられませんでした。
やっと近所の人に教えられて、判りにくい入り口への道を見つけましたが、周囲は完全な住宅街です。
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 普通の墓の奥に土塀で囲まれた部分があって、これのようです。
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 入り口の石碑には、五條三位俊成卿・東福寺兆殿司(チョウデンス)墓。
中央に見える自然石の墓石が、藤原俊成(フジワラノシュンゼイ・トシナリ)(1114〜1204)の墓だと思い込んでしまいました。
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 中央の自然石の墓は、東福寺南明院の住職の業仲禅師(ギョウチュウゼンジ)の墓でした。
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 そして右の小さい方の自然石の墓が、吉山明兆(キチザンミンチョウ)と言う画僧の墓で、今もこの人の絵が東福寺には残ってるそうです。
兆殿司と言うのも、この画僧のことです。
 しかしこの二つの自然石の墓石、なかなか良いですね!!
私の墓もこんな感じにしてみたいです。きにいった!!
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 肝心の俊成の墓は、左側に建つ宝塔でした。
右の大きい方が俊成で、左の小さい方は俊成の子孫と言われる浄如禪尼(ジョウニョゼンニ)の墓です。
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 俊成は天皇の生母の御殿の事務長官である皇太后宮大夫(コウタイゴウクウノタイフ)を務めてましたが、優れた歌人として「千載集(センザイシュウ)」をまとめたりしました。
歌を創るにあたっては、桐火桶の前にきっちっと座り考えて考えて苦しみながら創ったので、世間からは「桐火桶の体(キリヒオケノスガタ)」と揶揄までされていました。
 なんといっても息子の定家は、父以上の大歌人ですし、定家のまとめた小倉百人一首にも入っているこの歌、《この世で辛いことから逃れるために山奥に入りましたが、山の奥にも辛いことがあるんだなあ》
この歌を創ったのは20代で、それから70年ほども生きて、91歳でこの墓に入っています。
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 2か月近くにわたって週末楽しんだW杯ラグビーもいよいよ決勝、寂しい気もしてますが、南アフリカがどう戦うか、楽しみです。
台風で中止になった試合もありますが、日本中が盛り上がって、被災地へのボランテイアもあって、ラグビーとラガーの良さを皆が知ったと思います。
3位決定戦でニュージーランドが元のニュージーランドに戻ってくれることを、決勝戦で抜け目なくしかし献身的なデクラークが目立つことを、南アフリカのジャージを着てTVで応援したいと思います。

      返事
大雪男さん:愚直に前進しても、
    なかなか一流のディフェンスは突破できないので、やはりキックは大事ですね。
    私クラスの試合では、ボールが空にあがると、
    一瞬力が抜けて、私はいつもゆっくりボールの落下点に走って行ってました。
    ちょっとボーっとする瞬間でした、まあいつも負けてたはずですね。

2019/9/4

天気おかしい  京都
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 今日の仕事は午前中のちょっとだけ、太陽の下、熱いぐらいの車に乗って帰ってきました。
午後はBSで古いSF映画「デユーン砂の惑星」を観てたら、急に辺りが真っ暗になり、黒い雲が走り、風が吹き、雷が鳴りだしました。
昔々、ピンクフロイドの「吹けよ風 呼べよ嵐」を何度も何度も聞いていたのを思い出させるような、ここは京都か!?と思うぐらいの天候。
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 携帯の天気予報を呼び出したら、「雷雨」雲の下から稲光が出てる印です。
なんでも携帯でわかる世の中なんですね。
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 窓の外で光る雷は、上手に撮れませんでしたが、携帯でもリアルに時々稲光が光るようになってました。
4回目でこれは撮ることが出来ましたよ、すごいですね!携帯がですよ!

     返事
花水木さん:私の父方祖母は4人、
    母方祖母は7人と、まあ100年前なら普通ですかね。
     雷が鳴って、風が雲を吹き飛ばしてる今、
    タイムリーなコメント返事ですが、
      天津風 雲のかよい路 吹き閉じよ
        乙女の姿 しばしとどめむ    の歌から、
    私でも知ってる宝塚大スター天津乙女さんの名は生れました。
    しかもその妹さんも宝塚スターで、
    雲野かよ子さんと言うらしいですよ。
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2019/8/17

大文字  京都
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 また大文字が巡ってきました。
自宅が「妙」の前にあるので、島から帰って4年連続の鑑賞です。(と言うことは、4年連続同じようなブログです)
今年は京都市の半地下状の体育館が前に建ったので、少し景色は変わっています。
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 昨日の台風も過ぎ去ってくれて、夕方には火床周囲の草に水を撒くぐらいになっています。
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 今年はお客さんはなしで、その替わり家族12人全員集合です。
いつも知り合いから料理を少しとってるのですが、今年はなんと清水六兵衛さんのお皿に盛って来てくれました。
料理より皿の方が100倍高価でしょうね。
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 8時過ぎ「妙」に点火、少しばらついたので、あとで怒られてるかもしれません。
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 それでも今年は綺麗に安定して「妙」は燃えていました。
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 我が家からは「大文字」の上ちょっとと、「船形」も見えます。
子供の時は、大文字が終わると夏休みが終わると、悲しくなっていましたが、今年は人生を感じて悲しくなっています。

      返事
大雪男さん:若い時は、ラグビーのヘッドギアも、
    全共闘の赤ヘルも、それなりに似あっていると思っていましたが、
    額が無いせいか、帽子はまったく似合いません。
    火野正平さんが被っていたような布製の自転車ヘルメットも買いましたが、
    全くダメです。
花水木さん:「漏」確かにあまり漏れると、
    仕事にも差障りが出るかもしれないので、
    これで仕事をやめるかもしれないですね。

2019/8/5

大覚寺  京都
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 天皇陵巡りもいよいよ次は第50代桓武天皇にまで至りました。
都も奈良から京都平安京に移りますので、歴代天皇陵も京都が多くなってきます。
したがって、天皇陵を巡るついでに、ブログの更新数を増やすためにも、色々京都の名所も紹介していこうとは思っています。
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 嵐山の渡月橋や天龍寺周辺は、今や外国人観光客であふれかえり、その人々は野々宮神社や竹林の小径にまで及んでいますが、そこからもう少し歩くここ大覚寺や大沢池は穴場になってるのか、芋の子を洗うような数の観光客はいませんでした。
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 宸殿(シンデン)は江戸時代の建物ですが寝殿造りなので、御所の紫宸殿と同じ感じでした。
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 右近の橘・左近の桜と、今は言ってますが、昔は花と言えば梅のこと、ここ大覚寺では平安時代の古式に則り、左近の「梅」が植えられていました。
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 縦の柱を雨に、直角に曲がった回廊を稲光にたとえた「村雨の廊下」と呼ばれる廊下をつたって、境内を巡りました。
廊下の天井も江戸時代の建物のようなので、刀を振り上げられないように天井は低く作られているようです。
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 観光客は少なく、静かで落ち着いて廻れます。
拝観料500円も、一人ならまあいいでしょう。
 
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 もちろん大覚寺境内からも大沢池は見渡せました。

       返事
花水木さん1:夏の木漏れ日の中を二人で歩きたかったですが、
    土曜日の猛暑日に、一人で天皇陵巡り最大の難関と言われてる淳和天皇陵に登りました。
    往復15Km、熱中症になりかけぐらいで、足元もおぼつかなくなり、腰もいたく、
    ふらふらになってしまいました。
    もうこんなことは無理な体になってしまったのか、
    いやいやもう一度体を鍛え直して、大雪男さんのように生きていくのか、
    麓まで降りても食事はする気にならず、
    氷水を飲んで、パフェを食べながら考えてしまいましたよ。
大雪男さん:本当に夢が現実になってきましたね!
    広島→横浜→巨人になりそうで、
    こうなったら、広島→横浜→阪神までいかないかとも思いますが、
    まあ高望みはせずに、今季は最下位脱出ぐらいの希望にしておきます。
花水木さん2:もう巨人の世の中ではないんですよ!
    阪神の世の中でもないんですがね。

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2019/8/2

大沢池  京都
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 嵯峨野にある天皇陵巡りの時に立ち寄った大沢池(オオサワノイケ)。
近くの広沢池(ヒロサワノイケ)はよく行きましたが、記臆にある限り、この大沢池を散策するのは初めてぐらいと思います。
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 第52代嵯峨天皇が造営された離宮「嵯峨院」の苑池で、中国の洞庭湖になぞらえて「庭湖(テイコ)」とも言われ、わが国最古の人工の林泉(林や泉水のある庭園)です。
池に沿って木立の中をぐるっと一周(約1Km)してみました。
若い時にアベックで来たかったですし、今なら睡蓮(蓮かも)が満開だそうです。
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 右の高い木のある島が天神島で、左の楕円形の島が菊ヶ島(キクガシマ)、その間に庭湖石(テイコセキ)があります。
 この菊ヶ島に生えていた嵯峨菊(花弁が細長く真っ直ぐな菊)を、船を浮かべていた嵯峨天皇が手折って、殿上の花瓶に挿したのが、華道の始まりと言われてます。(京都のへそ、六角さんではまた違う話を書いたような気がします)
その生け方を(二島一石の池の配置と同じ)伝えているのが嵯峨御流(サガゴリュウ)です。
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 池の端には有名な名古曽の滝跡があって、その石組も再現されていました。
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 200年後、大納言公任が、大沢池もさびれて滝も流れが無くなってからうたった、小倉百人一首の55番目の和歌はこの滝のことです。
 「なりぬれど」の後「な」ばかり続いて、リズミカルでうたいやすく憶えやすい和歌です。
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 大沢池に船を浮かべての観月、ここは月の名所でもあります。
この観月台に立って松尾芭蕉が、
     名月や  池をめぐりて  夜もすがら
と詠んだのは900年後ですし、今私がいるのは1200年後になりますね。

     返事
大雪男さん:巨人がもっと落ちてくることを祈るばかりですが、
    残念ながらCSに阪神はちょっとしんどい感じです。
     私はむしろダイエットをしてるんですが、
    上腹部が異様にポコッと出てきています。
花水木さん:妄想の中では絵になってるつもりなのですが、
    現実はなかなかです。
    男一人で食べるにしては、金額と内容があってない感じはします。
    一人で贅沢な昼はいらないんですが。

2019/7/28

鳥居本平野屋  京都
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 「お伊勢七たび、熊野へ三たび、愛宕さんへは月詣り」
京都の人は火の用心の神様である愛宕山へはよく登りますが、私は伊勢にはもう7回ぐらいは行った気もしますし、熊野へは3回以上行ってますが、愛宕山は1回登っただけです。
 京都の家の台所には必ず飾ってあるこの愛宕さんの火除けのお札、私の家の冷蔵庫に貼ってあるのは、私が貰ってきたのではなく、毎年7月31日に婿さんが貰ってきてくれるお札です。
PCでは変換しにくい「あたごきふひのようじん」です。
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 その愛宕詣での愛宕街道の赤い一の鳥居の傍らに400年前から店を構える平野屋さん。
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 愛宕山には登りませんが、最近は嵐山近くの施設の訪問リハビリの仕事もするようになって、このもっと奥の茶店や、近くの元料理やにも訪問するため、車で3カ月に1回ほど通るようになりました。
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 この日は仕事ではなく、仕事帰りに嵯峨天皇・皇后陵を巡りました。
蒸し暑い日、この辺りは少し涼しかったですが、せっかく登った皇后陵は倒木で閉じられていて、私の肩も落ちていました。
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 とぼとぼと降りてきて、遅めの昼食は、少し奮発して鳥居本平野屋で食べることにしました。
先ずはひんやりとした桜の香りの氷水でのどをうるおします。
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 昼をだいぶ過ぎていたので、客は少なく、静かでゆっくり出来ました。
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 -むしやしない-という、小腹がすいた人に茶店が出す鮎茶漬しかありませんでした。
ひとりおじいさんがいただきます。
小粋とも言いますし、寂しいとも言います。
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 この茶店名物の-しんこ団子-とお抹茶も付けて2600円は、やっぱり京都値段のような気もしますが、まあ水戸黄門になったような気分で、美味しくいただきました。
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 全て完食、ごちそうさまでした。
ブラブラまた嵐山方面まで歩きます。

      返事
花水木さん:のんびりとお菓子ばかり食べていては、
    いけないと思いつつ暮らしています。
大雪男さん:今日も勝ったら、本当に万歳ですが、
    これで次の広島が巨人に勝ちこしたら、
    消えてしまった広島優勝の目が、少し出てきますね。


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