呉服町の通りと京町の通りの交差点の西側、“ノーシン”という頭痛薬で有名なアラクスという薬品会社の東側、中北薬品の通りを挟んだ北側に、『少彦名神社』という小さな神社がある。この神社は、大正4年(1915)に京町の薬種商によって建てられた新しい神社である。
「少彦名」“スクナヒコナ”は、大国主命と国造りをする神でその名のとおり小さな神様である。医薬の道に通じていたという神話・伝承から、薬神として信仰されるようになる。熊野の御碕から「常世」の国に行ったという伝承と、淡島(粟島)で粟茎に登ったところ、その茎に弾かれて「常世」の国に行ったという伝承が『古事記』に記されている。
「常世」の国は、死者の国というイメージと理想郷というイメージの2通りあり、前者は、琉球のニライカナイの観念に象徴されるもので、海の彼方のニライカナイは、死者の国、先祖霊のいます場所で、新年や盆に神となってやってくるという考えである。すべての生命の根源もまたニライカナイに存すると考えられている。 ノロと呼ばれる琉球の巫女は、海岸のウタキ(御嶽)とよばれる拝所で海の向こうのニライカナイに向かって、祖先の霊を呼び寄せる。
新年の来訪神が形を変えたものに、秋田の“なまはげ”や能登の“アマミハギ”などがある。折口信夫に『春来る鬼』という論文があり、鬼や妖怪は、本来は新年に家々を訪れる来訪神(祖霊)であることを論じている。
後者の理想郷という考え方は、中国の老荘思想・道教の不老不死思想や仏教の観音浄土信仰に見られる。観音菩薩の所在が南方海上の山、補陀落山(ポータラカ)にあり、そこを目指して熊野から船を出す、補陀落(ホダラク)渡海などがその典型である。
