奈留島ゴミ箱131ヶ所巡り・奈留島百人一首に続いて、天皇陵巡り掲載中。

2008/5/20

外科学会2  九州本土
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 2日目、「医学史展覧会」を観覧。
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 写真撮影禁止の、シーボルトの使っていた外科器具セットは、ほとんど今のと変わらない型をしていました。
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 写真撮影O.K.の「峯式自動吻合器」の実物は始めて見ました。
峯先生は、私の医局の教授で、自動吻合器のはしりを開発されていることは、誇りです。
 私が入局した頃の指導者は、皆この峯先生のお弟子さんで、古い徒弟制度の下、きっちり使い走りをさせてもらいました。
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 目玉は、ASIMOの実演。
意外と小さく、電車のつり革につかまる事は出来ないぐらいです。
 別につり革につかまらなくても、抜群のバランスで急ブレーキでも立っていられそうです。
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 上半身の動きもかなりスムーズで、もうかなり人間的です。
映画「AI」の様な時代まで、もう少しか。

2008/5/19

外科学会  九州本土

第108回 日本外科学会定期学術集会が長崎でありました。
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 もう最先端の外科とは無縁の外科医にとって、参加はあまり意味が無いのですが、
30年ほど前に始めて学会発表したのが、長崎の外科学会だったような気がして、また京都からよりはほんの少し短い時間で行けることもあって、土日は長崎に行ってきました。
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 これももう、実際には持っていてもあまり意味も無く、それ程のこともしていない「外科専門医」の称号。
今年はその5年の更新の年。
 以前「古狸」さんが、病院の机の隅から見つけて送ってくれた古い参加証
(古狸さんの罵詈雑言や、ある時は褒め殺しに堪えてきたのは、時々こんな親切をしてくれるからです)。
 この古い参加証と、今回の学会の参加証を集めて送ると、更新料を払うだけで「外科専門医」の称号が貰えるのです
(もっとも、若い外科専門医は、ちゃんと試験を受けて、手術症例の報告書も集めて、専門医に成っているので、ご安心下さい)。
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 年寄り外科医のちょっとした見栄と、優越感をくすぐる制度ですが、私もかなり見栄っ張りのようで、「外科専門医」の称号を、もう5年間我が心に持てる、と言うだけで行った、長崎1泊2日の旅でした。

2008/3/15

あかつき  九州本土
3月15日のダイヤ改正で、寝台特急「あかつき」が廃止になりました。
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京都ー長崎間を走っていたので、なんとなく絆が切れたような思いですが、かといって、「あかつき」を利用したことはありません。
 朝の九州商船フェリーやジェットホイルには間に合いませんし、朝起きたら長崎の「あかつき」より、起きたら奈留島の福岡発フェリー「太古」のほうが楽でした。
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長崎駅には「あかつき」の写真看板がありましたが、見たときは一人だったので、運転手になった写真は撮れませんでした。

2008/1/28

ぶらっと長崎5 椿三十郎  九州本土
そもそも今回の長崎は、織田裕二の「椿三十郎」を観に行くか、という旅のつもりでした。
 新聞にあった200円の割引券まで切り取って持っていったのですが、間抜けなことに、前日で終わっていたのです。
 替わりに、「ナショナル・トレジャー」、まあどうでもいい映画を観てきましたが、
その中の、現役米大統領役の俳優は、もうチョット貫禄のある俳優のほうが、良かったと思います。
 イエス・キリストや天皇を演じる役者は、なかなか難しいのでしょうね。
クリックすると元のサイズで表示します中京区制60周年記念誌より無断掲載
 多分昭和20~30年代の懐かしい写真がインターネットで手に入りました。壁画にシマウマがいたと思っていたのですが?

中学3年生の時に、京都の懐かしい、東郷青児の壁画で有名な「朝日会館」で、黒澤明名作週間がありました。
 昔のことは突然はっきり思い出すことがあります。そうです、確かクラス対抗バスケットボールの試合の後、遅れそうになって弟を連れて映画館まで走ったことまで思い出しました。

「野良犬」「天国と地獄」「七人の侍」「用心棒」隠し砦の三悪人」それと「椿三十郎」を2本づつ観た記憶があります。「生きる」「悪い奴ほど良く眠る」の組み合わせだけは、地味で面白くないと行かなかった、その頃も人生がよく解ってない中学生でした。
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椿三十郎」は楽しい映画だったし、以後しばらく、山本周五郎にかぶれた時期もあったため、
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今回の森田芳光監督と比較したら面白いかと思った、ぶらっと長崎の旅は、結局予定を実行できないまま、思案橋やドンドン坂で終わってしまいました。

2008/1/24

ぶらっと長崎の旅4 ドンドン坂  九州本土
長崎の旅2日目(日曜は雨でした)、朝早くから、ホテルの傘を借りて、一人グラバー園の周りを散歩しました。
 雨に濡れた石畳を一人で歩いていると、それだけで心はもう映画の主人公になっています。
 「雨に濡れるリスボンの坂道、ふと見上げると、洋館(リスボンだから皆洋館ですが)の窓にエプロン姿の女の影。目が合った瞬間・・・・・」
 本当は、安い靴を履いているので、つま先がグチュグチュしてきているのですが。
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危うく見落とすところでした!「ドンドン坂」です、雨の日は流れ落ちる水がドンドン早くなるから、この名がついたと言う、こんな日に来るのが最適?の名所です。
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坂の上3分の一の溝は、丸く切られています。
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中三分の一は三角形に切られています。これぐらいの雨でも、結構急な流れです。
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下三分の一は四角形です。
 このように溝の断面を変えることで、流れ落ちる水量とスピードを調節しているそうです。(理論は知りません、誰か理屈を教えてください。)
 確かに下のほうで、水量が減ったように見えませんか。
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雨の日曜早朝、ドンドン坂を見上げてみても、若い娘どころか犬さえも歩いていません、リスボンからお別れです。

2008/1/23

ぶらっとでした長崎3 長崎名物  九州本土
長崎名物には、卓袱料理・長崎ちゃんぽん・角煮まんじゅうなど、有名なものはたくさんありますが。
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丸山花街近くの「寺も無いのに大徳寺」の境内にある、「梅ヶ枝焼餅の菊水」さん。
 天神さんなどの屋台でよく売られている、梅ヶ枝餅とは一味違いました。
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 4個ずつ焼くので、一人前4個600円、無理を言って2個だけ300円で焼いてもらいました。 大きい、皮はもち米で、ほんまに柔らかい、あんこがたくさん入った、1個で十分腹持ちする餅でした。美味しい。
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長崎で「ミルクセーキ」は氷というか、シャーベットでした。昔の純喫茶風の店で、670円、シャリシャリと一人で食べ?飲み?ました。
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トルコライス」と言って、一皿にスパゲッティ・ドライカレー・とんかつが乗っています。私は長崎県人としては少食なので、一人で食べると嫌になる量です。
 何かで読んだと思いますが、一人前の量が全国で一番多いのは、長崎県らしいですよ。
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長崎県人は、ロールケーキもお好きなようです。いろいろなロールケーキが目に付きますが、島原の小浜温泉のロールケーキも美味しいです。

2008/1/22

チョコット長崎2 長崎ぶらぶら節  九州本土
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長崎に来てから、かぶれ易い私は、なかにし礼著の「長崎ぶらぶら節」を読みました。 今年は年賀状を貰った、吉永小百合さん主演の映画のほうは、観ていませんが、多分ミスキャストと思います。
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丸山花街のなか、身代り天満宮の前にある、なかにし礼さん直筆の石碑です。
前回、本を読む前に、ここを見たときは、スーと流してしまいましたが、今回は裏も見てしまいました。
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愛八さんは、丸山の名妓といわれた人で、史家の古賀十二郎と一緒に、「ぶらぶら節」を発掘した人です。本は面白かったですが、愛八さんは美人ではなかったようです。
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ここから又急な坂を上って、女子高の前の少し開けた墓地に、愛八さんのお墓がありました。
昭和8年12月30日。この人も享年60歳でした。

2008/1/21

ぶらっと長崎1 思案橋  九州本土
この土日はぶらっと長崎です。ぶらっとと言っても、フェリーでの往復でしたので、片道5~6時間はかかりました。
 以前「喜珍」さんがコメントされた、思案橋ブルースで有名な「思案橋」の確認です。
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電停の思案橋です。この交差点の四隅に橋の欄干の模造品?がありました。
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ばらばらの「はりまや橋」状態ですね。川は暗渠になって。この道の下を流れているようです。
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ここからこのアーケードを抜けるとすぐに、丸山の花街です、ここまで来て思案するには遅すぎるような気もしますが。
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四隅の欄干の一つの横に、昭和57年の長崎大水害のモニュメントが建っていますが、この上まで水位があったようで、私の背より高かったです。

 もう一つ「中ノ島ブルース」で1番札幌、2番大阪、3番は「・・・ああここは長崎 中ノ島ブルースよ」の中ノ島も探しましたが、昼のピザ屋のおじさん、思案橋の歩行者も知りません。
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「身代り天満宮」で出会ったおじさんが、「中ノ島は長崎駅の北側だが、たぶん長崎と中ノ島を無理やり結びつけたのでしょう」と説明してくれた。
また、「元町ブルース」という歌もあって、これも横浜。神戸と続いて、長崎に昔あった今のオランダ坂辺りの元町と結び付けたらしいです。
 あのころ、長崎・雨は定番でしたかね。

2007/12/1

佐賀の旅 番外  九州本土
佐賀から下の道を走って、長崎に帰りましたが、その時走ったのが「国道444号」でした。クリックすると元のサイズで表示します
 444号線は、大村から佐賀まで73.5KM、フィーバーで嬉しいような、も一つ縁起が悪いような道でした。やっぱり同じ走るなら、333号線のほうが嬉しいか。
 ちなみに4号線は東京〜青森間739KMで一番長い国道。
44号線は釧路〜根室間124.8KMでした。
 国道は、1号線から少し欠番はありますが507号線まであるそうです。したがって、777号線を走ることは出来ないのです。
 私も1〜13号線までは確実に走っているようです、国鉄全線走破とかは良く聞きますが、国道全号走破にチャレンジしてもよいか、これも夢にしておきますか。
 外来患者さんの受診順番に、番号をつけていますが、京都では4番や9番は欠番でした。奈留病院は、4番も9番もありますが、さすがに病室には、204号室も209号室もありません。
 番外編でした。

2007/11/30

佐賀の旅3  九州本土
佐賀と言えば、最近はやはり「吉野ヶ里歴史公園」に行かなくては。クリックすると元のサイズで表示します
広い敷地に建物も有って、それなりに驚きですが、もう少し資料の展示などが欲しかった。ここがどう大和政権に繋がっていくのか、知りたかったのに。
 佐賀の街中は、昼食の店を探して通り過ぎただけでした。又次の機会に残しておきます。
 佐賀からは、有明海沿いに長崎を目指しました。
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日本三大稲荷という、「祐徳稲荷神社」。九州の日光とも言われているように、派手で清水の舞台様でもあります。
 古狸さんのつれあいは伏見の狐さんでしたね、三大稲荷の残りは伏見と豊川ですかね?
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参道のお土産やさんで買った「稲荷ようかん・押し出し糸きり」、押し出しては糸をクルットまわして切る、簡単ですがなかなか考えています。
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有明の名物渡り蟹を、竹崎の道の駅で、その場で湯がいて貰い食べました。30分待つ甲斐はありました。途中で写真をおもいだして撮ったため、中途半端の蟹になってしまい、カメラもべたべたです。 特派員も命がけでした。


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