奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2019/12/1

紅葉狩り5  
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 紅葉狩り5は、もう一度遠出と言っても、車で2時間ほどの湖北を目指しました。
北陸自動車道木之本ICで降りる前のパーキングエリアから、1週間ほど前に初冠雪した伊吹山を望みます。
深田久弥の日本百名山に選ばれている伊吹山、近くで見ると大きな立派な山です。
私が登頂した百名山は、この伊吹山と乗鞍岳の2峰のみです。
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 島から帰ってから知った滋賀県の紅葉の名所、湖北に三つほど集まっていて、すごい人のようなので、11月27日で紅葉散策期間が終了したのを待って、朝早くから出かけました。
 臨時駐車場には入れて(無料)、少し歩いてまずは與志漏神社(ヨシロウジンジャの紅葉。
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 少し上の観音堂まで登って、山の紅葉を鑑賞。
全体に紅葉のピークは過ぎていますが、それでも人はそれなりに来ています。
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 手の指以上に別れた葉っぱが落ちていました。
カエデとモミジの区別が、完全ではないですが分かりました。
葉の切れ込みが深いカエデをモミジと言い、
葉の切れ込みが浅いカエデをカエデと言うらしいです。
日本以外は、こんな区別は付けず、全て楓と言ってるようですよ、自信はないですが。
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 これは紅葉(モミジ)。
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 これは楓(カエデ)。
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 この地の紅葉狩りの目玉は、鶏足寺(ケイソクジ)参道石段の散紅葉。
このピークにはもっと赤く、木々にも赤紅葉が残ってるようなので、この写真よりもずっと綺麗な景色だったと思います。
こんな田舎にも、外国人旅行者がたくさん来てるので、驚きます。
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 人が多い散歩道を少し歩いて、石道寺(シャクドウジ)へ(全て無料)。
その後は脇道を廻って駐車場にたどり着きましたが、一歩脇道に入ると見物客はいません。
この日も早く出て、早く帰って競馬、そして日曜日は少し散歩しただけで、午後はラグビー・マラソン・アメフト・ゴルフを観ながら、また競馬ですが、土日共に一つも入らず終わりました。
たくさんのレースを買いたいので、買い目を絞りすぎと高配当を望みすぎの結果です。

     返事
和さん:私が入れてもらったのは、
    Spotifyという音楽配信のアプリです。

2019/11/20

紅葉狩り1  
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 あっという間に寒くなって、紅葉もそろそろ見頃になった先週金曜日。
まずは近くの宝ヶ池周囲を孫V-1と三人で散歩。
遠くの比叡山もそろそろ秋色になってきました。
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 天気はあまり良くなく、北は雨が降るかもの予想があった土曜日。
蟹を食べるために、朝早くから北陸に向かいました。
 途中通過する湖北のマキノ近くにある「もみじ池」が、紅葉の穴場で綺麗と聞いたので、寄ってみました。
到着したのは8時前、さすがに穴場、人っ子一人いない穴場でした。
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 池に映る紅葉と、用途不明の朽ちた木橋が、なかなか良い雰囲気を作り上げています。
朝早いせいか、曇ってるせいか、やや寂しい感じで、やはり紅葉は太陽が当たってなんぼですよね。
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 越前海岸に着いたのが、昼ご飯には早すぎたので、ゆっくりと「北前船主の館・右近家」を見学しました。(500円)
 右近家は江戸時代の北前船主として繁栄しましたが、北前船の衰退と共に蒸気船を購入し、新たな海運業者としても繁栄し続け、その後は海上保険業に進出し、日本海上保険株式会社を設立しています。
このためずっと金持ちで居続けられ、明治34年に建て替えられたこの大きな屋敷を、今も維持し続けられてるようです。
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 屋敷の背後に昭和初期に作られた山小屋風の西洋館、この建設にあたって、近在の村の男女1万人ほどが動員されたそうです。
でも館の案内人に尋ねると、これは村の貧しい人たちを助けるために、寄付とか施しではなく、賃金という形で村に還元する目的で、この西洋館を建てたそうで、損保ジャパン日本興和の創業者はなかなか偉い人ですね。 
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 西洋館のテラスから、大金持ちのように日本海を眺めます。
海が見える景色は、庶民でも良い気持ちになります!
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 西洋館のさらに上には、展望台や展示館もあって、庭園の紅葉越しにも日本海が見えます。
 展示館に、戦後生まれですが、小学校のころまでは軍神好きの私が憶えていた、「杉野はいずこ」で有名な広瀬中佐の資料が飾ってありました。
右近家と広瀬中佐はどこで繋がってるのかと思いましたが、日露戦争の旅順港閉塞作戦で広瀬中佐が港の入り口にわざと沈めた船が、右近家旧所有の福井丸だったからでした。
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 その後前回報告の越前ガニをたらふく食べて、越前大野城に向かいました。
到着の頃には雨がけっこう降ってきていて、お城に登る気にはなれませんでした。
大野までは3回以上は来てるのに、まだ越前大野城には登城してません。
名物の越前そばも醤油カツ丼も入る余裕はなく、別腹のジェラードを食べて、麓の駐車場の紅葉越しに雨に煙る天守を眺めただけで帰途につきました。

      返事
じょんのびかあさんさん:旦那さんのブログはチェックしてますよ。
     若狭のトラフグも食べたくなりました。
花水木さん:私も1分でも行列は並ぶの嫌いでしたが、
    島に行って、船をゆっくり待つ習慣が付いてからは、
    少しは並べる人間になっています。
     私の趣味はずっと家内ですが、
    家内の趣味が最近は私でないのが、少々気がかりです。

2019/10/24

W杯の帰り  
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 W杯準々決勝イングランド対オーストラリアが終わったのは18時過ぎ、ゆっくり目に余韻が残る競技場を出て帰途につきましたが、余裕を持って取っていた大分駅からの特急シーガイヤにもなんとか間に合ったぐらい、バスを待つ行列が長くなっていました。
 北九州小倉の先の黒崎のビジネスホテルに着いたのは11時を過ぎていました。
風呂入って、ぐっすり寝て、翌朝の黒崎駅前、九州なので井筒屋がありますが、もうこの駅前に来ることはないでしょうね。
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 親子孫3人で小倉まで出て、小倉城を見学。
40年ほど前に家族で一度来ていますが、こんな大きな立派な天守閣があった印象は全くなし、小さな隅櫓の中を歩いた記憶は、別の城の記憶だったんでしょうか。
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 丁度城まつりをしていて、アンケートで岡山の桃プリンを貰いました。
さすが九州、小さな剣道大会も開催されていました。
 小倉細川藩初代城主は、細川ガラシャ夫人の夫の細川忠興(タダオキ)でした。
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 最近のお城見学は、城内にいろいろな人形を並べたり、電気仕掛けの表示など、工夫をこらしているので、大人も子供も楽しめます。
 私は休憩してるのではなく、軍議に参加しているのですよ。
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 小倉駅前のビル内に北九州市漫画ミュージアムがあるのを息子が見つけ、行ってきました。
魔夜峰央(マヤミネオ)の原画展をやってました。
最近は「翔んで埼玉」で再ブレークしてますが、私にとっては息子たちと読んでいた「パタリロ!」ですね。
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 松本零士は小学生の頃から北九州市で育っていたことを知りました。
結構たくさんの漫画家を、北九市は産んだり育てたりしてるようで、それで漫画ミュージアムも出来たんですかね。
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 久しぶりにその名を聞いた関谷ひさしさん、北九州市生まれで、その仕事場が展示されていました。
 ご存知ですか!「ストップ!兄ちゃん」。
私にとって小学〜中学時代の野球漫画の最高峰は「背番号0」「スポーツマン金太郎」と、このややコミカルな関谷ひさしさんの「ストップ!兄ちゃん」でした。
一番ハヤイが内野ゴロでも俊足で出塁、二番タコがファールばかりで粘って最後に打ち、三番が小さい子で必ず四球、そして満塁でまわってきた兄ちゃんが満塁ホームラン、と言う話でしたね。
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 望月三起也の「ワイルド7」の原画展も開催されていました。
 
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 大学生の頃よく読んでました、かっこいい漫画でしたね、その後に出た違う作者の「パイナップルARMY」も思いだします、私は武器も好きでした。
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 小中学校時代の少年漫画、高校大学時代の「カムイ伝」「ゴルゴ13」、息子たちと楽しんだ「Dr.スランプアラレちゃん」「スラムダンク」など、私の漫画人生も危うかったですが、今は読む機会に恵まれていませんね。
 こうして日曜の夕方には無事京都に帰りましたが、夜に日本はデクラークに負けてしまいましたね。

      返事
花水木さん:私の子供の時の方が、
    可愛くてしっかりしてた気もしますが。
     飲みに行くと、
    生ビール1杯、そしてあとは薄めの焼酎の水割りが私のペースです。
     今はあつかましい限りですが、
    ラグビーをしてた頃は、私もシャイでした。
大雪男さん:スクラム自体はまずまずでしたが、
    モールで押されすぎ、ラインアウトで獲れなすぎでしたね。

2019/9/23

上高地へ3  
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 上高地からの帰りのバスも15分ほど並んだだけで乗れて、平湯あかんだな駐車場まで降りて来たのが2時過ぎ、まっすぐ家に帰るのはしんどいと思っていたので、その日は金沢まで帰り、ビジネスホテルに泊まりました。
 駅前だったので夕食を食べるために金沢駅をブラブラ。
有名な鼓門(ツヅミモン)、近くでこうしてみると大きく見えますが、遠くからだと後ろの金沢駅と重なって、思ってたほど大きく見えませんでした。
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 3日目はゆっくり帰るつもりでしたが、思い立って20年ぶりかもしれませんが、福井県立恐竜博物館にも寄ってみました。
なんと70歳以上は他府県の私でも無料(一般720円なのに)です。
京都に比べても、福井県の方が太っ腹ですが、さすがに無料はちょっと気ずつないですね。
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 スキー帰りに家族で寄った時と、この未来的なエントランスは同じままの様で、なんとなく思いだしましたが、今でもそれ程古びた感じはありません。
展示されてる内容は、かなり増えて立派になった感じです。
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           専属特派員撮影
 この実物大?の動く恐竜も、リアルでちょっと怖いぐらいですが、これも昔はなかったと思います。
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 館内で恐竜玉子プリンも食べてみました。
その後は、越前海岸にも寄り道して、魚を食べて、暑い暑い京都に帰りました。
 そして先週は2万円以上の万馬券も当たったし、今週は少し苦しんだが日本も勝ちました。
どうでも良いプロ野球は終わったので、あと1ヶ月はW杯ラグビーです。
フランスとアルゼンチンも見ごたえありましたが、この2チーム相手なら日本もなんとか行けそうな気がしました。
でもNZは圧倒的に強かったですが、日本がなんとかNZとあたる奇跡が起こることを祈ってます。
今週の試合ではNZに負けた南アですが、個人的には南アフリカのSHデクラークとWTBコルビが好きになりました。
特にウイングのコルビは、170cmしかないのに大男にすごいタックルをします、応援してあげて下さい。

     返事
花水木さん:写真の腕が上がったのではなく、
    美人なら素人が撮っても綺麗なように、
    あまりにも上天気だったので、綺麗な写真になっただけです。
     河童橋には有料の写真屋さんも出てました。
ワタクシでございますさん:旅行は先々週です。
    この三連休はラグビー観戦ですよ!
     老婆心ながら、ブログさぼりすぎですよ!
大雪男さん:さすがに人気の上高地と思いました。
    この程度のハイキングしか出来ませんが、行って良かったです。
     5位でも矢野続投ですかね?
    5点打線を作ってほしいですが、野球よりラグビーやNFLの方が見ごたえありますね。

2019/9/19

上高地へ2  
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 朝食前にホテルの周りを散歩、朝焼けの山も写真のように綺麗で、2日目も上天気です。
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 上高地にはチップ制のトイレが何ヶ所か有り、100円均一でした。
以前東京で一度有料トイレに入ったことがあるので、有料トイレ体験は2回目ですが、山の中、東京の有料トイレほどは豪華ではなく、まあまあと言うところでした。
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 朝の河童橋から岳沢(ダケサワ)と奥穂高岳などの山並み、これまた絵のように綺麗に見える日でした。
万年雪も少し残ってるように見えました。
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 この日は明神橋まで歩きましたが、ゆっくりゆっくり歩くので1時間以上かかりました。
朝一番ののためか、河童橋より人は少な目、橋の向こうにそびえるのが明神岳です。
ここから2時間ほど歩くと徳沢・横尾で、そこまで行くと有名な涸沢(カラサワ)や北穂高岳・槍ヶ岳が見えますが、これは無理なのでやめておきました。
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 奥穂高神社奥宮と明神池の拝観には300円いります。
鳥居には菊の紋が入っていましたが?
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 ひょうたん型の明神池は一之池・二之池と別れていましたが、どちらの明神池も眺めは最高、気持ちが良いです。
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 あまりにも透明なので、底が見えるのに深さが判りにくい明神池、写真に撮ったら、水面に明神岳と空が映って、肉眼で見てるより青く撮れました。
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 明神池横の嘉門次小屋で、蕎麦とお汁粉をシエアして休憩。
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 再び河童橋の上高地バスターミナルまで下りました。
途中は又湿地や梓川の支流が流れていて、「オフィーリア」の絵のような川がたくさん見られましたが、美女は浮かんではいませんでした。
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 河童橋の五千尺ホテルで、美味しいと評判のちょっと高いレアチーズケーキを食べて、食でも上高地に満腹。
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 上高地の満足度は、上天気のせいもありますが、かなり高かった旅でした。

      返事
大雪男さん:「藤木レリーフ」は奥穂高山頂ではなく、
    滝谷の登山口にあるようです。
     来年は、もう一度岡田に戻ってほしいのですが。
花水木さん:2008年なら、もうマイカー規制あったと思います。
     私の親戚だが私とは血がつながっていない人に、偉い人が多いです。
    私の血が入ってる私の子や孫が偉くなるとも思えませんが、
    人の迷惑にならず、お天道様の下で、元気に生きてくれたら、
    それでもう十分です。
和さん:山は綺麗で感激しましたが、
    五島の海は感激と共に心が洗われます。
    でも旅行はやはり天気ですね、
    五島に雨や嵐の時に来た人は、本当にかわいそうと思っていました。

2019/9/15

上高地へ1  
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 一度は行きたかった上高地、40年ほど前まだ安房トンネルが出来て無かった頃に、一度釜トンネルの前を通りすぎたのですが、行かなかった上高地。
 9月の週末金曜日の朝5時半に自宅を出発、写真のひるがの高原サービスエリアなどで何度も休憩しながら、比較的安全運転で、平湯温泉あかんだな駐車場(1日600円)に着いたのが昼前です。
天気は申し分なしでした。
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 マイカーでは上高地に入れませんので、路線バス(往復2050円)で上高地まで30分程、一番手前の大正池で降りました。
 1915年(大正4年)に焼岳の大噴火で梓川が堰き止められて出来た池ですが、流れ込む土砂でだいぶ小さくなり、有名な枯れ木も残りわずかになってるようです。
大正池の後ろに聳える、初めてじっくり目にした日本アルプスの山並みは、ちょっと感激するぐらいの景色でした。
 旅行の印象は、やっぱり天気に左右されますね!
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 梓川に沿って林の中を上がりましたが、途中梓川が何本も枝分かれして並行して流れるような小川がたくさん流れていて、快晴なのに全く暑くはありません。
水は綺麗で、奥入瀬渓流よりも私たちの評価は高かったです。
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 正面の六百山などからの伏流水が湧き出て、この田代池や湿原を作ってるそうです。
水は無いと思うぐらい透明です。
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 梓川の本流自体は結構大きく、流れも水量も思っていた以上にあります。
水の色も綺麗です。
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 1時間ちょっと歩いて、最初に見つけたホテルの食堂で遅めの昼ご飯。
再び歩き始めて、明治時代に日本アルプスに魅了され、その存在を世界に広めたウォルター・ウェストンの碑にたどり着きました。
ここを目標に歩いていたのに、写真を撮ってる人がいなかったら、危うく通り過ぎる所でした。
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 一度は行きたかった上高地、一度は泊まりたかった上高地帝国ホテルに、頑張って清水の舞台とまではいきませんが、2階から飛び降りるつもりで泊まりました。
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 夕食前の散歩で、ホテルの裏に廻ると、山は夕照?。
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 部屋はそれほど広くなく、山小屋風ですが、夕食はさすが帝国ホテル、非常に美味しかったです。
接客も丁寧ですし、他の泊り客も私たちより皆上品でした。
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 このメニューの中で、スープが珍しい味で濃厚で美味しかったです。
頑張って骨折もせずに2階から飛び降りて、泊まった甲斐はありました。
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 最後に親戚自慢を。
上高地帝国ホテル内の図書館に鍵のかかった本棚があって、その中に有名な深田久弥さんの古い本などに混じって、藤木九三さんの古い本も5冊ほど並んでいました。
藤木九三と言っても山男以外には馴染みはないと思いますが、北穂高岳滝谷の初登攀をしたり、甲子園のスタンドをアルプス席と名付けたりした、登山家兼新聞記者兼詩人です。
 九三さん、実は私の叔母の嫁ぎ先の舅にあたります。
60年程前小学生の頃、叔母の甲子園球場の裏にある家によく泊まりに行きました。
高校野球を一日中出たり入ったりして観たり、その頃はあったダブルヘッダー(1日2試合同じカードの阪神戦をやります)を観に行くと、途中で叔母が外野席まで弁当を届けてくれました。
又今では考えられませんが、7回を過ぎると甲子園球場の阪神戦も無料開放になるので、仕事から帰ってきた叔父に連れられて、ナイターの最後だけを観に行ってました。
その頃九三は丁度今の私ぐらいの年齢で、男の孫も少なかったのか、可愛がってくれましたので、私にとっては単なる好々爺、そんな偉い人とは思っていませんでした。
 奥穂高には「藤木レリーフ」と言うウェストン碑のような顕彰碑もあって、その除幕式に叔母は山男に背負われて出席したと話してくれていたのですが、私の今の足ではそこに行くのは無理なようです。

     返事
花水木さん:こんな芋あんは初めて食べましたが、
    流行してるのですね。
     関西では、スーパーの野菜売り場には、
    徳島産のいろんな野菜が並んでいますよ。
大雪男さん:五島にいた頃から、
    人口減少が少なくプロレスなど頑張ってるのは小値賀島だけと聞いていました。
    奈留島も合併せずの方が、町民の一体感は増したと思いますよ。
     首位巨人・5位阪神が今の実力ですかね?
    横浜になんとか日本シリーズに行ってほしいですが。
    来年はオリンピック年なので、阪神優勝の可能性はあります。
 

2019/6/8

筏下りへの道2.  
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 国道168号線に沿って南下しましたが、十津川を過ぎて道路のすぐ横に見えた立派な十二滝。
苦労なく見える滝ですし、それなりに有名な滝の様で、落差も上の方が分かり難いのか80〜100mと、立派な滝でした。
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 せっかくだからと、ちょっと熊野本宮大社にも寄ってみました。
以前と違って、その前には立派な世界遺産熊野本宮館が出来ていて、綺麗に整備された無料駐車場も出来ていました。
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 石段を少し上って本殿まで、これより内は写真撮影禁止の張り紙はありましたが、以前来た時には写真撮れたような気がしますし、ほとんどの人が写真を撮っていました。
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 ブログにも載せたりするので、私は真面目に外からしか本殿の写真は撮らずにおきました。
「伊勢へ七度、熊野に三度」というそうですが、私はこれで三度は来てることにはなります。
 元々は熊野川の中州にあった熊野本宮大社は、明治22年(1889年)の大洪水で流されたため、今のここに移転されたそうです。
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 元々大社のあった中州の旧社地は、大斎原(オオユノハラ)と言われ、以前来た時に比べても整備され、八咫烏を刻んだこんな大鳥居まで出来ていましたが、この鳥居はわたし的にはいらないような気もします。
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 そしてその日は、熊野川支流の大塔川の左岸にある川湯温泉にやっと泊まれました。(30年ほど前に家族5人で来た時は、宿泊代をケチって泊まらず、仙人風呂で泳いだだけでそのまま帰りました。)
昨年8月の台風でこの温泉は水没したため、旅館1階のこの露天風呂は新装で気持ち良かったです。
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 前回報告忘れた、天誅組本陣跡近くの道の駅で買った「てんちゅうグミ」、天誅組総統吉村寅太郎もこよなく愛した味のグミでした。

       返事
花水木さん:ゴダイゴが後醍醐天皇からのネーミングとは知りませんでした。
     高齢運転本当に心配ですが、孫を乗せてる時はかなり安全運転です。
大雪男さん:高い所では最悪の予想をするので、
    余計に怖くなる性格です。
     来週なかなか予約の取れない高齢者教習を、家の隣の教習所で受けます。
    自信はあまりありませんが、もう一度は免許更新はするつもりです。
     阪神、まだまだ実力不足ですよ。いつも最悪の予想をしてます。
和さん:筏下り、お勧めします!
     私は歳を重ねて、余計に怖がりになってるかも。

2019/6/5

筏下りまでの道1  
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 北山村観光筏下り、20年前なら日帰りにしたかもしれませんが、今回はさすがに一泊旅行です。
京都からは真っ直ぐ南へ下ります。
 奈良県の南の山中は、昔は南朝勢力の隠れ家となっていました。
第96代後醍醐天皇の息子で、鎌倉で捕えられ非業の死を遂げた大塔宮護良親王(ダイトウミヤモリナガシンノウ)の像も、道の駅の近くにありました。
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 そして幕末のちょっと早すぎた、ちょっと無茶な決起の天誅組の変で、五条代官所を襲撃した天誅組が本陣を置いた天辻峠(アマツジトウゲ)の南、その本陣跡にも看板をみてわざわざ寄ってみましたが、家内の指摘通り、狭い道の向こうにちょっとあった広場に、天誅組本陣遺跡の石碑があるだけでした。
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 昭和29年、一戸あたり20万円ずつの大金を出し合って800余万円で築設した、長さ297.7m・川からの高さ54m、生活用(村道)の吊り橋としては日本一の谷瀬の吊り橋(タニセ)。
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 この吊り橋、もう3回ぐらいは渡っていますが、今回が一番怖かったです。
平日なので人が誰もいなかった為か、単に年とった為か、本当になんとか渡りきりましたが、またここから帰らなくてはなりません。
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 まあ経験と言うのは大事なことで、帰り道は写真を撮る勇気もありましたし、時間もかかりませんでした。
多分渡るのはこれで最後のしておきます。

      返事
花水木さん:長崎港ー京都間800kmを
    フークを連れて年に2回は走っていたので、
    長距離ドライブは嫌いではないのですが、
    そろそろ高齢者のこんな運転はやめた方が良いですかね。

2019/6/2

観光筏下り  
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 人口450人ほどの和歌山県東牟婁郡北山村は、和歌山県の村なのですが、周囲を奈良県と三重県に囲まれている、日本で唯一の飛び地の自治体です。
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 その北山村で40年前から始まった観光筏下り、昨年も予約したのですが、大雨で中止になりましたので、今年もう一度チャレンジしました。
なんせ乗れるのは「10才から75才までの健脚な方」の条件が付いているので、まごまごしていたら乗れなくなります。
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 5〜6個?つながった筏に、筏師と合わせて20人ほどで乗り込み、北山川を下ります。
緩やかな流れの所は座って、急流の瀬は濡れないように立ち上がって、両側の柵をもって下ります。
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 ライフジャケット着用、半ズボン姿ですが、膝ぐらいまで濡れます。
川の水はまだ冷たい。
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 色んな瀬があって、結構楽しめました。
道の駅からバスに乗って出発して乗船(乗筏)し、最初に下る瀬は、弟乗り(オトノリ)と言う名なのですが、この瀬は難所で、大事な跡取りである長男は乗せず(私は長男ですが乗りました)、次男以下の筏師だけが乗り込んで下ったので、この名があるくらいの急流です。
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 今回乗ったのは年に4回ほどしかない特別便です。
普通便より1500円高いだけで、この弁当とお茶が付いて、途中川岸に上陸できて、ゆっくりしたお弁当時間もありました。
地元の人が作ったこの弁当は、メハリ寿司や鮎の煮物なども付いて、めちゃくちゃ美味しかったです。
天気にも恵まれ、川面を吹く風も心地よく、京都から車で5時間ほどかかりましたが、なかなか良き旅でした。
 北山村、筏師養成もしていて、若い人も増えてきて、保育園の待機児童が出てるぐらい。
特産品の「じゃばら」も花粉症に効果あると、人気になってるそうで、頑張ってる自治体ですので応援したいです。

    返事
花水木さん:「馬ンまら」サイズは一人では無理ですが、
    普通の羊羹やういろうなら、1本は食べられるぐらい好きです。
タグ: 北山村 飛び地

2019/5/8

鳥取砂丘  
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 10連休前半、大学時代の友人の墓参りというか、10年経ってもまだ納骨してないので、自宅の遺影に挨拶に行きました。
 帰りに久しぶりの鳥取砂丘に行ったというか、混んでいたので車が少なかった展望台に廻り、そこから砂丘を眺めてきました。
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 「砂の美術館」(600円)にも初めて入りました。
今回は、砂で世界旅行・南アジア編が開催中で、入り口にはマハトマ・ガンディー像、迫力ありました。
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 水も流れるタージマハル。
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 釈迦の像は、作者の趣味か、アンジェリーナ・ジョリーに似ていました。
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 立派に本格的に作られてるので、一見の価値は充分ありました。
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 鳥取砂丘の砂に産めて加熱したゆで卵を買って帰りました。
しっかりした味になっていて、これも1回は食べてもいい味です。
 連休終わって働きだしましたが、10連休の最後の日は、庭の木を少し切ったぐらいで、ゆっくり休みましたので、もういつもの調子です。

     返事
花水木さん:私の今の家族12人中、
    半分の5人が4月か5月生まれです。
    期待していいですかね?
     因みに、(ご存知のように)
    私は研ナオコさんの次の日です。
タグ: 砂の美術館


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