奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2016/1/14

戸岐神社例祭  富江
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 先週の3連休、私の日当直は東京からの研修医が変わってくれたのでのんびりできました。
 福江島の北東にある赤い大きな戸岐大橋、その橋のたもとにある戸岐神社の例祭を1月10日(日)は見学。
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 戸岐神社は立派な社殿を持っていますが、歴史は意外と浅く、元禄元年御鎮座の石碑があったので、300年ちょっとぐらい。
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 拝殿の奥の神様が鎮座する本殿は、高い石垣のなかなか立派な建物です。
 10時前から三々五々人が集まってきました。
いろんな衣装の子供たちも、次々と拝殿の中に入っていきます。
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 神主さんが奥の本殿の扉を開き、次々と貢物が中に運び込まれ、お神楽が始まりました。
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 私のような他人でもこの拝殿に上がれて、間近に神楽などの式典が見られるようですが、一度入ると途中退席しにくそうなので、外から見るだけにとどめました。
それは正解!なんと1時間半近くずっと神楽が続きました。
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 一ヶ所にじっととどまって見学することが出来ない私は、長い神楽の間に周りをブラブラ散策。
すぐ近くに、恵比寿神社と山の上の方へ続く長く急な石段を見つけました。
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 結構急で1段が高く、途中でもうやめようと何回も思いましたが、最後の10段は這うようにしてなんとか登りきりましたが、頂上にあったのはこの石の祠のみ。
木々が生い茂っていて、眺めが良いかなと期待していた景色は、なにも見えませんでした。
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 下りは足の痛みもあって、ゆっくりゆっくり横になって降りざるをえないぐらい急で、怖いぐらい。
降りながら数えてみると、石段は意外と少なく286段、でも今も両腓腹部が張っています。
 その後、中年男女が上がっていったので、まず途中で帰ってくる方に賭けて待っていましたが、降りて来たおばさんに尋ねたら、「なんとか上がりました」との返事、その日のシンザン記念も負けましたが、階段賭けも負けました。
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 神楽がようやく終わって、これから無形民俗文化財の巡行が始まると待っていましたが、こんな翁・媼や神輿の巡行は今年はなしということで、残念ながら終了でした。

    返事

花水木さん:ランドセルは各自予約して、もう買ったそうです。
     私の手、男としては手袋サイズも小さい方ですが、この写真では異常に腫れていますね、
    なんか病的に見えてきましたよ。

2015/12/28

富江の夕陽  富江
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 日本の最西端にある五島列島の福江島、日の入りは日本で一番遅いです。
それ故に、毎年12月31日に福江島の西の端大瀬崎灯台では、日本の最後の夕陽鑑賞会が行われています。
 大瀬崎より少しだけ東に位置する富江でも、日の入りは遅く、黒瀬や丸子には秋から冬にかけてだけ、夕陽が海に落ちますが、この様に水平線に沈む夕陽を見れる天気はなかなかありません。
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 この日も二子岩の中央に夕陽が落ちそうなのに、最後は雲に隠れて夕焼けのみ。
せっかく出漁する舟も捕えたのに、ままになりません。
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 12月初めでも、日の入りは5時半ごろ、この日も勤務終了で飛び出したのに、雲にかかって水平線には沈みません。
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 12月も末になると、黒瀬では夕陽が二子岩と重ならなくなります。
少し早退して丸子の海岸で、二子岩の間に落ちる夕陽を撮りました。
 間寛平の「ひらけチューリップ」を歌いながら待ちましたが、まあこれなら
   ひいらけ ひらけ  
     パッとひらけ! チューウウリイップ ♪
 たぶんこのまま入って、チューリップは開くでしょうね。
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 実際は、この後雲に隠れてしまいましたよ!
というわけで、今年はフークもいないのでゆっくり京都でお正月です。
    良いお年を!
   そして来年も見捨てないで、よろしくお願いいたします。

      返事
花水木さん:地味な裏方ではなく、
    楽な仕事をしただけですよ。
     細かい所では、この蒸し器の写真とチョコパッフェのスチックを比較して、
    載せたつもりなのですが・・・・。

2015/12/11

實相寺  富江
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 久しぶりに富江のお寺紹介。
フークの散歩では、昨年まではしょっちゅう行っていましたが、フークがいた頃のルーチンをもうすべて忘れかけている私は、ここまで一人で散歩することも少なくなりました。
    浄土宗 明月山 實相寺
      福江八十八ヶ所の七十七番札所です。
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 明治になって富江陣屋の門を、富江小学校の校門として移築したそうですが、それをまた、この實相寺に移築して、山門にとしたのがこれです。
しかし、この新しさから分かるように、この門は平成6年に同形で再建されたものです。
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 こんな風に横から眺めるとよく分かりますが、屋根が上に凸の丸みがある、起り屋根(ムクリヤネ)になっているのが少し珍しいのです。
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 富江の中心部は、江戸時代の武家制度がしっかりと運用されていたようで、武家と町人達が住む場所も分けられ、寺社もきちっとしていたので、隠れキリシタンの入れる余地もなく、こんな風にお寺の本堂はかなり立派です。
 本堂の屋根の勾配は、中ほどが凹で端が高くなった、普通の反り屋根でした。
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 實相寺の墓地の中に一つだけ、キリスト教徒の墓がありました。
富江小学校の向かいにある富江バブテスト教会の創始者近藤其次の墓らしく、浄土宗の墓地は多宗教にも寛大ですね。

       返事
大雪男さん:金鳥のCMはおもしろかったですがね、
    あれでは汚れ役とは言えませんかね。
福山市さん:12月19日(土)22:00〜からかも、
    NHKの「SONGS」皆さんも観て下さい。
花水木さん:と言うか、福山雅治も結婚して年とって、
    ますます私に似てきた、と言う方が自然ですよね。???
和さん:この映画の予告編はユーチューブで観て、
    ブログ写真もそれから取ったのがあります、本編がどうあるのかは不明です。

2015/12/5

刑事物語3潮騒の詩  富江
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 「グラスホッパー」の前に最近観た映画は、富江で上映会があった、五島でロケされた「くちびるに歌を」です。
 五島ロケした映画は他にも、数年前の「悪人」での大瀬崎灯台のロケは有名ですが、「男はつらいよ」の第6作でも少しだけ五島が出てきました。
 1984年(昭和59年)の「刑事物語3潮騒の詩」は、ほぼオール五島ロケで、奈留島も出てくるので、BSのTVで以前に観たことがあります。
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 この映画、武田鉄矢主演で、武田の考案したハンガーを使ってのカンフーや、シンデレラガールでデビューした沢口靖子さんの共演で、当時話題になった刑事ものです。
 沢口靖子さんはこの1年後のNHK朝ドラ「澪つくし」でデビューしたものと思ってましたが、今回調べたらこちらの方が早く、あれからもう30年以上経ったのですね。
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 以前行った嵯峨島の千畳敷もラストの重要なシーンで使われていました。
星由里子が沢口靖子のお母さん役、懐かしい夏木陽介やハナ肇も出てますし、奈留島のスナックのママさん役で木暮実千代、エキストラでちょっと映った、奈留島の知ってる人の30年前の顔も発見しました。
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 富江の黒瀬の漁港が星由里子の旅館、まだ埋め立てていない黒瀬の漁港が出てきます。
当時のことを病院の人に聞いたら、この旅館もそこにあった家に張りぼての石塀などを作って撮影されたようです。
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 今の黒瀬漁港の曲がり角、旅館に使われた家は黄色の大きな家に建て替わっています。
その向こうの私の車の停まってる辺りは、砂浜が埋め立てられて、今は立派な漁港になっています。
沖の防波堤は、沢口靖子も走ったりしていたので、その頃からあったようです。
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 車を停めた所は、この武田鉄矢がけんかをしてる辺りになりますかね。
 京都でロケしたTVや映画はしょっちゅうあって、別にうれしくもなんともないですが、五島の知ってる所が映画やTVで出てくると、私は五島人以上にうれしく思ってるのかもしれません。
  TVから無断盗撮してしまいました、厳密にはこれはペケですかね?
     お許しを


      返事
花水木さん:イリアとソロ役のロバート・ボーンを間違っているのでは?
     花水木さんの苦手な松平健顔よりも、私は福山雅治顔なので良かったです?。
大雪男さん:私は映画館で大人になったと思っているので、
    綺麗で新しくなりすぎた観がある最近の映画館でも、やっぱり定期的に行きたくなります。

2015/11/16

楠原天主堂  富江
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 1912年(明治45年)に完成した楠原(クスハラ)天主堂、五島の天主堂としては珍しく福江島の中央、海から離れた場所に建っています。
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 天主堂と言うより楠原教会と言った方が言い易いですが、「教会」は共通の信仰によって形成される集団のことで、その「教会」の建築物が一般的に「教会堂」らしいです。
 「ローマカトリックのアジア名は天主教、その建築物は天主堂になります」と、以前信者さんから説明されたことがあるので、五島の教会堂はほぼ天主堂になります。
ですから、「長崎の教会群を世界遺産に」と運動していますが、「長崎の天主堂群を世界遺産に」変えなくてはと、天邪鬼の私は思ってます。
それでも、天主堂と言うより教会の方が言い易い。
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 昭和41年の楠原天主堂の写真です。
昭和41年には私はもう高校生、天主堂の玄関のヤシの木はまだ2ⅿぐらいの高さしかありませんでした。
その後私はまったく背が伸びず、むしろ2〜3p縮んだぐらいですが、ここのヤシの木は立派に育って、狛犬か左近の桜・右近の橘以上に教会によく似合っています。
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 窓の外から中をそっと撮らしてもらいました。
窓ガラス越しなので余計幻想的に、今にも神が降臨するような雰囲気です。
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 明治の初めにこの地であったキリシタン迫害で、牢屋として使われていた民家が老朽化し、解体されたものを集めて、平成8年にこんな小屋の中に復元されていました。
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 内部は明治の頃の民家一部です。
ここに入牢していたのは全部で69名、楠原や水ノ浦、それに少し離れたあの小さな島姫島の18人も含まれていました。
名簿の中には(名前の末は蔵・吉・助など)女性名は見当たりませんでした。

     返事
花水木さん:カーナビの女性の声にも心ときめく老人です。
    京都弁にしてくれたら、もっと現実感をもってときめくかも。
大雪男さん:確かに、カーナビはわざと狭い道を教える時がありますね。
和みさん:遊具はまだ古くなかったのに、
    あの芝生広場はそんなに昔からあったのですね。

2015/11/13

鐙瀬  富江
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 鬼岳から流れ出た溶岩が海に流れ込んで出来た海岸で、その成立が同じせいかなんとなくハワイ(行ったことはありませんが)を思わせる鐙瀬(アブンゼ)溶岩海岸。
いつもは鐙瀬ビジターセンターの駐車場に車を停めて、そこの展望所からの景色を、お客さんに見てもらっているだけでしたが、今回初めて、この地図の右から左へ往復、溶岩海岸を二人で歩いてみました。
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 ゆっくり海岸の遊歩道を歩いて振り返ると、いつもはここに上がって周りを見渡す白い展望所が見えます。
対岸になる富江や只狩山も意外と近く見えています。
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 いつも言ってる、ハワイのダイヤモンドヘッドのような山、左の山は以前登った展望所の有る箕岳です。
 海岸はずっと、溶岩が海に流れ込んで冷え固まった地形です。
この溶岩のおかげで、福江島は平地が増えて、耕作地もたくさんある島になりました。
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 道々椿林もありますが、この時季は元気そうなツワブキの黄色い花がたくさん咲いていました。
恐竜時代の頃のような木もたくさんあるので、南洋っぽい感じもしますし、人物もあほっぽい感じです。
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 こんなに広い芝生広場があることを知りました。
向こうの島は富江から舟で行く住民2人の黒島、黄島や赤島も近くに見えます。
 結局この日ここを歩いているのは我々二人だけでしたが、独占するのがもったいないような場所でした。

     場所
花水木さん:世の中にいいふうふなんて少ないと思います。
     それなりのふうふで充分と思ってます。
和さん:娘の車のナビは、毎日乗るたびに
    「今日はこれこれの日です」と言ってくれます。

2015/11/10

1111  富江
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 1ヶ月ほど前に富江のマーケットで、3割引きのアイスなど買ったら、合計が丁度1111円。
 2か月前ぐらいに福江のスーパーでも1111円で、その時はレジのおばさんが喜んでくれて、わざわざ「おめでとう! 柔道の柔らちゃんも1111円のレシートを貰った後に金メダルを取ったのですよ」の解説付きで祝ってくれましたが、今回のレジのおばさんは何事もなかったようにスルー、私だけが丁度1111円を払いながらほくそえんでいました。
 あれから1か月以上、競馬は相変わらず入りませんし、他にも良いことはありません・・・・。
 1111 そろそろ11月11日、ポッキーの日・鮭の日・下駄の日などなどですが、なんでそんな記念日をお前は知っているのかと言えば、11月11日は私の孫の誕生日だからです。
 今年の誕生祝は祖父母で手紙を書いて送り、安くごまかしていますが、孫の誕生日番号で競馬やナンバーズやロトを買うには、なんとも向いていない誕生日ですね。

       返事
和さん:我が家とは逆の地下鉄出口にあるほうの店ですね。
花水木さん:確かに首を後屈し続けると、私はふらっとします。
大雪男さん:一時期中央では富江藩の方が福江藩より上に
    位置していたようですよ。
     小説「珊瑚」でも主人公は瀬戸内からの人だったような気がします。

追加で;
   「珊瑚之碑」の中に入っている、昔奈留から来た時に撮った珊瑚の観音像の写真、
   キミマロズームではなかった頃のカメラなのでピンボケですが、書いた後に偶然見つけました。
   前回これを載せようと捜した時には見つからず、1回遅れで載せます、人生こんなものです。
   比べてみるとガラスも割られて、盗られたようです。
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2015/11/6

富江町只狩  富江
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 秋の一日、富江近くの地蔵坂の展望所から富江の中心街を眺めます。
右の台形の山が只狩山、富江病院はその麓近くにありますし、私の住所は富江町狩立。
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 たぶん最初の写真と同じぐらいの場所から眺めた、昭和の初めか大正の頃の富江。
その頃の燃料は薪のため、只狩山ははげ山ですし、病院どころか人家も只狩山周辺には少なそう。
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 今度はその只狩山から見た昭和10年頃の富江です。
鯨漁とか珊瑚漁とかでまだ栄えていた頃か、今より多いぐらいの家並です。
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 今の只狩山からだいたい同じアングルで見下ろした富江の町並み。
富江病院は画面左下の木々の向こうぐらいに隠れていますし、埋め立て地も増えてる感じです。
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 只狩山は標高84ⅿ、この展望台からは富江湾や、逆方向の黒瀬の津多羅島まで見渡せます。
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 富江の60kmほど南の沖に浮かぶ男女群島周辺では、明治の頃より珊瑚漁が盛んで、富江の町はイタリア人が来るほどこの珊瑚で潤っていたそうです。
 明治末にはこの珊瑚漁の舟が台風にやられて、2年続けて1000人近い死者を出す海難事故が起こっています。
 この事故などを新田次郎さんが「珊瑚」という小説にしていますので、富江の人もそうでない人もぜひ読んで下さい。
只狩山の上にあるこの「珊瑚之碑」はこの小説を記念して作られましたが、7〜8年前に奈留島からここに上がった時には、この丸い穴に珊瑚の観音様があったと思いますが、誰かに盗られたようですね。

       返事
花水木さん:少年〜青年時代の秋の空は、甘酸っぱく切なかったですが、
    老年期の秋の空は、酸っぱいだけの切なさで見上げています。
大雪男さん:家内はそれほど脚軽くはないようですし、
    体も軽くないです。
和さん:松ヶ崎で夕食、「ピノ」ですかね?

2015/11/2

大瀬崎灯台  富江
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 いつもは展望台からこの写真のように眺めているばかりの大瀬崎灯台、富江に来てからは頻回にここまでは行っていましたが、なかなか灯台までは行けませんでした。
 秋の一日、久しぶり(2回目?・3回目?)に灯台下まで足を延ばしました。
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 いつもとは逆に、灯台近くから展望台の方向を振り返って撮ってみました。
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 7年前に家内とフークで奈留島から行った大瀬崎灯台の写真です。
この時の方が灯台周囲はすっきりしていますが、この最後の階段は少し怖いぐらい。
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 今の大瀬崎灯台、階段に手すりが付いて、周囲の壁も少し修復されていて、壁の内側に鉄柵も付いていますし、太陽光パネルも設置されました。
これでは「悪人」のロケも出来なかったかも。
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 7年前の灯台下での記念写真、7年前でも60歳丁度なので、若いか?ではないですね。
フークも7歳で、元気にここまで登ってくれました。
 鉄柵がないのですっきりしていますね。
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 灯台は高さ16ⅿ、明治12年12月15日初灯も大戦で銃撃なども受けたようで、昭和46年に建て替えられたコンクリート製です。
 人物は高さ1.68ⅿ、昭和23年7月8日出産も世間の荒波を受けたようで、もうじき建て替えたい男性です。
7年前と似たような服装で一人立っていますが、重心が下に下がってる感じはゆがめない事実です。
 鉄柵もやや無粋ですね。
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 片道1200m、帰りは登りなので予想以上に疲れました。
 木漏れ日の中先を行く家内、キミマロズームならすぐそばにすぐ寄れますが、追いつけそうで追いつけない、寄れそうで寄れないのは日常と同じ。
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 少し芸術的に撮ってみました。
最近IAモードにして撮ると黒いシミが出ないことが分かりましたので、今は細長いIAモードでやや小さい写真になってることが多いです。

     返事
花水木さん:ツワブキの群生、やや薄暗い所に多いですが、
    なかなかのものですね。
大雪男さん:九州では阪神の情報は少なめ、
    セは皆弱そうなので、金本に頑張ってもらいたいです。

2015/10/30

コスモス  富江
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花水木さんの庭や五島列島の道端にもツワブキが咲き乱れる季節になりました。
福江島の山道を車で走ると、セイタカアワダチソウの黄色とはまた別の色のツワブキの黄色の帯が目に飛び込んできます。
お茶花と思っていた一輪だけのツワブキでなく、ツワブキの群生ですが、もう何回見ることになったか、いつ見ても綺麗ですね。
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 先週に魚津ヶ崎のコスモス祭があったのですが、1週遅れの25日(日)に行っても、まだコスモスは見頃、風車を入れて一枚。
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 この日は天気が良くて風が強かったので、沖の白波も綺麗にたっていて、これを入れて一枚。
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 最後にいつもの小島の灯台と、沖の姫島も入れてパチリ。
もう少し海が入った方が良かったとは思います。
 全国いろんな所にコスモス公園があるようですが、ここは無料と海がバックなのが良いです。
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 帰りに寄った鬼岳では、良い風が吹いてるせいか、ブーンブーンとバラモン凧がたくさん舞っていました。
なんとかズームに入って写真になったのは、これ一枚だけ、ファインダーが付いてる写真機が・・・。
10月末の日曜日、五島は秋晴れですが、菊花賞は北島三郎はどは喜べませんでした。
 (1・2・4・5着)

       返事
花水木さん:いつか息子さんの会でニアミスしそうな気はしています。
和さん:10年前に一度二人で乗った太古が大揺れしたため、
    女神様は太古にはもうお乗りにならないそうです。
大雪男さん:金本が監督・・・?と思っていましたが、
    まだまだ阪神のファンなのか、阪神が決めた金本監督でやれそうな気がしてきました。
    ファンは何でもよく見えてしまいますので、巨人高橋はだめなような気がしてます。
福山市さん:前回の返事は失礼しました。
    なんとユーミンが来てくれて、大合唱があったようですね。
    奈留高校軟式野球部はその間九州大会決勝まで勝ち上がっていたので、多くの高校生が出れなかったのは残念です。
    6〜7年前全国大会に出場した時に、兵庫県の明石球場での試合に来ていただけないかと、
    ユーミンのファンクラブにメールしたことありますが、その時は丁寧に断られました。
    今回はNHKが付いていたので、来てくれたようです。
    24日は当直で行かなかったことが残念ではありますが、たぶん全国放映があると思うので、
    私も楽しみにしています。


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