毎日新聞 「余録」 2016年8月12日 朝刊
▲本が売れない時代に本を書きたい人は増えている。林真理子さんの小説「マイストーリー 私の物語」(朝日新聞出版)は自費出版専門の出版社に勤務する編集者と自分の物語を書きたい人たちとの交流を描いた作品だ
▲自分の人生を振り返り、子どもや友人ら身近な人たちに思いを書き残す「自分史」が何度目かのブームを迎えている。定年退職者や高齢者向けの生涯学習の一環としても位置付けられ、自治体や公民館が講座を開いている。名だたる出版社も積極的だ
▲「自分史」という言葉を最初に使ったのは歴史家の色川大吉さん。1975年に出版した「ある昭和史 自分史の試み」(中央公論社)で「黙々と社会の底辺に生きた常民的な人びとを通して、一時代の歴史を書くことはできないか」と問いかけた
▲どう書いたらいいか分からない人にはジャーナリスト、立花隆さんの「自分史の書き方」(講談社)をお薦めしたい。8年前、立教大学でシニア世代を対象にして行った講義をまとめたものだ。例えば64年東京五輪の時、どこで何をしていたかを手がかりにすれば記憶はよみがえりやすく、単なる身辺雑記に終わらない
▲制作を手がける「百年書房」の藤田昌平さんは、本はこれまで以上に個人的なものになっていくのではないかと考える。「会ったこともない著者の大量生産の本ではなく、自分や両親、身近な人が作った本はかけがえのないものになる」と話す
▲だれでも生涯に1冊の本は書ける。それが「マイストーリー」だ。人生の出来事を文章にすることは、なぜ自分が今ここにいるのかを確認する作業にもなる。