芝生はアスファルトに変わり、駐車場になっていた。
もう今の子供達はここでサッカーとかできないのか。
雪だるまも作れないのか。
秋祭りはどこでやるんだ?
なんか寂しかった。
そういや昔はそこらへんに路駐してたんだっけ...。
駐輪場が綺麗になっていた。
かつてそこは駐輪場という名のトタン小屋で、夜などどんな犯罪が起きても不思議ではなかったと思う。
真っ暗な小屋に自転車を片付けに行くのは怖かった。
時々、ネコが大喧嘩をしていたりした。
これも少し寂しいが、まぁ変わって当然だろう。
駐輪場の近くに行くと、6号棟の裏に目が止まった。
えっ?芝生?
裏に回ると、そこには昔のままの芝生があった。
どうやら駐車場になったのは1〜3号棟の芝生だけだったらしい。
オレはしばらくそこでボーっと突っ立っていた。
確か6号棟にはたーくんという豪傑が住んでたっけ...。
もうみんな、ここには住んでいないのかな?
これからどうしようかと思いながら、子供の頃のように芝生に腰を下ろしてみた。
どうしようかは決まっていなかったが、どうしたいのかはもう、ずっと前から決まっていたはずだった。
会いに行きたい・・・。
「オレなんていなくなってしまえ!」と絶望的な気分で後にしたこの街だったが、年が経つにつれ、思い出すのは懐かしい楽しい思い出ばかりになっていた。
思い出す顔は、どれも笑顔だった・・・。
会いに行きたい・・・。
けど、いいのか?
今のオレは、胸を張ってみんなに会えるのか・・・?
怖いと思った。
最も恐れていた事。
それは、「誰だっけ?」という反応。
もしくは「あぁ、それで?別に会いたくなかったよ。」みたいな冷めた反応。
しかしそれが自分にはお似合いだとすら思えた。
オレは変なガキだった。
人付き合いが下手だった。
いらん事をしていらん事を言って・・・。
そのしっぺ返しに耐えられずに逃げた卑怯者だ。
今更会って何になる?
だれがあんなガキを・・・・笑って迎えてくれる?
このまま帰った方が、ずっと楽なハズだ!
勢いで帰ってきたものの、結局学校には足が向かないじゃないか!
オレは10年前に忌み嫌った少年時代の自分を、情けなくもまたここで、やっと帰って来たこの街で、昔の様になじっていた・・・。
・・・・・まだ、だめ?
また胸が痛み始めた...。
その時だった。
ぐるっと辺りを見回していると、一瞬、誰かと目が合った様な気がした。
驚いてそこに視線を戻した。
近所の人から見れば、今の自分は間違いなく不審者だろう。
真昼間に見慣れない男が芝生に座り込んでいるのだ。
こちらをじっと見ているものと、再び目が合った。
一階のベランダの隙間から、白い猫が顔を覗かせていた。
....えっ?
驚いた。
似ている...。
幼稚園のバスを待っていた頃に遊んだ、あの猫そっくりだ...。
いや、これは...似ていると言うより...。
しばらくこちらを見ていた猫は、ゆっくりとこちらへ歩いて来た。
ずっと心のどこかで覚えていた、あのおそるおそる近づいて来る歩き方・・・。
おいおい...ほんまか...?
こんな事って、あるんか?
幼稚園の頃からだから、もう16年!?猫ってそんな長生きなのか?
猫はオレの膝に乗り、ごろんと横になった。
....あの頃と、なにもかもが同じだった。
「なぁ、お前・・・あの猫か?」
間抜けだとは思ったが、聞いてみた。
猫はじっとオレの目を、何か言いたそうな目で見ていた。
オレはずっと背中を撫で続けた。
この時ほど動物と話ができない事を悔しく思った事は無い。
何か、時間が止まったような錯覚を感じた。
心が軽くなるような、夢を見ているような、不思議な感覚だった。
しばらくすると猫は立ち上がり、歩き出した。
何度か振り返った後、また隙間からベランダに消えた。
オレはぼーっとそれを見送っていた。
ハッと我に帰った。
時間が止まったような感覚は、消えていた。
不思議な事に、さっきまでの迷いが消えていた。
表彰式の後、東京駅で感じたあの感じ・・・。
「このまま帰ってはいけない。」と思ったあの感じは、この時のためだったのか?
「あのネコは、オレの迷いを断ち切るために、長生きして待っててくれた。」なんて解釈できるほどジコチュウではない。が、・・・ちょっとだけそう思った。思いたかった。
・・・まだ、だめ?
・・・ごめん、待たせたな!
...会いに行こう、会える人みんなに!
まずは・・・あいつだ!!
実家の母に電話をかけた。
「オレの部屋に行って、とんびの年賀状見てくれへん?ケータイの番号、書いてあるから。」
「どしたん?急に。」
「会いに行くねん。」
「えっ!?今どこよ?」
「千葉だよ。ちなみに今、前住んでたとこ。」
「えぇっ!?大丈夫なん?胸、折れてるんでしょ!?」
「おう!バリ痛いわい!はっはっは!」
猫に「会いに行け!」と言われた気がする、とはさすがに言えなかった。
試合の後で頭も打っていたし、余計な心配されても困る。
母との電話を切って、オレは今メモしたばかりの番号を押した。
「とんび」というのは小学生時代に1番仲の良かった友人で、当時、船橋の空挺隊で自衛官をしていた。
彼とは同級生の中で唯一、年賀状のみで交信していた。
一体どんな反応をするだろう。
さっきまでの憂鬱な気分が嘘の様だった。
そうだった。
オレは単純なヤツだったんだ。
イヤな事があればへこむし、嬉しけりゃ舞い上がる、わっかりやすいヤツだった!
この街で見つけたかったもの、それは「きっかけ」だ!!
母は年賀状を探してからかけなおす、と一度電話を切った。
オレは歩き出した。
学校へ行こう。あそこであいつに電話をかけよう。
・・・・もういいの?
・・・お待たせ。一緒に行こうか。
続く

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