オンネトー・・・「年老いた」という意味のアイヌ語らしい。
オンネトー湖を目指してひたすら東に向かったオレは、真夜中にようやくそれらしきものを見つけた。
湖の近くの山小屋の民宿の駐車場にテントを張った。
すぐに湖には向かわなかった。
夜中の湖の真中を見てはいけない、という八ヶ岳の山小屋の老人の言葉をふと思い出したからだ。
今、「見てはいけないモノ」を見てしまったとしたら、どうしようもない。
オレは熊除けの仕掛けを張り巡らせ、テントの中にヒモを引っ張りいれて自分の足の指に結んだ。
こうすれば「なにか」がテントに近づけばすぐに目を覚ませる。
においのする食べ物は今すぐ腹の中に隠してしまおう。
最後のウィンナーを口に放り込むと、自然に睡魔が襲ってきた。
さて・・・寝るか・・・。
翌朝、鈴の音で目を覚ました。
仕掛けの音ではない。
近くに熊除けの鈴を持った人間がいるようだ。
テントを出た。
「・・・嘘やろ?」
オレは愕然とした。
何も見えない。
ただ真っ白な世界。
雲が視界全てを覆っている。
雲が晴れるのをじっと待っていると、周りにオレと似たような状況の人間が何人かいることに気が付いた。
そういえば、もうどれくらい人と喋ってないだろう・・・。
腰に挿したナイフにももう違和感を感じなくなってきていた。
ケータイもバッテリーが切れたまま放置している。
だいぶ雲が晴れた来た。
さて、行こうか。
いよいよオンネトー湖だ。
写真で見た時の感動を思い出す。
ずっと憧れていた芸能人に会うような気分だ。
オレはテントをたたむと、愛機に跨った。
遭難する10時間ほど前の事だった・・・。


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