お盆休みも明けたので、今週はいろいろと補完活動に努めてみるわけですが、当ブログの記事も、総括後の平常運転にゆっくり戻して行こう、と。
で、ゲームから離れた多元宇宙の歴史を語ってみた当タイトルですが、簡単にここまでの流れをおさらいすると、
その1では、アメコミ・クロスオーバーの起源的な『ジャスティス・リーグ』(1960年)と『アベンジャーズ』(1963年)について触れた後、日本のフィクションに話を移して、70年代の特撮ヒーロー作品のシリーズ化、さかのぼって60年代の怪獣対決映画、そして70年代のアニメロボットの共演映画など、複数作品の共演祭りを振り返りました。
その2では、同一タイトルのリメイクをテーマに、一つの作品タイトルから派生するパラレルワールドについての考察、というか懐古記事を書いてみました。一応、ターゲットは70年代終わりのリメイクブームを狙ってみたのですが、どうもその時期のリメイクってその一本ぐらいで終わりがちで、新たなブームを呼ぶことは少なかった感じです。
作る方も、鑑賞する方も、懐かしいなあって気分で終わりがちで、最近はリブートという言葉も使われたりもしますが、単なるリメイクは一過性で終わり、そこから、どう新しい流れを生み出して行くかで、試行錯誤が見られます。
リメイクで成功したのは、70年代末ではなくて、80年代末からの方になりますかね。具体的には平成ゴジラ、平成ウルトラ、平成ライダーになるわけですが、むしろ時代ごと変えないと定着しないのかな、と考えたり。そうなると、平成から新元号に切り替わった時に、またリメイクがいろいろ活性化することにもなるのかな、と予想するわけで。
今後の流れとしては、まず集大成を描いてから、新時代のヒーローと旧作リメイクヒーローが混然となる時代を経て、そこから何が新たな時代の旗手になって行くか、ですね。
70年代のリメイクが後に続かず、80年代終わりからの平成リメイクの方が長続きするようになったのは、一因として前者は「懐かしいからといって蘇らせた時点で目的達成」してしまい、その後の展望が見えていないままの見切り発車だったからかな、と考えます。
とりあえず、技術が発達した→旧作を新しい映像で復活させてみた→みんな懐かしがって喜んでくれた。ここまではいい。でも、その後、どうするの?
創り手としては、そこから新しい展開を見せたいんだけど、一転、新しすぎると「これは俺の好きな◯◯じゃない」とこだわるファンの声が聞こえて来て、旧作の縛りが結構プレッシャーになる。ファンとしては、リメイク作品に期待するのは新しさではなくて、懐かしさなので、そういう懐古感情を逆撫でするものに対しては辛辣な評価をするようになった。
だから、その懐かしさと新奇性のバランスをどう取るかで試行錯誤してしまうのがリメイク作品の難しいところです。
では、それが80年代の終わりになると、どう変わったか。
映像ソフトの商品化によって、マニア層は幼少期の懐かしい作品をいつでもビデオやLD、DVDで堪能できる時代になったことが大きいのでは?と。懐古感情は手持ちのソフトで充足できるので、新番組に対しては、「昔のものと違う」という不満が減退。逆に旧作と新作の違いを比較対照しながら語る研究者タイプのマニアも登場。つまり、大切な思い出は思い出として保存しながら、今ある新しいものを受け止める余裕がマニアの方にできた、と。
80年に蘇った『仮面ライダースーパー1』は直接的な後番組としての新作ライダーにはつながらず、ただ、その「宇宙」「メカニック」「銀色のカラーリング」というキーワードは、82年の『宇宙刑事ギャバン』に引き継がれ、新たな時代の牽引力になったりしながら、それが逆に後年の仮面ライダーにもフィードバックしていく流れは結構、興味深いな、と思ったり。
で、今回の多元宇宙概論は、そういう話の流れは一切無視して(オイ)、また別の異世界の話を振り返って見るつもりです。
そのテーマは……

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