プロレス爆裂地帯!!

この路地裏のプロレスブログ、天国の竹内宏介さんに届け!

 
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投稿者:勇
どうも。どうも。やっと元のブログに戻りました。
投稿者:日吉台

 比較的最近に近い役割なのは、やはり全日本分裂時の川田ですね。

投稿者:勇
豊登という橋渡し役がいないとプロレスも馬場時代へ繋がらなかったと思います。パピヨンさんの意見に僕も賛同します。
投稿者:パピヨン
 日本のプロレス史のビック3と言えば,力道山、アントニオ猪木、ジャイアント馬場と誰もが答えると思います。
 4番目は誰かと訪ねるとラッシャー木村やジャンボ鶴田、坂口征二、藤波辰巳など大勢の名前が出てくると思います。
 豊登も力道山の死後、馬場がエースに成長するまでの日本プロレスをエースとして支えましたし、国際プロレス設立時から引退するまでエースして支えてきました。
 また,新日本プロレスの設立時も猪木のパートナーとして支えてきました。
 日本プロレスのワールドリーグの成績も立派な成績でした。
 日本、国際、新日本の3団体の発展に寄与したと言ってもいいと思います。
 私自身は,豊登が4番目の日本のプロレスラーだと思います。
投稿者:勇
いろいろあったんですね。
トロフィーと言うと思い出すのがチャボの一撃!
あれさえも筋書きと言う人もいるみたい。
だとしたら大仁田はよく耐えたもんだ。
投稿者:日吉台

 王者時代のテーズもベルトを持参できなかったと言いますね。

 宝飾の関係で税関で金を取られるからだという話も。
投稿者:勇
トロフィーでしたね。シャープ兄弟の初来日時も、トロフィーを日本で作ったそうです。わざわざアメリカから持ってこないんですよね。
投稿者:日吉台

最近の曙の奪取でまたも注目中ですよね。

流石に当時はトロフィーだったことは知らないみたいですが。
投稿者:勇
力道山と豊登はアジアタッグの原点ですね。すごい歴史ですよ。
投稿者:日吉台

 ある意味で力道山時代のアジアタッグはこのコンビのためにあったような物ですからね。

 そしてこの感覚は後に馬場&鶴田のインタータッグに継承されていく感じで。
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