京阪電鉄「深草」駅で下車し、疎水に架かった深草橋を渡ると伏見稲荷大社へ抜ける街道が南北に走っている。さすが京都と思わせる古い町屋が街道沿いに残っている。
通りにあるうどん屋に入り、昼食を摂ることにした。まずはビールを注文。「よかったらどうぞ」と冷奴をサービスしてくれた。冷やしうどんを注文したら、つゆに入れるとろろいもを付けてくれた。何となく幸せな心持ちとなり、この店も若冲のこころを受け継いでいるのかなと感じたのである。
いい気分になり、石峰寺に向かう。気温は30度を超える真夏日となっているようだ。まだ五月というのに、石峰寺への石段を上るとどっと汗が出てきた。石峰寺では、お庫裏さんから若冲の話しだけではなく、石峰寺の歴史や境内の花の話しも伺い、その人柄のの良さに引き込まれてしまった。
さて、若冲の五百羅漢だ。それは明日、記事にしよう。

疎水に架かる深草橋。

街道沿いの町屋。

石峰寺の入口。

急な石段が続く。

振り返ってみると鳥羽・伏見の町並みが見える。

石峰寺は黄檗宗の寺である。山門も中国風である。

本堂。昭和50年代に放火され焼けてしまい、再建されたそうだ。

本堂の前はテラスのようになっている。卍の模様に特徴がある。

伊藤若冲の墓だ。

斗米庵若冲とある。

書家貫名海屋(ぬきなかいおく)の撰文の筆塚。

本堂の焼けた時、地蔵堂の下から切支丹灯籠が出てきたそうだ。これは、江戸時代はじめに本当に信仰の対象にされたものだろう。

お庫裏さんは、花が好きで、「いつ来ても何かの花が咲いていますよ」とおっしゃる。花の名を聞いたら、白蝶草(ガウラ)だと教えてくれた。